〈3〉
ふわりと意識が戻ったとき、感じたのは暑さだった。
暑い、暑い、と身を捩ろうとして、そこで初めて体が動かないことと、その暑さが熱ではなくて痛みだった事に気付く。
「ぅ……っあ……あぁ!」
脳天を突き抜けるように全身が痛み、あちこちに心臓があるようにずきんずきんと脈打って、戻った意識が飛びそうになった。
自分では盛大な悲鳴を上げたつもりで、ひりつく喉が絞り出すのは、か細い呟きばかり。
布でも巻かれているのか、視界が白いもので覆われている。そのせいで周りが見えないことが、余計怖かった。
どこが痛い、と言えないほどあちこちが痛む。身を捩った瞬間に、左目の上辺りが引き攣り、目の前が真っ赤になった。
痙攣するように突っ張った手足の中で、左足だけが嫌に熱を持って力が入らない。
気を失いそうなほど痛いのに、その痛みのせいで意識が無理やり引き戻される。
ほとんど動かない体を丸め、陽花は必死に短い息を吐いた。
「あ! こら、駄目だよ、動いたら傷が開いちゃう」
「あ……っ?」
「気がついて良かったよ。ほら、口を開けて」
布のせいだけではなく、ぼやける視界が急に陰り、低く落ち着いた声が落ちてくる。
突然の知らない声に、陽花はなんとかそちらを見ようと首を振ったが、無理な動きはすぐに声の主に止められた。
汗で張り付いた前髪を、優しく払いのけられる。その手つきに、ぽろりと目尻から落ちた涙が、目元を覆う布に染み込んだ。
「大人しくして。もう大丈夫。怖いことは無くなったからね。さあ、薬を飲んでもう一度寝なきゃ。傷もすぐに良くなるよ」
「だ……だ、れ……?」
「うん。元気になったらね」
「う……」
そっと口元に添えられた、ひんやりした指先が心地良い。
静かな声と一緒に、水につけられた布が陽花のかさついた唇を濡らす。
ほのかに不思議な香りがするのは、この声の言う薬が混ぜられているからだろうか。
ほんの少しの水分で、陽花の体はようやく自分が水を欲していたことを思い出す。張り付いたように動かない舌をなんとか差し出して、陽花は夢中で布に噛み付いた。
何度も何度も布を押し当てられるたび、乾いた喉に少しずつ潤いが戻る。高い熱が出ているのか、少しだけまともになったと思った意識は、すぐにぐらぐらと混濁していく。
それでも、陽花は自分が生きていることに、小さく嗚咽を漏らした。
呼吸が落ち着いてきたところで、限界を迎えた陽花は急速な眠りに引きずり込まれていく。
「もう大丈夫。……大丈夫だよ」
闇に沈み込むまで、優しい声が陽花を包んでいた。
それから数日、陽花の意識は浮き沈みを繰り返す。
「あ、は、ぅっ……」
「大丈夫。もうなにも心配ないよ……」
そのたび、あの低い声が静かに陽花を気遣ってくれた。
冷たい指先に額を撫でられ、悲鳴を上げて火照る体を壊れ物を扱うように大事に介抱される。
寝ているのか、気を失っているのか、それがどのくらいの長さなのかも彼女には分からなかった。けれど、声の主は陽花が目覚めると必ず側にいて、泣きじゃくる陽花の手を握ってくれる。
どこまでも優しく包み込むその声と指に、いっそ楽になりたいと願うような激痛に泣く陽花は、挫けそうになる気持ちを何度も奮い立たせた。
昼も夜も無かっただろう看病で、陽花になんとか回復の兆しか見え始めたのは、随分経ってからだった。
「ありがとう、ござい……ます」
「気にしないでいいんだ。ほら、元気になる方が先だよ」
声を出すのも辛いが、なんとか彼に礼を言えたのは、はじめに目を覚ましてからどれくらい経った頃だろうか。
彼はきっと、海で溺れていた自分を助けてくれた医師なのだろう。
陽花は額から目まで巻かれた包帯で見辛い視界で、体を支える気配を追う。ぼんやりと霞んでほとんど見えない目に、こちらを向いた彼の、優しい微笑みが見えた気がした。
甲斐甲斐しく世話をしてくれる彼の姿を、早くきちんと見て礼を言いたいと思いつつ、陽花には不思議な事がひとつある。
ズズ……ズズズ
「あ、の……」
「喉乾いたでしょう? 起きてるうちになにか飲んだ方がいいよ」
ズズズ……
彼が動くたび、何かを引きずるような音が後をついて回るのが、気になって仕方なかった。
ずるっずるっと大分重たいその音は、彼が側にいると必ず聞こえる。
(いつもこの人、なに引きずってるんだろう……)
口元に暖めたカップをあてられ、陽花はその疑問を花の香りがするお茶と一緒に飲み込んだ。