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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
17/83

【第15話】 計画

【前回のあらすじ】


 ママは何でも知っている。





「……ふぅん」


 パサリと手元の資料を机に落として、男は慣れた手つきで愛用の葉巻箱シガレットケースから葉巻を取り出した。

 先端を切り落として口に咥える。


 ボッ。


 指先に灯した発火魔法で先端を炙ると、

 心地よい充足感が肺を満たした。


「……かぁぁぁ、うめぇぇぇっ。やっぱり俺ちゃん、このために生きてんのよねぇ」


 机に置かれている灰皿は複数。

 その全てにこんもりと大量の燃え滓が盛られている。


 部屋には葉巻の煙と匂いが充満しているが、

 男にとって苦はない。


 むしろ心からくつろぐことができる空間だ。


(あ~もう仕事とか任務とか心の底からダルい。このまま煙になって消えたい)


 人としてかなり駄目なことを考えている男の耳に、コンコン。

 部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


「イザベラです」

「おう。入れ」

「失礼しま……ゴホゴホっ! な、なにこの煙は!? 敵襲!? 火事!?」


 入室してきた少女は襲ってきた大量の白煙に一瞬パニックに陥ったようだが、すぐにこの部屋の主とその嗜好を思い出したようで、慌てて部屋の窓へと駆け寄る。


「エル兄! せめて窓を開けろよ! 燻製にでもなる気か!?」

「煙に抱かれて死ねるんなら、俺ちゃんは本望さ」


 ふぅーと、微塵の悪びれもなく紫煙を追加する男に、

 男と同じ黒褐色の肌を持つ少女は眉尻を跳ね上げた。


「だったらアンタだけでくたばれ! アタイを巻き込むんじゃねえよ!」

「おいおいイザベラぁ、口調が乱れてんぞぉ~? そんなザマで潜入任務なんて果たせんのかぁ~?」


 痛いところを突かれて言葉を詰まらせる少女【イザベラ】に、

 血縁上は叔父にあたる男【エルドラド】は、

 クックッと喉を鳴らせた。


「あとそのすぐに感情が顔に出るクセは直せ。じゃないと今度の任務……ヴァンデュアル王国の第二王女さまだっけ? ちょいとオツムのイタいお姫ちゃんのお守りらしいが、それでもバレちまうぞ」

「うっせぇよ! 任務はちゃんと果たしてみせるって!」

「い~や無理だね。ムリムリ。バカには無理。断言できる」

「馬鹿じゃねえよ! なんでンなことがテメエにわかんだ!?」

「ここ家じゃない。浄火軍。んでキミは俺ちゃんの部下。それで上官サマを『テメエ』呼ばわりするこの子はいったいどこのお馬鹿ちゃんかしら?」

「~~~ッ!」


 黙っていればそれなりに整っている顔を悪鬼の形相に歪めてダンダンと床を踏み鳴らす少女の姿に、紫煙を散らされたエルドラドの溜飲が少しだけ下がる。


「ん」

「なんだよ!」

「何って、それを受け取りに来たんだろ?」


 男の差し出す書類の束で、少女の顔に理解が広がる。


(そうだった。アタイはそれを受取りにきたんだった!)


 そしてそんなことすら忘れていた自分の迂闊さと、それを見越してニヤニヤと口端を吊り上げる叔父の底意地の悪さに、少女の感情メーターと表情は一周回って『無』へと着地した。


「わかりました。では上に提出しておきます」

「ん? 中身を確認しておかなくていいのか?」

「人格はともかく、エルドラド卿の能力だけは評価していますので」


 でなけば、極度の愛煙家ヘビースモーカーであり女癖が悪く素行も悪く性格も悪く口も悪いこの叔父が、浄火軍において十代後半でありながら異例の出世を遂げている説明がつかない。ついてほしくない。


「ははっ、そんなんだからベラに、裏工作は向いてねぇって言ってんだよ。この俺ちゃんが『お前に渡す資料』を、わざわざ真面目に作ると思うか?」

「っ!」


 慌ててイザベラは手元の資料を確認し始める。


(そうだった。この腐れ外道はこういう性格だった!)


 彼ならば意図的に書類の一部に細工をして、

 自分の不備をでっち上げる可能性は十分に有り得る。


 ただ、己の愉悦のために。


 はっきり言って上官でなければ、

 叔父であってもボコボコに殴り倒したい。


「……って、ないじゃねえか! 完璧な作戦書類だよ! これのいったいどこに不備があるってんだ!?」

「ん? ねえよ? だって俺ちゃん優秀だもん」


 ピシリと、イザベラの顔にあるはずのない亀裂が走る。


(そうだった。この男は、こういう鬼畜だった……っ!)


 イザベラの脳裏に数々の思い出トラウマがフラッシュバックする。


 怒り。屈辱。羞恥。後悔。


 目まぐるしく変化する少女の顔を見て、

 男はニタニタと目を細める。


「ん? どうしたベラ? そんなに面白い顔をしてもお菓子はやらねえぞ?」

「……もし今すぐに怒りで人を呪い殺せる魔法回路を開発してくれる人がいれば、アタイは処女を捧げてもいい」

「はっ。テメエのションベンくせぇ膜なんて誰がいるかよ」


 黙ってさえいれば顔だちは整っているため、自分が知る限り常に女関係に不自由していたことはないエルドラドの嘲笑に、イザベラは下唇を噛み締めてプルプルと震えた。


「……ぷはぁ。まあ、俺ちゃんがいくらカンペキな作戦案を提出したところで、上の無能どもが台無しちゃんにしちまうだろうがなぁ~」


 そんなイザベラを歯牙にもかけず、エルドラドは新たな火を灯した葉巻を咥えて、紫煙を漂わせる。


 その表情はじつに退屈そうだ。


「……そうですね。たしかにこの作戦がそのまま採用される可能性は、低いと言わざる得ないでしょう」


 一方で怒りが臨界突破したイザベラは、

 逆に冷静になってしまった。


 じつはこの点に関しては、エルドラドは密かに評価している。


 だからこそエルドラドにからかわれるという、

 悪循環でもあるわけだが……。


「だいたい、本気ですか? こんな何もない場所に、軍を派遣するなんて」

「『何もない場所』だからこそ、だよ。いいか、コイツらは馬鹿じゃない。浄火軍から三年以上も逃げ回っている、抜け目のない黒兎どもだ」


 エルドラドの口にする『黒兎』とは、

 三年ほど前にこの大陸へと潜入した『侵入者』たちのことだ。


 正確な数は不明だが、おそらく少数。

 どの国からの差金かは不明だが、二~五名ほどのチームだと推測されている。


 侵入者そのものは、他の大陸から定期的に送り込まれているので問題はない。

 いつものように発見して、捕獲して、拷問して、処分すればいいだけのこと。

 兎狩りは浄火軍の得意分野である。


 だが……この『黒兎』どもは、逃げ回るただの獲物ではなかった。


 事実として三年前、彼らを発見した浄火軍の部隊を、

 力技で食い破るほどの獰猛なケモノ。


 しかもその戦闘には『勇者』と並ぶ浄火軍の最大戦力『聖人』の少女までも参加しており、激しい戦闘の末に、彼女はそのまま獲物とともに行方不明となってしまったのだから、その危険性は計り知れない。


 それから三年。

 黒兎と名付けられた侵入者たちは、巧みに軍の追跡を逃れ続けてきた。

 しかしここ数週間ほどで、ようやくその尻尾が見えてきたのだ。

 長年煮え湯を飲まされてきた浄火軍としては、

 威信を賭けて掴みたい好機である。


 だからこそ、軍隊学校で優良成績を収めていた下位将官たちにも、黒兎捕獲作戦の立案提出が求められたわけだが……


「いいか、十中八九、今見つかっている痕跡は囮だ。だったらヤツらの狙いはそこじゃない。逆に手薄になっている部分だろうよ」

「それが、この場所なのですか……」


 なんの特徴もない、人口密集地帯から離れた森林地帯。

 強いて言えば魔力密度が濃く、定期的に魔生樹の索敵と討伐の部隊が派遣されているというのが特徴だろうか。


 それが、エルドラドが軍隊派遣を指定した場所である。


「それで、ここに獲物が現れるという根拠は?」

「ん? 俺ちゃんの勘」


 こちらを見もせずに紫煙を吐き出す叔父の態度に、

 イザベラは直観した。


(あ、ダメだこれは)


 非常に不本意ながら、叔父と姪という関係上、イザベラはエルドラドの本質をそれなりに理解している。


 認めたくないが、この男は天才だ。


 しかし天才ゆえに能力が突出し過ぎており、

 他者がついていけない。


 そしてエルドラドは他者の理解を求めず、

 そのための努力をしない。


 説明が面倒くさくなったらだいたい「勘」の一言で片付ける。


 しかもそれがほぼ正解であるのだから悔しいことこの上ない。


 そうした叔父の性格を知悉している少女だからこそ、如何にこの作戦案が重要であるのか理解できるのだが、少なくともこれを提出する上官たちにはそんなエルドラドの性格など推し量ってはもらえないだろう。


 精々がこれまでの実績を鑑みて、保険として部隊をひとつかふたつ、派遣される程度のものだ。


「まあそれでも俺ちゃんはちゃんと役目を果たしたんだ。評価されても、叩かれることはないだろ」


 むしろそうなってほしい。

 であればその失態を突いて、自分はもっと上にあがれる。


(……そうだった。この人は、そういう人だった)


 先を見据えてそんなことを考えているエルドラドに、まだ目の前の任務に対してすら必死なイザベラは、死んでも口には出さないが、まだまだ敵わないなぁと小さくため息を吐くのであった。


        ◇◆◇◆◇◆



「それでは念のため、これから執り行う『さうすとん大陸脱出計画』の概要を今一度確認しておく。よいな?」

「はい」

「うっす」


 まだ日も昇りきらない早朝。


 本日はいつもの軽装ではなく、年季を感じさせる使い込まれた黒地金に緋色と金箔をあしらった本格的な戦鎧を身にまとう師匠の言葉に、こちらも本日は普段見慣れない純白の魔法杖を手にする白髪紅瞳の少女と、半透明な拳大の水晶玉を首飾りにした俺がそれぞれ同意する。


 ちなみにこれらの装備や魔法道具は、少女の固有魔法である空間魔法《次元門/ゲート》によって亜空間の保管庫から取り出したものだ。


 俺たちがふだん軽装のまま旅を続けていられるのも、

 少女のこの空間魔法によるところが大きい。

 魔法マジ便利。


「ではヒビキ。具体的な内容を申してみよ」

「はい。えっと……まず前提として、このサウストン大陸はかつて勇者が使用した超級魔法によって、外界とほぼ隔離された状態にあります。加えて国境付近は常に浄化軍の警邏隊が巡回しているため、それらの目をかいくぐって結界を突破するのは非常に困難といえるでしょう」


 結界の突破に手間取っていると、

 あっという間に浄化軍に囲まれるって話だからな。


 実際にそれを体験した師匠さんと、

 そのときは包囲網側にいた少女が、

 揃ってうんうんと頷いている。


「なのでこの結界を確実に突破するには一瞬で、なおかつ勇者の結界をぶち破るほどの大出力の魔法が必要とされるわけです」

「うむ、その通り。それゆえの魔生樹。触媒だ」


 魔生樹。

 忌まわしい魔獣を生み出す魔生の母体。


 だが一方で魔生樹は非常に有益な魔法触媒であり、

 これの確保に、師匠たちは数年間を費やしてきた。


それがしが執り行う、触媒と地脈を用いた強力な転移魔法。そしてその間に行うマリアン殿の陽動こそが、この計画の要で御座る」


 地脈とは、大地を循環する魔力の流れ。

 基本的に転移魔法とは、この流れを利用して長距離を一瞬で転移ワープする魔法のことを指して言う。


 それだけ聞くと「まさしくファンタジー」な便利魔法であるが、しかしこの魔法、発動条件が非常に厳しいため、使用者がかなり限定されてしまう。それこそこれを私用で利用することができるのは、有事の際の王族や貴族といったごく限られた特権階級の者たちだけだ。


 少女のように短距離とはいえ「ちょっとそこまで」感覚で、

 ピュンピュン転移できる存在のほうが規格外なのだ。


「はい。ハガネさんが確実に魔法を成功させられるよう、わたくしが時間を稼いで見せます。おまかせください」


 そう言いつつも、少女の顔は俺に向けられていた。

 そんな少女の眼差しに……耐えられず、

 俺は顔を背けてしまう。


「どうしたヒビキ。お主の役割が不満か?」


 つい浮かんでしまった苦い顔に、師匠が目を細める。


「いや……いえ、そうですね」


 誤解です──と横に首を振ろうとして、俺は結局、頷いた。


「やっぱりちょっと、釈然としないですね」


 なぜならその怪訝も、

 あながち的外れではないからだ。


「だって今回、俺の役割って『伝令』でしょ?」


 師匠が転移魔法の発動、

 少女がその間の時間稼ぎと、

 それぞれが大変な労力や危険を請け負っているのに対して、

 俺の役割は……周囲の警戒。


 師匠が討伐し、そのまま触媒として利用する予定の魔生樹が存在する地下空洞。

 その地上にて周囲に異常がないかを警戒し、あれば報告するだけの伝令だ。


 そう、伝令。


『もしも』が起こった際にそれを排除するのではなく、

 仲間たちに知らせ、計画を『中止』させるという、

 なんとも情けない役回りである。


「ふむ。気持ちはわからんでもないが、ヒビキよ。この計画は、お主の命あってのもの。ゆえに細心の注意と心構えを以てことを成そうとするのは、当然のことだ」

「でも流石に、『異常があれば即座に計画中止』っていうのは……」

「ヒビキくん。命さえあれば機会はいくらでも作れます。お気持ちはわかりますが、優先順位は間違えないでください」


 硬質な少女の声音。

 揺るぎない決意が伝わってくる。


(ちくしょう、情けねぇなぁ……)


 大人たちに散々と手間暇かけさせて、迷惑かけて、守られてるのに、ガキな俺はなんにもできやしない。


 それが無性に悔しい。

 情けない。


(でも『それしか』今の俺にはできないってんなら、仕方ねぇよな)


 胸で疼く痛みを、ため息とともに吐き出す。


「はいはい、わかりましたよ。とにかく俺は予定通り、周囲を警戒して、何かあったらこの『共鳴水晶シグナルオーブ』でそれをハガネさんに知らせればいいんでしょ?」

「うむ」


 鷹揚に頷く師匠。


「そうですよヒビキくん。決して、無茶はしないでくださいね」


 少女は俺の正面に移動して、頭を「よしよし」と撫でてくる。


「うふふふ」

「……チッ」


 なんだよ。最後までガキ扱いかよ。


(でもまあ、これがホントに『最後』なんだよなぁ……)


 俺の凶悪な三白眼にまるで怯まない少女に辟易しつつ、

 そんなことを考える。


 今の話で敢えて誰も触れなかったが、もしこの計画が上手くいけば、以前から言っていたように少女とはここで『お別れ』だ。


 陽動役としてここから少し離れた場所にいる浄化軍に奇襲を仕掛ける彼女は、俺たちのもとには戻ってこない。


 何故なら真人ヒューマたちが引きこもり、支配するこのサウストン大陸以外では、彼らは非常に『生き難い』からだ。


 弾圧され、差別され、迫害されて、

 ほとんどの国で奴隷と同義の扱いを受けているのだという。


 師匠のような『ヒノクニのサムライ』という国家背景ブランドネームでもない限りは、真人ヒューマがその他の人類に混じって普通に生きていくことは不可能だ。


『だからわたくしは、ここで降ります』

『ヒューマであるわたくしだけならば、この国でもなんとか生きていけるはずですから』


 この脱出計画が初めて俺に明かされた際に、

 少女はそんなことを言っていた。


(……そんな『建前』が嘘だってこと、豚にだってわかるんだよ)


 本当の理由は俺のため。

 少しでも俺の負担にならないため。

 何より俺が、彼女という存在を拒否しているからだ。


(そうだ、俺はコイツが大嫌いなんだ。清々するぜ)


 そう、思っているはずなのに……


 そう、思っていたはずなのに……


「よしよし、ヒビキくんんはいい子ですね。こんな立派な子に育ってくれて、ママは本当に幸せですよ」

「……」


 今、こうして伸ばされる手を、向けられる視線を、

 俺は拒絶することができなかった。


(ふ、フン。まあいい。これが最後なんだ。少しは大目にみてやるさ)


 だから師匠、その生暖かい視線はやめてください。

 不愉快です。


「んふふ~、大丈夫ですよ~。ヒビキくんならどこに行っても、誰と一緒でも、ちゃんと自分の人生を歩んでいける強くて賢い子ですからね~。ママが保証します~」

「……あっそ」


 そんな感じでいつものように、気負わず、努めて平常運転で、

 俺たちは最後の別れを済ませた。


 でも流石に少女が「ご幸運を」とかぬかして頬に口づけしようとしてきたのはやりすぎだったので、脳天にチョップをかましておいた。


          ◇◆◇◆◇◆


 それから数時間後。

 俺は浄火軍と遭遇した。



 お読みいただき、ありがとうございました。


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