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STAGE1 連なる雷鳴

記念すべき初回は、白米ナオの子・龍馬君と、サンドルフィンの子・あきら君に戦ってもらいました!


(暗い……ここは、何処だ?)


 坂本龍馬は、辺り一面真っ暗な場所に一人ポツンと佇んでいた。

 見覚えがあるような、しかし何も無いが故に手がかりを見つけられない、そんな空間。

 一見、ミカドが作り出す無の空間(ジ・エンプティ)にも似ている。

 しかし、ここがミカドの内部でないことくらいは、龍馬も薄々勘付いていた。

 なぜなら、当のミカドともう一人の所有者である天宮聖子がいないからだ。


(だとしたら……夢、なのか?)


 もしも夢ならば、間違いなくいつかは覚める。それに、自分は夢を自覚できるような体質でもない。

 そこまでの考えに至った龍馬は、ありきたりな方法で夢であるかどうかを確認した。

 つまり――頬をつねるという動作。


「……痛くない。

 てことは、やっぱり夢なんだな」


 まさか、明晰夢が見られるとは思っていなかった。と、龍馬は驚きつつも喜びを感じていた。

 夢を夢であると自覚できる現象、明晰夢。意図して見ることが出来る人間は非常に少なく、自然に見られることも滅多にない。

 そんな状況に置かれた龍馬が、嬉しさを感じないはずがないのだ。

 早速龍馬は目を閉じ、何かを考えるように黙り込んだかと思うと、急に叫びだす。


「想創! 着装(チェンジ・クロース)!」


 そう、幻界でいつも行っている想創を、明晰夢の中で実行したのだ。

 果たして、龍馬のイメージどおり想創光が集まり、一瞬にして消える。

 すると、そこには幻界での龍馬――もといリュウの服装を身に纏っていた。

 青い中華風ジャケットに、同じく青のパンツ、そして草履。

 顔立ちや体格はそのままであるが、服装は一瞬にして異世界の雰囲気を漂わせるものとなった。


「……明晰夢ってすげぇ。幻界と何ら変わらないなぁ」


 感嘆の声を漏らしたリュウは、しばらくその場に立ち尽くしていたが、ふと何か思い当たったかのように拍手を打った。


「どうせなら、今のうちに鍛錬でもするか!

 勝手に夢が覚めるまで暇なら、時間は有効に使わないとな」


 鍛錬……すなわちトレーニング。

 幻界では戦闘を行うことが多く、今までもかなりの敵と戦ってきた。

 しかし、その戦闘回数の割に模擬戦などの練習をする機会は少なく、土壇場で対応することも多かった。

 けれど、この空間はとにかく自由だ。しかも想像力の消費も感じないことから、想創を酷使しても問題はなさそうである。

 そこまで思い至ったリュウは、いつものように左手を軽く緩め、いい加減慣れた言葉を口にする。


「想創(ジェネレート)! 〝木刀(ぼくとう)〟!」


 左手に集まった想創光(ジェネレート・レイ)は、一瞬にして細長い輪郭を形成、そしてパッと消え去る。

 そこには、今まで何度も繰り返し振ってきた、相棒とも言える存在の木刀が握られていた。

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたリュウは、木刀を両手で握ると中段に構え、大きく振り上げる。


「……ヤッ!」


 始めはゆっくりと動き出した木刀は、急激にスピードの変化をつけて加速、空を切るが如く一気に下段まで振りぬかれた。

 ブウンッ! という音と共に、木刀はピタリと動きを止める。その動作、すなわち素振りを数回繰り返し、そして一息つく。


「ふぅ……うん、やっぱ体が軽い。

 夢の中だからかもしれないけど、これは思ったより自由に動けそうだ」


 するとおもむろに左手だけで木刀を握り、右脇を通して大きく引き絞った。

 まるで左肩でショルダータックルを食らわさんとするその様は、剣道では一切見ない型だ。

 そして右足を蹴りだし、大きく前方に飛び込んだかと思うと、引き絞っていた木刀を思い切り外側へ振り抜いた。

 その勢いを利用し、宙に浮いたままの体は錐もみの如く反時計回りに一回転、左足から着地すると共に木刀をもう一度大きく外側へ振り抜く。

 凄まじい前方への回転切りに、周囲の空気は大きく唸りを上げていた。


「……流石に遊びが過ぎたか。

 でも、こういう格好いい動きとか、やってみたかったんだよな」


 自嘲するかのように苦笑したリュウは、律儀にも木刀を前方に構え、そして腰に納める。

 剣道の作法が染み付いている体は、無意識にその動きをさせてしまうのだ。

 そんな動作にまたしても苦笑してしまったリュウは、もう一度腰から木刀を抜いて構える。


「ん?」


 すると、リュウの目は遠くに色彩を捉えた。この暗い夢の世界で、始めて見る色のある風景。

 それはよく見ると、人の形をしていた。しかし見慣れたセインやシュガーではなく、そもそも男みたいだ。

 遠間から見ても身長はリュウと同じくらいで、髪の色は同じく黒。しかしリュウのような短髪ではなく、癖っ気の目立つ標準的な男子の髪型だった。

 あんな人物、リュウは今まで一度たりとも見たことがなかった。

 もしかしたら学校のクラスで見たことがあるかもしれないが、リュウはそんなことまで覚えているような人柄ではない。

 初めて出会う人物に興味を持ったリュウは、接触を試みることにした。

 少年は動く気配が無く、仕方なしに自分から歩き出すリュウ。


「『コール・スパークマスター』……来い、『電刃鏡光(でんじんきょうこう)』」

「ん……何か言ったか?」


 微妙に声が聞こえる位置まで来ると、不意に少年の口が開く。

 刹那、少年の手には青白く光る何かが握られていた。

 電気を帯びたそれはさながら形の無い刀の様で、無意識にリュウの警戒心が強まる。


(……こいつ、出会い頭から何なんだ?)


 ふとリュウの頭に疑問が浮かんだが、冷静に考えれば理由はすぐに分かった。

 なぜならリュウ自身、木刀を帯刀しながら接近しているのだ。警戒されてもおかしくは無い。

 リュウは誤解を解くべく、腰の木刀を前方に放った。道場でこんなことをすれば折檻モノだが、この際気にしてはいられない。

 しかし少年はそれを見てなお、警戒を解くことは無かった。むしろチャンスとばかりに青白い刀を構え、腰ごと大きく右に引き絞った。


(剣道には無い構え……我流だな。

 しかも切っ先が真っ直ぐ俺に向いている。てことは……突きか!)


 瞬時に分析したリュウは、即座に前方へ駆け出すと木刀を再度拾い上げる。

 そんな中、長い前髪で目線が分からない少年は、口元だけニヤリと笑う。


「『デュアルコール・アクセル』……『連雷槍(スピニング・ショット)』!」


 叫んだ途端、少年は大きく引き絞った右腕を前方に思い切り突き出す。

 だが、木刀を拾っている最中のリュウと少年の距離は十メートル近く離れている。ごく普通の刺突ならリーチが足らず、射程外だ。

 ――ごく普通、なら。


「なっ!?」


 リュウの目が捉えたのは、突きと共に迸る閃光だった。

 それは十メートルもの距離を一気に駆け抜け、寸分違わずリュウの体に直撃する。


「ぐわぁぁぁっ!」


 回避をする間もなくリュウの体を雷の槍が貫き、そして遠く彼方まで突き抜けた。

 ぷすぷすと体から音を立てながら、その場に片膝立ちで崩れ落ち悶えるリュウ。

 それを見た少年は、突き出した右腕を元に戻し、追撃をかけるべくゆっくりとリュウに歩み寄る。


(くそっ……さっきは痛くなかったのに、何でこの雷は痛いんだよ?)


 先ほどまで感じることのなかった痛覚に、リュウは焦りの表情を浮かべる。

 これは夢だ。けれど、タダの夢なんかではない。

 どうやらこの少年の攻撃に関しては、痛覚がきちんと反応するらしい。

 その事実が、リュウの思考を一瞬にして戦闘モードに切り替えた。

 すぐに立ち上がったリュウは、少年を出来るだけ意識しないように集中し、そして叫ぶ。


「想創! 〝速度上昇(スピード・アップ)〟!」


 リュウの体を想創光が包み、そして掻き消えた。

 この想創を行うことにより、リュウの体は急激に瞬発力が上昇する。

 しかし少年はそれを確認した途端、青白い刀をリュウに向けて突き出し、そしてもう一度小さく口を開いた。


「『影』から『実態』に……来い、雷刃鏡明・疾風(らいじんきょうめい・はやて)」


 言葉と共に、少年の手に握られていた光は凝縮し始め、想創のように輪郭を形成していく。

 しかし、リュウも相手の準備が整うまで待ってやるほどお人よしではない。

 雷の槍で貫かれた距離を、それと同じほどのスピードで駆け抜けると、普段はしない攻撃方法――居合いで少年を逆袈裟に切り上げる。



 カキンッ!



「っ!」


 この少年と出会って何度か目の、リュウの息を呑む音。そして薄く微笑む少年。

 猛スピードで斬激を繰り出したにも関わらず、少年は一振りの〝槍〟のみでそれを受け止めたのだ。

 先ほどまで青白い光の塊だったものが、今や冷たさを感じさせる程リアルな金属製の槍に変わっていた。


「……なるほど、『影』から『実態』って、このことか」


 苦虫を噛み潰したような表情で、リュウがポツリと呟いた。

 あの青白い実態の無い雷が『影』ならば、今の槍は雷を凝縮して生成された『実態』だ。

 物理として扱われることで、武器としての威力が上昇するわけである。

 状況を理解してもらえたことに満足したのか、少年は不敵な笑みを浮かべつつ大きく後方へ飛び退る。


(ちっ……リーチが長い分、間合いを広く取った方が有利ってか)


 リュウは一瞬で考察を終えると、次なる攻撃のチャンスを窺った。

 少年もどうやら様子見をしているみたいで、心なしか構えに余裕がある。

 近づけば雷刃鏡明・疾風で貫かれ、遠ざかれば雷の槍に狙われる……。ならば、最も確実な方法をとるべきだ。

 そう判断したリュウは、瞬発力を生かして後方に飛び退った。

 少年はその行動を見てニヤリと笑い、またしても連雷槍の構えを取る。


「……『連雷槍』!」


 今度は簡潔に、素早く雷刃鏡明・疾風を前方に突き出した。

 槍の穂先から迸る閃光は、またしても先ほどより遠い距離、およそ二十メートルほどを一気に駆け抜ける。


「想創! 成長種族:龍人|(グロウ・トライブ:ドラゴノイド)ッ!」


 しかしそんな攻撃を目の当たりにしても、リュウは引き締まった表情で叫んだ。

 想創光がまたリュウの体を包み込み、速度上昇の時より僅かに長い時間を掛け、そして掻き消える。

 同時に、威力は弱まったものの凄まじい勢いで、雷の槍がリュウの体を再び貫いた。


「ははっ……流石、雷に耐性がある鱗だ。

 痛くも痒くもないな」

「なっ……」


 余裕綽々といったリュウの声に、今度は少年が絶句する番だった。

 少年の視線の先には、数秒前とは姿も形も大いに変わったリュウがいた。

 青緑の鱗を全身に纏い、手足は鋭い鉤爪。顔も口先がシャープな爬虫類の様な姿になっており、銀の鬣や髭、更には角まで生えている。

 その雄雄しい姿は、一言で表せば〝青龍〟だった。


「……そんじゃ、反撃開始だ!」


 獰猛な笑みを浮かべたリュウは、猛烈なスピードで一気に間合いを詰め、少年に向けて木刀を振り下ろす。


「くっ!」


 焦りの色を見せ始めた少年は、辛くも雷刃鏡明・疾風で木刀の一閃を受け止める。

 しかしリュウの勢いは止まらず、宙に浮いたままがら空きの頭部に踵蹴りを繰り出した。

 予想だにしない攻撃に少年も反応が遅れたみたいで、直撃こそ免れたものの足の鉤爪が彼の頬を僅かに捉えた。

 薄く鮮血が舞う中、少年はもう一度後方に跳び退り、体制を整えなおす。

 頬に流れる血を拭いながら、少年は小さく舌打ちをした。


「……やるじゃねーか、お前」

「そりゃどーも。

 つか、何で急に襲ってきたんだよ?

 せめて名前くらい名乗って、それからだろ?」


 短く発した言葉に、リュウは疑問系で返す。

 すると、少し迷った表情をした少年は、警戒心を解かぬまま簡潔に答えた。


「……鈴峰高校二年生、佐藤あきらだ」

「佐藤あきら、ねぇ……俺はリュウ。よろしくな」

「リュウ、か……覚えとく」


 一通りの自己紹介を終えると、双方とももう一度それぞれの得物を構え直す。

 と思いきや、あきらはあっさりと雷刃鏡明・疾風を消滅させてしまった。同時に、右足を一歩引いた形のファイティングポーズで構える。

 訝しげな表情を浮かべるリュウをよそに、あきらはキッと目を細めると、今度は全力で叫ぶ。


「『デュアルコール:ブースト・アクセル』ッ!」


 そして言葉をいい終えた途端に、リュウのもとへと一気に詰め寄る。

 先ほどと比にならないあきらのスピードに、リュウはまたしても驚愕の表情を浮かべた。

 そんなリュウに向けて、あきらは突進の慣性を活かした強力な打撃をお見舞いする。

 咄嗟の判断で木刀を前方に構えるが、なんとあきらの拳は木刀ごとリュウの体を打ち抜いた。


「ごふっ!」


 木刀の木片が舞い散る様をスローモーションで眺めながら、リュウは思い切り後方へ吹っ飛ぶ。

 結果、またしても十メートルほどの間合いを強制的にとることとなった。

 あきらはニヤリと微笑みつつ、追撃をかけるべく前方へ大きく跳躍。空中で体を捻り回転を加えると、勢いの乗ったコークスクリューブローを繰り出す。

 マズイ……そう思ったリュウは、迫り来る拳の恐怖に耐えながらも叫んだ。


「想創! 〝鋼鱗(こうりん)〟!」


 リュウの体に短く発生し、瞬時に消える想創光。同時に、落下のスピードも乗せたあきらの拳がリュウに直撃する。

 だが、金属を打ち合わせたような甲高い音と共に、あきらの拳はリュウを貫くことなく動きを止めた。

 嫌な手応えを感じたあきらは、表情を歪めながらも即座に間合いを取る。その距離約五メートル。


「はぁっ……間に合ったか」

「何だ、今の? まるで鋼鉄みたいだ……」


 リュウの行った想創、鋼鱗。これは文字の通り、鱗を硬質化させ防御性能を格段に引き上げる能力だ。

 これには流石のあきらの拳も貫ききれなかったみたいで、打ちつけた右手をぶらぶらと振る。


「一応ブーストは使ってるんだけどなぁ……威力がダメなら、スピード戦だ!」


 気合を入れなおしたあきらは、もう一度先ほどのファイティングポーズに構える。

 どうやらあの構えが、あきらの近接格闘における基本の構えらしい。

 武器を失ったリュウは、少し迷った挙句同じようなポーズ――つまり近接格闘の道を選んだ。

 しかし、リュウの拳は今や細長い鉤爪。打撃には特化していない。

 その点を補うべく、リュウはもう一度目を閉じ、そして叫ぶ。


「……想創! 〝龍雷爪(りゅうらいそう)〟!」


 同時に、リュウの右手が想創光に包まれ、そして消える。

 すると、光の消えた右手にはあきらの電刃鏡光の如く、青白い閃光が走っていた。

 雷に耐性があるからこそ出来る芸当で、本来の姿ならば自ら感電しているだろう。


「行くぜ……」

「望むところだ……『高速拳・壱ノ型猛撃(ラッシュ・いちのかたもうげき)』!」


 言葉と共に両者が前方へと蹴りだし、一瞬で衝突する。

 リュウの爪による斬激と、あきらの拳による打撃が交錯し、二人の間に凄まじい閃光と轟音が発生した。

 ここまでのスピード戦になると、どちらもほぼ無意識に体を動かすことになる。

 右拳・左拳・右足払い・左拳アッパーカット……一瞬のうちに七連撃を叩き込んだあきらに対し、リュウの攻撃はあまりにも手数が少なかった。

 結果、後半は防御に徹することとなったリュウは、苦痛に歪みながらも必死に耐える。

 早い上に重いその打撃は、終わってみればほんの一秒も経っていなかった。


「くそっ……強ぇ」

「そっちこそ、これだけの動きを真正面から受けて耐えるなんて……ある意味異常だ」

「……そりゃどーも」


 軽口を叩くものの、リュウは内心焦っていた。

 今の状態では、あきらに対抗しうる攻撃手段がほとんど無い。

 木刀を想創すれば先ほどの二の舞で、爪による攻撃はスピードが遅くあきらの高速拳に追随出来ない。

 ならば……〝アレ〟を使うしかないか。

 そう思い至ったリュウは、またしても目を閉じ想創の態勢に入る。


「……想創! 〝龍刀龍尾(りゅうとうりゅうび)〟!」


 言葉と共に今度は尻尾から想創光が発生し、それが左手に集中する。

 光が掻き消えると、リュウの手には緑色の刀が握られていた。

 鱗で埋め尽くされた刀身に、峰に生える銀色の毛、そして骨髄を思わせる柄。

 それは厳密に言えば刀ではなく、〝尻尾〟そのものだった。


「面白い武器だな……けど、そんなの関係ない。

 『高速拳・弐ノ型襲撃(ラッシュ・にのかたしゅうげき)』!」


 感嘆の声を漏らすものの、あきらは気を抜くどころか更に引き締まった表情で叫ぶ。

 同時に、あきらは上方へ一気に跳躍し、リュウ目掛けて猛スピードで飛び蹴りを繰り出した。

 まるで、某仮面ヒーローの必殺技の如く。

 その動きを見たリュウは、落ち着いた表情で呼吸を整え、剣道のような中段に龍刀龍尾を構える。


「喰らえぇっ!」


 雄叫びを上げながら落下してくるあきらの足を、まずは小さくバックステップして交わす。

 初激の強力な蹴りは不発に終わるものの、あきらの動きはそこで止まらない。

 そしてリュウもまた、その展開を先読みしていた。

 先ほどの高速拳の派生ならば、むしろ手数は増えるはず……あきらの動きは、まさにリュウの読みどおりだった。

 右拳、左拳、右拳、左足払い、右アッパーカット、左ボディブロー……あまりの速さに、リュウの意識では手数を把握しきれない。

 しかしそれらの全てを、リュウは落ち着いた動きで捌ききっていく。

 龍刀龍尾で受け流すことにより、リュウの感じる威力はかなり軽減されていた。

 そして最後の零距離ドロップキックをサイドステップで回避すると、やっとのことであきらの高速拳が止まった。


「……どれもクリーンヒットしていない。

 まるで会長みたいな動きだ」

「会長?」

「いや、こっちの話だ……気にするな」


 驚いたように呟くあきらと、疑問符を浮かべるリュウ。双方のやりとりが短く交わされると、すぐに体勢を立て直した。

 お互いに様子見の状態だったが、今度はリュウが先に仕掛ける。


「……想創! 〝終尾(ついび)〟!」


 言葉を発しながら、リュウは中段で構えられている龍刀龍尾を少しだけ後ろへ引いた。

 同時に青緑の刀身を想創光が包み、一秒とせず掻き消える。

 それを見計らったリュウはゆっくりと左足を軽く引き――前方に両手を突き出した。

 すると、青緑の刀身は急激に伸張し、鋭い切っ先があきらに向かって襲い掛かる。


「うおっ!」


 間一髪、半身になって刺突を回避するものの、あきらの腹部はそれをかわしきれなかった。

 果たして、あきらの服は真横一文字に切り裂かれ、うっすらと血の滲む肌が顕になった。

 リュウはその軽いダメージを見て舌打ちしつつ、即座に伸張した龍刀龍尾を引き寄せる。

 ちゃきん、という軽い音と共に元に戻った龍刀龍尾を見て、あきらは感心したように微笑む。


「そんな使い方が出来るのか、それ。

 ちょっと甘く見てたな……」

「油断は禁物、ってよく言うだろ?

 けど、もうこの手は通用しないな」

「あぁ、同じ手に二回も掛かるほど、俺はバカじゃない」


 先ほどよりも長く言葉を交わし、双方もう一度体勢を整える。

 しかし、またしてもあきらはリュウの予想を超える体勢を取った。

 両手をぶらんと垂らし、両膝を軽く曲げて力の入らない姿勢。

 ――そう、今までの構えを解いたのだ。


「なっ……ふざけてんのか?」

「さぁ、な」


 リュウの問いに適当に返すあきら。その言葉だけで、リュウの機嫌を損ねるには十分だった。

 挑発的な構えのあきらに、リュウは容赦なく前方へと踏み込み、龍刀龍尾による袈裟切りを繰り出す。

 しかし、そんな状況を目の当たりにしてもあきらは余裕の表情を崩すことは無かった。


「……『高速拳・零ノ型無心(ラッシュ・ゼロのかたぶしん)』」


 小さく呟いたあきらは、その場でゆっくりと目を閉じる。

 そして、軽やかな動きでリュウの斬激をかわした。

 リュウは驚愕の表情を浮かべながらも、攻撃する手を休めない。袈裟切りを終えた体勢から、今度はあきらの顎目掛けて思い切り突きを繰り出す。

 しかしその鋭い攻撃でさえも、あきらは最小限の動きで左方へひらりとかわす。

 それどころか、龍刀龍尾を突き出した体勢で身動きの取れないリュウの背中に対し、左足による背面回転蹴りを繰り出した。


「ぐあっ……」


 背中から大きく蹴りだされたリュウは、逆海老反りの体勢のまま前方へ大きく吹き飛ばされる。

 何とか空中で体勢を整えて着地するものの、あきらによる一撃のダメージは大きかった。

 そこでようやく、リュウはあきらの意図するところを悟る。

 あの構えは、元から攻勢に入るものではない。

 最初から相手の攻撃を受け流し、カウンターすることだけを目的とした高速拳の究極系なのだ。

 あの様子だと、研ぎ澄まされた反射神経だけを利用して攻撃を予測、回避している。最早、無我の境地と言っても過言ではないだろう。

 こうなっては、リュウは迂闊に接近戦へと持ち込めない。あきらがあの構えである限り、攻撃される可能性はほぼ皆無だが、仕掛けなければ相手も動く気配は無い。

 ――ならば、相手の不意をつく攻撃だ!


「……変化(シフト)。八面玲瓏(はちめんれいろう)」


 リュウの言葉と共に発生する想創光は、ほんの一瞬光ったかと思うとすぐに消えた。

 同時に、あろうことかリュウは後方へ跳び間合いを広げた。その距離、今までで最長の約二十五メートル。

 更に、今度は龍刀龍尾を腰に納め、序盤の居合いの様な構えを取った。

 目を閉じながらも眉をひそめるあきらは、しかし構えを崩さずその場で待機。リュウの攻撃を待った。


「これなら……どうだっ!」


 そしてリュウは、納めた龍刀龍尾を一気に抜刀。前方へと思い切り振り抜いた。

 絶対に届くことの無い距離、リュウの行動が遂に分からなくなったあきらは、思わず構えを解いてしまう。

 それが、あきらの犯した最大のミスだった。


「っ!? 何だコレっ?」


 前方に歩みだした瞬間、あきらは足に何かが巻きつく様な違和感を覚えた。

 すぐに足元へ視線を落とすと、そこには右足に絡みついた青緑の破片。その色は、まるで――。


「まさか……っ!」

「……ぅぉぉぉぉおおおおっ!」


 徐々に近づく声に焦りを覚えたあきらは、即座に回避行動をとろうと足を動かす。

 しかし右足に絡み付いている龍刀龍尾が動きを阻害し、あきらは思うように動けない。

 そんな中、リュウは分離し巻きついたた龍刀龍尾を回収しながら、あきら目掛けて猛スピードで突進する。

 ますます焦りを見せるあきら。直後、彼の腹部にリュウの鋭い跳び蹴りが突き刺さった。


「ぐは、あっ……」


 あきらは思い切り咽ながら、体をくの字に曲げて後方へと吹っ飛ぶ。

 ここに来て初めてクリーンヒットを浴びせたリュウだったが、喜ぶ暇もなく龍刀龍尾の破片を回収し、即座に構え直す。

 吹き飛ばされて地に伏せたあきらも、首と両手のバネだけで跳ね起き、また高速拳:壱ノ型猛撃の構えを取る。



 ゴゴゴゴゴゴゴッ!



 その時、急に暗い空間が揺れだした。

 鈍い地響きと共に、リュウとあきらの体は大いに揺れる。


「な、何だっ?」

「くっ……そろそろ時間か。

 だったら、締めに小技じゃ面白くないな」


 リュウは慌てて周囲を見渡し、あきらは冷静な口調で呟く。

 そんなあきらを見たリュウは、胸中の想いをそのまま口にした。


「時間って……どういうことだよ?

 そもそも何で俺は、お前と戦ってるんだ?」

「……そうだな、説明してる暇はないから簡単に答えとく。

 俺はお前と別世界の人間だが、何故かお前の夢の中で世界が繋がった。ただ、それだけだ」

「……夢の中で世界が、繋がった?

 じゃあ、この揺れってまさか……」

「あぁ、その通り。

 現実のお前が目覚めようとしているんだ」


 聞いてしまえば、とてもシンプルな話だった。

 リュウが明晰夢の中で鍛錬したいと願い、その延長で偶然他の世界の手練れが現れた。それだけのこと。

 全てを理解したリュウは、今までにない清々しい笑みを浮かべていた。


「ははっ……なぁんだ、そういうことだったのか。

 最初っからそう言ってくれれば、もっと気兼ねなく戦えたのに」

「まぁ、今更だけどな。

 ……そんじゃ、最後の一撃は本気で掛かって来い、リュウ!」

「あぁ……全力を出させてもらうぜ、あきら!」


 初めて互いに名前を呼び合い、同時に微笑む。

 直後、先に動いたのはあきらだった。


「『デュアルコール:ブースト・スパーク』! ……来い、『電刃鏡光・剛(でんじんきょうこう・ごう)』!」


 長いこと言葉を発したあきらの目は、今までにないほど活き活きとしていた。

 同時に、最初に見た青白い閃光が右手に発生する。ただし、先ほどの閃光よりも幅が広い。

 そしてあきらは、更に言葉を付け加えた。


「『影』から『実態』に……来い、『雷刃鏡明・轟雷(らいじんきょうめい・ごうらい)』ッ!」


 すると、幅広の閃光は一気に凝縮、そして周囲に放電しながら拡散する。

 そこには、先ほどの雷刃鏡明・疾風とは違う形の、実態ある武器が握られていた。

 色は青白から紫がかった金属に、そして形は細長い槍から巨大な大剣へと変化している。

 それを見たリュウは驚きに目を見開きつつも、どこか楽しげな表情を浮かべていた。


「なるほど……それが、お前の本気なんだな?

 それじゃ、俺も本気の一撃を見せてやる!」


 笑顔で言い放ったリュウは、上方へと思い切り跳躍――否、飛翔した。

 上空二十メートルほどに滞空すると、リュウはもう一度龍刀龍尾を構える。

 しかし、それは剣道ベースの構えから大きく外れたものだった。

 なぜなら、切っ先を下方にいるあきらに向けて、逆さまに握っているから。

 それは言うなれば、勇者が地面に刺さった剣を抜いた後のような格好。


「……想創! 〝迅雷(じんらい)〟ッ!」


 リュウの叫びに反応して、体中を一層眩い想創光が包み込む。

 それは少し長い時間を掛けて、パッと弾けて消えた。

 一見姿は変わらないが、リュウの体中を青白い閃光が駆け巡っている。

 その様を見たあきらは、歯を剥き出して獰猛な笑みを浮かべ、そして短く一言。


「……それじゃ、終わらせようぜ」

「あぁ、望むところだ!」


 リュウも同じく獰猛な笑みで返し、柄を握る手に力を込めた。

 周囲の暗闇は徐々にひび割れていき、外からは光が漏れ始めている。

 この場所が消えるのも、時間の問題だろう。

 足元が段々崩れ去っていく中、あきらは雷刃鏡明・轟雷を右脇に大きく引き絞った。


「これで終わらせる! 『轟昇雷(ライジング・スパーク)』!」


 あきらの言葉と共に雷刃鏡明・轟雷は、今までにないほど眩い紫電の光を放つ。

 徐々に崩れ行く空間の中で、二人はどこまでも静かに見つめあった。

 そして――。


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」


 重なる雄叫び。

 リュウは上空から一条の雷となり、あきら目掛けて一直線に舞い降りる。

 あきらは雷刃鏡明・轟雷の切っ先を地面にこすりながら袈裟に切り上げ、昇龍の如し紫電をリュウ目掛けて撃ち放つ。

 ぶつかる二つの閃光は周囲を明るく照らし、同時に強力な衝撃波を生む。

 力と力のぶつかり合いに耐え切れなくなった世界は、轟音を立てて遂に崩れ去った――。





「……ん?」


 気が付くと、龍馬はベッドの上に寝ていた。

 鳥のさえずりを耳にした龍馬は、すぐに壁に掛かっている時計へと目をやる。

 時刻は五時半。起きるにはまだまだ早すぎる時間だ。


(なんだろ。途轍もなく長い夢を見た気がする)


 うっすらと残る記憶をたどると、龍馬の頭にあった風景は二つ。

 一つは癖っ気のある黒髪少年。もう一つは、視界一面が真っ白に染まっていく、眩しすぎる雷。


(……変な夢だな。なんだか寝た気がしない)


 そう考えると、急激に眠気が襲ってきた。

 まるで一晩中戦っていたかのような疲労に襲われ、温かいベッドに思わずもう一度体を預ける。

 夢なんて、しっかり覚えているものじゃない。気にしたら負けだ。

 心の中でそう言い聞かせた龍馬は、もう一度まどろみの中に身を投じようと目を瞑る。


「……おやすみ、あきら」


 無意識のうちに呟いた龍馬は、ぐったりと二度寝に入るのだった。

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