第5話 魔法使いは図書館に籠る
鉱山で気を失った後、気付いたら宿の自室だった。
どうやらガルムが運んでくれたらしく、ベッドサイドには報酬もきちんと置かれていた。
なんだか悪いことをしてしまったなぁ。最低限の身繕いをして、宿の階下にある食堂に行く。とりあえず腹ごしらえしないと。
「お、起きたな」
「おはよー」
「体調は大丈夫ですか?」
食堂では、ガルム、フィーネ、ルミアナが、次々に声をかけてくれた。こういうの、やっぱりちょっと嬉しいな。
彼らと同じ席に座って、スープとパンを頼んだ。
僕のいつもの食事が届いたところで、ルミアナが口を開いた。
「昨日のあれ、なんだったんです? ちょっとした評判になってますよ」
あー、もう昨日のことなんだ。カッチカチのパンをスープでふやかして食べつつ、僕は曖昧に笑った。
「正直、僕もよくわからないんだよね。師匠から教わった魔法なんだけど……」
小声で簡単に魔法の仕組みを説明すると、ルミアナの表情が硬くなった。まぁそうだよね。
「それ……下手すると異端ですよ」
「……やっぱりそうなる?」
ルミアナが困惑ぎみに頷く。
異端は困るなぁ。下手すると、僕とつるんでいるルミアナまで、神官コミュニティから爪弾きにされるかもしれない。彼女の生き方に悪い影響を与えてしまう。それは嫌だ。
今は異端とされても殺される時代ではないし、ガイドラインやチェックリストが厳密に存在するとかで、認定されることは稀らしいけど……。
ガルムとフィーネは、これみよがしにこっちを見ながら、なんだかヒソヒソしている。まぁ彼らの場合、状況を楽しんでるだけだと思うけどね。あの二人の図太さは見習っていきたい。
「とりあえず今日は、納税ついでに図書館に行ってくるよ。昨日の魔法についても調べたいんだけど……依頼とかないよね?」
一応確認したら、三人から気持ちよくオッケーマークをいただいた。
******
いつも通りに納税して、ちょっと軽くなった財布を嘆きつつ、税務院隣の王立図書館に急ぐ。
なんといってもあそこには、知識が大量に眠っている。時間はいくらあっても足りない。このために納税してるようなものだ。図書館最高!
図書館で魔法使い証明を見せて、魔術書庫を開けてもらう。
中に入ると、魔法使いたちが本棚の森の合間からチラホラ見える。老いも若きも本棚と格闘しているようだ。
さあ僕もやるぞと気合いを入れると。
「こんにちは、リオさん」
セリアさんのひんやりした声が聞こえた。浮き足だった気持ちが、すっと収まっていく。
「こ、こんにちはセリアさん。セリアさんも今日は読書ですか?」
「ええ。……昨日はご活躍だったようで、何よりです」
「あ、もうセリアさんのところまで広がってるんですか……」
なんだか思ったよりも大きな話になってないか? どうしてセリアさんにまで話が伝わってるんだろう。
セリアさんはうっすら微笑んで、僕を誘導するように片腕を広げた。
「よろしければ、少しお話できませんか?」
僕はほぼ無意識に頷いた。どうも僕は、彼女には抵抗しちゃいけないという刷り込みがされているみたいだ。
通されたのは、いくつかある談話室のうちの一室だった。入り口には「税務院貸切」と札が下がっている。つまり今この部屋は、セリアさん専用だ。
室内にある机には、本がうず高く積まれている。何か調べてたのかな。
談話室は元々、議論したくなったら使う部屋だ。談話室という穏やかな名前に反して、喧々諤々の大論争が広げられていることが多い。
でもこの部屋は、しんと静まり返っている。なんだか余計に緊張するなぁ。
「リオさんは、大賢者アルメス・グラウの弟子だったんですね」
セリアさんが静かな声で、しかし唐突に、そんなことを言う。
「……ええ、まあ」
僕がアルメス・グラウの弟子なのは間違いない。けど、なんでそんな話になるんだろう。
「リオさんの昨日のご活躍で、確信しました。ほぼ魔力のみを用いる魔法なんて、現代で知っているのは彼ぐらいでしょうから」
ほぼ魔力じゃなくて、全部魔力だけどね。どうやら、正確な話が出回っているのではないらしい。まだ噂話の範囲内だ。よかった。ちょっと胸をなでおろす。
それにしても、師匠がそんな方面で有名だなんて、かなり意外だ。魔力のみで魔法を使うというのは、誰でも一度は考えることなんじゃないだろうか。
実際に使うのは確実に非常識枠だけど、研究してる人はそれなりにいるのかと思っていた。
「ところでリオさんは、アルメス・グラウ師の行方をご存知ですか?」
えぇ……。なんの話になるのこれ。僕どうなっちゃうの。
内心焦りまくるけど、答えられることは一つしかない。
「いえ、知らないですね。何年も戻ってこなかったから、僕もこっちに来た次第で」
「……そうですか」
セリアさんは何やら考えこんでしまった。
この人、僕が昨日使った修復魔法よりも、師匠に興味あるんだな。でも残念ながら、僕もあの人の行方は知らない。ふらっとどこかへ行ってそのまま帰ってこないんだから、困ったもんだ。
「セリアさん、師匠のことご存知なんですか?」
「直接お会いしたことはありません。この図書館にある著作を読んで、私淑しているだけです」
「へぇ……そうなんですね」
なんか意外だ。師匠がねぇ……どこが気に入ってるんだろう。そんなにいい本を書いたのかな。
セリアさんはふぅと小さくため息をついた。
「すみません、ご足労おかけしました。行方不明になって久しいアルメス・グラウ師の行方がわかるのかと、つい勇み足になってしまいました。お詫びといっては何ですが、師の著作と、関連する書籍がここにあります。もしご興味があれば、このままお読みください。閉館頃に片付けに参りますので……では」
積み上がった本の山を視線で示してから、セリアさんは僕に折り目正しく一礼して、去っていった。
つまり、この談話室を自由にしてよくて、しかも、僕の興味のありそうな本をピックアップしてくれたってこと?
え、こわい。なんでここまでしてくれてるんだろう。そんなにあの師匠と会いたかったのかな。
とはいえ、と気持ちを切り替える。厚意には甘えておかないともったいない。セリアさんの意図はわからないけど、今はこの幸運に甘えよう。
******
セリアさんが用意してくれた師匠の著作は、かっこよく言えば魔力活用理論についてのものだった。ありていに言えば、魔素節約術だ。
おばあちゃんの、いや、おじいちゃんの知恵袋に似た感触があるんだけど……これがいいだなんてセリアさん、もしかして、だいぶ変わった人だな?
確かに魔素の使用量が減れば節税になるし、他にも助かることが色々あると思う。ただ、日常的に魔素を節約するということは、自前の魔力を多く消費するということなので……魔力の消耗がすごく疲れることを考えると、やっぱりあまり現実的とはいえない、と、思う。多分。
とはいえ昨日みたいな虚鉱石だらけの場所とか、特殊な状況下では有効なので、切り札として覚えておいても、損はなさそうだとも思うけどね。
ん?
なんだこれ。リファズの手記を参考にした術式をここに示す……? 術式の模式図は……魔素を極限まで排除した……風を起こす魔法かな。
リファズって誰だろう。聞いたことがない。異国風があって不思議な名前だ。筆名かな。
セリアさんが置いてくれた本の著者の中にも、リファズという名前はない。
……よし、探しに行こう。こうやって用意してもらった本を読むのもいいけど、本棚漁りからしか得られない幸せもある。
席を立ち、部屋を出て、僕は魔術書の森の中へ。
リファズ、リファズ……っと。あれ、ないな。どうしてだろう。異国っぽい名前だから、表記揺れがあるとか? あれー?
探しながら本棚の奥へ奥へと入っていき、気付けば一番奥の棚まで来ていた。棚の最後まで探してみても、やっぱりリファズという名前は見当たらない。
うーん、ないか。残念。戻ろうとした瞬間、目の端に何かがひっかかった。
振り返ると、何もない。でもまた戻ろうとすると、視界の端に違和感が触れる。
……ははーんなるほど、隠蔽魔法だ。違和感を覚えたあたりを手探りすると、うっすら魔法術式の手応えがあった。術式の構造を探ると……これ、師匠の手癖だ。なにやってんのあの人。
でもこれなら、勝手知ったるというやつだ。師匠は空間を切って、折り曲げて、隠して、折り目を綴じる。慎重に綴じ目をほどいて……ほら、スルリと解けた。
隠されていた本棚が、目の前に出てきた。古い埃の臭いが、かすかに漂う。
棚には、黒革で装丁された本が何冊も並んでいた。不思議なことに、どの本の表紙にも題名と著者名が書かれていない。
黒革はしっとりと滑らかで傷もなく、あまり触れられた形跡がない。
どういうことだろう。本をよく見てみると、裏表紙の端に、ごく小さな文字で「リファズ」と書かれていた。隠すように控えめに、それでいて、見つけてほしそうな顔をしている。
なぜ、こんな風に隠されていたんだろう。禁書という程、禍々しくもなさそうだけど。
疑問半分、好奇心半分。隠しきれない鼓動の高まりを意識しつつ、本を開いてみた。




