夢
はい。次にひろむ君の夢を聞いてみよう。
ひろむ君は将来、何になりたいのかな?先生に教えてくれる?
教えてもいいよ。だって、僕の夢について話を聞いてくれるヒトがなかなかいないんだもん。
はじめは頷いてくれるし、笑ってもくれるんだけど、真剣に聞いてくれないんだ。
どうしてかな。僕は夢を話してるだけなのに。
先生はちゃんと聞いてくれるよね?
もちろんよ。バカになんかしない。
だって、それはひろむ君を大きく成長させるものだって思うの。
夢って言うのは、目標よね。目標に向かって努力することは大事なのだから、
大切にしなきゃいけないわ。
ひろむ君が真剣なのだから、先生だって真剣に聞くわ。それが礼儀ですもの
礼儀ね。じゃあ、今まで僕の夢を聞きたがったヒトたちは、みんな礼儀知らずだ。
途中で目に涙を浮かべたり、何かに耐えながら話をさえぎって、僕は最後まで夢を語ったことはないもの。
うん、失礼なヒトたちだった。
夢は何?って、聞いてきたのはあっちなのに。途中で止めちゃうんだもんな。
ひどいよ。僕は最後まで言いたいのに。
ねえ、先生。聞いてくれる?本当に?
ええ
ああ、そうそう、話をする前に言っておくけど、僕にお菓子をくれなくていいからね。その間に救急車なんて呼ぼうとしても、無駄さ。頭なんか打ってない。前に大騒ぎになったことがあるからね、わかってるからね、先生。
……え?ええ
よし。なら、僕の夢を教えてあげるよ。
先生は僕の母さんが死んじゃったこと、知ってるよね?いやいや、寂しい、とかじゃないから、そんな顔しなくていいよ。ただ、死んでるってことを確認したかっただけさ。
――ね?思い出した?
母さんは死んでるんだ。僕が小学校にあがる前に。
それから、僕は父さんと一緒に暮らしている。
母さんがいなくなったから、父さんはいっつも忙しそうに会社でも家でも働いてるよ。
僕も手伝うけど、父さんみたいに情けない声をあげたりしない。父さんね、時々母さんの写真の前で、母さんと話してるんだ。僕が学校でいい成績取った時とか、雪が降った時もそうだったし、宝くじ当てた時とかも、色々ね。
僕が寝たあとで、こっそりやってるみたい。こっちは気づいてるんだけどね。
父さんは母さんの写真を見て、ぼそぼそって話して、その後ろから、僕らはこっそり見てるんだ。
僕ら?ひろむ君の家は、お父さんとひろむ君と二人で暮らしてるんじゃなかったかな?
そうだよ。でも、違う。
父さんも気づいてないんだ。だから、振り向かないの。
僕だけ知ってるんだ。
何を?
母さんだよ。
母さんがいるんだ。
――ああ、先生、頼むからその顔やめてくれない?抱きついてこられても迷惑だからね。
僕は真剣だよ。
写真に向かって話す父さんを、母さんと僕の二人で眺めてるんだ。父さんも早く、気づいて、母さんと面と向かって話せばいいのにね。
ま、母さんは夜しかいないんだけどね。料理も、洗濯もしてくれないけど、僕はそれで満足してるんだ。大好きな母さんだからね。
母さんが夜、僕の枕元にやってきて、優しく笑うんだ。
おはよう、ってね。
それで、二人で父さんをみて、くすくす笑ってるの。だって、父さんが全然気づかないのがおかしくってさ。こっちにいるのに、何でわざわざ写真に話し掛けているのかな。
そう思わない、先生?
あれ?何か言いたそうだね?まあ、いいや。これから僕の夢を話すんだ、しっかり聞いててね。
――父さんが風呂に入ってる時、母さんが僕に何度も繰り返して言うんだ。
探してくれって。
だから、それが僕の夢。
え?違うよ!母さんを探しに行くのが僕の夢なんかじゃないよ。だって、母さんは夜になると、僕に会いに来てくれるもの!探しに行く必要なんか、ないだろう?
……でもさ、やっぱり、母さんは死んでるんだよね。死んでるから、夜じゃないと帰って来ないんだろうね。わかってるよ。ちょっと、わからなくなる時があるだけさ。
母さんが生きているのか、死んでいるのかね。
――わかったよ!わかったから、その、目を潤ませるのやめてくれない?
話を戻すよ?
母さんは自分が死んでしまったから、僕の側に居る時間が短くて哀しんでるんだ。寂しいんだって。父さんが羨ましいって言ってた。
それでね、母さんも僕と永く一緒にいたいから、僕にお願いを頼んだんだ。
富士山へ行けってさ。
……何、その顔。驚いてる?母さんが僕に、有名なあの山へ登れ、と言ったのがそんなにびっくりするようなことかな?
ただの遠足じゃないよ。
先生、知ってる?あの山に長寿の薬が埋まってるんだって。
ちょうど、てっぺんに。
シャベルも持っていかなきゃね。
僕がその薬を取ってきて、母さんに渡すんだ。
そしたら母さん、また僕と一緒に居られるんだって。父さんと三人で、遊園地に行こうって約束してくれたよ。
だからね、僕、富士山に登るのが夢なんだ。母さんが行けって言ったのだけれど、僕は母さんと一緒に居たいから、これは僕の夢になると思うんだ。
僕、母さんのために、この夢を実現させたいんだ。
――ベッドに入って、目を閉じてから見る夢じゃないよ?あれは幻だろう?
……でも、本当かな?夢が幻だなんてさ。
だって、母さんはそこにいるのに。
おっと、そっちの夢の話じゃないね。
僕の将来の話だ。
富士山に登るのは、すぐに叶いそうな気がする。
まだ、あるよ。
聞いてくれるよね、先生?
――僕、消防車になりたい。
あ、今、バカにしただろう?やっぱり、僕のことをあわれな子供だと思ったんだろう?
けどね、頭がおかしくなったわけじゃないし、幼稚園に行っていたころとは違って、考えだってもっと大人びてる。
なぜ、僕が消防車になりたいのか。消防士じゃなくてね。
ただ間違えていっただけじゃないよ?
僕は、消防車になりたいんだ。
勢いよく水を噴射するあの消防車さ。かっこいいよ。
あるビルが火事になって、燃えちゃったんだ。
その時、僕は見てたんだ。消防車をね。回りにいっぱいヒトがいたけど、僕がそこに居るのには誰も気づいていなかったみたい。危ない、って避難させようってヒトはいなかった。
だから、火が消えるまで見てたんだ。
ビルの窓から逃げ遅れたヒトが、消防車に向かって手を振ってたんだ。
何か叫んでたけど、聞こえなかったな。耳を塞ぎたくなるような高い音が聞こえるだけで、何を話したいのかわからなかった。
消防車が水を吐き出すまで、そのヒトは手を振り続けてた。
消防車のホースの先が、そのヒトに向けられた。水飛沫がビルをぬらしていくんだ。
なかなか火は消えなかったけどね。だんだん、炎みたいに激しく燃えてった。
爆発音みたいなのが聞こえて、真白な炎が僕の肌を熱く照らしてた。
その日は寒かったからね、ちょっと暖かかった。
窓から半分身を出して、そのヒトは泣いてた。
火があんまりまぶしくて、そのヒトは真っ黒に見えたな。髪も爆発でとんじゃったみたい。
服もちゃんと着てなかった。ああ、でも、赤いような、黒いような服が全身に張り付いてたっけ?ってことは、ちゃんと服を着てたのかな。僕はてっきり、炎で服が燃えちゃったのかと思ったけど。どうしてかな、そのヒトは赤くて黒い服を着てたんだ。
――先生?どうしたの?口を抑えて?吐きたいの?トイレ行ってくれば?
平気?そうかな?全然、平気そうじゃないよ、顔色悪い。
僕もね、あの時は吐きたかったよ。何か、変な臭いがしてさ。
鼻を投げ捨てたかったくらいさ。なんだったんだろう、あの臭さ。すんごい、臭いんだ。
その臭いが、さらに強く感じたのは、消防車がそのヒトに水を浴びさせた時さ。
じゅうううううううう。
もくもくって煙がいっぱい見えた。そのヒトが見えなくなってしまうほど、凄い量の煙だった。
消防車が水をたくさんかけて、香ばしい臭いを広げたんだ。
そばにいたおばさんが泣きながら、どこかへ走って行っちゃったけど、何か哀しかったのかな?
手を振ってたヒトが動かなくなって、水がそのヒトにかけられて、それからが面白かったんだ。
落ちてきたんだよ。
そのヒトがね。
水がもっと欲しくなったんじゃないよ。窓から出てた体をさらに前へ突き出したんじゃなくて、そのヒトの体――半分に折れちゃったんだ。
下半身は燃えるビルの中に置き忘れて、上半身だけ窓から滑り落ちたんだ。
落ちてきて、誰かが悲鳴をあげて、それからサイレンの音がひどく大きくなって聞こえた。
黒焦げのヒトだったよ。
え?ああ、うん、そう。僕のいたところから、ちょうど見えたんだ。
黒い服を着ていたと思ったら、それは黒く焦げたそのヒトの肌だった。
赤い服だと思ったら、それは――真っ赤な血だったよ。
まるで、夢の中に出てくるあいつの瞳だった。
あいつの瞳の色も真っ赤だったんだ――
けど、あいつの瞳は怖いけど、血は怖くないよ。
だって、僕のこの体にも血は流れてるからね。見ても、恐怖はない。
怖いのは、あいつさ。
夢の中で、あいつはあの赤い瞳で、僕に笑いかけるんだ。
夢の中だからね、自分の思ったように体は動いてくれない。何十倍も重い体をひきずってでも、逃げたいのに、逃げたくても、回りは真っ暗で何も見えない。出口なんて、元からないのさ。
出口なんてあったら、大変さ。あいつが外へ出てしまうからね。
あの赤い瞳が、後ろで笑ってるんじゃないかって、いつも怯えていないといけなくなる。
……ああ、コワイ。
僕は消防車になって、あの赤い瞳を水で消すんだ。
あのヒトに血を着せたように、あの赤い瞳も、ただの血に変えてやる。
あの瞳が――なくなればいいのに……
そうだ。小説家になるのもいいな。
僕が夜になってベッドにもぐって、夢で見たことを全部、書き記すんだ。そうして、教えてあげるんだ。
あいつが近づいてきていることを。
あいつがもう、目を覚ましていることを。
チャンスを待ってるんだ。
僕が誰かに――先生でも、友達でも、父さんでも、とにかく誰かに伝えてあげるんだ。
誰か、あいつを倒せるかもしれない。
誰か、あいつから逃れる術をみつけてくれるかもしれない。
誰か、あいつを眠らせる方法を思いつくかもしれない。
誰か。
先生、先生はどっちが良いと思う?
消防車と小説家だったら、僕はどちらになるべきだろうか?
どちらも捨てがたい。
う〜ん、決められないな。
……先生?
寝ちゃったの?僕の話、最後まで聞いてた?
どうして動かないのさ。
もうっ。
先生も礼儀知らずだなあ。
いいさ、好きなだけ眠るといい。
先生、僕はもう帰るからね。
……真っ赤な夕陽が黄昏を告げているんだ。
――どんな夢を見ているのか知らないけど、目が覚めた時、僕は先生の夢について聞きたくなんかないからね……
ホラーを書いてみたかったのですが、ホラーの対象がうまく書けませんでした。なにやら、ごちゃごちゃに……(汗)
寒気を感じなくとも、少しの間、心に闇色の背景を思い浮かべてくれるだけで、嬉しいです。




