彼女の印象(Claude's Turn)
俺は飛竜騎士団の詰所で、溜まった書類仕事を片付けながら、出会った女性のことを考えていた。
名前はアリス・アミエ。
アキツシマから来たと言っていたが、名前だけならリュンヌにもいそうだ。
細身で、身長は女性としてはかなり高いが、一般的な男性よりは少し低いくらいだった。
腰まである長いストレート黒髪に、同じ色の瞳。
小人と揶揄されるアキツシマ人にしては高い身長に、少年のような顔立ちだったので、最初はどこかの貴族のお坊ちゃんかと思った。
しかし、体の線の出にくい奇妙な服の胸元に、わずかな膨らみを見つけたため、女性と気づいた。
気づけなければ、『兄さん』と声を掛けていたことだろう。
あとで、女性陣にどやされていたことを思うと、本当に気づけてよかったと思う。
彼女と出会ったのは、武具と薬品類の補充に、町にくりだしたときだった。
陶器の割れる音のあとに、男の大きな悲鳴が聞こえたので、何事かと思いそちらに向かった。
そこで俺が見たものは、崩れ落ちる男と、それを颯爽と飛び越える姿だった。
彼女と目が合ったとき、落胆した顔をされた。
手前の3人はともかく、後ろのニワトリ頭をした奴と、オトモダチと思われたのは心外だった。
ちょっぴり傷ついたが、それを隠すように微笑かけて、誤解を解くために敵ではないことを伝えた。
その後は、こちらの指示に従ってくれたので、さっさとニワトリ頭を片付けた。
突如、名前を確認されたときには、面を喰らった。
そうだとこたえると、少し興奮した様子で、その後はぼーっとしていた。
戦後の興奮のなごりと、そのあとは助かったことからの安堵だろうか。
まあ、俺の肩書きで彼女の安心につながったというのなら、よしとしておこう。
そのあとの彼女の態度は、従順といっていいものだった。
こちらの質問には、落ち着いてハキハキと答えてくれるし、要求にも素直に従ってくれた。
あまりの従順さに、内心、俺が心配になったぐらいだ。
今、世話になっているアルムさんからの報告でも、よく働く真面目な娘さんらしい。
算術の心得があるらしく、接客が早いのに丁寧で、奥様方に好評の看板娘らしい。
そんな彼女でも、今の待遇が甘いという者もいる。
「隊長、失礼します。彼女の件ですが、お時間をよろしいでしょうか。」
部下のリシャールだ。
噂をすれば影だ。
「あー、書類がたまってるんで、手を動かしながらでいいか。」
「はい、構いません。ご指示どおり彼女の足跡について調べましたが、1番通りで尻餅をついていたのが、一番古い目撃情報です。彼女の入国手段については、全くわかりませんでした。」
「尻餅?」
「ええ、多くの町民が隊長に会う判刻前に、珍妙な格好をした者を1番通りで見ています。中には、空中に突然現れたとかいっている酔っ払いもいましたが。」
「空中って、結界を破って空から降ってきたとでも?」
この世界……アルヒェの大地は、全て空に浮いている。
その大地の周りは、守護聖竜の結界で覆われており、その外では人は長時間生きられない。
俺たちは特殊な訓練を受けているので、その限りではないが、新兵のころは頭痛と寒さに、何度も悩まされた。
他国から渡って来るには、ワイバーンに運んでもらうか、飛空挺しかない。
結界に入り口は、ひとつしかないので、チェックは簡単だ。
そして、その網にもかからなかったと。
「密航だろ?無一文だといっていたし。結界の外から降ってきたのなら、尻餅じゃすまん。」
「はい、私もそう思います。ですが、彼女はいつこの国にきたのでしょう。アキツシマにとは、もうお互い1月以上も行き来がないのですよ。」
確かに、アキツシマは、距離的には隣国だ。
しかし、ゾンネの支配下なので、当然それからは交流がなくなっている。
「わかったよ。今度会ったときに聞いとく。それから、あの男達の身元はわかったか。」
リシャールはまだ何か言いたそうにしていたが、強引に話を切った。
「彼女にのされた3人はただのチンピラですが、リーダーの男はこの国の人間ではありませんでした。」
「ゾンネか?」
「はい、なんでもリュンヌで暴れて来いとだけ命令され、数ヶ月前から潜伏していたそうです。」
「そりゃずいぶん適当な命令だな。内憂外患を狙ってのことだと思うが。」
「腕っ節だけの素行が悪そうな男でしたから、体のいい厄介払いの意味もあったのでしょう。」
「とはいえ、ほっとくわけにはいかんよな。まだ、他にもいるんだろうし、自警団と連携して、警備強化するしかないよなあ。あーあ、休みがどんどんなくなっていく。」
「その件については、我々で対処します。隊長は有事に備えて、英気を養っていて下さい。ところで、隊長。誰かに使いをやったのですか。」
「うんにゃ、やってないぞ。でも、俺宛みたいだな。」
リシャールの視線の先にある詰所の窓から、白い小さなワイバーンが、何か咥えて、こちらに飛んでくる。
そのワイバーンは真っ直ぐ俺を目掛けて飛んでくるので、間違いないだろう。
窓を開け、ワイバーンを迎え入れる。
口に咥えていたのは手紙のようだ。
開いてみると、アルムさんの字だった。
『王城裏の森にて、ゾンネ兵4名と遭遇。
至急救援を求む。
案内はこの子が務めます アルム』
「おいおい、目と鼻の先じゃねえか。リシャール、この子と一緒にお前は先行しろ。俺は、陽動だった場合を考え、ここを動くことができん。後詰にルイーズ姉さんの部隊をだすから、途中で拾ってもらえ。」
ルイーズ姉さんは有翼人の女性だ。
『イダテン』という動きを早くする魔法が使える。
自分と周囲3名までが限界だが、かなり早く移動することができる。
姉さんといっても、血がつながっているというわけでもない。
年上なのでそう呼んでしまうだけだ。
本人は呼び捨てでいいと言ってくれるのだが。
「了解しました。」
それだけ言うとリシャールは、ワイバーンを脇に抱えて、部屋をでていった。
「本当に休んでいる暇がないな。」
そうつぶやき、アルムさんの無事を祈りながら、俺も他の者に指示を出すために、部屋を後にした。