【第10話】 討伐②
【前回のあらすじ】
裏タイトル
『ママと一緒 ~はじめての魔生樹討伐編~』
地中型の魔生樹が根付く洞窟の内部は、
一般的に『光苔ヒカリゴケ』が繁殖することで知られている。
光苔とは、空気中の魔素を取り込んで発光する植物だ。
なんでもこの光苔は、栄養素として魔生樹が発生させる瘴気との相性が抜群らしい。
専門家の研究によると、この光苔は、薬草としての一面も持っているため古くから人族や野生動物によって大量に収穫されていたという。そうした収穫者らの手を逃れるため、彼らの手出ししにくい場所に繁殖場所を求め、そこに適応する進化を重ねて行った結果、今の性質を獲得したのではないかという推測である。
なんか世知辛いトリビアだよね。
とはいえこの光苔があるおかげで、
洞窟内は陽光が遮られていてもぼんやりと明るい。
種族的に暗闇に強い獣人ライカン属の猫人ワーキャットなんかや、
低階位の身体強化魔法〈暗視/ブライト〉を習得している俺なら、
探索に問題のない明るさだ。
とはいえ、それでも外の世界よりも陰影が濃くなっていることには変わりない。
そのうえ洞窟内部に広がる洞穴は人の手で整備された通路なんかと違って、幅や高さが一定ではなく、壁面も凸凹しており、段差も多い。
つまり、
「チュイッ!」
「チッ、またかッ!」
たったいま俺の脛すねに齧り付いてきた鼠型魔獣『マッドラット』のような、小型の魔獣が潜む死角があちこちに存在するというわけだ。
「チュチチチチチチッ!」
「いだだだだっ! 痛っ、いんだよっ!」
分厚い筋肉に覆われているため、骨や神経に達することはない。
それでも体長数センチはある鼠型魔獣の前歯が脛に食い込むと、
ふつうに痛い。
そしてこの泥色をした鼠型の魔獣は、
一度獲物に食らいつくと離れない厄介な性質を持っている。
そのため対処法としては振り放すのではなく、
魔獣そのものを『握り潰す』わけである。
このように。
「ふんっ!」
「キュイィ!」
ブチュリと、本日何度目かになる、命を奪う独特の感触。
果物を握りつぶしたときとは決定的に違う手応えは、
何度繰り返しても、後味が悪い。
「……ったく、なんで突っかかってくるんだよ。襲いかかってこなけりゃ、こっちからは手を出さないってのに」
「そ、それはヒビキくんが先ほどから、彼らの巣穴を踏みつけて歩いているからだと思います……」
俺の独り言に対する返答は、背後から返ってきた。
「あァん?」
「マッドラットは、魔生樹が生み出す魔獣のなかでも最下級の魔獣です。そのため警戒心が非常に強く、ほんの少しの衝撃にも過剰に反応して防衛行動をとるのです」
そんなことを語る同伴者──白髪紅瞳の少女の貫頭衣は、
すでに血まみれ泥まみれとなった俺のズボンと真逆で、
汚れなど見当たらない。
こんな薄暗い洞窟のなかでもほのかな輝きを見せる、
不思議な光沢を保ったままだ。
つまり彼女は俺とまったく同じルートを歩きつつも、
鼠型魔獣の襲撃を全て回避してきている証左である。
「……何が言いたいんだよ」
「いえ、あの、ですから探知系の魔法回路を起動するなどして、もう少し警戒しながら洞窟を探索すべきかと……」
「フンッ。悪いが俺は、そういう系の魔法回路を習得していないんだ」
種族的に、苦手だからね。
仕方ないんだよ。
「ヒビキくん……」
いっそ開き直った俺の態度に、少女は痛ましげに表情を歪める。
「たしかに、豚鬼オークは頑強さに秀でる反面、魔力の扱いを不得手とする種族です。ですがだからといって何でも力任せに傾倒するのは、ママは賛同致しかねます」
「でも師匠は、何も文句は言ってこないぜ?」
「ですが、賛成もしていないのでは?」
「……」
そう言われると、少し考えてしまう。
たしかに否定はされていないけど、肯定もされていなかったような……
(あれ? もしかして俺、師匠に試されている? 自分の弱点とどのように向き合うか、じつは様子見されていたりする?)
ツッと、背筋を冷たい汗が伝った。
「う、うっせぇよ! んなこと、アンタに関係ねェだろうが!」
「ひゃう!? すいませんすいません! ママが差し出がましいことを言ってしまいました! 申し訳ありません!」
ペコペコと頭を大げさに下げる少女。
今回は俺もバツが悪く、少女に背を向けてしまう。
そのまま探索を再開。
すぐに足音が追いかけてきた。
(あークソ、モヤモヤするな)
とはいえ、流石に先ほどは俺が悪かったという自覚がある。
このままこの不快感を抱き続けるのも不愉快なので、
少し間をおいて、俺は少女に声をかけた。
「……おい」
「……」
前を向いたまま声をかけたのだが、スルー。
「……なあ、おい!」
「っ!? ふぇっ、へっ!?」
ややイラついた二回目で、ようやく少女は素っ頓狂な声をあげた。
「……いや、ビビりすぎだろ」
そんなに俺、彼女を脅していただろうか。
いや、十分脅してたか。
「い、いえ、違うのですよ!」
背後を横目で確認して、ちょっぴり反省。
浮かんだ渋面に、少女は慌てて首を振る。
「ま、ママはその、嬉しくて……」
「は? 嬉しい? なんで?」
「だって、ヒビキくんのほうからママに声をかけてきてくれたのなんて、久しぶりで……」
たしかにここ数ヶ月くらいは、俺から少女に話しかけた記憶はない。
「ろ、六ヶ月と九日ぶりにヒビキくんに呼んでいただけて、ママは嬉しいです。この日は記念日として、生涯大事に扱っていきますね!」
……重い。
そんなことを嬉しそうに語る少女の一言一句が重いよマジで。
「それで、何の御用でしょうか! ヒビキくんがお望みであれば、ママは尽力を惜しみません! この辺一帯の魔生樹だって、一本残らず全て狩り尽くす所存です!」
いやそれむしろ、俺の修行を妨害しているから。
「さあ、ママはいったい何をしましょう!?」
ギュッと拳を握り締め、紅瞳を輝かせる少女。
ムフー、ムフーと、鼻息が荒い。
「……」(じとー)
そんな姿を冷めた態度で見つめていると、次第に少女は萎んでいった。
「……す、すいません。少々はしゃぎすぎました」
「おう」
わかってくれたか。
「だいたい俺は、アンタに何かをしてもらおうとは思っちゃいねーよ」
俺は少女に何も望まない。
期待しない。
ただ、ふと思っただけだ。
「なあ、やっぱり俺も、探知系の魔法を一つくらいは習得したほうがいいのかな?」
だからこうして、意見を聞くくらいはいいだろう。
今回の気付きは、不本意ながら彼女の影響が大きい。
ならばその着想は、真摯に受け止めるべきだ。
まあ、それを採用するかはさておくとして。
「そう、ですねぇ……」
そんな俺の問いかけに、少女は腕を組んだ。
人形のように整った顔立ちに刻まれるのは、
哲学者の如き難解な思索。
しばらくして、
「……先ほどの意見を撤回することになりますが、やはりヒビキくんは、無理に探知魔法を習得する必要はないと思います」
「へぇ」
その答えは意外だな。
「なんで?」
興味を惹かれたので、もう少し少女の言葉に耳を傾ける。
「種族的に不得手な魔法回路を習得することは、時間的にも、労力的にも、魔力容量的にも、とにかくコストが釣り合いません」
たとえば同じ〈探知/サーチ〉の魔法回路でも、
種族的に不向きな豚鬼オークと、
相性の良い白精人エルフとでは、
習得に要する期間、労力、魔法容量が全部違う。
一般的にその差はかるく五倍~十倍と言われているらしい。
逆にオークの相性が良く、
エルフが不得手とする〈増強/パンプス〉なんかだと、
それらの効率は逆の割合となるそうだ。
かように生まれ持った種族適正が与える影響は、
とてつもなく大きい。
「ですがあくまでヒビキくんがそうした能力を欲するのであれば、ママとしてはそれを探知魔法ではなく強化魔法で補うかたちを提案いたします」
「ん? 探知魔法を強化魔法で……?」
「はい。具体的には強化魔法で、視覚だけでなく嗅覚や聴覚なども強化すれば……」
ああ、なるほど。
現にいま俺が使用している〈暗視/ブライト〉の魔法回路。
分類としては強化魔法だが、広義では探索魔法としての性質も持っている。
魔力機能を用いての探知ではなく、
身体能力を底上げすることによる探知能力の獲得。
そして視力だけでなく、少女が挙げたように嗅覚や聴覚などほかの五感も強化魔法で能力を引き上げれば、結果としてそれは、探知魔法の擬似的な効果を発揮してくれるのではないだろうか。
「たしかに。それは一理あるな」
「っ!」
少女の表情がパァ……と明るくなる。
(しまった。つい素直に納得しちまったじゃねえか)
そんな反応が面白くなくて俺は会話を切り上げ、
少女に背を向けて歩き始める。
「あ、あとヒビキくん!」
だがこれが好機とばかりに少女はあとを追いつつ、
会話を続行してきた。
「そのケガ! いくら治癒魔法を習得しているとはいえ、放置は危険です。治癒魔法はあくまで自身の自然治癒力を底上げするものであり、『それ以外』については効果を成してくれません。そしてマッドラッドの驚異はその前歯による噛み付きではなく、それによって引き起こされる『毒』や『感染症』なのですよ!」
そんなことは言われるまでもなく理解している。
俺が習得している〈治癒/リジェネ〉は、あくまで肉体の自然治癒能力を底上げする治癒魔法。少女が指摘するように、そこに解毒や抗体生成といった効力は含まれていない。
(ふつうならそういった症状には、持参の薬草なんかで対処するんだろうけどな)
あいにくと今の俺は、そのような持ち合わせがない。
(う~ん。これは次回の課題だな)
一方で、少女が習得している回復魔法。
自身ではなく、他者に影響を与えるそれは、
治癒系統の魔法と比べて全般的に高階位とされており、
習得や操作が難しいぶん、応用性があり、対象への効果も高い。
術者の力量にもよるが、その効果範囲には上記の症状なども含まれているという。
だから少女が遠まわしに伝えたいのは……
つまり、そういうことだろう。
「うっせぇよ」
俺はその提案を、鬱陶しげに突っぱねた。
「ちょっと声をかけられたぐらいで調子に乗るな」
さっきのはあくまで俺の気まぐれだ。
アンタとは必要以上に、馴れ合うつもりはない。
アンタを許すつもりは──ない。
「で、ですが……」
「しつこい。俺の身体をどうしようと、俺の勝手だろうが。ゴチャゴチャ言うな」
強硬な態度に、少女はそれ以上の提案を諦めたようだ。
先ほどまでのように無言のまま、後をついてくる。
(そうだよ。それでいいんだよ)
いやついてこられるのは良くないが、
せめてそうして黙っていてくれ。
必要以上に俺に干渉するな。
近づくな。
(でないと俺は、アンタを……)
そんなことを考えると、胸が苦しくなる。
「……はぁ」
ああ、やめやめ。馬鹿らしい。
脳裏をよぎった思考を振り切るように、
俺はさらに洞窟の奥深くへと進んでいくのであった。
お読みいただき、ありがとうございました。




