【第11話】 討伐③
【前回のあらすじ】
泥鼠『豚肉ウマー!』
その後も何度となく繰り返される、魔獣の襲撃。
あるいは遭遇。
対応に四苦八苦しながらも、
洞窟探索はさらに奥深くへと進んでいく。
「チュッ!」
「痛っ、またかよ!」
潰しても潰してもキリがない鼠型魔獣がまた脛に齧り付いてきた。
他にも怪音波を発して五感を惑わす蝙蝠型魔獣や、
小規模な巣を張り獲物を待ち構える蜘蛛型魔獣、
左右二対四本の腕を振り回して暴れる猿型魔獣、
逃げ場のない洞窟だとより危険な猪型魔獣などと、
魔生樹の生み出す魔獣は多岐にわたる。
俺はその都度臨機応変に、対応を変えなければならない。
「ブルルルルゥゥゥッ!」
「ちっ、今度はストンプボアか!」
かるく二十を超えたマッドラットを握り潰したあとで、
鼠型魔獣が漏らした断末魔に誘われるように現れたのは猪型魔獣。
洞窟内は基本的に一本道で幅も狭いため、
上下左右に逃げ場はない。
「キキィ!」「キィ!」「キィィィィ!」
さらに背後から、ガラスを引っ掻くような耳障りな叫びが木霊する。
(クソッ、『キラーバット』まできやがったか!)
魔力を乗せた超音波で五感を狂わせてくる蝙蝠型魔獣。
それが複数匹。だが今は無視だ。目の前の脅威に集中する。
「〈増強/パンプス〉!」
筋力強化の魔法回路を発動。
一拍遅れて猪型魔獣の蹄が地面を抉り、足元が爆発。
巨体が砲弾となって迫る中、俺は腰を落として中段の構え。
(敵は複数、時間はかけられねぇ!)
狙うは一撃必殺。
「ブホォォォォォ……」
豚鼻から深く息を吸い込み、腹に落とす。
師匠に習った魔力制御呼吸法『息吹』だ。
急速に体内の魔力を練り上げ、魔法回路に注入。
右の掌底を、肉迫するストンプボアの額に叩き込んだ。
「〈波撃/インパクト〉!」
ドンッ! と洞窟内に衝突音が響き渡り、
地面が僅かに揺れる。
(通ったか!?)
両踵を地面に埋めた俺の目の前で、
ゆっくりと猪型魔獣の巨体が傾斜していった。
(よし!)
流石実践。
やはり稽古とは得られる経験値の量が違うな。
先日まで五分五分だった戦闘魔法の成功率は、
命の瀬戸際で磨かれて、今は七割以上まで上昇している。
「……ガァッ!」
それでも魔力の通りがやや『甘かった』のか、目と耳と口から魔獣の特徴である『黒い体液』を溢れさせる猪型魔獣が、地面に倒れる寸前で、前足を地面に突き刺すようにして踏ん張った。
「グガァアアアアッ!」
繰り出されるのは、天を突く牙を用いての決死の一撃。
「クソッ!」
反撃の余裕はなく、半ば倒れるように回避する。
その後でようやく猪型魔獣の瞳から光が消失。
最期に細い喘息を吐き出しながら、
ストンプボアは力尽きた。
「あ、危ねぇ……」
師匠の言いつけ通り『残心』を守っていなかったら、
今の不意打ちは回避できなかっただろう。
(……と、一息ついてる場合じゃねえや!)
魔獣はまだ残っている。
意識に喝を入れ、慌てて立ち上がろうとすると──
パチパチパチ。
「お見事ですヒビキくん」
この薄暗い洞窟でそれ自体が光っているかのように……
ぼんやりと浮かび上がる貫頭衣を着た白髪紅瞳の少女が、
穏やかな笑みを浮かべて拍手をしていた。
その足元には蝙蝠型魔獣が五匹ほど、
両断されて転がっている。
「ちゃんと、稽古の成果が出ていますね」
「……」
少女の言葉は耳に届かない。
そんなことよりも回避に特化した魔獣をこうも容易く葬るその実力に、頬が引き攣った。
(わかっては、いたつもりだったんだけど……)
師匠に指摘されるまでもなく、
少女の秘めたる実力は察していた。
しかしそれはあくまで「なんとなく強いんだろうなー」という程度で、こうして魔生樹討伐に同行し、実際に力の片鱗を目の当たりにすると、予測の甘さを痛感させられる。
はっきり言おう。
この少女はバケモノだ。
見た目と中身が一致していない。
たとえば俺が魔法回路を使用してなんとか倒しているストンプボア。
実はここにくるまでに一度、俺は〈波撃/インパクト〉の発動に失敗して突進をまともに喰らってしまったことがある。
その際に少女は「ヒビキくんに何するんですかー!」と張り手一発で、自分の背丈ほどもある魔獣の頭部を『吹き飛ばし』た。ロケットのように胴体から発射された頭部は洞窟壁面に激突。グロテスクなアートを描くという、ちょっとしたトラウマを作ってくれていたりする。
他にも蝙蝠型魔獣を空中で輪切りにしたり、蜘蛛型魔獣をレーザービームみたいな魔法で爆散させたり、猿型魔獣を文字通り何の痕跡もなく『消し去ったり』と……ああ、ダメだ。思い出したら震えてきた。ちょっと俺、もうこの子と目ぇ合わせらんねえよ。
(さすが『聖人』、ってことなんだろうけど……)
強者に対する畏敬とは別に、
苦い感情が胸を満たしていく。
「……あぁ、すいません。また魔獣に、手を出してしまいましたね」
そんなことを考えていると、
少女が慌てたように頭を下げてきた。
表情には媚びへつらうような恐怖が張り付いている。
とても魔獣を何匹も瞬殺した人物とは思えない。
「……いや、いい。そいつらは、アンタを襲ってきたんだろ。だったら問題ねぇよ」
ぶっちゃけ今回の件に関してまだ不満は燻っているが……
けっきょく俺は、この少女の同行を認めたのだ。
ならば俺の獲物に手を出したのならともかく、少女自身に降りかかる火の粉を払うことぐらいは容認してもいいだろう。
だって絶対に──俺は、彼女を手助けなどしないのだから。
「え、えへへ」
何が嬉しいのか、口元をムニュムニュさせる少女。
そんな彼女を無視して歩く俺の脳裏には、しかし先ほどから何度となく、少女の姿が反芻されていた。
何度かチラ見した、魔法を用いて戦う少女。
そのあまりにも洗練された、『美しい』姿を……
(こうか!?)
すぐに新たな魔獣と遭遇。
今度は左右の肩甲骨からそれぞれ一本ずつ、計二本。
従来のものを足して合計四本の腕を持つ、
猿型魔獣『アームモンキー』だ。
「ウキキキキキキキキィッ!」
耳障りな雄叫び。興奮する猿型魔獣の手が握る四本の棍棒が奏でる連打を捌きつつ、隙を突いて脇腹に〈波撃/インパクト〉を叩き込む。悲鳴。壁面まで吹き飛んだ猿型魔獣は沈黙。二度と動き出す気配はない。またしても魔獣の駆逐に成功だ。
それでも脳裏からは、
少女の映像がこびりついて離れない。
(違う、こうじゃない!)
たしかに今回も〈波撃/インパクト〉は成功した。
魔力が『通った』感触を掌に感じている。
でも──そうじゃない。
ただ『それだけ』では満足できない。
魔法が成功する。
これは当たり前のこと。
そのうえで少女はさらに『美しい』のだ。
敵を発見し、魔力を練り上げる。
魔力を注ぎ込み、魔法回路が発動する。
発動した魔法を制御して、確実に目的を完了させる。
その全てに無駄がなく。洗練されており。鮮やかで。完璧だ。
まるで息を吸って吐くように、
魔力を用いて魔法を行使する少女の姿は、
完成された芸術作品のような神々しさを纏っていた。
その『美しさ』は少女に対して悪感情を抱いている俺でさえ認めざるを得ない。
故にこうして俺は、自分が魔法を発動させる際に少女の姿を重ね比較してしまうという結果を生み出していた。
(違う違う、こうじゃない! あいつの魔法はもっと無駄がない)
もっと洗練されている。
透き通っているんだ。
「〈波撃/インパクト〉!」
繰り返す。
「〈波撃/インパクト〉!」
何度も繰り返す。
「〈波撃/インパクト〉!」
馬鹿の一つ覚えのように。
「〈波撃/インパクト〉!」
今の自分にできる最高の魔法を。
「〈波撃/インパクト〉!」
飽きることなく繰り返す。
(……クソッ!)
だが──上手くいかない。
通路を塞いでいた複数の蜘蛛型魔獣を巣ごと吹き飛ばしても、
自分の魔法に満足できない。
ああして『完成品』を見せつけられてから、
俺は自分の『未完成』な魔法に納得ができないでいた。
(クソッ、俺が豚鬼だからか!?)
種族的に、オークが魔力の扱いに長けていないことは聞いた。
(俺が真人じゃないからか!?)
少女が『聖人』という、特別な存在であることも聞いている。
(クソッたれ!)
でも。
だとしても。
(なんで俺には、できないんだよ……ッ!?)
ようやく手に入れた『力』。
この世界ではじめて、俺が俺自身の手で獲得した『拠り所』。
それをたった数時間で、いとも容易く、少女という存在に塗り潰されようとしていることに……俺は耐えられずにいた。
「……ヒビキくん」
そんな無闇に戦闘魔法を連発する俺の行動から、
何かを感じ取ったのだろうか。
またしても魔獣をぶっ飛ばしたが納得できずに眉根をしかめていると、悲しそうに眉尻を下げた少女が語りかけてくる。
「ヒビキくんが何を思い悩んでいるのか、ママには見当もつきません。ですがもし他の何かとヒビキくんを比較して悩んでいるようであれば、それは大きな間違いだと断言させていただきます」
いつものように無視してやろうかと思った。
だがその、あまりにも核心をついた指摘に、
つい少女へと振り向いてしまう。
「ヒビキくんは、ヒビキくんです。他の誰でもありません。何者にも劣ることはなく、誰であれ媚びる必要はありません」
紅玉の瞳はまっすぐに、俺だけを捉えていた。
「貴方は貴方です。自由です。唯一無二です。もしそれを阻む者がいるのであれば、微力ではありますが、ママが全力で排除いたします」
「っ! でも俺は、アンタみたいに魔法を上手く──」
そこまで口にして、慌てて閉口する。
しまった。
あまりにもマジな少女の雰囲気に乗せられちまった。
「魔法……ですか」
その言葉から、少女は何かを察したようだ。
俺の否定よりも早くに、返答を重ねてくる。
「もし……仮に、ヒビキくんがママの魔法を視て何かを感じ、考えているのならば、それは半分正解で半分間違いと言えるでしょう」
誰かの魔法を参考にして自らの技術を向上させる。
その考えは立派です。
必要ですと、少女は告げる。
一方で、
「ですが第三者の魔法を『真似る』ことを、ママは決して推奨しません」
参考にするのはいい。
しかしモノマネは駄目だ。
何故なら自分と他人では、
適正が違う。
種族が違う。
性別が違う。
年齢が違う。
骨格が違う。
流派が違う。
そんな、あまりにも異なる『型』に自分を嵌め込むことを、少女は是としなかった。
「先程も言いましたが、ヒビキくん、貴方は貴方です。無理に誰かに合わせ、真似る必要はありません。長所を伸ばしてもいい。短所を補ってもいい。とにかく貴方は自分のやり方で、貴方『だけ』の高みを目指すべきだとママは思います」
「俺だけの、高み……」
そういえば師匠も、稽古で基礎なんかは教えてくれるけど、そのあとは「お主の創意工夫に任せる」とか言って放置のスタイルだった。
(あれってただ教えるのが面倒だから投げてたんじゃなくて、それがこの世界における魔法習得の、基本方針だからなのか?)
わからない。
だが間違っているとも思わない。
「す、すいませんヒビキくん。また、過ぎた発言をしてしまいまして……」
思い当たるところがあってしばし考え込んでいると、
何か勘違いした少女が頭を下げてくる。
「う、うっせぇよ! ペチャクチャ喋らず黙ってろ!」
急に気恥ずかしくなって悪態をつき、反射的に背を向けてしまった。
「はい! 口うるさい不出来なママで本当にごめんなさい!」
そして何故か少女も平謝りしてくる。
どこまで卑屈に腰が低いんだ。
(ダメだもうこれ下手にフォローできない流れだ)
やはり少女との会話は疲れる。
噛み合わない。
だけど今回に限っては全面的に俺に非があるので、
人として、最低限の礼儀は果たしておくべきだろう。
「……あんがとな」
ポツリと零すような、前後の脈絡のない感謝の言葉。
「えっ?」
少女は間の抜けた声を漏らすが、
反応を確認することなく俺はズンズンと歩を進めた。
「えっ? ヒビキくん、今なんて? なんで? えっ!?」
でも不思議とその足取りは……
先ほどよりも、ちょっとだけ軽かった。
読みいただき、ありがとうございました。




