第8話 ザフィルは最後に秘密を残した
僕とセリアさんは、図書館に入った。
セリアさんは、談話室を前回と同じように手際よく占有してくれた。上級役人の権力ってすごいなぁ。
「税務官ではなく、プライベートでお伺いします」
談話室の椅子に座るや否や、セリアさんがそう切り出した。
「そのため、これは記録に残しません。税務の実務的な問題になりそうでしたら、その話は別の者に聴取させます」
これはセリアさんなりの、公平性を保つための宣言なんだろう。仕事と私情をできる限り分離したいタイプなんだな。
「わかりました」
僕は頷き、セリアさんが用意してくれた師匠の著作の話をした。本の中でリファズという名前を見たこと。興味を惹かれて、その名前を図書館で探したけど見つからなかったこと。師匠がリファズことザフィルの本を、この図書館に隠蔽魔法で隠していたことを説明した。
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「……なるほど……」
僕が話を終えると、セリアさんが頭を抱えてしまった。タイトにまとまった髪の毛が少し崩れて、銀色の髪の毛が数束こぼれ落ちた。明かりが抑えられている部屋の中で、妙に印象的だ。
自分の好奇心と小さな親切が、伝説の大魔法使い(悪)になってしまうなんて、想像もしていなかっただろうなぁ。察するに余りある。
それでもセリアさんは状況を整理して、考えをまとめたらしい。この短時間で優秀すぎる。迷いのない赤い瞳が、まっすぐ僕を見据えた。
「いくつかお伺いしたいのですが、まず1つ目。私は先日ご案内した本を何度か通読していますが、リファズという名前を見た記憶がありません。その名前はどこにあったんですか?」
「……え?」
あんなにわかりやすく書いてたのに?
慌ててあの時読んでいた本の名前を、記憶から引っ張り出す。
「『魔素使用効率最適化のための提言』の、真ん中あたりのページだったと思いますけど……」
言うが早いかセリアさんは席を立ち、あっという間に本を持って戻ってきた。この人、棚の位置を熟知しているんだな……こわっ。
「どこですか?」
『魔素使用効率最適化のための提言』を僕にグイグイ押し付けながら、セリアさんが促してきた。
「ええっと……」
急かされるようにページをめくっていく。ここまでは読んだから……ああ、あったあった。
「ここです」
記憶通り、本のだいたい真ん中あたりにある文字を示した。
”リファズの手記を参考にした術式をここに示す”
あの時見た文字が、記憶の通りに並んでいる。セリアさんが身を乗り出して、僕の示している部分を見た。
「……何と書いてありますか?」
え?
「私には、”最適化した術式をここに示す”と書いてあるように読めます。リオさん、あなたにはどのように読めているのですか?」
うっそ。
「”リファズの手記を参考にした術式をここに示す”です……」
ということは、これも師匠の隠蔽・偽装魔法の一種か?
何らかの条件で、読める文字が変わる?
まったく気付かなかった……師匠はやっぱりすごいな。爆速で気付けるセリアさんもすごいし、そんなセリアさんが所属する査察局は、もっと恐ろしい。
セリアさんが感嘆のため息をついた。
「アルメス師は、あなたにザフィルの本を見つけてほしかったんですね」
えぇ……困るんだけど……。
「そう言われてもなぁ……」
正直困惑してしまう。激狭包囲網の最終形が、これ?
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僕が固まってしまったので、これ以上この角度からは深堀りできないと思ったのか、セリアさんが話題を変えてくれた。
「では2つ目の質問に移りましょう。ザフィルの本を見せていただくことはできますか?」
「ええっと……」
少し考える。むやみに見せるような物じゃないという考えは変わらないけど、ここまできて見せないっていうのもないよなぁ……。
あれこれ考えて、僕は条件をつけることにした。
「僕が本を取り出す場所と方法は、秘密にさせてください。それで良ければ、何冊かここに持ってきます」
「複数冊あるんですか」
セリアさんが目を丸くした。そりゃあ驚くよね。1冊だって大発見なのに、複数冊がまとめて見つかったんだから。
「ええ。何冊あるのかも、秘密にさせてください。セリアさんの口が軽いとは思っていませんが、どこから漏れるかわかりませんので」
お互いの安全のためにも、知っている人は少ない方がいい。
気持としては納得できないが、理屈には納得した。そんな顔をして、セリアさんは頷いた。
「わかりました。持ってきていただけますか?」
僕は席を立ち、いつも通りに本を取り出した。
セリアさんに見せるのは、あの1冊目の本が良さそうだ。継ぎはぎの走り書きの大群が、異常さを伝えるのにちょうど良い。あとは自分用に、もう1冊。これが最後の未読書だ。
2冊の本を抱えて、セリアさんのところに戻った。
「お待たせしました。これがザフィルの本です」
セリアさんに本を渡した。
「ひとまずそれを読んでみてください。僕はこっちを読んでますから、何かあれば声をかけていただければ」
セリアさんがおそるおそる本を手に取った。伝説の悪役の本となると、やっぱり怖いよね。
なんだか微笑ましいなぁ。セリアさんには失礼かもしれないけど、思わずニコニコしてしまった。
「大丈夫ですよ。その本はもう、僕が読んでますから。危険はありません」
物理的にはね。精神的にはちょっとどうかな、難しいかも。
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読み始めてしばらく経った。セリアさんがどんな様子かチラ見してみたら、どうも難航しているみたいだ。ほとんど進んでないし、ものすごく眉を寄せてしかめっ面をしている。
「どこか、わからない箇所がありますか?」
声をかけると、はっと顔をあげた。かなり集中していたみたいだ。邪魔しちゃって悪かったかな。なんだか少し気まずくて、首のあたりを指でこすった。
「お悩みのようなので、何か手助けできればと思ったのですが……」
「……失礼しました」
セリアさんは謝罪しつつ、開いているページの一部分を指した。
「この術式の模式図なのですが、読み取り方がわからなくて」
どれどれ……あー、なるほどね。僕らの常識だと、1つの術式では到底行えないと判断するやつだ。僕であれば、少なくとも2つか3つに分割するし、他の人たちもきっとそうする。1つにまとめるには、あまりにも複雑すぎるから。
リファズ(ザフィル)の異常さがよく出ている。この先も、同程度以上の術式が、ずっと続くんだよなぁ……。
「これはですね、分解して考えるんです。ここでこう区切って、次はここで……」
僕も最初は手こずったけど、ザフィルの模式図をたくさん読み込んだおかげか、だいぶ読み解けるようになった。やればできるもんだ。
セリアさんもさすがの理解力だ。少し考え方を伝えただけなのに、もう読めるようになってきている。
「なるほど。ということは……対象を周囲から隠蔽し、隠蔽場所に近寄ってきた人の意識そのものを逸らす。それでも近寄ってくる者がいれば、術者に警報を発する、ということですか……」
セリアさんの声が震えている。そう、誰でもこうなる。しかも。
「魔素を取り入れていない……!」
そうなんだよね。ザフィルの描く模式図は緻密すぎて、どこに魔素を差し込めばいいのかわからない。どうやって発動に必要な魔力量を確保しているのかなんて、さらに思いつかない。
そして、自前の魔力のみで発動しているとすれば、恐怖でしかない。
理屈はわかる。やりたいこともわかる。模式図は緻密で美しく、隙がない。まるで芸術作品のようだ。でも、どうすれば発動できるのかわからない。
これが、ザフィルの術式の特徴。
一方で師匠の術式は、できるだけシンプルにわかりやすく、誰でも使えるように、できれば安上がりに、がモットーだ。ザフィルのものとは、思考の方向性がまったく違う。だから師匠は、ザフィル直系の系譜に連なる人ではなさそうだと思えた。
では師匠は、どこでこの本を手に入れたのか。それはまだ、わからない。
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さて。セリアさんが本との対話に戻ってしまったので、僕も続きを読むことにしよう。
この本は、どうやら手記だ。今までに僕が読んできた本の執筆と、並行して書かれているように思える。メモ兼日記のようなものだろうか。
“魔法の構造はわかる。だが再現できない。核となるものが欠落している。”
“痛みを取ってやりたい。衰弱が痛ましい。”
“痛みは取れた。しかし衰弱を止められない。”
“手を直せと言われる。不便は感じないのに。”
……驚いた。思わず目を見開いてしまう。
感情の乗った文章だ。ザフィルの本の中で初めて見た。この手記が彼の、感情の吐き出し口だ。
痛みについての詳細な研究と、手の構造の拡大図があったのは、この辺の事情が絡んでいるんだろうか。かなり悩んでいるように見える。
さらにページをめくると。
“この本を読んでいる魔法使いへ”
唐突なメッセージが目に飛び込んできた。
びっくりして、本を取り落としかける。危ない危ない。
“一定以上の能力を持つ魔法使いのみに発見できるよう、これらを隠す。
これらは好きに使っていい。願わくば、あなたが魔素なぞに頼りきらない魔法使いであれば良いが、そうでなくてもやむを得ない。今や流れを止めることはできない”
ということは、ザフィルの生きた時代は、魔素活用の黎明期なのかな。まだまだ魔力のみで魔法を使う人の多かった時代って、どんな感じだったんだろう。想像もつかない。
“もっとも尊敬する人が、技術と知識を残せと言う。だが私は、残す必要性を感じていない。そのため、このようにした。
これが見つからなくても構わないが、あの人のためには見つかってほしいとも思う。”
個人名が出てこない。あえて隠しているような印象を受ける。彼は自分の悪評が、"もっとも尊敬する人“に及ばないようにしたかったのかな。
メッセージは続く。時折文字がかすれていて読みにくかったけど、前後の文脈でだいたいのところは理解できる。
その多くは、術式に関する補足説明だった。しかしどうにも感覚的で、あまり説明になっていない。このあたりが、“残す必要性を感じていない“の理由だろうか。どうせ伝わらないんだから、書く必要なんてないだろ、っていう。
文章はさほど上手くないし、書き方なんて少し幼いぐらいだ。
どうにもこの魔素嫌いの大魔法使い様は、完璧な悪役とは程遠そうに思えた。
読み進め、いよいよ最後に近づいてきた。この本の中でも最終ページだから、本当にこれで最後だ。長かったなぁ。
満を持して、最後のページをめくった。
“魔法王国の廃墟に、とあるものを隠した。あまりにもくだらない内容なので、気が向いたら探すといい。
あなたがここまで読めたのなら、気付くこともできるだろう。骨と虚鉱石には気をつけて。
ザフィル”
おいおいおいおい。
この悪役様、最後にとんでもないもの仕込んできたぞ。どうなってんのこれ。
骨といえば、先日見つけてそのままにした、あの遺跡だ。というか、それしか知らない。
虚鉱石といえばあの鉱山だけど、こっちは関係があるのかわからない。
ただ虚鉱石が、他国ではあまり産出されないという事実はあるので、虚鉱石の採れる地域を調べれば、あの遺跡との関連がわかるかもしれない。
チラリとセリアさんを見ると、青ざめた顔をしつつ、必死で文章と模式図を追っていた。
恐ろしいし、あまりにも難解だけど目が離せない。そんな様子。数日前の自分を見てるようだ。
うーん、読書を中断させるのは申し訳ないけど。
「セリアさん」
この本に飲み込まれるのも良くないから、声をかけた。
セリアさんは現実に引き戻され、驚いた様子でこちらを見る。興奮と恐怖が半々の顔だ。まあそうなるよね。わかるわかる。
「読書中にすみません。あの、お願いしたいことがありまして」
ちょっと図々しいけど、ダメ元でお願いしてみよう。
セリアさんもここまで関わってしまったんだし、諦めて付き合ってもらえないかなぁ。




