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ブギーテイル ~異世界豚鬼英雄譚~  作者: 陽海
第一章 豚鬼転生編
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【第09話】 討伐①

【前回のあらすじ】


 ママは見ている……。


「い、いえその、けっしてヒビキくんの実力を疑っているわけではないのですよ。ただでも、ほら、万が一ということもありますし、ね?」

「うるさい」

「うぐっ。で、ですが、どんな状況であれ最低限の保険はかけておいたほうが賢明というのは間違いないかと……」

「黙れ」

「……はい」(しゅん)


 延々と続く少女の言い訳を、冷たく遮る。


 見渡す限りを濃い緑で囲まれた、鬱蒼とした森の中。

 ザッザッと、雑草を踏みしめる足音が木霊する。


 足音は俺ひとりのものではない。

 後ろから一定の距離を開けてついてくる少女のものと合わせて、

 ふたりぶんだ。


「……」(トボトボ)


 先ほど俺がストンプボアを仕留めた際に、姿を現した白髪紅瞳の少女。


 なぜ彼女がここにいるのか?

 理由は先ほど少女自身が口にした通りだ。


 俺のことが心配だったから。

 陰ながらこっそり見守ろうと思ったから。


 そんな──自分の気持ちを押し付けるばかりの、身勝手な言い分。


(ああ、苛々する)


 当然俺は、そんな彼女を拒絶した。

 ゆえに今もこうして、突き放す態度をとっている。


「……」(トボトボ)


 それでも少女は、しつこく後ろからついてくるのだ。

 いい加減、堪忍袋の緒がブチ切れそうだ。


「……っていうかいい加減にしろよ。帰れ」

「か、帰りません」

「いや帰れ。ウザい。帰れ」

「か、かえりま、せん……」

「消えろ。失せろ。いい加減にしろ。散れ」

「うっ……ぐすっ、い、いやです……っ!」

「……チッ!」


 湧き上がる不機嫌さを隠さずに、舌打ち。

 乱暴にボリボリと頭を掻く。


 そんな俺の一挙一動にいちいちビクつく様子を見せるものの、

 それでも少女の気配は消えない。

 立ち去ってくれない。


 押し殺した嗚咽とともに、いつまでもあとを付いてくる。


(……はぁぁぁぁ)


 ダメだ。

 全然集中できねぇ。


(ああクソ、しゃーない)


 こんなことで集中力を乱してまた魔獣に襲われたんじゃ、堪んないからな。


「おい」


 ついに俺は立ち止まり、振り返った。

 するとそこには瞳をウサギのように泣き腫らした、

 純白の貫頭衣に身を包む少女の姿がある。


「アンタ、いい加減にしろよ。俺の『これ』がお遊びじゃないってことぐらい、わかってんだろ?」


 怒気を込めた詰問に、幼い容姿の少女がビクッと震える。

 通常ならそんな少女の姿に罪悪感を覚えるものだろうが、

 この少女だけは別だ。


 例外だ。

 別枠なのだ。


 ムカムカと、不快な胸焼けが充満していく。


「は、はい……」

「だったらホント、帰れよ。邪魔だよ。それでも師匠からそういう指示でも、受けてんのかよ?」


 そうだ。

 いま俺がこうして魔獣どもが跋扈する森の中にいるのは、

 師匠からの指示。

 

 正確には羽兼龍断流における第二の試練、

『魔生樹の討伐』を実行するためである。


 これは前提として、俺ひとりの力で成し遂げなければ意味がない。

 他者の力を借りては無意味なのだ。


 それなのに少女がここにいる……

 そんなもの、少女の独断しかありえない。


「……いいえ」


 事実、少女は首を横に振った。

 しかもそれきり無言。

 再びの静寂。


「……」


 ヒクヒクと、口角が痙攣するのがわかった。

 ブチブチと、頭の血管が切れる幻聴が聴こえてくる。


「……でも」


 あまりに不毛な遣り取りに俺の我慢が決壊という寸前で、

 少女がギュッと、貫頭衣の裾を握り締めながら口を開いた。


「だ、だとしても、です……っ」


 瞳にはいまだ、怯えが宿っている。

 声音も震えている。


 しかし視線だけはまっすぐに、俺を見据えていた。


「わ、わたしはヒビキくんの、ママですから……っ!」

「……」


 空白。微妙な沈黙が訪れた。


(……あー)


 そして俺は悟ったね。


(ああ、ダメだこれ)


 何を言っても無意味ですわ。


 一年近い共同生活の中で、俺も少女については多少学習している。 


 まず根本的に、この少女は俺に負い目を感じている。

 本来は異世界にあったはずの俺の魂を、何の許可もなく自分たちの都合だけで、望まぬかたちで、この世界へと転生させた罪。それを抱えて生きている。


 ゆえに俺にはへりくだっている。

 本来であれば強者であるはずの少女が、弱者である俺に、

 有り得ないほど献身的に尽くしている。


 仮に俺がどれだけ理不尽に罵倒しても、暴力を振るっても、

 少女は恨み言さえ漏らさずに受け入れるだろう。


 現にこれまで、そういう場面が何度もあった。

 ……その事実が、さらに俺の胸クソを悪くするのだが。


 まあいい。

 それはあくまで少女の勝手だ。

 気が済むまで自己満足に浸ればいい。


 だけど一点。

 俺の言うことならなんでも応え、耐える少女がただひとつ、どうしても受け入れることを拒むのが、この『母として』という矜持だった。


 俺をこの世界に召喚したのは──

『転生者』の『母体』として俺を産み落としたのは、

 まぎれもなくこの目の前の少女だ。


 だから少女は、俺の母親だ。

 だから少女には、俺を守る役割がある。


 そこに疑念や躊躇は欠片も存在しない。


 息を吸うように、

 水が流れるように、

 太陽が空に昇るように、

 ただ『それ』が『そうであること』が当然の真理とでもいうように、

 少女はありとあらゆる災厄から身を挺して俺を守ろうとする。


 今回の強硬なストーキングも、その一環と言えるだろう。

 つまり、


「今の俺じゃあ、魔生樹の討伐は時期尚早ってか?」


 少女は俺の魔生樹討伐を危険、

 というより不可能と判断しているのだ。


「危ないから、頼りないから、わたしが後ろで見守って『あげます』から、それなら安全ですよって、そういうことか? なあオイ?」


 思わず声音が冷える。

 腹の底はグツグツと煮立っていた。


「……その表現は、適切ではありませんね」


 感情を顕にする俺に対して、少女はあくまで理性的だ。


「おそらく見立てとしては、ハガネさんの判断は正しい。この近辺に発生している規模の魔生樹ならば、今のヒビキくんなら問題なく討伐できるでしょう」


 今にも泣き出しそうな顔で、

 それでも慎重にひとつずつ、

 確かな事実のみを積み上げていく。


「しかし魔生樹の討伐は、常に予想外の連続です」


 魔生樹の進化、

 守護獣の存在、

 地形や地理的な問題、

 不安要素を挙げればキリがないと、少女は告げる。


「手馴れた教会の討伐部隊でさえ、思わぬ事態に遭遇することが茶飯事だと聞き及んでおります。であるならば此度の試練、最低限の保険ぐらいは、備えておくべきだと判断いたしました」

「でもだからって、アンタがいたんじゃ修行に──」

「わたくしは修行よりも、ヒビキくんが大事です!」

「っ!」


 それきり少女は言うべきことは言い切ったという面持ちで、

 大きな瞳に涙を溜め、プルプルと震えながら、

 ギュッと貫頭衣の裾を握り締める。


 一方の俺はというと──


「……チッ」


 再度舌打ちして、少女に背を向けることしかできない。


(……ああ、わかっているよ!)


 少女の言うことは正論だ。

 少女の言うことのほう『が』正論なんだ。

 それがわかってしまった以上、反論できない。


(クソッ! クソッたれが!)


 苛々が止まらない。

 一瞬、言うことを聞かない少女を実力行使でという考えが脳裏を過ったが、それもできない。


 なぜなら実力でいえば、少女の方が圧倒的に上だからだ。

 腕力に訴えた場合、逆に安全地帯まで強制連行まである。


 ゆえに今、こうして俺がここにいること自体が、

 少女の温情なのだと逆に理解できてしまった。


(反論できねぇ! 実力も足りねぇ!)


 何もかも足りない。

 無様だ。

 弱すぎる。


「いいか、一切手を出すんじゃねぇぞ! 魔生樹の討伐は俺ひとりでやり遂げる! それが最低条件だ!」

「は、はい!」


 けっきょく今の俺にできることといえば抗えない現実に目を背け、

 くだらない己の我を突き通すことぐらいだった。


 まるで──大人に反抗して、駄々をこねる子どものように。

 それが無性に悔しく、惨めだった。


        ◇◆◇◆◇◆


 それからは、少女とともに魔獣の潜む森を踏破していった。

 目指すは討伐対象である魔生樹。


 あらかじめ師匠からは、この森に巣食う魔生樹のおおまかな場所は説明を受けている。


 なんでも魔生樹とは、それが芽吹く場所によって……その場所で魔生樹が取り込む魔力の『属性』によって、特性を変化させる性質があるとのこと。


 またそうして魔生樹が獲得した属性は、それが生み出す魔物の種類や数量、発生した場所の地理や地形、発生してからの年数や規模などから、おおよその判断が可能であるらしい。


 師匠はそうした前提を基とする『火ノ國式』の探索術によって、

 この森に巣食う魔生樹のおおまかな規模や属性を把握していた。


 そしてこの度俺が討伐対象として目指しているのは、

 その中でも比較的『若い』魔生樹だ。


 分類タイプとしては、オーソドックスな『地中型』。


 これは魔力の溜まりやすい洞窟や窪地などに発生した魔生樹であり、これが魔生樹、大魔生樹、魔界樹……と段階を経て進化していくと、最終的にはかの有名な『地下迷宮ダンジョン』を形成するに至るという。


 そう。

 この世界におけるダンジョンとは、神々が造りたもうた試練の場ではない。

 地下深くに『沈下』しながら成長した魔生樹が、アリの巣穴のように洞穴を拡張し、内部に自身の生み出した魔獣を蔓延させた、魔境のことを指しているのだ。

 

 しかも世界有数の古い巨大ダンジョンの最奥には、

 それら獰猛な魔獣どもを使役する魔の支配者──『魔人』が、

 潜んでいるとかいないとか。


 当然それだけ規模の大きくなった魔生樹であれば、

 討伐の難易度はかなり高くなる。


 だが──逆にいえばそこまで成長した魔生樹であるならば、それだけ高価な魔獣の素材や、魔生樹が生み出す希少な魔素結晶などが手に入る可能性も高くなる。そのため命を賭けてダンジョンを踏破、魔生樹の討伐を目指す冒険者たちは、今も後を絶たないのだという。


(う~ん……ダンジョンかぁ~)


 いいよね、いかにも『異世界』っぽくて。

 夢が広がるよね。


 いつか俺も冒険者になったりして、

 有名なダンジョンなんかに行ってみたいな~。

 行けるかな~?


 でも俺、こんなオークだしな~。

 どっちかというと、討伐される側のイメージだよな~(笑)


 なんてね。

 閑話休題。


 ともあれ、今回の俺の討伐目標はそんな大物ではない。


 規模としては最小。

 発芽推定時間も三ヶ月~半年ほどの、

 まだまだ未成熟な魔生樹の若木である。


 この程度の魔生樹が生み出す魔獣であれば、精々が先程のストンプボア程度であろうし、まだ守護獣も生まれていないだろう。よってたどり着いてしまえば討伐は容易であろうというのが、師匠の見立てである。


「だんだん瘴気が濃くなってきたな」


 まだ陽は高いというのに、森の陰影が濃くなった印象を受ける。

 じっとりと空気が肌にまとわりつき、息苦しさを覚える不快感。


 これらは魔生樹が生み出す特殊な魔素『瘴気』の濃度が増加したためであり、つまり俺たちが探索している魔生樹が近いことを示している。


 ちなみにこの瘴気。

 少量ならば不快感を覚える程度で済むが、

 魔力抵抗の弱いものが大量に摂取すると、命を落としかねない。


 しかしこれは瘴気に限らず、魔力全般に言えることだ。


 この世界に酸素が本当に存在しているのかはわからないが、とにかく魔力を構成する魔素とは、前世におけるそれだと解釈すればいいだろう。


 少量であれば、問題ない。

 むしろ適正量は生命が生きていくために必要。

 だけど過剰摂取すると害となり、命を奪う毒となる。

 そんな感じだ。


 そして魔生樹から生み出された魔獣は、この瘴気がないと生きていけない。

 よって魔獣の活動範囲は原則、それが生み出された魔生樹の周辺という『瘴気が一定濃度満ちている空間』に限られる。


 魔生樹が地下に根を張りやすいというのも、これが一因だろう。


 だって何の遮蔽物もない平原なんかだと、

 風系統の魔法なんかで簡単に瘴気を散らされちゃうからね。

 魔生樹に意識があるのかは不明だが、ヤツらも馬鹿じゃないということさ。


 んで、魔獣たちの母体であり、瘴気の発生源でもある魔生樹。


 それから生み出された魔獣たちは、

 自分たちが仕留めてきた『獲物』──『養分』を母に捧げ、育てる。

 そして魔生樹が育てば、発生する瘴気の量が増え、仲間も増え、比例して魔獣たちの活動範囲が広がると、そういうサイクルなわけだ。


(この程度の濃度なら、問題なさそうだけどな)


 というわけで充満する瘴気の濃度は、

 そのまま母体である魔生樹の危険度に比例する。


 何度か師匠の魔生樹討伐に同伴したことのある俺の感覚だと、

 このレベルの瘴気濃度ならば、さほど危険を感じない。


(でも師匠も「油断大敵」って言ってたし、気を引き締めていこう)


 そんな師匠の言葉を思い出しながら慎重に、

 ドクンドクンと逸る心臓の鼓動を感じながら、

 魔生樹の探索を続けていくと……


「あった」


 ぽっかりと。

 まるで目に見えない不吉を垂れ流すように大口を開けた、

 真っ黒な洞窟の入口を発見した。



 お読みいただき、ありがとうございました。



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