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第4話 神官は魔法に課税されない

 王都近郊の鉱山で崩落事故が起きたらしい。

 その救助協力要請が冒険者ギルド経由で届いたのが、今朝のこと。

 動ける冒険者たちが全員動員され、鉱山に来たのが今、昼前。

 僕らが冒険者たちの中では一番乗りだ。つまり暇だったってことなので、喜ぶべきかどうか、悩ましいものがある。


 鉱山の入口に立ってみると、思っていた以上に大規模な鉱山だった。横に5人並べるぐらいの幅がある。話によると、事故に遭った鉱夫は数十人規模だという。

「大変そうだなぁ」

 手分けして鉱山内を捜索して、怪我人の処置をして、もし魔物が出ていれば退治する、と。

 とはいえ人命がかかっているので、大変だとか面倒だとか、言っていられない。

 事実僕は今の失言で、ルミアナに睨まれている。こわい。

「よっしゃ、行くぞ!」

 ガルムが先陣を切るように歩きだした。

 鉱山内の地図と僕らが受け持つエリアについては、既に伝えられている。

 あとは地図に従って、シラミ潰しに探索していくだけ。


 ******


 あー、これは本格的にまずいぞ。

 崩落の起きている場所まで来て、なんとか被害者を助け出したんだけど。

 この鉱山、虚鉱石があちこちから露出している。

 虚鉱石は周囲の魔素(マナ)を吸い込む性質がある。つまり、虚鉱石の近くは魔素が薄い。ということは……。

「なんで治癒できないの!?」

 と叫ぶルミアナが出来上がる。

 彼女の使った治癒魔法の柔らかな光は、怪我人に届く前に、大半が霧散して消えてしまった。傷はうっすらと塞がったが、治癒には程遠い。この程度の薄膜では、わずかな刺激で破れてしまうだろう。例えば、少し体をひねるとか。

 普通はこうならない。癒しの光は問題なく怪我人に届き、大半の傷を癒やすはずだった。彼女にはその実力がある。

 つまり、ルミアナの治癒の効果が著しく落ちているということだ。魔素が薄いんだから、そうなってしまうのは仕方がない。

 魔法は魔素を使って発動するもので、ルミアナの使う神授魔法も同様だ。

 ここは、神への祈りが届きにくい鉱山、ということになるんだろうか。

 魔素を啜る虚鉱石たちが、ギチギチと気味悪く笑ったような気がした。


 さて、とはいえどうしよう。

 ここにいる救助対象は、なんとか自力で動けそうな軽症者が5人、動けなさそうな重症者が1人。

 ということは……なんとかなるかな……。頭の中で収支計算と損得勘定をめまぐるしく働かせて、僕は決断した。

「ガルム、ルミアナを連れてさがって。途中にあった広場、あそこで治療しよう。ガルムとルミアナには、軽症者を連れていってほしい。護衛も兼ねてね。ここ、虚鉱石だらけだ」

 壁や床から露出している石を示すと、ルミアナが悲鳴に近い声を出した。

「このあたり全部がそうなのですか!?」

「魔法の明かりで照らして、光を吸い込むような石があれば、全部そう」

 明かりで一帯をぐるっと照らしてみせる。そうすると、明るくならない岩石がいくつもあった。

「では、どうすれば……!」

 ルミアナが悲痛な表情になる。

 いつも綺麗に整えられている彼女の金髪が、珍しく乱れている。いつもは優しい光をたたえる碧眼が、焦りで歪む。

 これは良くない。

 重症者は、意識が朦朧としているほどの大怪我だ。この場で治療しないと助けられないかもしれない。でも、虚鉱石が多く露出しているこの場では、まともに治療することが難しい。

 それがわかっているからこそ、ルミアナは焦る。焦ると余計に治癒の奇跡が発動しにくくなる。心を落ち着かせて祈らないと、神に声が届かないことがあると、聞いたことがあった。

 だから彼女には落ち着ける場所で治癒に専念してもらいたいし、動かせない人は……僕が対処するしかない。

「フィーネ、君はここが虚鉱石の鉱山だということを、他の連中に知らせてほしい。さっきの広場は虚鉱石の露出がなかったはずだから、あそこならルミアナも魔法を使えると思う。他の神官たちも広場に集めて、治療所を作ろう。気付いてる人も結構いると思うけど、念のため伝えてほしいんだ」

 虚鉱石の中で治癒を乱発して、神官たちが無意味に疲弊するのは避けたい。

「わかった。で、リオはどうするの?」

 フィーネの問いかけはもっともだ。

「この人の応急手当をしたら、追いかけるよ」

 フィーネが目を丸くする。

「え、リオ治癒魔法とか使えるの?」

「ちょっとだけね。神授魔法とは系統が違うから、応急手当になっちゃうけど。ガルム、ルミアナたちを頼んだよ! フィーネも先に行って。早くしないと、助けられる命が減っちゃうから」


 ******


 全員を送り出して、かなり静かになった。

 重症の人の荒い息遣いだけが、この場に響いている。

 さて、やるか……。

 疲れるから、本当はやりたくないんだけど…………。

 魔素を使わず、自分の魔力だけで行う術式。師匠から教わった、常識はずれの魔法だ。

 魔法というのは、魔素と自分の魔力を組み合わせ、混ぜ合わせて使うのが常識。誰だって知っている。

 なのにこの魔法は、なぜか魔素を使わない。自分の純粋な魔力の才能だけでやらないといけない。

 緊張して、手に汗がじっとりとにじんだ。

 大丈夫、できる、やるしかないんだ。


「よし……」

 精神を集中させ、魔力を糸状に放出して、対象者の体内の様子を丹念に探る。

 まずは苦しそうに呻く怪我人の苦痛を取る。痛みを感じる部位と意識を保つための器官を、ひとつずつ丁寧に遮断する必要がある。

 やりすぎると殺してしまう。気をつけないと。

 魔力の糸で全身を探り、ひとつひとつ確認しながら器官を遮断していく。そうすると、ある時点で怪我人の声が急に消える。まるで操り人形の糸をいきなり切ったような、突然の変化だ。

 温かくて優しい光をともなう、受けるとホッとするような神授魔法とはまったく違う。苦痛を取り除くために、効果的ではあっても、極めて冷徹な手法を採用している。

 この魔法を作った誰かさんは、間違いなく天才だ。同時に、頭がだいぶイカれている気がしてならない。

 でもこれで、苦痛を感じさせずにこの先を進めることができる。

 次は負傷部位の確認。改めて魔力の糸を撚りなおし、全身への検索を開始した。

 魔力の糸は全身の細かいところまでチェックできる。頭部からチェックを開始して、胴体、手足と進めていく。生命の危険に直結する部位から確認するのが鉄則だと、師匠は言っていた。

 頭部外傷、内臓出血、肋骨のヒビ、足の複雑骨折、皮膚表面のかすり傷と打撲が複数──。

 これは内臓出血からやらないとだ。

 出血部位を見つけて、魔力の糸で破れた血管を繋いでいく。途切れた管と管を正しく、そして適切な加減で繋がないといけない。

 この作業がものすごく疲れる。暑いわけじゃないのに、汗がボタボタ落ちてくる。

 集中を途切れさせてはいけないのに、自分の魔力は刻々と、そしてごっそり削られていく。

 本来なら魔素を使いたいところだけど、この魔法術式は魔素の入り込む余地がない。それぐらい、厳格で精密な魔法だ。

 そして今は、魔素不要という尖りきった特徴に助けられている。

 ──よし、内臓は繕った。次は頭部、その次は骨。頭部は皮膚を貼り合わせるだけでよさそうだけど、骨は正しい場所に固定しないといけない。骨が山場になるだろう。それまで魔力を保たせないと。


 人体も道具も修復の基本は同じ。正しい場所に配置して、正しく動くようにつなぎ合わせること。


 師匠の言葉が脳裏をよぎる。

 そう。これは治癒魔法ではなく、修復魔法だ。神の奇跡ではなく、人の営みの延長にあるもの。

 集中を途切れさせないよう全力かつ慎重に、僕は修復作業を進めていった。


 ******


  やっっっっと終わった……!

 なんとかなった。やればできるもんだ。偉いぞ僕、すごい。でも疲れた!

 僕は自分自身を褒め称えつつ、なんとか立ち上がる。

 もうフラフラだ。でもこれで、この重症だった人を背負って動かせる程度の状態にすることができた。

 この人はもう少し眠っていてくれたほうが助かるので、意識を断つ術式をもう一度回した。これでしばらくは目覚めないだろう。

「よっこいしょ……と!」

 僕は眠っている人を背負って、どうにかこうにか歩きはじめる。

 早くルミアナに合流しないと。この人の残りの傷、つまり比較的軽い外傷部分は、ルミアナにやってもらった方がいい。

 僕のやり方だと、消耗が割に合わないからね。


 ******


 物理的にも精神的にも重い体をひきずって広場に戻ると、ルミアナや他の神官たちが、治癒魔法を使いまくっていた。癒しの優しい光が、あちこちでふわりと輝いては消えていく。

 見た目は美しいけど、乱発と言っていい。

 そりゃあ怪我人が多いんだから仕方ないんだけど、こんなに魔法を大盤振る舞いされてしまうのは、ちょっと悔しい。

 こっちは税金を気にしながら使っているのに、彼女らは非課税なんだもんなあ。


 さっきはあれだけ取り乱していたルミアナだけど、今は目の前の怪我人に集中しているみたいだ。

 良かった。彼女があのままだと、治癒もままならなかっただろうし。

「あ、リオおかえり!」

 フィーネがいち早く僕に気付いてくれた。近くにいたガルムもそれで気付き、僕のほうに寄ってくる。

「おいおい、顔色真っ青だぞ、大丈夫か」

 さっそくガルムにバレた。魔力を消耗しすぎると、いつもこうなる。でも、今はそんなことを言ってる場合じゃないので、無理矢理平静を装った。

「大丈夫。それよりこの人、ルミアナに治癒してもらって。応急手当してあるから、あとはルミアナの治癒でいけると思う」

 背中の人をガルムに預けて、やっと一息ついた。疲労感が強すぎて、思わずへたりこむ。

「痛みがあるだろうから、今は眠らせてる。少しすれば自然に起きるってルミアナにも言っておいて」

「よっしゃ、任せとけ。お前はその辺で休んでな」

 ガルムと、彼を追いかけて歩いていくフィーネを見送ってから、僕は意識を手放した。

 もうさすがに限界だ。

 目の端に赤い外套が見えた気がするけど、今はどうでもよかった。


 僕の全身はガタガタ。手は勝手に震えるし、頭が痛いわ吐き気もするわで散々だ。

 離れゆく意識の中、僕はぼんやりと考えた。

 あの修復魔法は、なんで魔素を使わないんだろう。

 魔力のほうが精密作業には向いてるのは確かだけど、少しぐらい魔素を使ってもよさそうなのに。

 まさか、魔素を使う必要がないぐらい魔力のある人だったとか?

 ──それこそ夢物語だ。

これが脱法無課税魔法だ!(ギュッ)

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