第1話 どん底から社長就任!?
鷹岡学は、いわゆる“勝ち組”の人間だった。
両親は優しかった。
口うるさくもなく、放任でもなく、ただ「お前がやりたいようにやれ」と言ってくれた。
勉強すれば褒められ、失敗すれば一緒に悩んでくれた。
その結果、学は一流大学に入り、一流企業に就職した。
——そこまでは、順調だった。
入社後しばらくして、学は理解した。
(……あ、ここ、俺の居場所じゃない)
周囲は、才能の化け物ばかりだった。
同期は当然のように結果を出し、先輩は理解不能な速度で仕事を片付けていく。
努力では埋まらない差。
努力する前から、負けているという現実。
学の心は、音を立てて折れた。生まれて初めての挫折。立ち直る術を学は持っていなかった。
そして、学は退職届を出していた。
これが転落の始まりである。
それからの人生は、驚くほど静かだった。
昼夜逆転、無気力で自堕落な生活。
暇つぶしにゲーム、模型作り、機械いじり…
時間だけが無駄に過ぎていった。
「社会に戻ろう」と思わなかったわけではない。
だが、一度“自分は凡人以下だ”と知ってしまった心は、簡単には立ち上がらなかった。
気がつけば、三十歳が見えていた。
そして——
両親が、交通事故で亡くなった。
葬儀が終わり、現実が押し寄せる。
両親が残した借金の山。
学は、何も知らなかった。
両親が、何も言わなかったからだ。
ある日。
玄関を叩く音で、現実は形を持った。
「鷹岡学さんですね?あなたのお父さんにお金を貸してましてね。返済期日とっくに過ぎてるんで、そろそろ返してもらえますか。」
高そうなスーツを着た中年の男とガラの悪そうな人相の屈強な男の二人組。
“いかにも”な奴らだ。逃げ場はなかった。
「えーっと、困ったなあ。今お金ないんですよね…」
どうにか誤魔化そうとするが、そんなものは通じない。
「困ってるのはこっちなんですよ。返してもらえないとなると、こっちにも考えがありますよ」
「……そんなこと言われても、無理なもんは無理なんですよ」
屈強な男が、学の胸倉を掴む。
「あ?てめぇ、ナメた口聞いてんじゃねえぞ」
「あー、ごめんなさい、ごめんなさい、殴らないで…」
学が弱々しく答えていたその時だった。
一台の高級車が家の前に止まった。エンジン音は響くが、とても静かに…。
「別の借金取りか…?」
学はそう思った。
そこから降りてきたのはスーツ姿の女だった。
女は無表情で、上品だがどこか他人を寄せ付けないような雰囲気をまとっていた。
「失礼するわよ。」
「誰だてめえ。」
屈強な男が自らの頭の悪さを露呈させるように怒鳴る。
「すみませんね、今取り込み中なんで…」
中年の男が女を帰そうとするが、女はそんなことも気にせず
「金を払えば文句ないでしょう?はい、小切手。」
女は借金と同じ金額が書かれた小切手を男に押し付ける。
男たちの空気が変わる。
「……なんだてめえ。喧嘩売ってんのか」
屈強な男が再度威嚇する。
女は、ゆっくりと男を見て、
「…さっさと失せろよ」
その“目”に、男は一歩引いた。
「わ、わかりました。返済頂ければ問題ございません。おい、帰るぞ」
中年の男が屈強な男を連れて帰ろうとする。
「いいんですか、おやっさん」
「黙れ。あの女の目、何人も平気で〇してきた奴と、同じ目だ」
男たちはコソコソと話ながら去っていった。
残された学は、呆然と立ち尽くす。
「……誰ですか」
「市之瀬玲子」
「市之瀬玲子って、まさかあの市之瀬グループの?」
市之瀬グループとは日本全国に多種多様な事業を展開する一大企業グループであり、女はその会長である市之瀬玲子だったのだ。
「あなたの借金、肩代わりしたわ」
「……え?」
「その代わり」
玲子は、学を見下ろす。
「私の下で、働きなさい」
学は半ば強引に車へ乗せられた。
「仕事って、どうせまともな仕事じゃないんだろ」
「そうね、楽な仕事ではないわ。」
「もうどうにでもなれだ。拉致されるのがアンタかさっきのヤクザかそれだけの違いだろ」
「失礼ね。あんな外道共と一緒にしないでちょうだい。まっとうな仕事よ。さて、着いたわね。」
連れてこられた場所は、古びた町工場「内匠部品」だった。
「ここ、潰れそうだったけど私が買い取ったの。ここの人たちはビジネスのセンスはないけど、まあ、技術はそれなりね。」
「ここで、何をしろと……」
「あなた、ここの社長をやりなさい」
玲子は、当然のように言った。
「は?何言ってんだ、あんた。無理に決まってるだろ。ずっとニートだった俺が経営なんて——」
「じゃあ、今すぐ金を返しなさい」
「……っ」
言葉に詰まる学。
「この期におよんでまだ逃げるつもり?あなたに拒否権なんかないのよ」
玲子の冷たい言葉が、学に突き刺さる。
「それでも逃げたければどうぞご自由に。ただし、その時は市之瀬グループの総力を挙げてあなたを徹底的に追い詰めるわ。貸したものを返さない人、私大嫌いなの。」
「……最低だ」
「ええ。褒め言葉ね」
「…わかったよ、やればいいんだろ、やれば」
「ええ、それでいいのよ。それと、今後は私のことは『会長』と呼びなさい」
こうして学は、「内匠部品」の社長になった。




