【第12話】 討伐④
【前回のあらすじ】
豚はツンデレ属性。
洞窟に突入してすでに一時間以上が経過している。
わらわらと湧いてくる魔獣どもへの対応に手間取ったものの、
ようやく終わりが見えてきた。
じっとりと肌に張り付くほど濃密に感じられる瘴気。
発生源であり、俺の討伐目標である魔生樹が、
近づいてきている証拠だ。
「近いですね」
その推測を肯定するかのように、背後からついてくる白髪紅瞳の少女が、俺にギリギリ聴こえるくらいの声音でそんなことを漏らす。
「……」
無視だ。
「これは近い……かなり近いですよ」
少女がなにやらひとりごちているが、無視だ無視。
慎重に探索を続けていく。
「とくに成長した魔生樹などは、その時点で自身が生み出せる最高レベルの魔獣を『守護獣』として近くに侍ている可能性があります。くれぐれも、気を引き締めていかないと」
無視だ。
「気をつけないと」
無視だ。
「気をつけて……」
無視だよしつこいな。
「……ひぐっ。き、気をつけて……」
だから無視だっつってんだろうが。
反応なんかしねーぞゼッタイ。
泣くなよ。鬱陶しい。
「ひ、ヒビキくん、くれぐれも、お気をつけて……」
「……おう」
……まあ、独り言じゃなくて呼びかけてんなら、
応えてやらない理由もないからな。
一転して喜色を醸し始めた背後の気配を無視して、
俺は再度、目的の達成のために意識を集中させる。
じきに、歩いてきた洞穴が途切れ、広い空間に出た。
空間の主がそう『造った』のだろうか。
その空間はこれまで歩いてきたような手狭なものではなく、横幅も縦幅も、かなりの広さを有していた。形状はドーム型。正確な寸法はわからないが、目視でざっと前世で言う高校の体育館ぐらいのスペースはありそうだ。
壁面には大量の光苔。
おかげで光量は、満月の夜くらいには確保されている。
ゆえに──ぼんやりと発光する『それ』は、
堂々と俺の視界に飛び込んできた。
「ようやく見つけたぞ、魔生樹」
高さは五メートルほど。
形としては前世の「この~木、なんの木?」で有名な、
常緑高木が一番しっくりくるだろう。
あれをデカくした感じだ。
直径一・五メートルほどの太さの幹。
中央部には血色に淡く発光する結晶体──『魔晶石』が埋まっており、
上部では深緑色の樹冠が、傘のように大きく広がっている。
左右対称に伸びる枝からは、
いくつもの『繭』がぶらさがっていた。
否、形が似ているから繭と表現したが、正確ではない。
縦に長い、丸みを帯びた楕円形。
卵のような形で、質感はなんというか……こう、硬質なゼラチン質。
色は濃い蜂蜜色。
大きさはマチマチ。
パッと見、サイズ幅は五十センチ~一メートルくらい。
そんなものが無数に、まんべんなく枝からぶら下がっているのだ。
なかには胎児のように身体を丸めた巨大な蜘蛛や、四本腕の猿など、
魔生樹がこれから生み出そうとしていた魔獣たちが、
眠るように収まっている。
そして……
「ホァ!」「キキィ!「ウキャキャキャキャキャ!」「キィ!」
母体である魔生樹を守るように、周囲に群れをなしていたのは四本の腕を持つ猿型魔獣『アームモンキー』。それが十数匹ほど。なかには『アームエイプ』も混じっていた。
魔生樹は多様な魔獣を生み出すことで有名だが、
そうして生み出される魔獣には一定の規則性があり、
形状や性質によって、ある程度の種族に分類、分別されている。
アームモンキーの群れに混じるアームエイプはその定義に則ると、前者の上位種ということになり、形状はほぼ同じだが大きさがふた回りほども違う。
アームモンキーが人間の子ども程度の大きさで、
アームエイプが成人ぐらいだ。
「まあ……俺の敵じゃないけどな!」
四本の腕にそれぞれ棍棒や石を握りしめて殴打してくる器用さは厄介だが、それ以上の知性を持ち合わせないサルどもに脅威など感じない。事実、これまでに何度も、師匠との訓練であいつらの群れを狩ってきた。
「襲ってくるヤツは仕方がないが、余計な手出しはするなよ!」
背後に控えていた少女に釘を刺し、強化魔法である〈加速/アクセル〉や〈増強/パンプス〉を発動させながら前に出る。
〈知覚/タキオン〉は……まあいいか。
魔法の重複発動は魔力消費が激しいからな。
余裕はあるが、無駄は控えるべきだ。
「ウキャッ!」「ウキャキャキャ!」「ウキィイイイイイッ!」
サルたちもまた侵入者の敵意に気づいたらしい
棍棒を打ち鳴らしたり歯を剥いたりして、
一斉に威嚇してくる。
「うっせぇ黙れ!」
かくして激突。
弾け飛んだのは、俺の前に立ちふさがったアームモンキーたちだった。
「ホォオオオオオッ!」「ウッギィイイイイイイッ!」
それが合図となって、魔獣たちとの本格的な戦闘が始まる。
数の利を示すように、サルどもは俺を取り囲むように散開。
死角から攻撃を仕掛けてくる。
対して俺は常に動き回って周囲への観察と牽制を行いながら、
こちらの制空権に入ってきたサルたちだけを確実に対処していく。
一分にも満たない膠着状態。
痺れを切らしたのはサルたちだ。
「ウキョホォオオオオ!」「ホォオオオオオッ!」
やはり低脳。
獲物を取り囲むまでの知能はあっても、その先がない。
それまでの稚拙ながらも成立していた連携を無視して、下位種よりも腕力に自信があるのか、上位種のアームエイプどもが四方から同時に襲いかかってきた。
(甘い!)
だが連携を無視した所為で、各々の攻撃には時間差が生じている。
それを見逃してやる俺ではない。
(師匠にンな真似したら、両手両足の骨どころじゃ済まねぇぞォオオオ!)
弟子には些か以上に厳し過ぎる師匠だが、このときばかりは彼との稽古の日々に感謝した。戦闘において恐怖は、憤怒は、短慮は、決してプラスばかりに働くものではない。それを本能に頼りきりの低脳なサルどもに教えてやろう。
「フンッ!」
前後左右から襲い掛かるアームエイプたちの位置取りを完全に把握していた俺は、その場で独楽のように回転。一番接触が早かった右側のサルによる棍棒の一撃を避けながら足を払い、ついでに腕を掴んで投げ飛ばす。背負投げされた右側のサルは即席の砲弾と化して、左側のサルに直撃した。
「ブホッ!」
かがみ込むように体勢を崩した俺を好機と見たのか、正面のサルが棍棒を振り上げる。だが俺はその前に四足獣の姿勢のまま跳ねていた。そのまま背後のサルの足元に移動。不意に股下に潜り込まれて動揺を隠せないサルを無視して両足を掴み、力任せに地面に叩きつける。
ドゴッ! グシャッ!
鈍い音は二度、連続して鳴り響いた。
一度目は受身を取れなかったサルが地面と熱烈なキスをした音。
二度目はその後頭部を停止できなかった正面のサルが棍棒で叩き潰した音だ。
「キッ!?」
意図せず同族の命を奪ってしまい目を剥いたサルは、隙だらけだった。
それこそ──立ち上がった俺が腰を落とし、
両手をその胸元に添えられる程度に。
(〈波撃/インパクト〉!)
ズンッ、と足元の大地が悲鳴をあげて、陥没する。
感電したかのように全身を震えさせたサルは、一拍遅れて崩れ落ちる。
全身の毛穴からはダクダクと、黒血が零れ落ちていた。
「キキィッ!?」「ウキャッ!?」
ここにきてサルどもも、俺が格上の相手だと理解したようだ。
だがそれでも彼らに、『撤退』の選択肢は存在しない。
魔生樹が生み出す瘴気によって生きている魔獣たちにとって、
その生産源を失うことは、そのまま自身の『死』に等しいからだ。
ゆえに勝てないとわかっていても──
否、だからこそ、死に物狂いで抵抗する。
(別に、お前らに恨みがあるわけじゃないんだけどな……)
それでも逃れ得ない理不尽な『死』というものは確実に存在する。
強者による一方的な搾取。
不条理な陵辱。
そんなもの、前世の平和な世界でも呆れるほどに溢れていた。
ただそれに、当人が気づくか気づかないか。
気づきやすいか気づきにくいか。
前世との違いはそれだけだ。
(運が悪かったと思って諦めなッ!)
そうした葛藤は、すでに乗り越えている。
でなければ魔獣が蔓延る危険地帯でサバイバルなどやってられない。
「キキィッ!」「ホッ!」「ホォッ!」
先ほど全滅したアームエイプどもが群れの指揮をとっていたのか、周囲に散らばっているハンドモンキーたちは目に見えて動揺していた。だが退くに退けず、後先を考えていない狂乱じみた特攻を散発的に仕掛けてくる。
俺はそれをひとつひとつ、丁寧に潰していった。
戦闘開始からまだ五分と経っていない。
それでも猿型魔獣どもの数は当初の半分にまで割り込んでいる。
残党を駆逐するのも、時間の問題だ。
(となると……あとは、魔生樹か)
護衛を失い無防備となった魔生樹の幹に埋まっている魔晶石。
それを摘出すれば、今回の目標は達成ということになる。
(やっと終わりが見えたな)
頭の片隅にそんな考えが過った──
次の瞬間だった。
ズッ……ズズズズッ……ズズズズズズズズズッ……
突如として洞窟内に木霊する不自然な音。
不安定に連続して、微かに鳴動する大地。
(地震かっ!?)
何もこんな時に……と落盤を警戒した俺は、
すぐにそれが『半分ほど』間違っていることに気がつく。
「ヒビキくん!」
足元が揺れる。
洞窟全体が振動している。
これは正解。
ただしその原因は自然現象などではなくて……
「魔生樹か!」
俺から十数メートルほど離れた場所で、鼓動のようなリズムで枝からぶら下がる『繭』を明滅させていた魔生樹。その繭の大半から生命の光が失われ、たったひとつの繭に収束。見る間にその繭は溶けたガラスを膨らませるように、急激にその体積を増加させていた。
「ヒビキくん、あの『卵繭』は危険です! 大きさから推測して、出産される魔獣はおそらく『守護獣』級。直ちに破壊してください!」
少女に指摘されずとも、直感は大警報を鳴らしている。
一方でサルたちもまた、それが自分たちの切り札であることを察したのであろう。
先ほどまでの敗残兵たちが死兵となって、魔生樹へ近づく俺の足止めを決行する。
サルたちの抵抗によって削られる時間は微々たるものだ。
しかし今はその一秒が、一瞬が惜しい。
すでに膨れ上がった繭の大きさは二メートルほどに達している。
出産はもう秒読みだ。
このままだと間に合わない。
俺の冷静な部分がそう告げると同時に、背後で魔力収斂の気配。
見れば洞穴の入口で待機していた白髪紅瞳の少女が肥大化する繭に向かって指を伸ばしていた。先端には、何度となく魔獣たちを爆散させた破壊の輝き。それの意味するところはひとつだ。
カチンと、アタマにキた。
「手ェ出すなって、言ってンだろォオオオオオ!」
極めて非合理的な、癇癪に近い叫び声。
けれど効果は絶大で、俺の叫びに少女はビクリと肩を揺らして、
指先に集めていた魔力を霧散させてしまう。
その数秒間が決定的だった。
パチュンと、水風船が割れるようにして。
限界まで肥大化した繭が『破水』。
大量に溢れ出る『羊水』とともに、巨大な一匹の魔獣を『出産』する。
魔獣の性質のひとつとして、彼らに幼体という概念はない。
それは繭の内側で経過しており、殻を破って外に排出されるころには、すでに肉体は出来上がっているからだ。
よって……繭から生み出されたばかりの『そいつ』は、すぐに起き上がって、爛々と輝く赤い瞳で俺を──『敵』を、睨みつけてきた。
「……ホォオオオオ、ウッキャァアアアアアアアッ!」
ビリビリと洞窟内に木霊する耳朶を叩く咆哮。
ドン、ドン、ドドドドドッと、左右の肩口から生える六本三対の腕が、
凄まじい勢いで振るわれて分厚い胸板をドラミングする。
剥き出しにされた凶悪な犬歯。
それ以上の凶相を浮かべる毛に覆われた頭部。
女性の胴体ほどもある両足で大地に立つそれは『アームコング』。
アームモンキー、アームエイプのさらに上位種とされる、
危険度『守護獣』級の魔獣だった。
お読みいただき、ありがとうございました。




