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蛇のご馳走  作者: 綾野 悠
本編
21/29

〈21〉

ブクマ1500件突破ありがとうございます。気付いたら日間ランクにも載ってて今度こそ目玉が飛び出しました。

 久しぶりにやってきた街で、陽花は到着するが早いか奥様方にもみくちゃにされる。


「ハルカちゃん! おめでとう!」

「いやあ、めでたいねぇ。それで、式はいつ? どこでするの?」

「衣装は決めた? 色は? 形は?」


 どこから噂を聞いたのか、陽花が結婚するという話で既に街中がお祝いムードだ。突然わっと押し寄せてくる人の輪の中心に放り込まれた陽花は、バスケットを抱えたまま目を白黒させる。


「うちら鳥族はお祭りごとが大好きやからなぁ。ちっちゃい事もすーぐ大事にされる。やれどこそこの坊ちゃんが誕生日だ、やれ向こうの角のお嬢さんが婿殿を連れてきた、ってな」

「ぽろっと私が朝、雄鶏亭で呟いただけだったんですが……。大丈夫ですか? ハルカさん」

「あ……いえいえ大丈夫ですよ。ちょっと、びっくりしましたが……」

「ほんと、騒ぎたくてしょうがない奴らなんだよー。お祝いにかこつけて、歌って踊って酒が飲めればそれでいいの。鳥族の住んでる国の王都でもさ、国王陛下がいつの間にか適当な酒場でやってる一般市民のお祝いに飛び入り参加してるらしいから、もうこれは性分だよねー」

「鳥族の皆さんの行動力が怖い……」


 あれもこれもとやたら両手に店先の果物や野菜を乗せられてふらふらになりながら、陽花はその明るい雰囲気に顔を綻ばせた。


(今は、この瞬間を楽しめれば、いいや)


 こうも騒がしいと、思考の海に落ちそうになる意識が無理矢理にでも前を向く。前に来たときと同じように、温かく迎えてくれる住民達と挨拶を交わしながら、陽花は手招きをするルルクゥ達の背を追って歩き出した。



++++++



「はい! 次はこれ!」

「なーんかこう、ぴんとこないのよねぇ。もうちょっと丈が長いほうがいいかしら?」

「そうねぇ。ハルカちゃんはすらっとしてるし、後ろの長い、ぴったりした服のほうがいいかもしれないわぁ。あっ! これなんかどう?」

「ま……まだ着るんですか……?」

「なに言ってるの。まだ二十着も試してないのに。まだまだあるわよー。ねぇ色はどうしましょう? 青? 思い切ってピンクもいいかも知れないわ」


 街の住人達は、本当にみんな親切で優しく、どこまでも親身になってくれる。けれど、今はその親切さがつらい。

 ホゥトの酒場から程近い、布地を扱う大きな店の奥。陽花が貰ったお土産を預かって店に戻って行ったホゥトとティーククを見送り、別に用事があるからとルルクゥに一人きりで置いていかれて、もうどれくらい経ったかも分からない。

わあわあと大勢の鳥族の女性に囲まれ、ひたすら着せ替え人形にされている陽花は台の上で頭を抱えた。

 美しいものが大好きな鳥族は、服の布地からその身を飾る装飾品、部屋に置くクッション一つにまで、一人一人が恐ろしいこだわりを持っている。

 明らかにそこら辺の近所の奥様まで混じった大所帯にああでもないこうでもないと服をとっかえひっかえされ、陽花の視界はその鮮明すぎる色の洪水にちかちか点滅していた。


「もう、もっと早くに来てくれればちゃあんと仕立ててあげたのに」

「そうよねぇ。一週間しか居ないんじゃ、ここにある仕立て上がりのやつしか選べないんですもの。もったいないわぁ」

「世界でたった一つの婚礼衣装を着た花嫁……素敵な響きよねぇ」

「せめて一月あればねぇ。船や空から布地も取り寄せられたのに」


 ルルクゥが着ているような、背中の大きく開いた真っ赤な着物のようなものを羽織らされ、向こうが透ける柔らかな青い帯でこれでもかと腰を締められる。

 目の端にはまだまだ追加の衣装が次々と運び込まれているのが見え、これがオーダーメイドだったらどうなったろうかと陽花は冷や汗をかいた。

 イメージが違う、とまた豪快に下着姿にされながら、ぐったりとため息を吐く。

 次はこれ、と後ろに大きくスカートが伸びたロングドレスを被らされたとき、きゅう、と陽花の腹から小さな音がした。


「あ、す、すいません」

「あらあら。いけないわ、夢中になりすぎてお茶のひとつも出してあげてなかったわねぇ。ねえ皆さん、ちょっと休憩にしましょう?」


 店の店主らしき、少しくすんだ銀色の羽とおだんご頭の初老の女性が、同じ色の眼鏡を外してあたりを見回す。

 手に手に山積みの布を持っていた女性達は、その言葉にわっと歓声を上げ、一斉に部屋を片付け始めた。

 あまりの仕事の速さに、流れるような動きですっぽんぽんにされた陽花はおろおろと台の上で立ちすくむ。ついさっきまで、店に来た他の客すら後回しになる勢いで自分を囲んでいたのに、一体どうしたのか。


「あの、皆さんもおなかすいてらしたんですか?」

「まあ、違うわよ。最近流行のお菓子がね、みんな食べたくてしょうがないの。それが食べたいからって、何かにつけてお茶会を開くのよ。沢山買ったら割引してくれるから」

「お菓子……?」


 店主の女性は、陽花に上着を差し出して肩を竦める。不思議そうに首を傾げた陽花に、彼女はぱちりとウインクをしていたずらっぽく笑った。


「ルビーの雄鶏亭で売ってるお菓子よ」

「あ、ホゥトさんのお店の!」

「そう。貴女がレシピを教えてくれたあれね」


 歌うように言った彼女は、上着を羽織った陽花を連れて瞬く間に出来上がったお茶会の席へ促す。

 こんがりと香ばしく焼かれた生地の上に、数種類のジャムや色つきの砂糖で花やレース模様が描かれたクッキー。可愛らしく折られた紙のカップからこんもり頭を出しているカップケーキからは、果実酒のほろ苦い香りが鼻をくすぐる。

手先の器用さに磨きがかかりっぱなしのティーククが雄鶏亭の面々をモチーフにでもしたのか、やたらと精巧な耳のたれた犬と、青と紫の鳥の形をしたキャンディーもある。

他にも山のようにずらりと並べられた菓子は、確かに陽花が教えたものばかりだ。

 可愛らしいティーカップに次々とお茶が注がれ、女性達はみな笑顔でお菓子を頬張っては話に花を咲かせる。

 楽しそうな女性達を繋ぐのが自分が教えた菓子だということが、陽花は誇らしくて、少し照れくさかった。

 誕生日席に座ってお茶のカップを抱えたままにこにこしている陽花に、女性達は口々に菓子を勧めて話しかけてくれる。


「ハルカちゃんは凄いわぁ。こんな美味しいお菓子、どうやったら思いつくのかしら」

「私達、裁縫はできても、お料理って得意じゃないものねぇ」

「でも最近、この見た目の綺麗さに憧れて、料理人になりたいって言う若い子が増えてるらしいのよ」

「お菓子の専門店を作る話もあるんでしょう? ハルカちゃんのおかげよね」

「い、いえ、私はそんな……」

「嫌だわ、謙遜しちゃって。もっとずばーん! と胸を張りなさい胸を!」


 ごっそり目の前の皿に色とりどりのマシュマロや、陽花が作るものよりだいぶ大きい、拳ほどもあるシュークリームを乗せられて、ばんばん背中を叩かれた。

 自分でも研究してくれているのか、ちらほら見覚えの無い色や形のものもあって、陽花は嬉しくなる。

 試しにひとつクッキーを口に入れてみれば、ほろほろ溶けるような食感に、苺ジャムの微かな酸味と炒られたナッツの香ばしさが広がった。

 優しい甘さの可愛らしいクッキーは、形は少しばらついていても、ほっこり胸が温かくなるような素朴な美味しさがある。


「美味しいですね」

「あら! 雄鶏亭の子たちが聞いたら泣いて喜ぶわねぇ。ハルカちゃんに認めてもらえるなんて」

 

 微笑んでくれた店主に、陽花も笑顔を返した。


「ハルカちゃんの頭の中には、まだまだ沢山、こんな素敵なものが溢れているのかしら」

「いいわねぇ。一週間と言わず、もっといてくれたら……」

「……それは、出来ないのよねぇ、ハルカちゃん」

「残念ね……」


 賑やかな中でふいに零された言葉に、さっと場の空気が変わる。それはほんの一瞬だけで、すぐに何事も無かったかのように話題は他所へ移って行った。

 けれど、その一瞬の空気の冷えに、陽花はカップを握って小さく口の端を持ち上げる。恐らく、街の人々は陽花がこの後どうなるかを知っているのだ。

 ルルクゥから聞いた御伽噺は、随分古いものらしい。それは、それだけの長い間、誰かが灯の一族に差し出されてきたことと同じだ。

 この街の人々は灯の一族のことを、陽花よりもずっと知っている。言葉や空気の端々に見え隠れする、街の人達の戸惑いと薄く引き伸ばされた安堵と申し訳なさそうな雰囲気に、陽花は気付いていた。

 それでも、それを感じさせないよう、明るく朗らかに接してくれる街の人達の気遣いに、陽花の心は救われている。どうせ、誰かに止められても陽花の意思は変わらない。そんな半端な気持ちなら、ルルクゥに泣かれたあの時に、その手を取っていたはずだ。

 そんな覚悟を感じ取っているのか、ほんの少しだけ瞳に悲しげな色を浮かべた女性達は、それでも陽花を飾ることで、その暗い気持ちを忘れようとしているように見える。


「さあ、お休みはこのくらいにして、服選びに戻りましょう!」

「わ、ちょ、まだやるんですか……!?」

「選び終わるまでやるに決まってるじゃないの。ねえ誰か、隣の通りの店の服も借りられないか聞いてきて頂戴!」

「これ、結局最後の日までかかったりして……まさかね」


 ぱん! とひとつ手を叩いた店主の声で、またずらりと並べられた衣装が陽花の前に押し寄せてきた。カップすら置かせて貰えず、慌てる陽花に笑う女性達の声で、店の中はまた喧騒を取り戻す。


 もみくちゃにされる自分のか細い呟きが本当になることを、今の陽花はまだ知らなかった。

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