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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
16/83

【第14話】 巣立ち

【前回のあらすじ】


 マリアン「ああ、また彼の『呪い人形』が増えてしまいますねぇ……」





「羽兼龍断流抜刀術、〈火燕/ヒエン〉!」


 詠唱スペルとともに緋色の刃を振るう。

 魔力で満たされた刀身で、魔法回路が発光。

 斬閃から紅に燃え上がる火燕が飛び出した。


 ゴォオオオオオッ!


 空気を焦がして羽ばたく飛燕は進路上の大岩を迂回。

 のちに、その背後に立てられていた案山子へと到達。

 炎が弾け、人型が紅に染まる。


「良し、では鎮火」


 傍らで腕を組む師匠の指示に従い、

 魔力線パスを介して繋がる『擬魂』へと命令を送る。


 見る間に燃え盛る炎は弱まり、擬魂とともに消滅。

 魔力線の繋がりも途絶えた。


「うむ、『擬魂ギコン』の習熟は十全のようで御座るな」


 俺の繰り出した火炎魔法を観察していた師匠が、

 満足そうに顎を引いてくれた。


「擬魂の生成速度も、出来も、扱いも、及第点で御座る。よくぞここまで練り上げた」


 擬魂、正式名称『擬魂回路』とは、魔法回路によって一時的に生み出された簡易な『魂魄コンパク』のことであり、先ほどのような遠隔操作系統の魔法を取り扱う際には必須の技能とされている。


 魂魄とは、俺たち生物全てに宿っているタマシイのこと。


 この世界における生物とは基本的に、

『魂魄』『魔力』『肉体』の三要素で構成されている。


 そして擬魂回路は創造者の魂と魔力線パスによって同調シンクロするように魔法回路が組まれており、これを用いることで、魔術士や召喚士は自身が生み出した魔法や式神などを遠距離でも自在に操作できるというわけだ。


(な、長かった……)


 師匠に擬魂の生成と制御を教えてもらってから、

 半年以上もかかっちまったよ……。


「まあ今回はそれがしの愛刀である『紅風』も幾分か手伝っておるからのう。及第点は、やや過分かもしれぬがな」


 安堵の表情を浮かべる俺を横目で見て、

 ニヤリと口角を上げる師匠。


 たしかに今の俺の技量では、師匠に貸してもらっているこの緋色のカタナ──精霊鳴刀【炎蹄紅風えんていべにかぜ】による補助がなければ、炎を『発生』させるだけでなく、それを『操作』する魔法の制御が難しいだろう。


(でもそれにしたって、採点が厳しすぎやしませんかねぇ?)


 つい、口先を尖らせてしまう。


「かかっ。そう不貞腐れるな、ヒビキ。文句があるならかかってこい」

「……べつに、気にしてませんから」


 だから手をワキワキさせないでください。

 キモいですから。


 ボフッ。


 と、つい零してしまった俺の強がりに反応するように、

 緋色の刀身から火の粉が舞った。


 その仕草はまるで、若者の強がりに微笑む年配者のようだ。


「ほれ見てみい。紅風も笑っておるぞ」

「カンベンしてくださいよ、紅風さぁ~ん」


 泣きを入れる俺に、刀身からボッ、ボッ、と火の粉が舞う。


 それはまさしく、カタナに宿る精霊の感情の発露であり、

 その穏やかな炎からは、優しささえ感じられた。

 まるで出来の悪い弟を見守る姉のようだ。

 恥ずかしい。照れる。


「まあ良い。ではヒビキよ、『アレ』を用いて同じ術式を繰り出してみい」


 次いで師匠が指示するのは、俺の生来有する特殊な魔法回路のこと。

 名はまだなく、暫定的に俺はアレを『黒炎』と呼んでいる。

 すぐに精霊鳴刀を用いて魔法回路を発動させた。


「……クソッ」


 だが、上手くいかない。

 魔法回路そのものは発動して黒炎は生み出せるのだが、

 擬魂回路を上手く組み込めない。


 まるで黒炎がそれを拒絶しているかの如く、

 擬魂回路は形成した端から崩壊……否、

 消滅してしまう。


「ぬぅ。やはり御し難いか」


 苦戦する俺の姿に、師匠も難色を示した。

 黒曜石の視線は、緋色の刃を舐めまわす黒い炎に注がれている。


「もうよい。消せ」

「……すいません。これ、俺の意思じゃあ消せないんですよ」

「……で、あったなぁ」


 苦い顔をした師匠がジョリジョリと無精髭を撫でた。


 そうなのだ。

 じつはこの黒炎、俺の意思では消火することさえできないのだ。

 しかも魔法回路への魔力供給を絶っても『何故か』存在し続けて、

 対象物を消し炭になるまで炙り続ける。


 その執拗さ、貪欲さ、執念深さは、さながら獲物を呑み込んだ蛇の如し、だ。


「ならばいつものように消せい」


 師匠の許しをいただいたので、俺はカタナを振りかぶった。


「……正直、黒炎おまえがまとわりついている光景は、身内を汚されているみたいで胸クソ悪いんだよォおおおおッ!」


 刃に乗った遠心力が最大限に達したタイミングに合わせて、

 刀身からも『通常の炎』を噴出させる。


 外部へ引っ張る引力と、

 内側から押し出す斥力。


 二乗の力によって黒炎は刀身から引き剥がされ、

 宙へと放り出された。


 黒炎は放物線を描いて落下。

 地面でしばしのたうちまわった後に、ようやく鎮火する。

 黒蛇の抵抗を示すように、地面には焦げ跡が刻まれていた。


「やはりこの炎は危険であるなぁ。時間か、技量か、いずれの問題にせよ、扱いに習熟するまでは無闇な使用は控えるべきで御座る」


 異論はない。俺だってこんな制御できない、しかも魔力を異常に消費する欠陥魔法を、好んで使おうとは考えない。


 折角の生まれ持った固有魔法なので習得を諦めるつもりはないが、

 しばらくのあいだは、これの使用は見送ったほうが無難だろう。


「まあよい。あの炎の習熟まで至らなかったことが心残りといえば嘘になるが、それ以外の技量については概ね水準に達しておるな」

「っ!? 師匠、それは……」

「うむ。免許皆伝には程遠いが、ヒビキよ。お主が羽兼龍断流の徒であることを、某が認めよう」

「……っ!」


 それは──俺が羽兼龍断流の使い手として。


 一人の戦士として、男として、師匠に認められた瞬間だった。


「お主はもう、一人前の火ノ國男児だ。某が保証する」

「はい! ありがとうございます!」

「うむ。であるからこそ、しっかりと『ケジメ』はつけてこい」

「……っ!」


 同時にそれは『アイツ』との、別れが迫っているということでもあった。


        ◇◆◇◆◇◆


「そう……ですか」


 その日の夜。

 焚き火を囲いながら夕飯の支度をしていた白髪紅瞳の少女に、俺が師匠から流派を名乗ることを認められたことを伝えると、少女は一瞬だけ言葉に詰まったのちに、嬉しそうに微笑んだ。


「ヒビキくん、羽兼龍断流の認可、おめでとうございます」

「お、おう」


 そこで、会話が途切れてしまう。


 パチパチと静かに薪が爆ぜる。


「……」


 ふと、炎に照らされる少女の顔が、いつもより青白く見えた。

 ずっと伸ばし続けてとうとうくるぶしに届くまでになった白髪が、闇夜に溶けていきそうなほどに儚い。


 それらが全て俺の思い込みや妄想なら、どれだけ気が楽だろうか。

 心が揺れる。

 痛む。

 苦しい。


 でも……俺は、それでも言葉を続けなければならない。


 俺自身のために。

 彼女のために。


「だから一週間後に、予定通り『あの計画』を実行するそうだ。問題ないな?」

「ええ」


 遣り取りの最中、焚き火を囲んでいる師匠にも視線を送るが、口は挟んでこない。

 腕を組みながら瞑目して、静かに耳を傾けている。


「だから……アンタと一緒にいられるのは、あと一週間だ」

「はい」


 計画とは、師匠たちが三年近く前から……

 すなわち『俺が生まれた直後』から準備を進めてきた、

 この大陸からの脱出計画。


 いま俺たちのいるこの大陸は、数百年前の『勇者』が発動させた超ド級の大魔法によって、他の大陸から隔離されている状態らしい。


 通常の方法による転移魔法が行えず、

 海面には大竜巻や大渦、落雷が絶えず発生しており、

 陸地には深い峡谷が刻まれ、濃霧が漂っているとのこと。


 さらにそうした自然(魔法?)による防壁に加えて、国境付近には常に神栄教会直属の戦闘組織──通称『浄火軍』が警邏しているため、大規模な他国の干渉などはすぐに発見、駆除されてしまう。


 しかもこの浄火軍は、真人ヒューマが閉鎖したこの大陸内で数百年の時間をかけて生み出されたものであり、他の大陸や人族とは異なった独自の発展を遂げているらしく、従来の戦力や常識では対応が難しいとのこと。


 そのことは、定期的に他国から調査のために送り込まれる冒険者プレイヴァー請負人ワーカーたちの、帰還率の低さが物語っているとのこと。


 濃霧と雷嵐に包まれた謎の大陸。

 それがこの世界における、真人ヒューマたちの国の認識だった。


 つまりここから『外』へ出るには、通常の方法ではまず不可能。


 まさか師匠のように己の武を頼りに単身上陸して、

 浄火軍と派手にドンパチやらかすわけにはいかまい。


(そもそも一国を相手に単身で喧嘩を吹っ掛けるとか、どんだけクレイジーな戦闘狂だよってハナシだよな)


 そんなクレイジーな戦闘狂が師匠であることに、

 時折不安を感じないといえば嘘になる。


 ともあれ、そうした事情があるために、師匠たちは二年間をかけて少しずつ『準備』を進めてきた。行動を隠密に徹底して、浄火軍の追っ手を撒きながら、地道に魔生樹を……高位魔法の発動に必要な『触媒』を確保してきた。


 言葉で説明するには容易いが、大変だっただろう。

 苦労してきただろう。


 いつも厳しく俺に手解きをしてくれた師匠も、

 いつも物陰から俺を見つめていた少女も、

 おくびにも出さなかったが……


 二人はずっと俺のため、

 俺を安全にこの大陸から連れ出すために、

 本来必要でない労力をずっと割いてきてくれた。


 二人には感謝している。


 だからこそはっきりと、『ケジメ』はつけておくべきだと思った。


「……ありがとう」


 俺はじつに数年ぶりに……

 少女に対して頭を下げ、感謝の言葉を口にした。


「まだ、アンタのことは許せない。でも感謝もしている」


 未だに少女が自分勝手な理由で、俺を豚鬼オークとしてこの世界に転生させたことは受け入れられない。


 だが一方で、少女の盲目的なまでの献身なくしては、俺が今日この時まで生きてこられなかったことも真実だ。


 憎悪と嫌悪。

 感謝と恩義。


 少女に対して相反する感情を抱く俺の胸中は複雑だ。


 でも、それでもきっと、無理矢理にでもこうして何かの『かたち』にしておくことは、これからの俺にとって必要なことだ。


「だから、ありがとう」


 感謝の言葉を繰り返して、さらに深く頭を下げる。

 そのまま一秒、五秒、十秒と経つが……

 少女からの反応はない。


(……?)


 怪訝に思い、顔を上げてみると──


「……ぁぅ」


 少女はその紅玉ルビーの瞳を大きく見開いて、

 一切の動きを停止したまま、ポロポロ。

 大粒の涙を零していた。


(ひぃ! ナニこの子、めっちゃ怖い!)


 ドン引く俺に、少女が慌てて正気を取り戻す。


「……っ! あ、はい、そうですね、有難うございますです! え、いやちがう? この場合はどういたしまして? いえいえそんなことはありません! やはりこちらこそ、ヒビキくんのような立派な子を産ませて、育てさせていただいて、感謝の念は尽きません! 本当に有難うございました! です!」

「ちょっ、やめろ馬鹿アタマ上げろって! 燃える! 焚火で髪が燃えるから!」


 獅子舞の勢いで白髪を上下させる少女を、

 慌てて押し留める。


「はっ! いけないいけない! せっかくヒビキくんが褒めてくれた髪を、燃やしてしまうところでした!」

「え……? アンタが髪を伸ばしている理由って、それ?」

「……? そうですよ?」


 キョトンと首を傾げる少女。

 同時に俺も首を傾げた。


(う~ん。そんなこと、言ったかなぁ?)


 もしかすると師匠との雑談でそんなこと言ったのかもしれないが、少なくともそれを直接、少女に伝えた記憶はない。


「えっと……もしかして、お気に召しませんでしたか……?」


 すると……ぶわっ。


 少女の額に大量の汗が浮かんだ。

 ガタガタと身体が震えている。

 瞳孔は開いていた。


「でしたら、こんなもの……」


 少女は右手の手刀に構え、左手に握る白髪の束に添えた。


「うぉおおおい何してんだよ!?」

「だって! ヒビキくんを不快にさせるものなんてこの世に存在する価値などありません! 無意味です! せめて今晩の焚火にくべさせてください!」


 少女の瞳はどこまでも真剣だ。

 こんなことで真剣になられても困る。


(なんだ!? どうしてこうなった!?)


 先ほどまでの穏やかな空気が台無しだ。


「師匠!」


 助けを求めて師匠を見るが、

 無言で目を逸らされた。


(チクショウ!)


 師匠は頼りにならない。

 俺は頭をフル回転させた。


「ま、まあ、悪くはないんじゃないかな……?」


 そして導き出されたのは無難な一言。


 だがこれは前世で学んだ【女性の髪型や体型については意見を求められても明言を避ける】という非常に理に適った真理に基づく神の一手であり、決してテンパったチキン野郎がその場しのぎに口にした逃げの一手などではないのだ。そもそも俺ってチキンじゃなくてポークだし。


 その証拠に、


「そ、そうですか……? ほっ」


 ほらね。真理は証明された。


「そうですか。似合っていますか。ヒビキくんはママの髪が大好きですか。うふっ。うふふふ……」

「いやそこまでは言っていないけどな」


 そんな俺の呟きなどもう聴こえていないのか、

 少女は嬉しそうに毛先を指に絡めて、

 モニュモニュとはにかんでいる。

 

 まあいい。

 とにかく助かった。


「うむ、話は済んだようで御座るな。ではいい加減、夕餉にしよう」


 そこで気配を殺していた師匠がようやく発言する。

 ヒノクニのサムライは話を蒸し返さないように、

 いそいそと夕食を配り始めた。


(だけどさっきの裏切り、俺は絶対に忘れませんからね?)


 虫けらを見るような俺に対して、

 師匠は気持ち悪いほど柔和な笑みだ。


「どうしたヒビキ。ほれ、川魚の丸焼きだ。これはお主の好物であったで御座ろう?」

「……」(じー)

「それに今日は特別に、それがし秘蔵の火乃圀醤油もわけてやるぞ? ん?」

「……」(ゴクリ)


 ま、まあ、人間だから得手不得手はあるからね。

 仕方ないよね。


「ヒノクニの酒もつけてください。それで手を打ちましょう」

「仕方ないのう。お主はまだ童子わらしなのだから、少しだけだぞ?」


 ちなみにこの世界における飲酒年齢は国によって様々だ。


 少女の属する神栄教会では十二歳からだし、

 師匠のヒノクニではもっと早くて十歳ほど。


 それも祭りなどのイベント時には無礼講が発動するみたいだし、

 前世よりも飲酒に対する認識はかなりアバウトだ。

 正直有り難い。


「ヒビキくん……チョロすぎますよ……」

「は? アンタにだけは言われたくないんだけど?」


 チョロいの権化が何を言うか。


「……ふふ。所詮は童子わらしよのぅ」

「ん? 師匠、何か言いましたか?」

「否、気にするな。某とて、晩酌に相伴してくれるなら有り難い」

「あ、ズルいですよ二人とも! ママを除け者にしないでください! そしてヒビキくんのお酒はわたくしが注ぎます! ハガネさん? 貴方はそのへんの木の根でもしゃぶっていなさい!」


 その後はいつものように飯を食って、師匠にこの世界の話をしてもらい、ときどき少女に補足説明を入れてもらいながら、平穏に夜が更けていった。


 着実に──別離までの時間を刻みながら。


        ◆◇◆◇◆


 そして俺にとって生涯忘れることのできないであろう、

 人生最悪の『あの日』がやってきた。



 読みいただき、ありがとうございました。

 


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