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第10話 世界は僕に優しくて厳しい

 宿に戻って僕の部屋。

 思った通り、子犬みたいな魔法生物は、消滅することなくついてきた。

 今も僕の足元で尻尾を振りながら、こっちを見ている。

「お前の名前、どうしようか」

 いつまでもお前のままじゃなぁ。僕にしか見えないなら、実は支障がない気もするけど、やっぱり名前はあった方がいいと思う。愛着とか、そういう気持ち的な問題で。

 うーん……ザフィル……はさすがにダメだよなぁ。世間的なイメージが剣呑すぎる。僕がうっかり口走った時に、炎上待ったなしだ。

 リファズもちょっとベタすぎるかなぁ。逆さ読みで即バレする名前は、隠す気がなさすぎる。

 うーん。

「ひとまずリファ、でどう?」

 リファ”ズ”までいくとバレそうだけど、リファならいけるんじゃないだろうか。

 魔法生物は、ぴょんとひとつ跳ねてから、僕の足にくっついた。嬉しそうに見える。少なくとも嫌ではなさそう、かな。

「じゃあリファにしよう。よろしくな」

 リファに手を伸ばすと、ペロリと舐められた。実体のない魔法生物なのに、舐められた感触があった。

 あれ? じゃあ、もしかして持ち上げられるんじゃ?

 リファの脇の下に手を伸ばすと、思った通り。それこそ子犬を持ち上げるような、ふわっとした感触とともに、リファを持ち上げることができた。

 そういえば、足にくっつかれた時もほのかに感触があったなぁ……。自然すぎて気付かなかった。

「リファお前さぁ、本当に何者なの?」

 リファはつぶらな瞳で、持ち上げられたままの姿勢でこちらを見ている。

 尻尾は左右に元気よく振られている。でも、何も答えてくれなかった。聞かないフリをされている気がしてならない。

「……まぁいいや。いつか自分で探すから。お前のこと分析してやるから、覚悟しろよ」

 そう言ってリファを床に戻すと、大人しくその場で丸くなった。

 やれるものならやってみろと、言われているような気がした。


 ******


 持ち帰った財宝は、やっぱり結構な額だった。概ね見積もり通り、山分けで1〜2年程度の年収に相当する。

 なんだか急に金持ちになってしまった気がするけど、これは多分気がするだけ。

 僕の場合、魔法税も定期的に払わないといけないし、きっと予想以上に早くなくなるんだろうなぁ。悲しい。

 大喜びで武器防具を新調しに行ったガルムも、一瞬で懐を寒くしそうだ。

 ルミアナは最小限だけ手元に残して、あとは神殿に寄付するらしい。清く正しい聖女様は格が違う。これが非課税の余裕だ。

 そう考えると、このお宝を一番長く楽しむのは、フィーネなんだろう。なんだかんだで彼女は目端が利くし、要領もいい。魔道具はちゃんと登録してほしいけど。


 僕は取り分になったお宝のうち、小さなティアラだけ手元に残すことにした。

 取り分の中では一番価値が高そうで、凝った装飾をしている。これだけ作りが良ければ、旧王国の研究に役立つかもしれないし、それに……小さいからね。

 きっと小さなお姫様の頭を飾るものだったんだろう。そんなことを考えたら感傷的になってしまい、売るのがしのびなくなってしまったというのが、本当のところ。

 もちろん持ち主がわかる時がきたら、然るべきところに返すつもりもある。でも今は、預かっておくことにした。

 僕の手元にあるうちは、リファにつけてやるのもいいかもしれない。きっとかわいいだろう。


 ******


 数日後、魔法税の納税ついでに、セリアさんと会う約束をした。

 セリアさんが調べてくれた結果も知りたいしね。

 約束の日、約束の時間。魔法税務院を訪ねると、セリアさんの執務室に通された。

 この人、個室持ってるんだ……今更ではあるけど、上級税務魔導官ってすごいんだなぁと改めて実感する。

「ご足労をおかけしました」

 部屋に通されると、セリアさんが迎えてくれた。相変わらず銀髪をタイトにまとめ、黒い服を着ている。デスク横には、上級税務魔導官の象徴でもある赤い外套。

 セリアさんとは親しくなったはずなんだけど、このひんやりした雰囲気は、やっぱり緊張する。

「その節は助かりました。ありがとうございます」

 まずは、地下水道探索の再依頼をしてくれたことに、お礼を言う。

「いえ、これぐらいは何でもありません。何か収獲はありましたか?」

 セリアさんに聞かれたので、僕は一部始終を話すことにした。彼女は身を乗り出しつつ、熱心に聞いてくれた。

「……で、これがザフィルの研究メモ? みたいなやつです」

 羊皮紙を見せた。セリアさんはパラパラと一通りめくってから苦笑して、すぐ僕に返してくれた。

「私の手に余る代物なのは、理解しています。リオさんが活用してくださるなら、それが一番いいでしょう。私はあのザフィルの本の内容を、半分も理解できませんでしたから」

 まぁそれは仕方ない。セリアさんの専門とはまったく別だから。

 むしろ理解されてしまったら、僕の立つ瀬がないというか。

「それよりも、その魔法生物ですが……」

 セリアさんが話題を変えた。

「あ、はい。僕もそれを聞きたくて」


 魔法生物の使用には申請と許可が必要だ。でもリファの場合、僕以外の人の目に見えないので、申請が必要なのかどうかわからなかった。

 セリアさんはリファのいるあたりに視点を定め、隠蔽魔法を見破るための魔法を使う。でも反応しなかったようだ。しばらくしてから、諦めた様子で首を横に振った。

「確かに何も見えませんね……視認できないと申請の根拠がないので……とりあえず、申請なしでいいです」

 え、それでいいんだ。なんかもっと鑑定されたり、面倒なことになるかと思ってた。

 ふと見れば、セリアさんが苦笑している。ものすごく顔に出てしまったみたいだ。気まずい。

「ただし、もしリオさん以外の人も視認できるようになったら、申請してくださいね」

 なるほど。見えなければいいのか。

「だってさ、見えるようになるなよ」

 今も足元で伏せているリファに向けて言ってみる。こいつ、言葉こそ話せないけど、僕の言ってることは全部理解してそうなんだよね。

 リファは耳をこっちに向けるだけ。興味がないということかな。

 セリアさんは僕の様子を見て、うっすらと微笑む。以前はこの微笑みが怖かったけど、不思議なことに、今は知的で優しい微笑みに見えた。

「アルメス師の後継者として、あなたほど相応しい人もいなさそうですね」

 え、なんで。どうしてそうなるの?

 意味がわからず、僕は混乱するばかり。セリアさんも、その意味を教えてくれなかった。


 ******


「それで、遺跡と虚鉱石の調査結果なのですが」

 デスクから、セリアさんが羊皮紙の束を取り出した。

「遺跡については、やはりわかりませんでした。少なくとも現王国の存続範囲内では、情報がありません」

 羊皮紙をめくりながら、セリアさんが言う。

「ということは、旧王国のものなんですね、やっぱり」

「おそらくそうでしょう」

 旧王国が【大破壊】で消滅した後、生き残った数少ない旧王国の人たちが集まり、再建されたのが現在のアルセリウム魔法王国。ただこの再建者たちは【大破壊】の時に国を離れていた人たちばかりだったらしく、結局【大破壊】の詳細はわからずじまいだ。

 伝わるところによると、初代国王は唯一【大破壊】を目撃しているという話だけど、これは後世の創作かもしれない。初代国王の偉業を盛るのは、どの国、どの時代にもあるだろうし。


「虚鉱石の産出地域については、国が管理していますので、情報があります」

 デスクに広げられた魔法王国の地図に、印がつけてある。この印が、虚鉱石が採れる場所なんだろう。

 ……あれ? 思わず首をかしげる。

「なんか妙に、街道に沿ってますね……?」

「そうなんです。さらに言えば、人口の多い地域ほど産出量が多いですし、同程度の人口の場合、古い街道筋で産出量が多い傾向があります」

 えぇ……? どういうことだろう……。

「まるで虚鉱石が人を追っているような……?」

「やはりリオさんもそのように思われますか……」

 セリアさんが大きくため息をついた。

「この分布になっている理由は、わかっていません。一部では【大破壊】の時、ザフィルが旧王国の人々を殺すために追いかけた跡なんじゃないかと言われていますが……根拠はないですね」

「……なるほどー」

 ザフィル云々は妄想の域を出ないけど、そう考えると辻褄が合わなくもない。

 遺跡の骸骨たちが、ザフィルに殺された人々の一部なんだと言われれば、まぁそうかもと思えてしまうのと、同程度の感覚だ。

「おい、どうなんだよ」

 僕はリファを足先でつついたが、リファは素知らぬ顔。何も聞いてませんよという雰囲気で、アゴまでべったり床につけて、本格的にくつろぐ素振りだ。

 お前、もしかして真相を知ってるんじゃないか?


 ******


 セリアさんとの会談も終わり、周囲はすっかり夜になっていた。

 夜になると肌寒い。外套を掻き合わせて、僕は大通りを歩く。数歩後ろから、リファがちょこちょことついてくる。

 店や家の明かりがあちこちから漏れているとはいえ、歩くには暗い。だから魔法の明かりを灯すことにした。

 この程度の消耗なら、魔力だけでいいだろう。魔法税の節約にもなるし。

 今までは魔素(マナ)を使わないなんて考えもしなかったけど、やってみると魔力だけでも案外いけることに気付いた。これはザフィルの影響だなぁ。


 魔法の明かりに照らされて、僕の影が長く伸びた。

 一方のリファには影がない。実体がないんだから当然なんだけど、何だか不思議な気持ちだ。

 触るとフワフワなくせに。


 僕の懐はしばらくは温かいだろう。ガルムたちも、懐に余裕があるうちは仕事を請けないだろうから、しばらくはゆっくりできそうだ。

 せめて懐が寒くないうちに魔法の研究を進めたいけど……すぐ赤字になるんだろうなぁ、こわいこわい。


 目指すは修復魔法に魔素を差し込む方法の確立と、その他ザフィルの遺した様々な術式の現代化。

 葬り去られた偉大な功績の上に、小さな石ころを載せる作業。きっと一生かかっても、たいした成果にはならないんだろう。

 たいした成果にならないのにやろうとするなんて、今までの僕では考えられない。費用対効果を考えるのが一番大事だと思ってたのになぁ。


 手に羊皮紙の束、足元にリファ。図書館には秘密の本棚。

 それらに影響されて、今までとはまったく違うものを見るようになった。

 世界を見る目が変わった。


 でも世界はきっとそのままだ。

 宿のスープは変わらず安くて薄いし、パンはカチカチ。魔法税も変わらないから、僕はいずれ税金に泣く日々に戻るだろう。


 きっとそういうものなんだろうなぁ。

 あーあ、世界ってやるせない。

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