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第5話 社長がやるべきこと

川辺製作所の会議室。


担当者は、腕を組み、無言で学を見下ろしていた。


「今さらどういうことですか?もしも納期が遅れるなんてことになったら…」


 学は、立ち上がった。


 そして、頭を下げた。


「申し訳ありません」


 机に額が触れるほど、深く。


 そして学は、震える声で続けた。


「……ですが」


 顔を上げる。


「もう一度、チャンスをください」


「は?」


「この提案書をご覧ください!」


学は昨夜相良たちと作り上げた提案書をもとに説明をはじめた。


担当者は書類に目を落としつつ、学の提案を聞いている。


「……現場を知っている提案ですね」


「俺が、全部責任を取ります」


その言葉は、震えていなかった。



工場。


学は、社員全員の前に立った。


「……今回の失敗は、全部俺のせいです」


深く、頭を下げる。


「現場をよく見ていませんでした。本当に、すみません」


ざわつく工場内。


「――でも」


学は、顔を上げた。


「取り返したい。もう一度、力を貸してください。

すでに先程、先方から了解を得てきました」


誰も、すぐには答えなかった。


「……チッ」


濱岡が、前に出る。


「社長、今度はあんたも一緒にやるんだよな?」


「はい!」


濱岡は、ふん、と鼻を鳴らした。


「よし、みんなやるぞ」


再稼働。


無駄を削り、

工程を組み替え、

職人の勘と、学の知識を融合させる。


「この治具、作り直しましょう」


「社長、あんた……」


濱岡が、少しだけ笑った。


「現場、見てるじゃねえか」



翌日、朝から工場は戦場だった。


機械音が重なり、

人が走り、

声が飛び交う。


学は、何度も頭を下げた。


「すみません」

「お願いします」


社長らしくはなかった。

だが、逃げなかった。


濱岡が叫ぶ。


「社長!こっち、確認しろ!」


「はい!」


学は、必死で現場を回った。

わからないなりに、

わからないと言いながら。


夜明け前。


最後の工程が、終わった。


「……終わったぞ」


誰かが呟く。


相良が、時計を見る。


「……間に合いました」


静かな安堵が、工場に広がる。


納品を終えた帰り道、車の中―


「すみません、俺のせいでせっかく相良さんが取ってくれた仕事が…」


「そうですね、納期遅延はなかったとはいえ、川辺製作所との今後の取引は

難しいでしょうね」


「そうですよね…」


「でも、我々はやれるだけやりました。また営業がんばります。当然、社長にも今までの

倍は働いて頂きます」


「…はい」


しかし、数日後。川辺製作所からの連絡は、予想外のものだった。


「正直、ミスは困ります。ですが、リカバリーが早かった。誠意もあった。

何より、製品の出来は素晴らしかった。是非、今後も宜しくお願いします」


通話が切れた後、

学はその場に座り込んだ。


「……助かった」


濱岡が、ふっと鼻で笑う。


「まだだ」


「え?」


「信用は、これからだ。だが…

ま、最初にしては悪くねえ」


それは、濱岡なりの評価だった。


夕方。


相良が、学に言う。


「今回の件で、

 あなたは一つ、社長になりました」


「……まだ、全然です」


「それでいいと思います」


相良は、珍しく柔らかく言った。


「完璧な社長は、

 現場に嫌われます」


学は、工場を見る。


油まみれで、

不器用で、

でも、確かに動いている場所。


(……逃げなかった)


それだけは、胸を張って言えた。


しばらくして―


その日は、朝から空気が違った。


工場の前に止まった一台の黒塗りの高級車。

見覚えのあるそれに作業の手が止まる。


「……まさか」


学が外に出ると、ドアが開き、見覚えのある女性が降りてきた。


「相変わらず、油臭いところね」


玲子だった。


「会長。どうされたんですか」


「様子を見に来ただけよ」



工場内を歩く玲子の視線は鋭かった。

設備、動線、人の配置。

興味なさそうでいて、すべてを見ている。


「潰れてないわね」


「おかげさまで」


皮肉に皮肉で返すと、玲子は一瞬だけ口角を上げた。


「少しは、社長の顔になったじゃない」


「……褒めてるんですか」


「まさか」


即答だった。


「で、業績はどうなの?」


事務所での簡単な報告。

数字、受注、トラブル。


玲子は、途中で遮る。


「結果だけ言いなさい」


「……まだ、赤字です」


「でしょうね」


だが。


「でも、死んでない」


その言葉だけ、妙に重かった。


帰り際。

玲子は、学にだけ聞こえる声で言った。


「調子に乗らないことね」


「……はい」


玲子は、振り返らなかった。


「相変わらず食えねえ女だ」


濱岡がぼそっと呟く。


「濱岡さん?」


「…いや、なんでもねえよ」


学の問いかけに、三枝はぐらかすような答えた。

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