第3話 戦士は税金に不満を持つ
第3話 戦士は税金に不満を持つ
セリアさんは約束通り依頼をとりまとめ、僕たちを指名して冒険者ギルド経由で仕事依頼をしてくれた。
どうやら地下水道の壁が崩れ、何かの洞窟と繋がってしまったらしい。その洞窟を探索して、危険な魔物や水質を汚染しそうなものがあれば、それらを排除すること。
つまり、地下水道の安全確保だ。
税務関連の依頼じゃなくてよかった。できれば税金とは距離を取りたい。
内心で胸を撫で下ろしながら、依頼についてもう少し考える。
地下ということは、明かりが必要になる。あと、おそらく狭い。
街から離れることはないので、水と食料はあまり多く持たないでいいだろう。
報酬として提示された額は、悪くない。むしろ良い方。ただし危険手当込み。つまり不慮の事故があっても、追加の保証はないということだ。
仲間たちとここまで認識合わせをしてから、それぞれの準備を進めていった。
******
地下水道は思った通り狭かった。僕らが探索しないといけない洞窟も、あまり広くはなさそうだ。
ただ、洞窟は意外なことに……。
「これ、自然の洞窟じゃなくて何かの建物だねぇ」
フィーネが洞窟の入口から中を覗いて、言った。
そう。古い建造物の一部らしきものが、地下水道と繋がっていた。水路もそのまま繋がってしまっている。水源が一緒なのかもしれない。
魔法の青白い光と松明の赤い光に照らされた建物の様式は────
「旧王国末期の遺跡だ……」
旧王国。つまり【大破壊】が起きる前、ざっと300年以上前の遺跡だ。
【大破壊】で多くのものが失われてしまったため、【大破壊】以前の現存品はかなり少ない。
ということは。
「宝の山かも」
僕がぽつりと呟くと、ガルムとフィーネの目の色が変わった。
「フィーネ、端から端まで調べるぞ!」
「おまかせ! ほらリオとルミアナも早く!」
ガルムが鼻息荒く進もうとし、フィーネも後に続く。
「ち、ちょっと待って!」
僕は慌てて後を追い、ルミアナも苦笑しながら後に続いた。
宝の山というのは、金銀財宝がザクザクあるって意味じゃなくて、歴史研究が進むとか、過去の技術が解明されるとか、そういう価値も含めてのことだったんだけど……。
まぁいいか。二人がやる気を出してくれるのは、助かるし。
******
「うぉらあ!」
狭い空間の中、ガルムの剣が巨大な蜥蜴を切り裂いた。
喧嘩蜥蜴と呼ばれる魔物だ。数体程度の群れを作り、非常に好戦的で体力がある。さらに魔法耐性も高い。
魔法耐性の高さから、大型の蜥蜴ではなく小型の竜だとする説があるくらいだ。
なので僕は、ガルムの援護をしようとしたんだけど。
「いらねぇよ! これ以上税金引かれるようなことをすんじゃねぇ!」
と怒られてしまったので、大人しく見物している。前回、ちょっとやりすぎたかな……。次はもう少し優しくさっぴいてあげよう。
やや前方のルミアナは、いつでも治癒魔法を使えるように、準備して控えていた。真面目だなぁ。偉い。
そして僕の横には、道が狭すぎて弓矢による援護ができないフィーネがいる。もっとも彼女の場合、後方警戒も兼ねてここにいるんだろうけど。
「ねえリオ。ガルムはどれぐらいであいつら片付けられると思う?」
金貨をチラチラさせながら、フィーネが聞いてきた。
前言撤回。フィーネは後方警戒をあまりしていない。賭けはすごくしたいみたいだけど。
「うーん、あと5合」
そう言って、僕はフィーネに手持ちの金貨を渡した。付き合いは大事だ。
「じゃあアタシは10合にしよ」
さすがに倍は酷くないかと思ったけど、ガルムに睨まれた。これ以上彼の気を散らすのも悪いので、大人しく観戦しよう。
ガルムは頼りになる戦士だ。
長身でがっしりした体格、短く刈り込んだ暗い金髪、焼けたブロンズの肌、体のあちこちにある古傷。どれもこれも、歴戦の戦士の姿そのもの。戦士の典型的な姿として、肖像画になりそうだ。
僕とはまったく違う在り方。体格を持たざる者として、だいぶ羨ましいと感じる。
ほどなくして、数体の喧嘩蜥蜴がすべて片付けられた。
結果は7合で僕の勝ち。
「ねぇリオ、さっきズルしてなかった? ガルムと目ぇ合わせてたでしょ、あれで悪いことしてたんじゃないの? ねぇってば」
などとぶつくさ言うフィーネから、金貨を巻き上げてやった。
あれはただ睨まれただけだし、ガルムからは、うるせぇ黙ってろって声が聞こえた気がするんだけどなぁ。
フィーネの金貨のおかげで、掛け値なしの大赤字から、ごくわずかな赤字まで戻すことができた。その分彼女の懐は寒くなったはずだけど、自業自得だからね。
ガルムはいくつかの傷を負っていたけど、ルミアナが速やかにに癒やした。癒しの魔法は、優しく暖かで柔らかい。見ているだけでも、穏やかな気持ちになる。
「毒の反応はありません。よかったです」
鮮やかな金髪と碧眼のルミアナが、ガルムに向けてニッコリと微笑んだ。
彼女は優秀な神官で、癒しを主体とする神授魔法の使い手だ。神様の力の欠片を自前の魔力に乗せ、魔素を混ぜて発動する……らしい。僕は神授魔法を使えないから、実際のところはよくわからないけど。
とにかく治癒魔法のスペシャリストが問題ないって言うんだから、ガルムは大丈夫だろう。
「喧嘩蜥蜴の血とかが水に混ざらないように、ちょっと避けておこうか」
地下水道から少し距離はあるけど、念のためだ。ガルムの力を借りて、喧嘩蜥蜴の死体を影響のなさそうな場所に移動させた。
ここで水質悪化を起こして、罰金でも取られたらバカバカしい。この国のお役人は、そういうことをやりかねない。
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予想通り、ここはあまり広くなかった。一通り探索したけど、古びたコイン数枚しか見つからない。コインは旧王国時代のものだけど、状態が悪い。あまり価値はなさそうだ。
とはいえ何かの役に立つかもしれないし、1枚拾ってポケットに突っ込んだ。フィーネも何枚か回収している。抜け目ないなぁ。ガルムとルミアナは興味がなさそう。
そろそろ引き上げようかと話をしていると。
「あれ?」
フィーネが突然立ち止まり、壁にへばりついた。あちこち叩いたり、壁に耳をくっつけたり、隙間を短剣でこじったりしている。何かを調べているみたいだ。僕は急いで魔法の明かりをフィーネに向けた。何を見つけたんだろう。
「ねえガルム」
「なんだよ」
「そこ、こじ開けてみてよ。テコの要領でいけると思う」
フィーネには届かないが、ガルムなら余裕で届く位置の石壁を示した。
ガルムは迷うことなく剣を石壁の隙間に差し入れる。そのまま隙間を押し広げるように剣を動かしていると、やがて石壁の一部が外れた。開口部は手足が入る程度の幅だ。あまり広くない。
「よっしゃ。次どうするんだ?」
「その中に取っ手か何かない? あったら引っ張って」
「はいよ……っと、あったあった」
石壁が外れてできた空間にガルムは無造作に手を入れ、中にある何かを掴んだようだ。だいぶ重いようでしばらく四苦八苦していたけど、最終的にはガルムの引く動作と連動して、近くの壁にぽっかりと穴が開いた。
隠し通路だ。幅は人間ひとり分ぐらい。
「おつかれー。お宝あるかなぁ。隠してるぐらいなんだから、きっとあるよねぇ」
フィーネはガルムを労ってから、足取り軽く率先して隠し通路に向かった。
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隠し通路の先は、異様な光景だった。
軽かったフィーネの足取りは、すっかり重くなっている。
奥行き50歩ぐらいの短い通路に、数えるのも嫌になるぐらい多くの人骨が転がっていた。骨を踏まずに歩くのが難しいぐらいだ。
しかも損壊が著しい。年月による風化ではなく、明らかに破壊された痕跡だ。異様に薄く脆い骨片がたまに混ざっていて、不気味さが増幅される。
僕は頭蓋骨の欠片を15まで数えたけど、その先は数えるのをやめてしまった。きりがない。
古い衣服の切れ端のようなものも、あちこちに落ちていた。この骨になった人たちのものだと推測できる。
そして、通路の先は土砂で埋まっていた。この先にも何かあるのかもしれないけど、僕らの今の装備では、掘り進めるのはちょっと現実的ではない。今は諦めるしかなさそうだ。
「何が起きたのでしょう……」
ルミアナが悲しげに周囲を見渡す。彼女は神官だから、この酷い有様に胸が痛むのだろう。
僕は静かに首を横に降った。
「【大破壊】と関係があるのかもしれないけど……わからない」
今までは人の気配なんてなかった。それなのに、隠し通路の先は人の残渣で覆われている。
どういうことなんだろう。いくつかの仮説または妄想なら思い浮かぶけど、確定するための要素がない。
ルミアナは沈痛な表情をして床に膝をつき、鎮魂の祈りをはじめた。重苦しい空気の中、彼女の周辺だけが柔らかい。
「実際のところ【大破壊】って何が起きたんだ?」
ルミアナの祈りを邪魔しないよう、ガルムが小声で僕に聞く。
「わからないんだ。ただ、一瞬またはごく短期間で、旧王国が消滅したことは間違いない」
天変地異か、それとも別の要因なのか。旧王国の都が瓦礫の山と化したことしかわからない。少なくとも記録として残っていない。
つまり、記録に残す暇もないほどの短期間で、かつ徹底的に滅んだということだ。
一説では、悪名高い伝説の大魔法使い、ザフィルが滅ぼしたとも言う。でもそれだって、根拠となる何かがある訳ではない。あくまでも伝承、口伝だ。噂話と本質的には変わらない。
魔法使いの端くれとしても、いくら伝説の最強大魔法使いザフィル様といえど、そんなに滅茶苦茶なことができるのか、甚だ疑問だ。あったとしても、天変地異との合せ技だったりするんじゃないだろうか。あとは隣国の奇襲と連携するとか。
「改めて考えると、王都が一瞬で滅ぶなんてとんでもねぇな」
渋い顔をして、ガルムがぼやいた。まったくもって同感だ。
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あの後、僕らは隠し通路を元通りにしてから戻ってきた。
隠し通路のことは報告していない。あそこには手を付けない方がいいと、皆で話し合って決めた。
報酬をもらい、魔法税を納める。いつも通りのやりとりの後、酒場で打ち上げ。
「相変わらず魔法税ってふざけてるよな!」
ガルムがいつも通りの不満をがなりたてる。僕も半分ぐらいは心から同感なんだけど、残り半分は必要経費だと思って、諦めている。
「建前はともかく、魔法税のおかげで僕らは貴重な本を閲覧できるし、そこは感謝してるよ」
本は高価だ。下手すると王都の家や土地が買えるようなものさえある。僕ら魔法使いは、王立図書館でそういった高価な本を閲覧できる。近隣諸国はそこまで手厚くない。
特にこの魔法王国アルセリウムは、魔法関係の本を多く収集していると聞く。魔法税に嘆きながらも、僕がここにいる理由のひとつだ。
「まぁまぁ。報酬はそこまで悪くなかったし、リオが魔法を制限してたから、税金もあまり抜かれなかったしさ」
フィーネがガルムをとりなすのはいつもと同じ。ルミアナが食事後すぐに引っ込んでしまうのも、いつもと同じ。
つまり全部元通り、何の問題もない。
ただあの隠し通路が、僕ら共通の秘密として残っただけ。
それにしても、セリアさんはどうして僕らにあの仕事を持ち込んだんだろう。
もしかして、あの隠し通路の存在を知っていたり……なんて、考えすぎかな。




