【第17話】 戦闘
【前回のあらすじ】
ストーキングポークにママから一言。
「まだまだですね」
「クソッたれ!」
頭上の小型天使を視認するなり、俺は動いた。
今日のため、わざわざ少女が仕立ててくれた軽装の鎧。
その胸元に仕込んであるクナイを抜いて、投擲。
銀閃が空中の幼子を貫く。
「うっし!」
さらにクナイには蜘蛛型魔獣から採取した頑丈な糸を繋いでおり、
糸に魔力を流すと、感電したように天使が痙攣。
地上に落下してきた。
(今だ!)
落下地点に先回り。
天使が制御を取り戻す前に、トリガーで起動した〈波撃/インパクト〉を荒い鼻息とともに叩き込む。
「フゴォッ!」
結果、天使の体内に埋め込まれていた宝玉が崩壊。
核を失ったホムンクルスは自滅回路が発動して、
ボロボロと砂のように崩れていく。
(よし、話通り。天使の対処法は、あいつに習ったのが通じるようだな!)
嫌々だったが、少女から受けた講義が役に立った。
「あのガキ、天使を! ウザいっすね! 殺っちゃいましょうよ!」
「……こ、殺す!」
息つく暇もなく、軽薄そうな青年と不気味な女騎士がそれぞれの得物を抜刀。
「あぁ、亜人に天使を破壊されるだなんて、始末書ものじゃないですか……」
「ギースタイチョー! 落ち込むのはあとにして欲しいっス!」
青年に促され、頭を抱えていた男も臨戦態勢に入ったようだ。
「まあ、仕方ないですね。リズベットくん、『それ』を起動してください」
「……了解」
男の要請に、単眼の描かれた布で顔を覆った修道女が首肯。
手にする杖を構え、魔力を注ぎ始める。
(この時点で、わかったことは二つ)
ひとつはあの修道女が、
天使を操作していた使役者だったということ。
そしてもうひとつは……
(天使は、もう一体いる!)
動き始めたのは、修道女の横で沈黙を守っていた大柄の影。
全身を覆い隠していた外套の中から現れたのは、
身の丈二メートル近い巨躯の異形である。
形状は筋肉質な男型で、
均整のとれた肉体美は前世のギリシア彫刻を想起させる。
武器や魔法道具のような装備はなく、
背中から延びる翼は左右一対のもの。
それらの情報から導き出される男型天使は近距離肉弾戦を想定した、
筋力特化型の下級天使ってところか。
(だったら!)
即断即決。
俺は両足に魔力を集め、地を蹴った。
「さあゴミクズデミ野郎。観念──ッ!?」
何やら青年が喚いているが、無視。
尻尾を用いたトリガーでいくつかの身体強化魔法と〈爆地/チャージ〉を発動させて、浄火軍の連中と一気に距離を詰める。
「っ!?」
敵もまた、俺の狙いに気が付いたようだ。
「させません、〈神聖なる浄化の炎/バーストボム〉!」
「舐めやがって!」
隊長格らしい男が小規模な爆裂魔法を連発。
青年も馬車の荷台から飛び降りて、
地面に剣を突き刺した。
「〈主よ大地の加護を/アースシールド〉!」
青年がスペルを詠唱した次の瞬間には大地が隆起して、
高さ二メートルはある土壁を生成。
俺の進路上にそびえ立つ。
(はん、魔法の展開速度はなかなかじゃないか)
だが俺は、構わず前進。
むしろ加速。
爆音と爆風。
舞い上がった粉塵と焦げた空気を肌に感じながら、
両足を揃え、進路上に展開された土壁に向かって跳躍する。
「ブッギィイイイイイイッ!」
ドッゴォォォンッ!
派手な破砕音とともに、土壁を正面から『蹴り砕く』。
「はっ!?」
「んなっ!?」
破壊した土壁の向こうには、驚愕の表情を浮かべる男たち。
(ん? なにを驚いてるんだあいつら?)
どうやら俺の行動が予想外だったらしい男たちは、
反応がワンテンポ遅れていた。
(おいおいこの程度の障壁なんて、強化魔法を使ってるんだから壊せて当然じゃないか。それを見越して囮として、生成したんじゃいのか?)
少なくとも俺たちの稽古では、
こんなものは足止めにならない。
師匠なら鼻歌交じりにぶち抜いてくる。
(まあいい。隙を見せてくれるんなら利用させてもらうまでだ!)
俺はさらに距離を詰め、青年を射程圏内へと捉える。
「くっ、〈主の加護を/シールド〉!」
物理魔法では俺を止められないと判断したのか、
青年は魔力による障壁魔法に切り替えてきた。
「〈波撃/インパクト〉!」
だがそれは再び、俺の放った魔法によって砕かれる。
「げはぁ!」
障壁魔法を突破されただけでなく、衝撃の余波で吹き飛ぶ青年。
それを横目で流しつつ、俺が狙うのは──
「……っ!」
魔法杖を構えた修道女だ。
「いけない、リズベットくん逃げなさい!」
男が叫ぶが、もう遅い。
「ブフゥゥゥ……」
使役者である修道女と魔力導線による接続を行い、
今まさに起動しようとしていた天使。
その胸元に、俺は両手を添えている。
「……〈波撃/インパクト〉!」
馬車の荷台が震えるほどの衝撃。
戦闘状態ならいざ知らず、待機状態から起動したばかりで使役者とリンクすらしていなかった下級天使は、無防備なまま俺の攻撃を受けて、内部の宝玉を破壊された。
──【天使を相手にするなら、起動前に潰せ】。
少女から教わった天使対処法、其の一である。
「あ、貴方! 卑怯ですよ!」
男が何か喚いているが、無視だ。
戦闘に卑怯もヘチマもない。
「フゴォォォォ……」
「……ひっ!」
魔法の連続使用で乱れた呼吸を息吹で整えていると、
修道女と目が合った。
修道女は悲鳴を漏らして魔法杖を構えるが、
使役する天使を失った使役者は、
あまりに無力だ。
(悪いがこいつには、人質になってもらうか)
この距離ならばあの男も巻き添えを恐れて、
爆裂魔法を打ち込めないだろう。
(そもそも多対一の時点でこっちが不利なんだ。遠慮なく卑怯な手を使わせてもらうぜ!)
戦闘による鼻息を荒げながら、
硬直している修道女に手を伸ばす。
「こ、ごろずぅ! ごろびでやじゅぅっ!!!!」
そのとき背後から、湧き上がる殺気がひとつ。
振り向くまでもなく、先ほど吹き飛んだ青年だろう。
衝撃で肋骨でも折れたのか、吐血混じりの声だ。
怒りのせいで、気配を隠そうともしていない。
(おいおい、馬鹿にしているのか? そんな馬鹿丸出しの奇襲なんて、くらってやる理由はないぞ?)
短い吐息とともに軽く荷台を蹴って、後方に跳躍。
「ヒュッ!」
俺の頭部を貫こうと繰り出されていた刃を頬スレスレに感じつつ、
青年の身体の正面が、俺の背中と密着した。
「っ!?」
息を呑む青年の気配。混乱。恐怖。後悔……
だけどもう、詰んでいる。
「〈大波撃/フルインパクト〉!」
ズドンッ! と、先ほどのそれを上回る、
踏みしめた荷台が陥没するほどの衝撃波が馬車を揺らした。
「あぎゃぱはっ!」
正面からまともに〈大波撃/フルインパクト〉を受けた青年は、
口と言わずに目や耳や鼻、全身の穴から血を噴出させ、
またしても荷台の外へと吹っ飛んでいく。
(……えっ?)
その光景に、今度は俺が動揺を隠せない。
(はっ!? な、なんだよアイツ、弱すぎるだろ!?)
俺の〈大波撃/フルインパクト〉なんて、師匠はいつも軽く受け流してたじゃないか。
(アイツがオーバーリアクション過ぎるだけだ!)
けれど必死に脳内で展開される言い訳に反して、
背中に残る感触がそれを否定する。
そうだ。
俺だってこの世界で、もう数え切れないほどに魔獣を討伐してきたんだ。
命を奪ってきたんだ。
その手応えを、今さら間違えるはずがない。
(い、いま俺、人を殺して……?)
冷や汗が止まらない。
そんな俺にとって気付け薬となったのは、
不覚にも、背後の異臭であった。
ショロロロロ……
振り返って見れば、どうやら腰を抜かしたらしい修道女はいまだ荷台に尻もちをついており、股からはじわじわと染みが広がっている。
「……い、いや、助けて……」
顔を覆う単眼の描かれた布によって表情こそ伺えないが、
声音から伝わる修道女の怯え。恐れ。絶望。
それら負の感情が、奇しくも俺にここが戦場であることを思い出させた。
(そうだ、今は動揺している場合じゃない)
考えるのは後回しだ。
心臓にまとわりつく罪悪感を振り払いつつ、
俺は次の行動をとる。
「動くな、お前たち!」
腰を抜かしている修道女の背後に回る。
速やかに右手で腕を、左手で頸椎を固定することで、人質を確保。
「……あっ……うっ……やだっ……離してっ!」
「えぇい抵抗するな! 大人しくしろ!」
「……たすけっ……たすけてぇ!」
「うるさい黙れ!」
暴れる(お漏らし)修道女を怒鳴りつける(凶悪面の)豚鬼。
もうこの場面だけで、俺は言い逃れできない完全な犯罪者だな。
お読みいただき、ありがとうございました。




