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蛇のご馳走  作者: 綾野 悠
本編
6/29

〈6〉

 目の中に光る淡い赤色に、陽花の意識が眠りから浮かび上がる。柔らかい風でなびいた入り口の布の隙間から、長く夕日が洞窟内に伸びていた。

 明るいけれど、どこか暖かいその色に、陽花は目を細めて起き上がる。


「いた……」

「陽花?」

「あ、灯、さん……」

「傷が痛む? 足とおでこの痛み止めの薬草だけでも替えようか」


 岩むき出しの床に敷かれた布をしゅるしゅるとその鱗で鳴らして、灯が居間から顔を出した。波の音に掻き消えてしまうような小さな呟きも、灯は拾ってくれたらしい。

 夕日で後ろから照らされた灯の姿は、黒々とした影のせいで余計に禍々しく見える。

 小さく息を呑んだ陽花に、それでも灯はへにゃりと緩んだ微笑を見せた。


「あの……」

「足伸ばせる? ゆっくりでいいよ」

「か、灯さん!」

「ん? どうかした? 痛かった? ごめん」

「あの、そうじゃなくて、その……」


 そっと伸びてきた手から、無意識に体が逃げる。それを誤魔化すように声を張った陽花に、灯は分かっているのかいないのか、伸ばした手を引っ込めて首を傾げた。

 目を細めて根気良く陽花の言葉を待つ灯に、陽花はうろうろと視線を彷徨わせる。

 泣きすぎてぱりぱりする目元に、またじわりと水が浮かんだ。


「なにが聞きたい?」

「あ、の、どうして私のこと、助けて下さったんでしょうか……? ええと、あの、その、凄く感謝してますし、お世話になっていてこんな事言ったらいけないと思うんですけど、その、私、灯さんとは会ったことも無いのに」

「なんだ、そんなこと気にしてたの? 陽花は真面目だねぇ」


 ずっと気になっていた疑問に、灯は淡く苦笑する。するりとベッドの横に座り、彼は頬杖をついて陽花を見上げた。

 

「ルルクゥも言ってたと思うんだけど、ここは潮の流れのせいかいろんなものが流れ着くんだ。動物だったり、物だったり、人だったり。ここは俺の縄張りで、山向こうには守らなきゃいけない街があるでしょう? 流れ着いたものが危険かどうか確かめなきゃいけない」

「はい……」

「でも、大概は危ないものなんてなくてさ、ただのガラクタとか、難破した船の船員とかなんだ。ガラクタは使えるようなら俺が使って、動物は傷が癒えたら外に放す。それから人は自力で街に行けるようになるまで保護するようにしてるんだ。こんな魔物の住処のど真ん中に、ほっぽって置くわけにもいかないしね。だから陽花を助けたのも、俺の大事な役目なんだ。安心して傷を癒すのに専念していいんだよ」

「そう、なんですか」


 にこにこと両手を広げた灯に、陽花は自分でもよく分からない胸のもやもやに首を傾げながら頷く。

 他と一纏めにされたのが嫌だったのだろうか。気持ちの悪い感情に難しい顔をした陽花をどう思ったのか、灯がさっと視線を外した。


「――っていうのが、その、建前でね」

「……え?」


 首を傾げた陽花に、灯は恥ずかしそうに眉を下げて、もぞもぞと指を絡ませる。ぱたぱたと忙しなく床を打つ長い尾の先が、灯の照れを代弁しているようだ。

 

「陽花が流れ着いたとき、本当に酷い傷でね。周りの砂が真っ赤になるくらい血も出てて……。慌てて息があるか確かめたときに、羽も尻尾も無いのに気付いてさ。もしかして、これがヒトって生き物なのかなって、思ったんだよ」

「ヒト、ですか? それがどうして……?」

「あのね、俺の母さん、ヒトだったらしいんだ。生まれてすぐにいなくなっちゃったって父さんから聞いただけで、どんな人だったのかも知らないんだけど。種族の特徴だけは聞いてたから、なんだろう、勝手に体が動いちゃったっていうのかな……。死なせちゃ駄目だ! って、夢中になっちゃったんだよ」


 うっすら顔を赤くして、灯はがりがりと頭を掻く。その情けない顔に、陽花は燻っていた灯への恐怖も忘れてぽかんと口を開けた。


「年下の陽花に、母さん重ねちゃったっていうか。その、凄く恥ずかしいんだけどさ……。でも、どうしても助けたいって、そう思ったんだ。……置いていかれるのは、辛いもの」

「灯さん……」

「いやあの! 別にその、寂しいとか、思ってないんだけどさ! ただその、母さんと同じヒトの陽花を放っておけないし、あの、仲良くしてもらえたらなぁって……。いやいや! 深い意味はないよ!? ないんだけど……」

「灯さん、あの、落ち着いてください」


 ぶんぶん手を振る灯は、みるみるうちに自分で墓穴を掘っていく。次第に小さくなる言い訳の言葉に、陽花は小さく口元に笑みを浮かべた。

 しょぼんとしている灯が、前よりも怖くない。情けない理由と姿ではあるけれど、自分を必死になって助けてくれたのは、この彼だ。

 どこか子供っぽい、寂しがりの灯の一面を知ったことで、陽花の中の灯への恐怖心が少しずつ薄れる。

 ほんのり暖かくなった胸に手を当てて、陽花はすっかり混乱している灯の側に、初めて自分から少しだけ近寄った。 


「……俺のこと、まだ怖い?」


 不安そうに見上げてくる彼に、陽花は視線をちらりと脇に外してから、小さく頷く。正直に言ってしまえば、その姿は陽花の常識からかけ離れすぎていて、すぐに受け入れるのは難しかった。

 けれど、最初のように逃げ回ろうとは、もう思わない。


「まだ、ちょっと慣れませんけど……。でも、助けて下さって、本当にありがとうございました。しばらく、お世話になります」

「陽花……!」

「生憎、お母さんの代わりにはなれませんけど、ね」

「ちょっと、それはいいってばぁ!」


 ぺこりと頭を下げた後、ほんの少しのからかいを込めてぽつりと付け足した意地悪に、灯は顔を真っ赤にして怒る。その姿に、陽花はようやく素直な笑い声を上げることができた。

 いじわる、とわざと子供っぽく顔を背けた灯がおかしくて、陽花はここに来て初めて、声を上げて笑う。

 ようやく明るくなった陽花の顔に、ほっとしたように灯にも笑顔が零れた。


「もー。あんまり変なこと言うと、今日から治療痛くするよ!」

「それは勘弁してください!」


 少しずつ空気が解れていくのが分かる。赤色から薄い青へ色を変え始めた光に照らされて、二人はしばらくの間、穏やかに笑いあっていた。

 


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