従妹に指輪を選ばせた婚約者を婚約破棄しました。
どうしてなんで?
イリディーナ・ファレント公爵令嬢はショックを受けていた。
愛する婚約者バセル・マティ公爵令息が浮気をしていた。
赤い髪の可愛らしい令嬢と手を繋ぎ、指輪を見ていたのだ。
所は王都の宝飾店。イリディーナにばれないと思っていたのだろう。
普通の貴族なら、宝飾店の店員を家に呼びよせて買い物をするからだ。
イリディーナはどうしてもミラー宝飾店の新作の首飾りが見たくて、自ら足を運んだ。
そこで見たのは愛する婚約者バセルが、可愛らしい女性に指輪を選んであげている光景である。
思わず、声をかけてしまった。
「どういう事ですの?わたくしというものがありながら、指輪を買ってあげているだなんて。この女性はどなた?」
振り向いたバセルは慌てたように、
「従妹のマリーナだ。指輪が欲しいというものだから」
マリーナは震えた様子で、バセルにしがみつく。
「怖い。バセル兄様。怖いですわ」
「大丈夫だ。マリーナ。怖がらせてしまったな」
マリーナという女を庇うバセルに対しても腹が立った。
どうしてなんで?バセルとは二年前に婚約を結んだ。共に17歳。
上手くやってきた。そう思っていた。
バセルは整った顔をした黒髪美男だ。イリディーナだって美しい金髪を持っていて、自分の容姿に自信がある。
バセルは本当に親切にしてくれて、誕生日などのプレゼントだって欠かしたことがない。
とてもマメな婚約者で、彼はマティ公爵家の次男だからイリディーナの家に婿入りすることが決まっていた。
それなのに、マリーナという従妹を連れて、指輪を買ってあげていただなんて。
プレゼントだって、首飾りや髪飾りを貰った事はあるけれども、指輪はない。
このバド王国では異性からの指輪のプレゼントは特別な意味を持っていた。
貴方は私の特別に愛する人ですよという意味だ。
どうしてなんで?本当は指輪が欲しかった。でもバセルは指輪をプレゼントしてくれなかった。その不満はあったけれども、バセルはとても優しくて、とても話し上手で、婚約者としての交流も楽しくて。彼が婿入りしてくる日を。結婚出来る日を楽しみにしていたのだ。
マリーナなんて従妹がいたことはまるで知らなかった。
意図的に隠していたのか?
バセルに向かってきっぱりと、
「指輪を買ってあげているとは、どういうつもりですの?」
再び問い詰めた。
バセルは眉を寄せて、
「だから強請られたから買ってやったまでだ。勿論、この王国ではいとこ同士の結婚は認められていない。ただの親愛の証だ」
「親愛の証ですって?貴方だって指輪のプレゼントはどういう意味を持つか解っておいででしょう?わたくしには指輪をくれなくて、従妹には指輪?」
「いいじゃないか。マリーナが欲しがったのだから、私としてはあげたかった。マリーナは虐められて心を病んで引きこもっていたんだ。やっと最近、外に出られるようになった。そんな彼女を慰めて何が悪い」
「慰めてですって?だったら指輪以外に慰めて差し上げればよいではありませんか。指輪は特別な意味を持っているのですわ。わたくしには、一度もプレゼントしてくれた事はないではありませんか」
「そのうちプレゼントしようと思っていたんだ。その前にマリーナが欲しいというものだから」
「酷いっ。わたくしより先にマリーナという女にプレゼントを?わたくしは婚約者。貴方の婚約者なのよ」
「だからマリーナが欲しがっていたものだから。従妹を慰めたかったんだ」
話が通じない?マリーナが欲しがっていたから、特別な意味を持つ指輪をプレゼントしてやったの?マリーナが欲しがっていたら貴方はなんでもあげるの?
ガラガラと今までの信頼が崩れていく。今までの愛が崩れていく。
酷い。酷いわ。
バセルは、
「指輪一つで煩いな。勿論、特別な意味を持つ事は知っているが、私はマリーナを慰めたかった。少しくらい大目に見てくれたっていいじゃないか」
「でも、わたくしが婚約者。婚約者なのに?大目ですって?」
「話が通じないな。そういう所が嫌いだ」
「話が通じないのはどっちよ」
マリーナという女がおずおずと、
「私が悪いのです。私が指輪を強請ったから。ごめんなさい」
涙を流して泣き始めた。
バセルはそんなマリーナに、
「マリーナが怖がることはない。おおらかな心を持っていないイリディーナが悪いのだから」
その言葉に、イリディーナの心はすうううっと冷めた。
本当にこの男を婿に迎えて大丈夫か疑問に思った。
マティ公爵家も名門だ。家格的に丁度いいと婿に迎える事になったバセル。
でも、大目に見て欲しい?これから先、結婚してもこのような事が続いて、耐えられる?
バセルは、
「マリーナは可哀そうな従妹なんだ。私は出来るだけマリーナの力になりたい。解ってくれるね?イリディーナ」
「解りましたわ」
解ったというしかなかった。
勝手に婚約破棄をする訳にはいかない。父親同士が話し合って決めた婚約だ。
だが、今まで感じていたバセルへの信頼も愛も粉々に砕け散った。
二日後、バセルがファレント公爵家に訪ねてきた。
「君も指輪を欲しかったんだね。君は私の婚約者だから。あの後、君に似合う指輪を選んで来たよ」
そう言って、リボンのついた箱を差し出して来た。
開けてみたら、綺麗なグリーンの宝石が嵌った指輪が入っている。
「まぁ、わたくしの好みの色だわ。とても嬉しいわ」
「そうか?マリーナが選んでくれたんだ。君が緑が好きだっていったら、これがいいだろうって」
「え?マリーナが?」
「だって、女性が着ける指輪だ。男性の私が選んでもなんだかね。店の人に相談しようと思ったんだが。マリーナが選びたいっていうから」
あの後、マリーナが選んだ???マリーナが?わたくしの指輪を?
バセルは、
「勿論、マリーナにも指輪を買ってあげたよ。あの時、言ったじゃないか。マリーナは可哀そうな子だから、力になりたいって。君に申し訳ないってマリーナが選んでくれたんだ。よく礼を君からも言っておいてくれ」
箱の蓋をしてバセルに指輪を押し返した。
「いりませんわ」
「いらない?何で。せっかくマリーナが選んでくれたんだぞ。それなのに」
「いらないっていったらいりませんわ。お帰り下さいませ」
「婚約者の交流だ。これから色々と話しをして」
「お帰り下さいませ」
バセルを追い返した。
父であるファレント公爵は、イリディーナに、
「どういうつもりだ。バセルとは上手くやるように、いつも言っているはずだが?彼は我が公爵家に婿に来る。イリディーナ。仲良くやってくれないと困る。何か気に食わないことでも?」
イリディーナは、
「彼はわたくしより、マリーナという従妹が大事みたいですわ。マリーナが選んだ指輪をプレゼントされました。わたくしは受け取りを拒否しましたわ」
父は呆れた様子で、
「でも、指輪をプレゼントしてくれたのだろう。それなら、怒る事はないのでは?」
近くで聞いていたファレント公爵夫人が烈火のごとく怒り出した。
「指輪を他の女に選ばせたですって?指輪を異性がプレゼントするって事はとても大切な意味を持っているのですわ。貴方だって解っているでしょう?」
父は困ったような顔をして、
「そりゃ解っているが。指輪をマリーナって女が選んだだけで?」
「女って言うのは、好きな人に指輪を選んで欲しい物ですわ。それなのに、他の女に指輪を選ばせた?」
イリディーナは頷いて、
「その女に指輪をプレゼントしてやったそうですわ。バセルは」
「婚約解消しましょう」
ファレント公爵夫人の母がものすごく怒ってくれて、
「我が娘を馬鹿にしております」
父は首を振って、
「くだらない。たかがそれだけの事で?貴族の結婚をなんと思っている?今更、バセルとの縁を無くしたら、いい婿なんて来ないぞ」
確かに父の言うとおりである。
今更、バセルと婚約解消しても、いい婿なんて見つからないだろう。
家柄が良くてある程度優秀である男性が婿になるには必要だ。
他の高位貴族の令息は皆、婿入り先が決まっている。
イリディーナは、
「バセルと婚約を続けますわ。でも、今回の事は不快だったと、マティ公爵家に苦情を入れて下さいませ。いいですわね?お父様」
「わ、解った」
苦情の手紙を送ったら、すぐに返事が送り返されてきた。
― 今回の件、誠に申し訳なかった。
我が姪のマリーナは急逝した。これからは、姪がイリディーナ嬢を煩わす事はないだろう。今回のお詫びに、バセルともども近々、詫びに向かう。どうか許して欲しい ―
手紙を見て驚いた。
マリーナが急逝した?
死ぬような感じには見えなかった?病で?それとも???
二日後、マティ公爵夫妻とバセルが共にファレント公爵家を訪ねてきた。
マティ公爵はにこやかに、
「今回の事は本当に申し訳なかった。ほら、バセル、謝らんか」
バセルは小さな箱を差し出して、
「改めて、君の為に指輪を選んだ。色は緑だが、デザインが違う指輪だ。君が好きそうな華やかな装飾が施されている。どうか受け取って欲しい」
箱を開けたら、確かにイリディーナが好きそうな指輪が入っていた。
「有難う。バセル。嬉しいわ」
マティ公爵とファレント公爵はにこやかに話をしている。
「ファレント公爵家と縁が結べることは我が公爵家としては嬉しい限りで」
「我が公爵家としても同様です。本当に嬉しいですな」
バセルと二人きりにしてもらい、テラスで話をする。
バセルは、
「本当に申し訳なかった」
「マリーナは?病で?それとも?」
「父上に言われたんだ。廃籍を選ぶかどうするかと。私は貴族だ。家を追い出されていくところが無くなったら生きていけない」
「だからマリーナを?」
「二度と、君を煩わせることはないだろう」
「わたくしを恨んでいるかしら?」
「いや、悪かったのは私だ。申し訳なかった」
心から反省しているバセル。
もう一度、彼を信じてみよう。そう思った。
だって、彼の事を愛しているのだから。
だから、まさかあんな事が起こるとは思わなかった。
マリーナが門の前で叫んでいる。
「バセル様は私の事を愛しているのっ。貴方の事なんかこれっぽっちも愛していないわっ。バセル様は私を助けてくれた。だから、バセル様と別れなさいっ。私がバセル様と結婚するのっーーー」
バセルがマリーナを助けた?
マリーナは死んだんじゃないの?
マリーナを庇った?バセル。貴方はわたくしを騙したの?
貴方の心はマリーナ、マリーナ、マリーナ。わたくしはバセルに愛されたかった。でも、信じられない。
使用人に命じた。
「マティ公爵家に連絡を。あの女を回収するように言って頂戴」
「かしこまりました」
しばらくして、マティ公爵家から数人の人達が来て、マリーナを馬車に押し込めた。
「いやぁーーーバセル様ぁ。バセル様ぁーーー愛しているの。愛しているのっ」
マリーナの叫び声が耳を離れない。
このまま、マリーナが連れて行かれたら、今度こそ、彼女は殺されるだろう。
バセルの心を奪った女。わたくしへのプレゼントを勝手に選んだ女。
でも、わたくしは甘いのね。
使用人に再び命じた。
「マティ公爵家に連絡して、あの女の身柄をこちらに。後、お父様を呼んで頂戴」
父に向かって、イリディーナは、
「バセルはわたくしを裏切ってあの女を助けましたわ。かといってあの女を殺すのは後味が悪い。修道院へ押し込めて頂戴。後、もうバセルはいらない。わたくしは婚約破棄を致します」
父は驚いたように、
「言ったはずだ。家同士の結びつきの為の婚約だと」
「お父様。わたくしも修道院へ参ります。バセルと結婚したくありません」
母がやって来て、
「イリディーナ。わたくしが責任もって、よい婿を探してくるわ。貴方、バセルに婚約破棄を。しっかりとやって頂戴」
母が味方になってくれた。とても嬉しかった。
今更、良い婿が見つかるとは思えない。でも、足掻いてみよう。そう思えた。
バセルと婚約破棄が成立した。
マティ公爵は直接来て、
「マリーナを始末するように、バセルに命じた。それなのに、助けていたとは。あいつは廃籍させて家を追い出した。勿論、慰謝料は払う。貴族間の信頼を傷つけた。申し訳なかった」
と平謝りに謝った。
マリーナはこちらで引き取り、修道院へ送りつけた。
使用人に任せて顔を最後まで合わせなかった。
あんな女の顔を二度と見たくはなかったから。
マティ公爵は強かで、数日後、再び男の子を連れて現れた。
「5歳下になるが、三男のリイドはどうだ?」
まだリイドは12歳。17歳のイリディーナからしたら子供だ。
でも、会ってみて好感が持てた。
とてもいい子で。
「改めて、兄が申し訳ございませんでした。私から指輪を選んで持って参りました。どうか受け取って下さい」
綺麗な緑の指輪をプレゼントしてくれた。
リイドは真剣な顔をして、
「私はまだまだ幼くて、イリディーナ様にとって、物足りなく感じると思います。早く大人になってしっかりとファレント公爵家の役に立つように頑張ります」
そういう彼をファレント公爵家の庭に案内した。
リイドは、庭の薔薇をしきりに褒めてくれて。
「綺麗な薔薇の庭ですね。我が公爵家の庭も綺麗な薔薇が咲いていますが、それ以上です」
必死に、気を使ってくれているのが伝わってくる。
イリディーナは聞いてみた。
「貴方のお父様に言われているのかしら?わたくしの機嫌を取るように」
「当然です。だって兄上が酷い事をしたのですから」
「貴方にとってバセルはどういう兄だったのかしら」
リイドは顔を伏せて、
「良い兄でした。私にとっては。とても優しい良い兄でした。イリディーナ様は怒るかもしれませんね。でも、人を傷つける事は良くないと。イリディーナ様を傷つけました。確かにマリーナは可哀そうかもしれない。私も彼女の事はよく知っていますが。マリーナは甘え上手でした。でも、貴族の家同士の婚約を壊してはいけない。私は兄もマリーナも最低だと思います。最低だと、でも、兄上‥‥兄上っ」
涙を流すリイド。
本当にとても良い子で。
「わたくしの事を恨んでいるかしら?貴方のお兄様を廃籍に追い込んだわ」
「兄上がやった事は悪い事ですから。私が一生かけて償います」
「そんなに硬くならなくていいのよ。わたくしは貴方と良い夫婦関係を築きたいのだから」
リイドが真っ赤になった。
なんて可愛らしい。なんだかとても愛しさを感じた。
バセルの事を忘れて、リイドをいずれ婿に迎え、ファレント公爵家を盛り立てて行こう。
改めてイリディーナは決意するのであった。
バセルがどうなったか解らない。
自分を裏切った男の末路なんて知りたくもないし、興味もない。
ただ、バセルから貰った指輪は売り払う事にした。
愛していない男からの指輪なんていらない。
リイドから貰った綺麗な緑の指輪を薬指に嵌めた。
そして愛し気にそっとその指輪を撫でた。




