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第2話 斥候は魔法税務院に目をつけられた

 魔法税務院は、夕日を照り返して赤く染まっていた。

 いつ見ても堅苦しい外観の建物だ。日没で閉館してしまうから、ちょっと早足で門をくぐる。

「こんにちは。冒険者ギルド所属のリオ・アルドレンです。冒険者納税課をお願いします」

 受付のお姉さんに挨拶をしつつ、胸元にさげているギルド所属証と魔法使い登録証を見せた。

「2号室に係の者がいますので、そちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 お姉さんも僕も慣れているから、スムーズに話が進んだ。

 あまり慣れたくない分野なんだけど、僕がやるしかないのがキツイ。

 2号室をノックして出てきた税務官に用向きを伝え、書類と税金として収めるべき銀貨に、魔法使い登録証を添えて渡す。

 税務官は手早く書類と台帳を突き合わせて確認してから、登録証を読み取るための合言葉を唱えた。

 登録証には僕が使った魔法の種類と使った魔素(マナ)量が記録されていて、これが課税対象だ。僕自身が持っている魔力は課税されないけど、魔力だけで魔法を使うのは非現実的なので、普通は魔素を消費することになる。

「身体強化1回、構造物破壊2回……ああこれがこうで、なるほど……」

 僕が申告した書類の内訳と、登録証の内容を突き合わせて読み上げる税務官の声が、硬質に響く。

 書類には名前や所属のような通り一遍の情報の他に、魔法を使った経緯を書く欄があって、経緯や用途によっては、たまに減額対象になったりする。

 まぁ今回は減額対象じゃないし、そもそも僕は減額されない魔法を使うことが多いから、あまり真面目に書く気になれない。なので書き方も大雑把だ。減額の可能性がある場合だけ、詳細を書くようにできればいいのに。

 そんなことを考えている間にも、税務官のチェックは進む。いつの間にか銀貨を数える段階に進んでいた。

 税務官は台帳にあれこれ書きつけてひとつ頷き、魔法使い登録証を僕に返した。

「確かに受領しました。お疲れ様でした、リオさん」

「どうも。それじゃあまた」

 事務的な挨拶を交わして、何の問題もなく退室したら──


「リオさんこんにちは。納税ですか?」

 凛とした硬質な女声に呼び止められた。黒服に映える鮮やかな赤い外套は、上級税務魔導官の証。タイトにまとめられた銀髪と、冷たく凪いだ赤い瞳。すっと伸ばされた背筋。

 僕の背筋にはすーっと冷や汗が流れる。

「あ、どうもこんにちは。セリアさん。ええ、納税なんです」

 頑張って笑みを浮かべるものの、どうもセリアさんは苦手だ。なんといっても、僕がこの魔法王国で魔法使い登録をする時に、散々迷惑をかけてしまった相手だ。

 多分彼女は気にしてないと思うんだけど、こっちの気持ちの問題。

「そうですか。順調にお仕事ができているようで、何よりです」

 セリアさんが薄く微笑む。彼女のこの微笑みが、実は少し苦手なんだよね。なんだか怖くて。

 猫を見てしまったネズミって、こんな気分なんだろうか。逃げたいんだけど、逃げると追われる気がして動けなくなってしまうような……。

「ところでリオさん、ちょっとお伺いしたいことがあるのですが、お時間いただけませんか?」

「時間、ですか……?」

 嫌な予感がする。彼女は査察局所属だ。査察局。なんという禍々しい響き。

「ええ。あまりお時間をいただくことはないと思いますので」

 有無を言わせぬ様子のセリアさんに、僕はただ従うしかなかった。


 ******


 僕は個室に通された。実用一辺倒のテーブルと椅子しかない殺風景な部屋だ。

 お互いが座るや否や、セリアさんは本題を口にする。

「あなたのパーティのフィーネさんに、魔道具未登録の疑いがかかっています」

「え?」

 魔道具の未登録? フィーネが?

 ……正直やりかねない。

 彼女はルールやマナーといった規範をすり抜けようとする癖がある。

 魔道具を所持するには登録が必要で、登録には手数料がかかる。手続きも正直面倒だし、登録したくない気持ちはよくわかる。

 とはいえ僕は、登録したほうがいいと思う。未登録がバレると、登録手続きよりも面倒になるから。

 思わず考え込んでしまっていたけど、セリアさんが話を続けてくれた。

「まだ疑いです、今のところは。リオさんから確認いただいて、然るべく対応していただけませんか」

 なるほど。魔法税務院が動く前に登録しろということだ。早急かつ自主的に登録すれば、見逃してやると。

「わかりました、ありがとうございます。戻ったら確認します」

「お願いします」

 会話はそれで終わり。確かに時間はかからなかった。セリアさんは席を立ち、僕も後に続いて部屋を出た。

 さて、帰ったらすぐにでもフィーネに聞いてみないと。気が重いなぁ。

 さっき彼女が魔法税の話を逸らしたのは、これが原因だな?


 ******


 酒場に戻ると、フィーネはまだ酒盛りを続けていた。もう夜もだいぶ更けている。

 ガルムは既に引き上げていた。都合がいい。税金を極端に嫌うガルムがいると、話がややこしくなりそうだし。

「おっかえりーぃ」

 僕を見て、ほろ酔いのフィーネが明るく出迎えてくれた。彼女の明るさと裏腹に、僕の心は重くて暗い。

「ただいま。あのさフィーネ、ちょっと聞きたいんだけど」

「なになに?」

「魔道具、そろそろ登録しない?」

 ピタッとフィーネの動きが止まった。続いて、そろりそろりと視線が泳ぐ。

 ちょっとカマをかけてみただけなのに……。

「あ、あは、あはははは……知ってたの? もう、びっくりしたなぁ」

 笑って誤魔化す彼女の姿は、完全にクロだ。間違えようもない。

 彼女に不意討ちがよく効くのは前からだけど、ここまで効くとは。今は酒も入ってるし、完全に油断しきってたんだろうなぁ。

「明日登録に行こう。付き合うからさ」

「えぇ〜、見逃してよ〜お願いぃ〜。ねえってばぁ」

 フィーネはすがりつきそうな勢いで僕を拝み倒す。そう言われてもなぁ。

「あのねフィーネ、この話は魔法税務院で聞いたんだ。つまり、フィーネはもう疑われてるんだよ。今なら普通に登録するだけでいいはずだから」

「うぅ…………リオのいじわる…………!」

 恨みがましそうな上目遣いで睨まれてしまったけど、ここで譲るわけにはいかない。このまま放置して査察局が入ると、僕らパーティメンバーまで面倒事と罰金に巻き込まれてしまう。

 ここはあえて事務的に、非情に徹するしかない。

「じゃあ明日。迎えに行くから」

 嘆くフィーネを置いて、僕も寝るために部屋へ引き上げた。


 ******


 翌日。約束通りフィーネを連れて、魔法税務院へ。

 小柄なフィーネの短いボブヘアが、朝日を受けて淡く輝く。夜は黒に見えるけど、光の中では艶のあるダークブラウンになるのが少し興味深い。

 魔法税務院ではなぜかセリアさんが待っていて、彼女が自ら登録手続きをしてくれた。

 フィーネが持っていた魔道具は、グローブだった。このグローブを使って矢を射ると、命中精度が上がるらしい。

 そういえば、<もどき>の時も使ってたような。

 セリアさんも魔道具鑑定用の魔法で確認してたので、間違いはないだろう。

 フィーネがしぶしぶ支払った登録手数料と引き換えに、セリアさんは魔道具登録証を手渡した。

 フィーネは登録証をポーチに入れ、手元から去ってしまった銀貨たちを悲しげに見送っている。

「これで登録完了です。くれぐれも犯罪には使わないでくださいね」

「はぁい……」

 しょんぼり声を出しつつ、フィーネはグローブを撫でていた。グローブ、だいぶ気に入ってるのかな。もしくは、銀貨の恨みをつのらせているだけだったりして。

「これで誰に憚ることなく使えるんだからいいだろ。次の仕事探して、出費分を取り返そう」

 僕とガルムが赤字でフィーネの黒字も目減りしたとなると、実は結構切実だ。僕らができそうな仕事の依頼、あったかな。

 書類を整理していたセリアさんが、ふと顔をあげる。

「仕事をお探しでしたら、私にひとつ心当たりがあります。話をお持ちしても?」

 え。

「ええ、まぁ構いませんが……」

「良かったです。内容を整えてから、後で冒険者ギルドにお持ちします。それでは」

 そう言ってセリアさんは薄く微笑み、立ち去っていった。


 セリアさんからの仕事って、税務関連だったりするのかな……そうだったら専門外なんだけど……。

 でも僕はネズミなので、猫には勝てないんだよなぁ。いつか猫になれる日は来るんだろうか。

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