【第13話】 討伐⑤
【前回のあらすじ】
ブタ、フラグ建築士(三級)を獲得。
「ゴォオオオオオオオ!」
ドンドンドンドンと、六本の腕で胸元を激しくドラミングしながら、身長二メートル近い巨猿魔獣『アームコング』が雄叫びをあげる。すると雷に打たれたように、下位種である生き残りのハンドモンキーたちが、一斉に俺を睨みつけてきた。
「ホォオオオオッ、ウキァ!」「ウキ!」「キッ!」「キィ!」
上位種だったアームエイプらを喪って指揮が崩壊していたアームモンキーたちであったが、さらに上位種であるアームコングの登場によって、混乱は収束。散発的だった敵意が収束して、密度を上げていく。
「ヒビキくん!」
「うっせェ黙ってろッ!」
再び猿型魔獣の群れに囲まれた俺を危険と判断したのだろう。
律儀に最初の位置から動いていない少女が声を荒げるが、
俺はそれを一喝。
「これは、俺の戦いだ! アンタは指一本手出しすんじゃねェぞ!」
「……っ!」
そうだ。サルどもの駆除に手間取ったのも、
大ザルを産み出す隙を与えちまったのも、
すべては俺の責任だ。
だからその尻拭いは俺の役割なのだ。
(じゃねえと師匠に、顔向けできねェんだよ!)
俺にそれが『できる』と信じてくれた黒髪のサムライ。
その顔に、泥を塗るような真似はできない。
(こいつは──こいつらは、俺ひとりで片付ける!)
落ち着け。
雰囲気に惑わされるな。
周囲でギーギーと騒いでいるサルどもは四匹。
基本、そいつらは無視でいい。重要なのは大ザル。
あれさえどうにかできれば、残りはなんとでもなる。
(一点突破だ!)
ドンッ、と地面が陥没するほどに力強く踏み割って、
脚力強化魔法〈加速/アクセル〉を発動した俺は、
大ザル目掛けて突撃する。
「ギキィ!」
その意図を理解したのか、すぐに大ザルが咆哮。
応じる様に二匹のサルたちが俺の進路上に立ち塞がった。
(クッ、やはり守護獣クラスの魔獣だと、そこそこ頭が回るらしいな!)
少なくともこちらの目的を見抜いた時点で、先ほどまでのアームエイプたちよりもはるかに優秀な指揮官だと言えるだろう。厄介だ。
「ブッヒィイイイイイイッ!」
ともあれ、目的に変更はない。
最短距離を一直線。
これまでの戦闘でアームモンキーどもが障害に成りえないことは証明されている。事実、俺は目の前に立ち塞がった二匹のサルを、筋力強化魔法〈増強/パンプス〉を発動させた豪腕で薙ぎ払い、叩き潰した。障害物を排除するのに二秒もかかっていない。
「ッ!」
その僅かな間に──ヤツは滑り込んできた。
気がついたときにはすでに、目前に巨猿魔獣の影。
(まずいッ!)
悪寒。咄嗟に腕を掲げる。
すぐさま骨の芯まで伝わる衝撃が走った。
「ホァアアアアアアッ!」
しかも一度ではない。
二度、三度と、大木を叩きつけられるような衝撃は連続。
最後に両腕で守った頭部ではなくがら空きの腹部を狙った一撃によって、空中を水平にぶっ飛ばされた俺はようやく大ザルと距離をとることができた。
「ブハッ……か、かはぁ!」
なんとか受身をとって着地の衝撃を殺すことには成功。
(クソッ、骨は……まだ折れてないな)
稽古中、何度となく折られて逞しくなったボーンたちに感謝だ。
「キギィッ!」「ギッ!」
息つく暇もなく、残る二匹のアームモンキーたちによる追撃が行われる。
地面に着いていた膝を立てて、反撃の体勢をとろうとするが──
(──何っ!?)
てっきり今までのように手にした棍棒で殴りかかってくるとばかり思っていた猿型魔獣たち。だが彼は唯一の武器であるそれらを『手放し』て、自由となった四本の腕で、それぞれが俺の左右の足にしがみついてきたのだ。
(こいつらいったい何を──)
疑問はすぐに、俺の全身を覆った影によって氷解。
(──上だとッ!?)
見上げればそこに、身長二メートル近い巨躯が踊っていた。
振り下ろされるのは、六本三対の腕が組み合わされた、
三連結の『破城槌』。
影の着地点から逃げようとするも、
俺の両足は猿型魔獣たちによって自由を奪われている。
(こいつら、身を挺して大ザルの援護を!?)
思えば先の攻防でも、猿型魔獣たちは身を犠牲にして、
巨猿魔獣の活路を生み出していた。
上位種の行動は、下位種の命よりも優先される。
そんな魔獣の行動原理が、俺を追い詰めていた。
ゴッ……メシメシミシバキィ!
やむなく両腕を頭上に掲げるが、衝撃は予想を上回る。
頭蓋こそ割られなかったものの両腕の骨は砕け、
身体は地面へと叩きつけられる。
意識が飛びそうになる激痛。
歯を食いしばって耐える。
(クッ……〈鋼化/スチール〉!)
途切れそうになる意識を繋ぎ留め、
必死に尻尾で誘動を使用。
上半身と両足の強化魔法への魔力供給を中断しつつ、
肉体の一部を硬化させる強化魔法を全力で発動する。
「ホキョォオオオオオオオオッ!!!!!」
頭上から鳴り響く雄叫び。
そして六本腕から繰り出される、爆撃のような連打の嵐。
俺の両足を捉えていたサルたちも巻き込まれてすでに挽肉だが、大サルに手心など発生しない。あるのはただ敵意。興奮。殺意。自分の命を脅かす者に対しての、純粋なまでの怒りだった。
「ホォオオオオオオオオオッ!!!!!!!」
ズドドドドドドドドドッ!
怒りは収まらない。
拳は止まらない。
十秒、二十秒と過ぎても、降り注ぐ殺意の驟雨は途切れない。
(ま、まずい、このままだと……)
地面になかばうつ伏せに『埋められた』状態だが、全力で〈鋼化/スチール〉を発動しているあいだはまだ生きている。しかしいずれ魔力が枯渇して、魔法回路が維持できなくなるだろう。それがいつなのか、十分先か、一分先か、十秒先か、一秒先か、それはわからない。ただその瞬間、確実に言えることは──
(──『死』──)
死ぬ。
俺は死ぬ。
殺される。
俺は殺される。
こんな場所で。
こんなことで。
今まで俺が、そうしてきたように……
今度は俺が、そうされる番なのか……
(……嫌だッ!)
嫌だ嫌だ。
巫山戯るな。
死にたくない。
こんなところで殺されたくない。
本能が全力で悲鳴をあげるが、
タイムリミットは刻一刻と近づいてきている。
死ぬ。
このままだと殺されてしまう。
(だ、誰か──)
自分でも半ば無意識のうちに、手を伸ばしていた。
直後に──ドンッ!!!!!
俺は押し潰された。
◇◆◇◆◇◆
「……ぬ?」
魔生樹討伐に弟子を送り出しているあいだ、愛刀である二振りの精霊刀『炎蹄紅風』と『雷轟景鷹』の手入れをしていた黒髪のサムライ【ハガネ・テッシン】は、肌に感じた寒気に思わず眉根をしかめた。
「この気配は……」
視線は弟子を送り出した森の奥。
魔生樹がある洞窟の方向に向けられている。
「どうやら眠れる獅子が、目を覚ましたようで御座るな」
物騒な言葉とは裏腹に、無精髭の生えた横顔には、まるで新しい玩具を見つけた子どもの如き無邪気な笑みが浮かんでいた。
◇◆◇◆◇◆
死んだ。
圧倒的な『力』に全身を押し潰されて、俺は死んだ。
本気でそう思った。
でも違う。
こうして思考を継続できている時点でそれは否だと、
数秒ほど遅れて気がついた。
(な、何が起こって……)
思考は混乱している。
一瞬意識も飛んでしまったため、魔法回路も停止している。
今の俺は無防備に地面に這い蹲っている満身創痍のブタだ。
ひねり潰されるにはあまりにも容易い。
それなのに──静寂。
先ほどまでの大ザルの咆哮も、
洞窟を揺らしていた振動も、
何も聴こえない。
ただただ静か。無音。否、たった一つだけ先ほどからうるさいほどに鳴り響いている音がひとつ。それは自分の心臓の鼓動。生物としての本能的な恐怖が、畏怖が、バクバクと痛いほどに警鐘を訴え続けている。
呼吸をするのが苦しい。
全身から汗が噴き出している。
おそらく眼前で彫像のように停止している大ザルも、
同じ状況だろう。
いや、うつ伏せに倒れている俺とは違い、正面から『それ』を見ているであろう大ザルは、もっと酷いかもしれない。
(と、とにかく、今のうちに逃げて──)
背後から感じる『重圧』の正体にようやく気づいた俺は、
つい、そんなことを考えてしまった。
(──馬鹿かッ!)
この奇妙な状況を作り出している原因なんて、たったひとつ。
全身を潰されたと錯覚するほどの殺意を放出できる人物なんて、
この場にはたったひとりしか存在しない。
その『彼女』に俺は助けられた。
(それでいいのか?)
あんなにイキがっておいて、突き放しておいて、イザとなったら助けてもらって、おめおめと生き延びたとして、それで俺はその後、自分を許せるのだろうか。
(否ッ!)
激痛と悪寒に震える身体に気合で喝を入れる。
喘息に近い呼吸を息吹で強引に整える。
(ここで逃げたら、男じゃねェ!)
もし、ここで逃げたら、俺は俺でいられなくなる。
彼女の存在に縋ってしまう。
彼女の存在を受け入れてしまう。
(それは駄目だ!)
それならここで死んだほうがマシだ。
「ブホォオオオオオオオオオッ!」
この肉体に転生してからすっかり馴染んでしまった雄叫びとともに、立ち上がる。
目の前には相変わらず微動だにしない大ザル。
絶好の好機。
すでに魔力は練り上げた。
正真正銘、最後のひと雫まで絞り出した、
今の俺の最大魔力。
しかし両腕が動かない。
骨をバキバキに砕かれて、指一本まともに動かせない。
これでは〈波撃/インパクト〉を放つことができない。
(いや、違う。できるできないじゃない。『やる』んだ)
そのとき脳裏に浮かんだのは──
皮肉にも、いま俺がもっとも縋りたくない、白髪紅瞳の少女の言葉だった。
『ヒビキくん、貴方は貴方です。無理に誰かに合わせ、真似る必要はありません』
長所を伸ばしてもいい。
短所を補ってもいい。
とにかく俺は俺のやり方で、俺『だけ』の高みを目指すべきだ。
「ブヒィイイイイイイイッ──」
その言葉がストンと胸の中に落ちた瞬間、
カチリと、様々な歯車が噛み合ったような気がした。
そうだ。
俺は所詮、豚鬼だ。
土台、師匠のように、少女のように、精緻に魔力を制御して、華麗に魔法を使いこなすことなんて、できやしない。
(だったら……細かいことなんて考えずに、全身全霊でぶつかっちまえッ!)
様々な迷いを振り切るように、
地面を蹴って砲弾のように飛び上がる。
身長差があるためそれでも俺の肩は、大ザルの胸元までしか届かない。
だがそれでいい。それがいい。
しっくりくる。
ピッタリとハマる。
両腕がまともに動かせないことさえ、むしろ好都合とさえ思えてしまう。
イメージは前世で読んだ覚えのあるバトル漫画。
メインキャラのひとりが八極拳の使い手で、たしか、こんな感じで相手の身体にピッタリと自分の背中を添わせていたはずだ。
少しでも、接触面積が増えるように。
魔力が通りやすくなるように。
そして八極とは『爆発』という意味。
ゆえに俺は、こう叫んだ──
「──〈爆波撃/フルインパクト〉!」
ちなみに作者がイメージした某漫画は『エアマスター』です。
ジョンス・リー、パないです!
お読みいただき、ありがとうございました。




