表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第9話 僕は子犬に懐かれた

 セリアさんは、僕の願いを叶えてくれた。

 つまり、あの地下水道の再調査依頼だ。本命はもちろん地下水道ではなく例の遺跡だし、さらに言えば、その先の隠し通路。

 隠し通路の話をすると、セリアさんは強く興味を惹かれたようで、ほぼ即答だった。

 僕はといえば、報告してなかった後ろめたさと、みんなに相談せずに話してしまった後ろめたさで、ちょっと……いやだいぶ心苦しい。

「最初から、地下水道と洞窟が繋がったという話には、疑問を持っていたんです。でもまさか旧王国の遺跡だったとは……」

 なるほど、違和感は持っていたんだ。その勘の鋭さは、才能と研鑽の証なんだろうな。

「遺跡については、私も資料を探してみます。あと、虚鉱石が産出される場所についても、調べておきますね。遺跡についての情報があるかはわかりませんが、虚鉱石については、情報が揃えられるかと思います」

 めちゃくちゃ頼りになる。さすが上級のお役人だ、きっと国の持ってる資料をあたってくれるんだろう。

「ありがとうございます。お願いします」

 僕は感謝の笑顔で頭を下げた。


 ******


 そんなわけで、僕はガルム、フィーネ、ルミアナに声をかけて、事の次第を説明した。

「喋っちまったのは別に構わねぇし、あそこに行くのもいいけどよ、お前、その役人に弱みを握られてるんじゃねぇの?」

「違うって。むしろ、僕が助けてもらってる」

「ほんとかぁ?」

 権威や権力みたいなものを毛嫌いしているガルムは、こういう時、実に疑い深い。どう説明すれば一回で納得してもらえるのか、見当もつかない。

 今も太い両腕を組みながら、ケチのつけどころを考えていそうだ。

「アタシは付き合うよー。報酬あるしね」

 その点、フィーネは実にシンプルだ。彼女の快活さはすごく眩しい。こっちが心配になるような軽さだけど、彼女はこう見えてすごくしたたかだ。気にする必要はないだろう。

「ザフィルに導かれるというのは、少し不安もありますが……」

 ルミアナの不安もよくわかる。なんといっても「あの」「伝説の悪役」だからね。

「皆さんが怪我をされないか心配して待つ方が嫌なので、お付き合いします」

「やだルミアナかっこいー!」

 フィーネがルミアナに抱きついた。ルミアナは、慣れた様子でフィーネを抱きとめている。

 確かに、ルミアナはかっこいい。神の慈愛の体現者だし、危険を厭わず最前線までついて行って癒しを行使するなんて、そうそうできるもんじゃない。

 僕がどれだけ修復魔法が得意になったとしても、気持ちの部分でルミアナには決して勝てないと思う。

 だから彼女は、治癒のスペシャリストなんだろう。僕とは決定的に違う。

「じゃあそういうことで、明日はよろしく」

 だいたいの話は終わったあたりで、一旦解散にした。それぞれ準備もあるだろうしね。


 ******


 あの遺跡まで戻ってきた。

 地下水道は変化なし。遺跡に入った直後、前回ガルムが倒した喧嘩蜥蜴がすっかり骨になっていたのが、変化といえば変化だけど。ネズミとかが食べたんだろうか。

 隠し扉の状態も、前回から変わっていない。誰かに見つかったような痕跡はなかった。

 隠し扉の先も、同じく骨が散らばって……あれ?

「こんなに明るかったっけ……?」

 壁がほんのり光を放っている、ように、見える……?

「明るい? そりゃお前が持ってる明かりのせいなんじゃねぇの?」

「リオ変なの。変わらないよ?」

「目の調子が悪いなら、診ましょうか?」

 どうやらみんなは、僕の言っていることが理解できないらしい。えぇ……どうなってんのこれ。ザフィル何してくれてんの……?

 困惑しつつ、僕はなぜか壁から目を離せない。

「ちょっと持ってて」

 魔法の明かりをつけた小枝を、ルミアナに渡した。手が塞がっているのが、なぜか急に邪魔に思えた。手袋もなんだか鬱陶しくて、外した。

 なぜかわからないが、直接壁に触れたいと思った。ぼんやり光ってみえる壁に、そっと手を触れる。

 その瞬間、強烈な魔力が渦巻いた。

 魔素(マナ)じゃない、魔力だ。壁に封じられていたのだろうか。吹雪に真正面からぶつかったようだ。暴力的すぎて息が詰まる。

 峻烈な魔力に引っ張られたのか、骨たちがカタカタと歌うように震える。

「えっ、なになになに!」

 フィーネは騒ぎながら、ガルムと背中合わせになった。ルミアナはガルムの横に控え、ガルムは剣と盾を構えた。

 小刻みだった骨の震えが、今や大合唱のようだ。いや、歌なんてかわいいものじゃない。もはや絶叫に近い。

「リオ何してんだ! 早く戻れ!」

 骨の鳴る音に負けないよう、いつにも増して大きな声で、ガルムが怒鳴る。僕も普段なら慌てて戻るところだけど……。

「大丈夫! これ多分、ザフィルの仕掛けだから!」

 負けじと声を張り上げた。でも。

「それが余計にタチ悪ぃんだろうが!」

 即座に返されてしまった。

 ……なるほど、それはそうだ。ガルムたちからすれば、ザフィルはただの悪役、世界を恐れさせた魔法使いだから。

 でもあの本を読んだ僕は、そこまで警戒しなくても良さそうだと思ってしまう。

 壁に触れた指先から、緻密な術式が流れ込んできた。この緻密さ、間違いなくザフィルのものだ。

 ザフィルの術式が僕の魔力に絡みつく。凄まじい強制力で、僕の魔力の一部が引っ張り出された。

 冷たい手で心臓を思い切り掴まれ、引っこ抜かれるような錯覚に陥る。寒気が足元から頭のてっぺんまで駆け上がり、体が少しずつ凍っていきそうだ。

 膝が崩れ落ちて、自分の意思とは関係なく、へたりこんでしまった。

「リオ!」

「だめ!」

 ルミアナが駆け寄ってこようとして、フィーネに止められている。これはフィーネが正しい。近寄ってきたルミアナにどんな影響があるか、まったく読めなかったから。

 今回のザフィルは、悪の大魔法使いの方だったのかも。やらかしたなぁ……。


 ……ふと、体が急に楽になった。

 混ざり合った魔力が、体の外に出てきた。それは小さな光の塊となり、モゴモゴと動きながら何かの形になろうとし、そこから出てきたのは……子犬みたいな形の魔法生物だった。

 いや、これは子狐……? よくわからない。とにかく茶色っぽくてまんまるでモコモコで、立ち耳で尻尾がくるっと巻いた何かだ。

 そいつは小さな口をいっぱいに開けてあくびをし、後ろ足で首を掻いた。可愛らしい仕草だけど……。

「お前、何……?」

 思わず魔法生物に訊ねてしまった。

 魔法生物はつぶらな瞳で僕を見て、小首を傾げた。


「リオー、大丈夫ー?」

 骨たちの喧騒が収まった直後、フィーネの声が聞こえた。角度的に、フィーネからもこの魔法生物は見えていると思うんだけど……。

「もしかしてお前、僕にしか見えないとか?」

 もう一度魔法生物に訊ねると、そいつはべったりと足元に寄りかかった。

 ……こいつがザフィルの残した"あまりにもくだらない"もの、か?

 僕は困惑しつつ、フィーネたちに返事をした。

「えーっと、とりあえず大丈夫そう、ありがとう。……ここに犬っぽい魔法生物がいるんだけど。見えない……よね?」

「見えないー」

 そうだよなぁ。うーん、どう説明しよう。

 悩んでいると、魔法生物がすっと立ち上がり、トコトコと奥に向かっていく。

「お、おい」

 僕は思わず追いかけつつ、状況を理解しきれていない仲間たちに向けて、ざっと説明した。

「ここに魔法生物がいるんだ。見えないかもしれないけど。奥に行こうとしてるから、ついて行ってみるよ」

「おい待て待て! 勝手に行くんじゃねぇよ、危ねぇだろうが」

 ガルムが怒鳴りながら、慌ててついてきた。フィーネとルミアナも続いている。

 みんなを振り回している罪悪感はあるんだけど、なんだか自制できない。この場にあてられたのかなぁ。


 土砂で遮られた最奥まで、あっという間にたどりついた。そこで魔法生物はぺたんと座り込み、こっちを見る。

 ここに何かあるのかな。足元の土砂を少し触ってみると……。

「虚鉱石だ……」

 この土砂が全部虚鉱石なのか?

 ……まさか。

 魔素嫌いのザフィルが仕掛けるとしたら。

 土砂の壁面に触れて、魔力を少し流してみたら。

 壁面が音もなく消失した。

「は!?」

 ガルムが素っ頓狂な声を出す。

「え、これどうなってるの。音もしないとか……」

 フィーネが寄ってきて、壁のあった空間に触れてみた。当然、何もない。

「……お怪我はないですか? さっきから危ないことばかりしてますよ」

 ルミアナは、心配そうに僕のことを見た。

「ごめん」

 言い訳できない。本当に、僕はなんでこんなに無茶してるんだろう。


 ******


「……壁が幻だったのか?」

 ガルムの問いに、僕は首を横に振る。

「いや、幻じゃないよ。魔力で構成された壁だったんだ。足元の虚鉱石は、魔素避けだと思う」

「どうして魔法使いが魔素避けなんて……」

 ルミアナは不気味なものを見るような目をしている。

「ザフィルは魔素嫌いみたいだからね」

 嫌いというか、彼が求めてるものとは相性が悪そうというか。

 いつも穏やかなルミアナが珍しく、嫌悪感もあらわに顔をしかめた。

「まったく理解できません。魔素を嫌うだなんて。それでどうやって魔法を使うんでしょうか……」

 僕も同感。でも、現代の価値観では理解できないことであっても、ザフィルなりの考えや価値観があるということだけは、尊重しようと思っている。

 な。と足元の魔法生物を見ると、あっちも尻尾を小さく振っていた。


 壁の向こうには、立派な両開きの扉があった。

 難なく開かれた扉の先は。

「お宝だー!」

 フィーネがピョンピョン小躍りしている。そう、明らかにここは宝物庫だった。

 金銀財宝ざっくざくとまではいかないけど、かなりの財物が蓄えられている。ちょっとした財産にはなりそうだ。具体的には、大雑把に山分けしても、それぞれが1年は仕事をしないで済みそうなぐらい。

 内容は装飾品と宝石が主体で、ティアラもある。どれもあまり見かけない古い意匠が施されていて、骨董的な価値もありそうだ。ザフィルの時代のものであれば、旧王国末期の遺物である可能性が高い。

 ガルムも浮足立ってるし、ルミアナさえ少し嬉しそうだ。

 でも僕は、疑問を拭えずにいた。ザフィルは本当に、こんなに世俗的なものを隠すだけなのか? この眩いお宝も、何かを隠蔽するために置かれているのでは?

「なあ」

 足元ですまして座っている魔法生物に声をかけると、犬のような仕草でこちらを見上げた。

「ザフィルが僕らに見せたかったものって、どれだと思う?」

 こいつは、ザフィルの魔力をベースにして作られているはずだ。であれば、ザフィルの記憶や思いみたいなものを、多少持っているかもしれない。

 魔法生物は立ち上がり、軽い足取りで部屋の一角に向かった。何もないと思っていた場所だ。

 岩陰に回り込み、そこにあった地味な木製の小箱の前で、魔法生物は止まる。

 小箱は片手で十分持てるサイズと重さだ。蓋を開けてみると、中から羊皮紙がバラバラとこぼれ落ちてきた。

 魔法の明かりをつけて、綴られてさえいない羊皮紙を拾い集める。何が書いてあるんだろう。はしゃぐ仲間たちと少し距離を置いて、座り込んだ。

 青白い魔法の明かりが、羊皮紙をひんやりと照らす。筆跡は、おそらくザフィルのものだった。まぁそうだよね、他に誰がいるっていうんだ。

 パラパラとめくっていく。どうやら術式の検討をしているようだけど……めくる手がピタリと止まった。

 ザフィルが魔素導入の模式図を作ってる……!?

 本の中では徹底的に魔素を排除してたくせに、実は検討した結果、不要だと判断してたってこと……?

 つまり現代の魔法は、過去の大天才が不要と切り捨てたものの上で発展してるってことか……?


 これこそが、"あまりにもくだらない内容"なんだろう。


 実は、魔素の扱いだけならザフィルに勝てるんじゃないかと密かに思ってたけど、こんなの惨敗以外の何物でもないじゃないか。

 しかも模式図を見る限り、現代の使い方に勝るとも劣らないレベルまで到達している。

 300年前、たったひとりで、彼はここまでたどり着いていたんだ。

 そして僕ら現代の魔法使いは、この分厚くて高い壁を、越えられていない。

 この脅威的な研究が世に出なかったのは、ただ、評判のせいだろう。これだけのことができても、彼は悪名しか残せなかった。


 少し感傷的になりつつ、残りの羊皮紙をめくっていくと……これ、修復魔法に魔素を導入しようとしてないか?

 思わず羊皮紙に顔を近付け、書かれているものを凝視する。間違いない。これは魔素を使った修復魔法の検討だ。

 どうもザフィル的にはイマイチだったのか、途中で放棄されてるけど……。現代に受け入れられるレベルで実用化できたら、面白いことになりそうな気がする。

 実用に足る治癒魔法が、神授魔法以外の系統から出現する。魔法税にも影響を与えそうだし、他にも色々なことに波及するだろう。

 それに、この研究を進めることができれば、天才の築いた壁の上に、小さな石ころぐらいは足せるかもしれない。

 よし、少し希望が湧いてきた。

 この方向からやってみよう。

 ……異端の問題は……今は考えても仕方がない。神殿から何か言われてから、対応する他なさそうだ。

「これは確かに宝物だね、ありがとう」

 足元でのんびりくつろいでいる魔法生物に、お礼を言った。


 今日は大収穫だ。きっとガルムたちも満足しただろうし、そろそろ帰還かな。

 財宝を袋にぎゅうぎゅう詰めているガルムとフィーネが、とても微笑ましかった。

 そうだ、この魔法生物にも名前をつけないといけないな。多分こいつ、ここから外に出ても消えないんじゃないか?

魔法生物は柴犬(子犬)または豆柴のイメージです。かわいいは正義

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ