チュートリアル1
私は、お尻に痛みを感じ、意識を取り戻しました。
痛むお尻をさすりながら、周りを見渡すと、私はジャージ姿にスニーカーで、石畳の上に尻餅をついており、眼前には白い石造りの洋館が建ち並び、遠くには凱旋門のような建物も見えます。
そして、周りの人々は彫りの深い顔立ちで、どうみても日本人には見えません。
「おフランス?」
ふむ、どうやら私は、ゲームをしながら寝落ちしてしまったようです。
精神崩壊でなくて、本当によかったです。
現実世界の私は、お恥ずかしい話ですが、大方ベッドから落ちてしまったのでしょう。
夢を見ている時に、お花を摘みに行きたくなると、夢の中でもそうなるといいますし。
しかし、そんなに疲れていたかしらと、思いながら状況を確認すると、私の持ち物は左手首のブレスレットだけのようです。
そして、ブレスレットを調べようとしていたら、ハンチング帽の青年が、何か叫びながら、こちらに駆けてきたので、あわててよけました。
「号外! 号外! 我らのリュンヌ王国飛竜騎士団がバルト将軍を撃破!
これで、残りのゾンネ帝国7将軍もあと2人だぜ!」
リュンヌ王国にゾンネ帝国という事は、この夢の世界は『ワイバーンナイツ』の世界のようです。
そして、バルト将軍とは、ゲーム開始時にはもう倒されている旧7将軍です。
ちなみに、ゲーム中で闘うのは、その後に再編成された新生7将軍です。
ということは、私は、ゲーム開始前の時間軸に、いることになりますね。
そんなことを考えている内に、ハンチング帽の青年は紙を配り始め、私にも手渡されました。
「私、お金なんて持っていませんよ。」
「ああ、それなら大丈夫。こいつはお上のご厚意でタダだからよ。」
「はあ。」
なるほど。
これは、リュンヌ王国のプロパガンダの一種というわけですか。
このあと、ゾンネ帝国軍本隊の攻撃で、リュンヌ王国軍は敗北するわけですから、戦況が、本当は芳しくないのは、首脳陣も理解しているはずです。
いつも、自分達に都合のいい情報は、このように声を大にして、都合の悪い情報はあいまいに伝えるか、あるいは秘匿しているのでしょう。
旧日本軍も、同じようなことを行なっていたそうですし。
しかし、夢の中にまで、そういう世知辛いものが持ち込まれるとは、少し自分を見つめ直したくなりますね。
まあ、そんなことを嘆いても、今は仕方がないですし、詳細が知りたかったので、紙に目を移しました。
アルファベットに似た文字で書かれた、かわら版のようです。
夢の中だからでしょうか、その文字がなぜか読めるのです。
頭の中でもう1人の私が、そのかわら版を翻訳して、朗読してくれている感じでしょうか。
内容は、おおむね、彼が言っていた通りですね。
他の内容を要約すると、残る2人の将軍のうち、アルベリヒ将軍はジャーマ攻略中で、手が離せないため、まともに動ける将軍が、あとジークフリートだけるあること。
ジャーマはとは、帝国と戦っているもう1つの国です。
流石にゾンネも、これ以上損害はだしたくないだろうから、兵を退くだろうなどと書かれていました。
いや、こっちが本命なんだからそれはないでしょうなどと、内心突っ込んでいたら、ハンチング帽の青年が、私の方を見て、訝しがりながら話しかけてきました。
「あんた、珍妙な格好をしているが、黒眼に黒髪にその顔は、アキツシマの人か。
ゾンネのやつらから逃げてきたのかもしれねえが、アキツシマの人はキモノとかいうやつを着るものじゃないのかい?」
う、やはり、ジャージ姿は変ですよね。
でも、どうやら彼は、私の顔を見て、アキツシマの人間と勘違いしてくれたみたいです。
あ、ちなみに、アキツシマというのは、フジヤマ、ゲイシャ、ハラキリという言葉でしか、日本を知らない人が考えたような、和テイストの国だったりします。
「着の身着のまま、出て来たものですから……。それでは、失礼いたします。」
このまま、会話していると、ぼろが出そうだったので、軽く会釈をして、、近くの人目のつかなそうな、路地裏に避難しました。 さて、当面の問題は、とりあえず服ですね。
この国のお金など持っていませんが、1つあてがあります。
先ほど、ちらりとブレスレットを確認したときに、液晶画面があり、その中に0~9までの数字と、A~Fまでのアルファベットキーがありました。
すべて、16進数を表すときに使う文字です。
すこし、いじってみたところコード選択という画面がでてきました。
どうやら、このブレスレットは、裏技コード入力機のようです
そして、ここから錬金術の開始です。
お金MAXのコードを選択し、起動します。
しかし、お金が増えるどころか、急に視界が歪み、体が重くなりました。
とっさに危機感を感じた私は、重くなる体をおして、あわててコードを解除します。
もしかして、今ので、ゲームの世界がフリーズしかかったのでしょうか。
考えてみれば、まだ、ゾンネ帝国に対する反乱軍は結成されていないので、おそらく、存在しない組織のお金を増やそうしたことによる不具合なのかもしれません。
それにしても、先ほど感じた危機感はなんだったのでのしょうか。
ゲームの世界で、何かあったとしても、目が覚めるだけのはずですが、とてもそうは思えなかったのです。
言い知れぬ不安を抱えながら、コードは反乱軍と合流するまで使えないなと、考えていいましたら、ふいに、声をかけられました。
「お嬢さん。こんなところでなにしてんの?」
振り向くとそこには、3人の男が、好色そうな笑み浮かべて立っていました。
手前から、左目を縦に斬られて、潰された傷跡のある隻眼の小男。
その奥に、恰幅のいい、どこまでがもみあげで、どこからがひげかわからないあごひげ男。
そして最後尾に、肩に人1人くらいなら入りそうな袋を持った、真っ赤な鷲鼻の大男。
素人目にもカタギには見えません。
「いえ、おかまいなく。私は、少々、先を急ぎますので、失礼致します。」
我ながら、こればっかりですが、それよりも、早々に立ち去るべきであると判断したので、致し方ありません。
「まあ、そう言うなよ。妙な格好の姉さん。1晩だけでいいから、俺たちにつきあってくれよう。」
そういうと、隻眼男は右腕を掴んできました。
また、妙な格好と言われてしまいました。
今はそれよりも、ぬるりと汗ばんだ手は、あまりに気持ち悪く、すばやく、隻眼男の手首を、手のひら側に曲げるように、自分の右腕を動かし、離させます。
すると、隻眼男は、バランスを崩したのか、うつぶせに転びました。
「おいおい、こいつは見ての通り、目が不自由なんだ。ひでえことするぜ。こりゃ、1晩といわず、一生、誠心誠意仕えて貰わねえとなあ。」
そう言い、あごひげ男は、隻眼男をまたぎながら、ナイフを懐から取り出します。
そのころには、数mほど距離をとっていた私は、近くにあった水瓶を持ち上げ、あごひげ男の足元を目がけて投げつけました。
そして、男達が防御姿勢をとっている隙に、振り向いて、彼らとは反対方向に駆け出します。
後ろから、水瓶の割れる音と彼らが悪態をつく声が聞こえます。
底の薄い靴をはいているようだったので、水瓶の破片に、さぞかし、悪戦苦闘していることでしょう。
このまま、路地を抜ければ、大通りにでるはずなので、後は叫んで、助けを呼ぶなりすれば、なんとかなりそうです。
しかし、そう考えていた矢先に、某世紀末救世主マンガに、出てきそうなモヒカンの巨漢に退路をふさがれてしまいました。
そういえば、そんな感じの敵キャラもいましたね。
「ヒカリモノなんか抜いて、あまり傷つけるなよ。アマツシマの女は、肌が綺麗なんで、高く売れるからな。」
まさに、前門の虎、後門の狼です。
何か武器になるものはないかと、目を走らせると、壁に、か弱い乙女でも大の男と渡り合える魔法のステッキ、『バールのようなもの』があったので、それを装備します。
前方の虎さんは、確か2面のボスだった気がします。
その場合、HPは2600、最序盤のザコ兵士がHP600ですから、か弱い乙女の私がそれより強いわけがありません。
ということは、この魔法のステッキの力をもってしても、虎さんの排除は……。
うん、無理。
まだ距離もあるので、後方の狼さん達を突破するために、引き返します。
「お頭が怖ええのはわかるが。そんな棒切れ1本で俺達3人相手にどうするつもりだい?」
完全に油断しきっているようなので、これならなんとかなるかもしれません。
あごひげがナイフをつきだしてきましたが、傷つけるなといわれたからか、これは脅しの不用意な攻撃だったので、その手首を打ち据えます。
「痛えよう。骨が折れたぁ。」
骨が砕ける感触に顔をしかめながら、手首をおさえてうずくまるあごひげの横を駆け抜けます。
まず1人。
次に、あっけにとられて、棒立ちになっている鷲鼻のみぞおちに『バールのようなもの』のもち手の先を、石突がわりにして、体当たり気味に突きいれ、押し倒します。
「ぎゃああああああ!」
先ほどばら撒いた、水瓶の破片の上に一緒に倒れこみましたので、鷲鼻の背中は焼けるような痛みに襲われているはずです。
私は彼を下敷きにしたのでなんとか無傷です。
2人目も無事に処理。
最後の1人、隻眼が詰め寄ってきましたが、前にいた鷲鼻が倒れてきたために後退し、距離があったため、しゃがんだ体勢までは整えることができました。
そして、左側が死角であろう彼の左足を狙って、フルスイングします。
これで、ラスト。
「足が、足があ。」
手ごたえから、骨は折れていないでしょうが、十分なダメージは与えられたようです。
これで、障害は排除できましたので、悶絶する彼を飛び越えて、駆け出します。
しかし、その先には、金髪碧眼の白銀の鎧を着た騎士が立っていました。
まさか、か弱い乙女を捕まえるために、ここまでするのかと、あきらめかけたころ、騎士の彼は、私を安心させるように微笑みかけてくれました。
「勘違いしないでくれよ。こいつらの仲間だと思われたら、流石に俺も傷つく。俺は敵じゃない。よくがんばったな、お嬢さん。ちょいと危ないから、このまま走り抜けてくれないかな、後は任せてくれ。」
敵ではないことにほっと胸をなでおろした私は、言われた通りに路地を抜けて、大通りに出ました。
そして、建物の角にいた白いローブの少女に手を引かれ、彼女の後ろに隠れるように、目で諭されたので、軽くうなずき、彼女の後ろに回ってから、路地を覗き込みました。
悶絶していた男達3人は、白いもやに包まれて、意識を失っており、騎士は両手に剣を持ち、後ろで束ねた金髪をなびかせながら、右手に斧を構えたモヒカンと対峙しています。
「ちっ、スリープの魔法か。神官が隠れていやがるんだな。リュンヌの騎士様はずいぶん臆病なんだな。」
「そういうなよ。お前たちのために、手伝ってもらってるんだ。仲間の治療はしてやるから、このままおとなしく眠ってくれると、こちらとしても有難いんだがな。」
「冗談!」
モヒカンが斧を振り上げました。
しかし、モヒカンの斧は、騎士の左の剣で、振り上げたままの状態で押さえ込まれており、そのまま右の剣、で腕ごときり落とされ、宙を舞うこととなりました。
「馬鹿野郎が。すまねぇ、ガブリエル。こいつに強めにスリープをかけてやってくれ。斬りおとした腕も、ちゃんと彼女がつなげてくれるから、安心して寝てろ。」
そして、目の前のガブリエルちゃんが杖を振るうと、しろいもやが男達から、モヒカンの周りに集まりました。
「ちくしょう……。」
そうつぶやくと、モヒカンも意識を失ってしまいました。
それよりもモヒカンを倒した彼です。
碧眼、後ろで束ねた金髪、二刀流、もしかしてこのお方は……。
「ク、クロード様ですよね。」
はしたなくも、上擦った声でそう尋ねてしまいました。
「お、おう。クロードだ。」
クロード様は私の態度に驚いた様子でしたが、答えて下さりました。
「網恵有栖と申します。危ないところを救っていただきありがとうございます。」
「こちらこそ、助けに来るのが遅くなって申し訳ない。詳しい話を聞きたいから、こいつらをふんじばって、治療するまで、待っててくれねえかな。」
「は、はいっ!いつまでも待ちます。」
「いや、そんなには、待たせないから……。」
そう言って苦笑したあと、男達の治療を手伝うクロ-ド様を私はずっと見つめ続けるのでした。
「さて、アミエさんだったかな、一応、何があったのか、教えてもらっていいかな。」
私は、モヒカン達の移送後、連れてこられた小屋にて、クロード様に取調べを受けていました。
「一言で言いますと、ガラの悪い男達にからまれて、身の危険を感じましたので、必死に抵抗致しました。そして、私はアキツシマの人間ですので、アミエは家名になりますので、アリスとお呼び下さい。」
いくらなんでも、異世界から来ましたとは言えません。
皆さん、私をアキツシマの人間だと思って下さっているようですので、それに乗っかっておきます。
流石の私も、この世界が、もう夢の世界だとは思いません。 あごひげの骨を砕いた感触や彼らが流した血の臭いは、いやがおうにも、『現実』を感じさせてくれました。
どうやら、異世界トリップしてしまったと考えるのが妥当でしょう。
であれば、無用な混乱は避けるべきです。
クロード様に嘘をつくのは心苦しいのですが、まだ、心を許せる味方のいない世界では、致し方ないことと、自分に言い聞かせます。
「家名持ちということは、お貴族様なのかい。」
「いいえ。家名があるというだけで、着の身着のまま逃げてきたので、今は無一文です。そのような特別な人間ではありません。私からも1つお聞きしたいのですが、この建物は一体、何なのでしょうか。」
詰所のようなところに連れて行かれると思ったのですが、生活感溢れる民家で、今、話をしています。
「ああ、この家は、俺が昔住んでいた家さ。まあ、今も持ち家だが。言い方は悪いが、身元のわからない人間を城の敷地内に入れる訳にはいかないんだ。汚いところで申し訳ない。」
「いえ、そんなことは……。」
そう言いかけたところで、ガブリエルちゃんが、お茶を持ってきてくれました。
「ありがとうございます。あれ、ガブリエルさんのはお湯なんですね。」
「はい。私はお薬をいただきますから……。」
「ガブリエル、薬を飲んだら、奥のベッドで少し休んでろ。終わったら呼ぶから。」
「では、お言葉に甘えて、休ませていただきますね。アリスさんも失礼致します。」
薬を飲み終わったガブリエルちゃんは、少しふらふらしながら奥の部屋へと消えていきました。
そういえば、彼女は病弱キャラでしたね。
それでも彼女は、その名の通り、天使のようにクロード様を支え続けたことから、プレイヤーの中では真のヒロインといわれている娘です。
「あー、すまないが、話を戻そうか。リュンヌには何をしにきたんだい。」
視線を奥に消えたガブリエルちゃんからクロード様に戻します。
「この国には、ゾンネから逃げてきました。」
「しかし、アキツシマは無血降伏したはずだろう。属国になったにしても、それほど酷いことはされないはずだが……。」
どうやら、この答えでは、クロード様には納得していただけないので、心は痛みますが、もう一押ししてみます。
「えーと、アキツシマにいたころに、どうやら偶然、ゾンネ兵から聞いてはいけない話を聞いてしまったようで、国にいられなくなったのです。」
「聞いてはいけない話?」
「はい。信じていただけるかわかりませんが、ゾンネ帝国の目的は各国の守護聖竜で、そのためにヴァネッサ姫が必要という話でした。」
この話は本当だったりします。
各国の初代王は、自分とその子孫達が、守護聖竜の加護を受けられるよう、契約をしたそうです。
この世界……アルヒェに存在する6国の内、ゾンネ、リュンヌ、ウラベノ、ソイル、ジャーマの5国は、各国の守護聖竜の名を冠し、それぞれ、国の唯一神として信仰されています。
アキツシマのみは、自然信仰の多神教国家だったので、最も強大な力を持つ神として、ミヅハが崇められています。
しかし、守護聖竜の加護は、血の濃さによって強さが変わり、現在、直系の王族はリュンヌのみなのです。
そして、ゾンネ帝国皇帝ヴォルフガングは、王族の血を引いてますが、傍系です。
それでも、守護聖竜の『声』くらいは聞けるみたいですが……。
なんでそんな男が、皇帝になっているのかというと、圧政をしく前王を倒して、皇帝になったからです。
元々は、傭兵団の団長として各地を転戦していました。
しかし、自国の状況を知り、傭兵団を中心に革命軍を結成しました。
そして、『ゾンネ王国』を打倒し、自ら皇帝を名乗り、『ゾンネ帝国』と国名を改めたのです。
そんな経緯から、彼は、髪の色になぞらえて、『銀の傭兵皇帝』などという、中二感溢れる通り名を持っていたりします。
何故か、彼は、ゲームの中でも、ずっと守護聖竜達に執着しており、そのためにヴァネッサ姫の身柄を確保しようとするのです。
あ、ちなみに、ヴァネッサ姫というのは、リュンヌ王国のお姫様で、残念ながらこのゲームのヒロインです。
「あいつら、本気で姫様を狙っていたのか。てっきり、開戦のための口実かと思っていたが。しかし、守護聖竜と姫様がどう繋がるのかがわからん。」
「それは、国王陛下か、姫様に聞けば、何かご存知かもしれません。」
「まあ、裏をとるにはそれしかないか。
ああ、それから、話は変わるが、アリスさんは今、文無しで困っているんだよな?」
「ええ、お恥ずかしながら、命からがら逃げてきましたので。」
「今は戦時中なのはわかるよな。だから、敵国ではないとはいえ、身元のはっきりしない他国人をふらふら歩かせる訳にはいかない。そこでだ、監視の意味もあるんだが、うちのおかかえの武器屋に、住み込みで働いてもらえないかな。」
ああ、やはり、クロード様はお優しい。
身元のわからない私に衣食住ばかりか、職まで斡旋してくださるなんて。
「私などが、お役に立てるのでしたらよろこんで。しかし、本当によろしいのでしょうか。」
「ああ、実は先方に話は通してあるんだ。アリスさんに会う前は、その店に行くつもりだったんだ。先の戦いで消耗した武具や薬品を補充しないといけないからな。とりあえず、今から一緒に行くから、店主に話を聞いてみてくれ。」
それから数分後、クロード様と私は件のお店に向かって歩いていました。
ガブリエルちゃんは、小屋を出るときに、まだ、気分がすぐれないそうで、クロード様の背で、少しうなされながら眠っています。
クロード様におんぶ……、いいなあ。
いけません。私のために魔法を使って、消耗しているのですから。
「ガブリエルさんは大丈夫でしょうか。」
「戦闘後はいつもこうなるんだ。アリスさんは気に病む必要はないさ。まあ、みてなって、店に着いたら、すぐに目を覚ますからさ。」
クロード様は、何かいわくありげな顔をしながら、そう答えてくれました。
「お薬のにおい……。」
遠くにビンの絵が描かれた看板のお店がみえた辺りで、ガブリエルちゃんが目を覚ましました。
「クロードさんありがとうございます。ここまでで、結構ですから降ろしてください。」
彼女の目は、しっかりと見開かれ、瞳には強い意志が宿っているように見えます。
先ほどまで眠っていた人間とは思えません。
「クロードさん。お薬の補充は、私にお任せください。それではアリスさん、失礼致します。」
そして、彼女はそそくさと、先ほど見えたお店に入っていきました。
「おどろいたかい。しかし、本当にガブリエルは薬好きだなあ。」
「ええ、まあ。」
そういえば、彼女はお薬大好きキャラでもありましたね。
落ち込んだりしたクロード様を、『いいお薬ありますよ』と、よく励ましていました。
「今、ガブリエルが入っていたのが、武器屋の奥さんがやっている薬屋で、裏に回ると武器屋があるんだ。」
薬屋さんのあった通りの1つ裏の通りに入ると、今度は剣が×字に重なった看板がみえました。
「ほら、ここが件の武器屋さ。」
店の前まで来ると、私より頭1つ分は背の高い、がっしりとした体格の男性が、お店の中からでてきました。
「初めまして、お嬢さん。マティアス武具店へようこそ。店主のアルムです。よろしく。」
握手を求められたので、その手を握り返しました。
「こちらこそ、お世話になります。アリスと申します。早速で、申し訳ないのですが、私はこの国の生活様式もわからないのですが、よろしいのでしょうか。」
「その辺は、こちらでお教えしますよ。私も妻も元々は行商人ですので、他国の人との交流には慣れていますから、問題ありません。」
「なるほど。それで仕事内容はどんなことをすればよいのでしょうか。」
「最初は家事などの簡単な雑用から、お願いしようと思っています。その後は、クロードさんから、アリスさんは剣術の心得もあるそうなので、採集作業も手伝ってもらえるとありがたいですね。」
「クロード様、気づいていたのですか。」
クロード様の方に向き直り尋ねます。
「いや、あれだけ大立ち回りできる人間が、素人だとは思わねーよ。それにあんた、殺生はしたことがないみたいだが、できることなら、傭兵として、うちで雇いたいくらいだ。」
そこまでお見通しとは、流石はクロード様です。
でも、流石に傭兵として雇いたいは言い過ぎです。
私が厨二病を患っていたときに、近所の神社の神主様が剣術の使い手で、その方に教えていただきました。
え、剣道でいいじゃんて?
馬鹿をいってはいけません!
しかも、教えていただいたのは二刀流剣術ですよ。
断然かっこいいにきまっています。
「おっしゃるとおり、私は自分の剣で殺生をしたことはありませんし、これからも、人を斬るつもりはありません。それでもよろしければ、よろしくお願いいたします。」
こんどは、アルムさんの方へ向き直り、深くお辞儀をしました。
「もちろん、こちらとしても、あまり無茶なことをさせるつもりはありませんよ。」
そう言うと、アルムさんは私にやさしく微笑みかけてくれました。
こうして、私は異世界生活の第1歩を踏み出したのでした。