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さくらん親子

作者: 幾許学

私がもしも、蝿と同じ目を持っていたならば、飛んできた油をよけることが出来ただろうか?私のひ弱な体では、そんなに機敏に動けないかもしれない。いや、機敏に動けなくても、蝿の目を持っていなくても、パン粉の湿気を取ることを忘れていなければ、根本的な原因から今回の不祥事は避けることはできただろう。馬鹿。

そんなわけで、N大学文学部首席卒業、IQ148の優れた能力を持つ宇内マコは不覚にも、大粒の自然由来ヘルシィ油を左の頬に受けてしまった。なかなかのダメージだ。

K大学の教授でマコの夫、宇内栄吉と、高校生になる息子を持つ彼女は、昼にちょっとしたパートに励む以外は、もっぱら自宅で肉、魚、野菜、食器、洗濯物、洗濯機を相手に格闘を繰り広げる日々を送っている。先程記述したように、左頬に多大なるダメージを受けたため、格闘は一時中断。これは仕方が無い。うん。仕方が無い。

「衣かぶって待っていやがれ!ブラックタイガー!」

と叫んでいたところを、息子の新太に見られたことは、記述されていないはずである。


「で、ブラックタイガーに何されたの?」

おちょくられているように読めるだろうが、新太にはそんな感情は全くない。これはこれで真剣なのだ。

「Aburawo kake rareta no」

恥ずかしいので英語で云ってやった。

「ふうん。その絆創膏がそう?」

牛乳をコップに注ぎながら新太は聞いた。蛇足だけど、新太の動作は常人の4分の2程度の速度。約分しろという要求は受け付けない。

「ええ、そうよ」

右の頬を指差して云った。ボーノ!!

「火傷って、絆創膏貼って治すの?」

「うーん、顔だからね、顔に火傷って人に見られるの嫌じゃない?隠したいのよ」

他にも隠していることがあるかもしれない。例えば、この文章そのものとか。このセリフを言い切る時間も無いくらい新太が答えた。

「ふうん」

「あ、だめだめ。ちゃんと考えなきゃ」

マコは新太の頭上五センチの位置に利き手と逆で小さい頃蛍光灯を割って遊んでいた時に怪我して今はもうその傷も目立たない右手をセットし、ひだりてをあえてひらがなで書いたが、成分に違いは在りません。えっと、左手を大きく振りかぶってチェンジアップの投げ方をイメージしながら右手にヒットさせた。5センチの余裕を消費しながら、手の運動エネルギに抗った。新太の頭の寸前で、手を止めることが出来た。

「いてっ。父さんもそう云うけど、どうして考えることが良い事なのかが分からない」

新太は牛乳を口に含みながら話したら下品なので、全て飲み干してから答えた。

「それを考えてみたら?」

マコはトイレから出て来てから聞いた。

「考えた時点で負けじゃないか」

天井が徐々に落ちて来て、それを食い止めるように支えるが、壁が落ちる速度は変わらない。ついに壁によってからだが潰され、肩あたりまで落ちて来た時辺りの腕の格好と似たポーズを取った。一般に『呆れた』という感情を表す。

「負けって…」

「顔に絆創膏張っているほうが格好悪いと思うんだ。それに、火傷ならもしかしたら気づかれないかもしれないけど、絆創膏なら、何かあったって思われちゃう。そうしたらどうしたの?って聞かれて、答えるのが面倒だ。僕はそのままにするかなぁ」

遅い動作とは対照的に、喋るのは非常に早い。理由を聞いたことがあるが、優しさだそうだ。

「もう考える癖がついてるじゃない。でも火傷が軽症だという前提の上に成り立ってるからね。ちょっと上品じゃない」

上品では無い。という意味で云いました。一応。ここからはノーカットでお楽しみください。

「やっぱり向いてないかな。考えるの。火傷はひどかったの?」

「いいえ。実は火傷してないの。家事をサボりたかっただけ。お父さんに云っちゃだめよ」

「知ってた」

「え?」

「見てたから」

「え?いつから?」

「私がもしも…から」

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