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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
18/83

【第16話】 遭遇

【前回のあらすじ】


「なあなあエル兄。アタイらの出番ってもう終わりかよ?」

「まあ気長に待ってろよ。そのうち俺ちゃんたちにも、出番が回ってくるだろうさ」





 太陽が天高くに昇った、正午過ぎ。


 とある森の中を進む、武装した集団の姿があった。


「……ああ、嫌な天気ですね」


 空を曇天が覆う、鬱蒼とした森の中。

 馬上から空を仰いでそんな愚痴を漏らすのは、

 三十代に差し掛かったと思われる金髪碧眼の男である。


 男が身に纏う鎧は純白。

 外套マントに刻まれるのは赤十字。

 一部の隙も無い、浄化軍の正装だった。


「お願いですから任務が終わるまで、雨、降らないでくださいよ」

「あー、ダメっすよギースタイチョー。天のお恵みにそんなこと言っちゃぁ」


 金髪の男【ギース】の呟きに対する反応は、背後で起きた。


「それにこの雨だってもしかすると勇者様や聖人様の御業かもしれないんスから、異端審問会の連中に聞かれるとソッコーで審問所送りっスよー?」


 一人は男と同じ白地に赤十字が刻まれた鎧を装着する、糸目の青年。


 青年は自らが手綱を握る馬車の操馬席で、

 ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべている。


「……だめ、だめ、ぜったいにだめ。勇者様を穢すの、ぜったいに、だめ」


 もう一人はブツブツと小言を漏らす、

 白の混じった灰色髪の女性だ。


 身に纏うのはやはり浄火軍規定の鎧であり、

 彼女は単身で騎馬にまたがっている。


「……」


 最後にこの場にいる『真人ヒューマのなかで』唯一無言だったのは、白地に赤十字という浄化軍の修道服で身を包んだ少女である。彼女は糸目の青年が操る馬車の荷台で魔法杖を抱えるようにして座り込み、我関せずの態度を貫いている。


 傍らには白い布で覆われた巨大な物体。

 馬車の振動に揺られ、ゴトゴトと鈍い音を放っていた。


 ちなみに、少女の表情は伺えない。

 何故ならその顔は、単眼を描いた白い布で覆われているからだ。


「こらアンクくん、臨時とはいえ仮にも部隊を率いる上官に、その口の利き方はあんまりですよ。気を付けてください」

「へいへーい」


 この小隊の隊長らしいギースの発言に、

 部下である青年【アンク】が大げさに肩をすくめる。


(はあ。どうにも、遣りにくいですね)


 それ以上は部下の横柄な態度に注意を挟むことはせず、

 ギースはふたたび視線を周囲の警戒に戻した。


(全く、ついてないですね。よりにもよってこのタイミングで、このような任務に当たらなければならないなんて……)


 じつのところ、本来であれば本日、

 男は別の場所で別の任務に当たる予定であった。


 それはもしかすると数年前に行方不明となった『聖人』の発見に繋がるかもしれない極めて重要な任務であり、この作戦には最寄りの駐屯浄化軍部隊からかなりの人数が駆り出されている。


 その中にたった一人とはいえ『勇者』が配置されているあたり、

 この作戦に対する浄化軍の熱意が伺えよう。


 そのような作戦において、男は一個部隊の隊長に割り振られていた。

 つまり彼はそれだけの信頼を周囲から受けており、

 本人もそのことを疑っていなかった。

 それなのに……


(……ああ、なぜ今朝になって、急に配置変えなのでしょうか。それも探索任務とされていた場所からかけ離れた、こんな場所に……)


 命令を下した上官からは一応「これは極秘任務」「君に期待しているからこそ」などと言っていたが、つまるところ、厄介な役割を部下に押し付けたに過ぎないだろう。男はそう考えている。


上層部でどのような紆余曲折があってこのような時期にこのような任務が生じたのかは不明だが、少なくともこのような無意味としか思えない捜索任務に、男は自分の評価に繋がる価値を見出せなかった。


(まあ上がやれと仰るなら、下はやるしかないのですがね)


 頭では理解しつつも、口からは嘆息が漏れてしまう


「ねーねーリズちゃん、帰ったら一緒にメシでもどうよ?」

「……」


 しかも与えられた部下がなかなかに御し難い。


「ねーねーねー、オレ、奢っちゃうよ? ド派手にカンパイしちゃうよ? 酒場で華麗にダンスしちゃうよ? 情熱的にフィーバーしちゃうよ? なんならベッドにもエスコートしちゃうよ? あ、もちろん紳士的にね!」


 まず任務中だというのに、ペラペラと無駄口の減らない青年。


 これだけでも胃にクるものがあるというのに、悪知恵が働き、先ほどのようにこちらの揚げ足をとってくるため下手に注意する気もおきない。


(そのうえ最低限ですけど、周囲の警戒は怠っていませんから怒るに怒れませんし……)


 自らの優秀さを自覚している不真面目な後輩。

 なんとも扱いに困る人材だ。


「……」


 さらにもう一人。

 こちらは顔を単眼印の布で覆った修道女【リズベット】。


 彼女は青年とは真逆で、喋らない。

 ひたすら喋らない。


 いちおうここに来るまでの間にコミュニケーションを試みたのだが、

 その全てに「……はい」か「……いいえ」だけで対応されて、

 男の心はすでにへし折られている。


(ですがまあ、彼らはまだマシなほうですね)


 問題なのは……チラリ。

 視線だけを向ける。


 そこには長い前髪で顔を半分ほど覆い隠す、

 女騎士の姿があった。


「……がんばらないと、がんばらないと、がんばらないと。……がんばって……こんどこそ、あの御方のお傍へ……」


 相変わらずブツブツと、不明瞭な呟きを漏らし続ける女騎士。

 昏く澱んだ瞳はここにあってどこも見つめておらず、

 遥か遠いどこかに旅立ってしまっている。


 よく見ると顔だちは整っているはずなのに、血の気の薄い肌と、目の下の深いクマ。何よりも全身から湧き上がる陰鬱な存在感オーラが、それを台無しにしてマイナスにまで達していた。


 一目でそれとわかる異常。異端。異物。


 本音を言えば本心から、関わりたくない人物である。


(ですが彼女は聖人にまでは届かずとも、一時期は十字聖騎士クルセイダーズに名を連ねたほどの才人。そう無碍に扱うことは、できません)


 本来であれば自分よりも遥かに高い身分にあったはずの女騎士。


 彼女はその破綻した性格から十字聖騎士団を降格され、首都から離れた辺境の地でこうして自分の部下として配属されている。とはいえその秘めたる力は、決して軽んじることなどできない。


(そう、発想の転換です。これを不運ではなく、好機と捉えるんです!)


 今回の任務を機に、軍でも扱いあぐねている彼女を上手く懐柔することができれば、それは自分の評価に繋がるだろう。


 どうせ今回の探索任務で、

 まともな成果を挙げることなどできはしないのだ。


 ならば少しでも時間を有意義に使い、

 可能性を次へ繋げよう。


 そのとおりだ。

 そうするべきだ。


(よしっ!)


 男は意を決して女騎士に並び、声をかけた。


「な、なあ、ミツルギ殿。少しお話を──」


「──あァあああああああッ!」


 次の瞬間、森にヒステリックな女の金切声が響き渡る。


「ああああァあああ殺してやる! あのクソ女、殺して、殺して、ブチ殺してやる! 皮を剥いで! 爪を剥いで!髪を燃やして! 骨を砕いて! 目を抉って! 舌を抜いて! 指を捥いで! 鼻を削いで! 耳を千切って! 穴を抉って! 両手両足を切り落として豚小屋に放り込んでやる! 垢に塗れた亜人デミどもの巣へ叩き落してやる! 泣いてションベン漏らしても許してやらねぇ! それをあの御方に御覧いただいて、地面に這いつくばったお前の頭に唾を吐いて蹴とばして踏みつけて転がして、ゲラゲラ笑ってやるんだっ! あの御方と一緒に嗤ってやるんだ! あはっ、あはははははははははははははははははっ!」


 それは正しく、

 狂人の哄笑と呼ぶに相応しい、

 ドス黒く鬱屈した内面の噴出であった。


「うわっ、キッツ。なにアレ、ちょー怖いんですけど」

「……」


 青年と修道女も、女騎士の狂態に引いている。

 そして男はというと──


(……ふっ)


 伸ばそうとしていた手を手綱に戻し、

 そっと女騎士から距離をとった。


(彼女は、私などの手に負える人物ではない)


 じつに賢明な判断である。


        ◇◆◇◆◇◆


(な、なんだあの女。狂人か?)


 いきなり女騎士が叫びだしたときはビビッたが、

 どうにか動揺して気取られる失態は回避できたようだ。


 俺はいま気配を殺して、森の中に潜伏している。


 彼らを発見したのは半刻ほど前。

 その装備や行動から推察するに、浄化軍の警邏部隊っぽいな。


(こうして見る限りでは、人数は『五人』。騎馬に乗る騎士が二人と、馬車を操る兵士、そしてその荷台に乗る影が二人ぶんか)


 馬車の荷台上にいる影のうち片方は、

 顔を単眼の描かれた布で覆う修道女。


 そしてもう片方は全身をすっぽりと外套マントで覆った、

 先ほどが身動き一つしない大柄な人物。

 こちらの性別や年齢は不明だ。


(しかし浄火軍の警邏小隊が、なんでわざわざこんな辺鄙な森の中を……)


 少女から定期的にこの森には、魔生樹発見のための探索部隊が派遣されていることは聞かされている。だからこそ俺たちは意図的にその時期をズラしたのだ。それなのに、彼らはここにいる。


 おかしい。

 不自然だ。


(もしかして、俺たちの計画がバレたのか?)


 脳裏に浮かんだ疑問を、即座に否定する。


(いや、だとすると人数があまりにも少なすぎる)


 こちらは仮にも『浄火軍の元聖人』と、

 彼女に匹敵する『ヒノクニのサムライ』がいるのだ。


 もし仮に計画が露見していたとすれば、その二人をあんな少人数でどうこうしようとは、正気の人間なら決して考えたりはしないだろう。


(だとすると彼らはたまたま、この森を訪れただけ……?)


 念のため周囲を確認したが、

 彼ら以外の浄火軍は発見できなかった。


 その線は非常に濃厚だ。


(どうする? 師匠に連絡するか? それとも……)


 息を殺して森に潜んだまま、ギュッと胸元の首飾りマジックアイテムを握りしめる。


 この共鳴水晶シグナルオーブに一定量の魔力を流せば、通信圏内にいる師匠の共鳴水晶も色が変化するため、こちらの状況が伝わる。そうなれば今回の作戦は中止となり、師匠は速やかに現場を放棄して、この場を離れるはずだ。


 そうだ。

 たったそれだけのこと。

 何も難しくはない。予定通り。


 さあ、さっさと共鳴水晶に魔力を流すんだ。


(でも……)


 手の内にある魔法道具を握りしめたまま、

 脳裏に浮かぶのは少女の顔。


 泣いた顔。怒った顔。困った顔。嬉しそうな顔。


 そして……俺を見つめる、笑った顔。


(……クソッ)


 ダメだ。

 やっぱり駄目だ。

 この機会を逃すな、俺。


(じゃないと俺は、あの少女のことを……)


 高鳴る心臓を誤魔化すように、思考を続ける。


(……そうだ。もしかすると彼らはこのまま、森を素通りしてくれるかもしれないじゃないか)


 念には念を入れて、今も現在進行形で地下空洞における転移作業を行っている師匠は、隠蔽術式を使用する予定だと聞いている。となれば不運にも現場を直接押さえられない限り、彼らがそれに気づく可能性は限りなく低いだろう。


(幸いまだ、あいつらは俺に気付いていない)


 場所はずっと風下をキープしている。

 野生動物の追跡は、修行で散々繰り返してきた。

 魔力もちゃんと抑えてある。


 こちらを直接目視されない限り、

 このままあいつらに気取られることは有り得ない。


(そうだ。もう少し。あともう少しだけ、様子を見てからでも……)


 そんなことを頭でぐるぐる考えながら、

 しばらく追跡を続けていると……


「……ところで」


 不意に、先頭を進んでいた騎士が馬の足を止めて……シュランッ。


 腰元のソードを抜刀しつつ、

 俺が潜んでいる方向に顔を向けた。


「なぜこんな森の中に、亜人デミが潜んでいるのですかねぇ?」


 目が合った。


(……っ! ヤバい!) 


 そう感じた瞬間、俺はその場から力の限り跳躍する。


「──《神聖なる浄化の炎/バーストボム》」


 ほぼ同時に、向けられたソードの切っ先から火球が射出。

 直前まで俺のいた場所を抉って、爆散。

 森に轟音が轟く。


「……くっ!」


 見つかった。

 見つかっていた。


 一瞬で頭の中を後悔と焦燥が埋め尽くすが、すぐに浮かんできたのは疑問。


(でも、どうやって? なんで!?)


 自分で言うのも何だが、

 俺の隠形追跡は完璧だった。


(『目視』でもされない限り、あちらに気付かれることはないはずなのに……っ!?)


 閃くと同時に、俺は天を仰いだ。


「……ハッ!」


 するとそこには……やはり。

 切り取られた空の隙間から無言でこちらを見下ろす、

 異形の姿がある。


『……』


 一言で表現するならそれは、人間の赤子だ。


 しかし体表は大理石のように光沢があり、無機質。

 背中にはそれぞれ左右に一対の翼が生えている。


 表情はない。

 ただ顔のわりに大きなエメラルドの瞳が、

 じっとこちらを見つめていた。


(あれは……)


 俺はその名を、その正体を知っている。


「……天使か!」


 少女から話には聞いていた、浄火軍の有する人造生物ホムンクルスだ。



お読みいただき、ありがとうございました。


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