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第1話 魔法使いは赤字に嘆く

 とある魔法使いの放棄された研究室。

 捨て置かれ、適切な処理を受けなかった廃棄物がぐちゃぐちゃに入り混じって、よくわからないグズグズの魔法生物もどきになった。

 その<もどき>の処分を頼まれたのが、僕らなんだけど。


 武器が効かない。

 魔法攻撃も効果が薄い。

 武器に一時的な魔力を与えるて攻撃するのは、魔法攻撃よりも少しマシだった。

 今のところ互角に戦えているけど、いずれジリ貧になるのは明らかだ。

 となると、手段はひとつしかないんだけど……。


「リオ、早く崩せ!」

 うちの前衛を担う戦士ガルムが、<もどき>の尻尾または触手のような何かを盾で受けながら、叫ぶ。

 受け止めた勢いで粘液のようなものが四方に飛び、ジュッと石造りの床を焼いた。酸か何かだろうか。こわい。

「赤字になるんだけど!」

 粘液を避けるために数歩退きながら叫び返すと、僕の横にいた神官のルミアナが信じられないという顔をする。

 ガルムはイライラした声で僕に言い返してきた。

「知るかよ! 体を張ってるのはこっちだぜ!」

 ああもう、仕方ない!

 僕はローブの内側から、糸で綴った紙の束を引っ張り出した。

 上から3枚目の紙を破り取り、魔力をしっかり含ませて術式を送り込んだ。特殊な加工を施された魔紙は、一般的な紙なんて比べ物にならないぐらい魔力を溜められる。さらにこいつは魔素マナも練り込まれている上物だ。

 その分高価なんだけど、使うしかなさそうだ。

「いくよ!」

 魔紙を頭上高く掲げると、ガルムは半歩横に移動した。と同時に、僕の背後から飛んできた矢が魔紙をさらい、美しい放物線を描いて魔紙もろとも<もどき>に突き刺さる。

<もどき>は魔紙が触れたとたん、ピタリと動きを止めた。

「終わったと思うよ、多分ね」

 僕は<もどき>の目の前まで行き、ちょっと強めにカカトで蹴飛ばす。<もどき>はその衝撃で、ザラザラと粗い砂利のように崩れた。

 どうやら狙いどおり、こいつを構成している魔法構造をバラバラにできたみたいだ。

 やれやれ、これで本当に赤字だ。

「赤字分、ガルムの取り分からも補填するからね」

 万一に備えて横で警戒してくれていたガルムの背中を、バンと叩いた。

「はぁ!? おかしいだろ!」

 元々声量のあるガルムが、隣で吼える。体格の良さと相まって熊みたいだ。

「ガルムの要望で使ったんだから、仕方ないでしょ」

「命で稼いだものすら取られるのかよ。やってらんねぇ」

「その文句は国に言ってほしいんだけど」

 僕だって好きで赤字になってるんじゃない。国の制度が悪い。

「私の報酬からも引いてくれていいですよ」

 穏やかな声で、神官ルミアナがこっちに向かってきた。

「仲間なのだから、分かち合いましょうよ」

 ニコニコ微笑むルミアナ。そりゃあルミアナは僕の悩みとは無縁だからいいよね、と僻みの言葉が口から出かけたけど、あわてて飲み下した。

「まぁまぁ。そんな悩みは後回しにして、売れるものがないか探そうよ」

 足取りも軽く、背後から声をかけつつ近寄ってきたのが、斥候のフィーネ。僕の魔紙を矢で射ったのが彼女だ。飛び道具がめっぽう上手くて、金目のものにも目がない。

 現実の問題として、フィーネの言うことはもっともだ。少しは赤字を補填できる何かが見つかるかもしれないし。

 討伐後の家探しは僕らの権利だ。しっかり使わないともったいない。


 ******


「いやぁ、お宝まったくなかったね! びっくりした!」

 フィーネがケラケラ笑いながらエールをジョッキであおった。

 仕事が終わって報酬を受け取り、僕らは今、冒険者ギルドに付属する酒場で早めの夕食をとっている。

 僕の前には、この酒場で一番安い食事セット、つまり、水で限界まで薄められたスープと、噛み砕けないほどカチカチのパンがある。

 僕はスープにパンを丸ごと突っ込み、水分を吸って柔らかくなるのを待つ間に、収支計算をしている。


 それにしても、びっくりするほど何もなかった。

 放棄された研究室だから大した期待はしていなかったけど、それでもこれほど何もないのは珍しい。

 どうやら研究室を使っていた魔法使いは、ゴミ以外全部持って行ってしまったようだった。

 ルミアナは既に宿の部屋に引き上げている。彼女は酒を嗜まないから、食事をしたらさっさと寝てしまうのが常だ。


 本日の決算。僕は赤字確定、ガルムは僕がしっかり赤字にしてやった。ルミアナはお言葉に甘えて少し黒字。しっかり黒字になったのは、目の前で豪快に飲み食いしているフィーネだけだ。

「報酬は悪くない額だったはずなんだけどなぁ……」

 魔紙を使わなければ黒字だったのに。僕に魔紙を使えと言った張本人のガルムは、僕の隣で大きな体を小さくして、ちびちび舐めるように無言でエールをすすっている。あまりにも格好悪い姿だけど、赤字だから仕方ない。

 収支計算が終わったから、税金計算に移る。めんどくさいけど、早くやってしまわないと、とんでもないことになる。

「それが今回の税金?」

 僕が自分の財布から取り分けた銀貨を見て、フィーネが顔をつっこんできた。

「そう。これを払わないと罰金とか強制労働とか、とにかく酷いことが待ってる」

 僕だって払いたくないよ。税金のせいで全然金が貯まらない。

「でもさ、ルミアナは非課税なんでしょ? なんでリオばっかり支払いがあるの?」

「ルミアナは神官だから非課税。僕は魔法使いだから課税対象なんだってさ」

「……たぁいへんだぁ〜」

 これ以上関わるとロクなことにならないと思ったのか、フィーネがあからさまに話題を中断させた。


 この国、魔法王国アルセリウム最大の特徴だ。

 魔法は課税される。


 魔力は個人の才覚だが、魔法を使うのに欠かせない魔素(マナ)は世界にあまねく存在するもの。

 つまり、公共物だ。

 公共物を用いて使われる魔法は、社会に還元されるべきである。


 というのが、魔法税の理屈らしい。

 取られる側としてはやってられないんだけど、魔法税を払わないとこの国で魔法使い業はできない。


「ということで、計算終わり。これがルミアナの取り分だから、渡しておいて」

 パンとスープを一緒に口の中に放り込み、フィーネにルミアナの報酬を渡して、僕は席を立った。

 スープは相変わらず水みたいな味だし、パンは不快極まる酸味が実に独特だ。まぁ安いし、仕方ないんだけど。

「今から行くのかよ」

 ガルムが地獄の底から絞り出すような、沈痛な声を出した。

 手に入るはずだった金を横から持っていかれたような気分なんだろう。不満しかなさそうだ。

「まだギリギリ間に合いそうだからね」

 僕だって納税なんてお断りだ。できることならこのまま逃げてしまいたいけど、そうもいかない。

 外套を羽織って、僕は酒場を出た。

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