〈9〉
短めですがキリがいいのでここまで。
「今日の食材はー、ハム二本と、チーズ一つと、あとミルクが二瓶にー、果物の盛り合わせやろー? それからキャベツと人参に、あと砂糖な!」
「陽花ー! ぴっちぴちの魚とエグーの良い肉が獲れたよー! これでなに作れる? ねえなに作れる?」
「ああもう! 二人とも持って来過ぎです! こんなに沢山どうするんですかー!」
陽花が食事を作るようになってしばらく。その味の虜になってしまった灯とルルクゥは、こぞって大量の食材を抱えて洞窟に集まるようになっていた。
後から後からこれでもかと届けられる新鮮な食材たちは、陽花からしても嬉しいものだったが、何事にも分量があると思う。
お玉片手に食料に埋もれた二人を怒る陽花は、いい加減我慢の限界と声を張り上げた。
「もう、朝ごはん終わってまだほとんど経ってないのに、こんなに増やされても困ります!」
「ええやないのー。いっぱい無いとあたしら足りんやんなぁ。お手伝いもお皿洗いもするから、これで美味しいもん作って?」
「ルルクゥ最近入り浸りすぎじゃない? 俺の分無くなっちゃうよー。あ、運ぶのも俺らがやるから! まだ足りないものあるなら持ってくるよ!」
「だからもう十分ですって……」
「そう? 遠慮しないでね。じゃあ俺、かまど作りに戻るね!」
「あ、旦那あたしも手伝うやんなぁ」
ぷりぷりする陽花もなんのその。二人はずずいと食材を陽花に押し付けて、スキップしながらキッチンを出て行った。
軽やかなルルクゥの真似をして、ぶきっちょにずるぺたん、と鱗をきらきらさせながら跳ねる灯の後姿が可笑しい。
それを呆れ顔で見送って、陽花はひとつ大きくため息をつくと、少しだけ顔を緩ませる。
巨体に見合った大食漢の灯と、その体のどこにそんなに食事を詰め込めるのか分からないルルクゥ。
まるで吸い込まれるように、差し出した端から料理が消えていく二人の食べっぷりは、圧巻としか言いようが無かった。
今朝だってよだれを垂らして待っている灯と、当たり前のような顔でいるルルクゥ二人を相手にとんでもない量の料理を作ったはず。
朝から揚げ物に大喜びする健啖な二人に最初に出したのは、下ごしらえから気合を入れて肉汁たっぷりに仕上げたメンチカツ。
目の前の海で灯が獲ってきた、伊勢海老より巨大な海老を使ったぷりぷりのエビフライには、卵の風味が引き立つように、ヨーグルトを入れてまろやかにしたタルタルソースをたっぷり添えた。
今回はシンプルにチーズを真ん中に巻き込んだだけのとろとろのオムレツは、焼けば焼いただけ二人の胃に収まっていく。
付け合せに大量に作った皮付きのフライドポテトは、二度揚げしてカリカリになった皮と、ほくほくの実が気に入ったのか、ルルクゥが抱えて食べていた。
手間隙かけてすり潰した、香ばしい煎りごまを入れたりんごと玉葱ベースのドレッシングのおかげか、野菜嫌いの灯が、山盛りになった野菜をもりもり口に運ぶ姿はいっそ面白い。
から揚げ、コロッケ、白身魚のムニエルに、一口サイズのハンバーグ。
作っても作っても、料理は瞬く間に消えていく。いっそ、店の昼時のほうがまだ手が空いていたかもしれない。
それでも、店で作っていたときよりも、陽花は数倍満たされた気分だった。
お客は二人しかいないが、そのどちらもがこの世の幸せをみんな合わせたような蕩けた表情で、自分の料理を平らげてくれる。
「ハルちゃん! おかわり!」
「俺、今なら死んでもいい……。いや、これ食べてから死ぬから駄目だ」
それが嬉しくて、疲れも忘れて思わず調理に没頭してしまった。
それから半日経っていない。だというのに、そんな戦場を戦い抜いた陽花の前は、それも遥かに越えるようなとんでもないことになっていた。
目の前にずらりと並べられた食材を置く机と、居間のテーブルはいつの間にか以前の倍以上に大きなものに変えられている。
手先の器用な灯が一通りの道具を揃えてくれたおかげで、質素だったキッチンは今では陽花だけの城だ。
「喜んでもらえるのは、嬉しいけどね……いくらなんでもこれ、やりすぎでしょう」
振り返った先で、入り口の青い布がひらひらと暖かい風に揺らめいている。
オムレツを作った日の翌日、調理台が狭い事に気付いた灯が、どうやったのか一日で洞窟を広げて奥行きを増やし、元々あった壁を取り壊して居間と繋げてしまった。
どこぞの番組もびっくりの、まるで魔法のような早変わりよう。
「ルルクゥとリハビリしながらこの辺りで遊んでおいで、なんて急にどうしたのかと思ったけど、灯さん凄すぎるよ……」
この場合、凄いのは灯の腕力なのか、はたまた食に対する執念なのか。
物置のようだったそこは立派な対面式キッチンに生まれ変わり、ルルクゥが持ってきてくれたおかげで食器の種類も数も段違い。
弁が取り付けられて水道代わりに使えるようになった水場と、ついでのようにかまども倍の四つに増えた。
おまけに、外には陽花がぽろりとあったらいいな、と零した石焼釜が、今まさに二人の手で着々と形作られている。
陽花はこんな感じ、とうろ覚えの記憶を頼りに伝えただけだ。
なのに、店にあったものと見間違うような立派な石釜が出来上がってきていることに、陽花の口から乾いた笑いが漏れる。
美味しい食事は仕事の活力になる。美味しいものが食べられれば、その日一日仕事も楽しいのだろう。
その為だったらなんでもできると公言する二人は、最近実に生き生きしていた。
一際強い風に煽られた布の向こうに、楽しそうな二人の顔が見える。
その心の底からの笑顔に、陽花は思わずぎゅっと両手を握り締めた。
「ハルちゃーん! ちょっとここ見てくれんー?」
「陽花ー、今日のおやつはー?」
「はーい! 今行きますー! あと灯さん、だから朝ごはん食べたばっかりでしょう!」
自分の手が作り出したものが、彼らに認められたのが、こんなにも嬉しい。
陽花はこみ上げる喜びをかみ締めて、暖かくなった胸から思い切り叫ぶと、わいわいと騒がしい二人の輪の中に飛び込んでいった。