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第37話

「ぐはぁぁぁ……っ、もう無理、死ぬ……。一日中、代わり映えのしない連中の顔を見るなんて、どんな拷問だよッ。……ッチ、ッチ、ッチ!!」


 謁見の間での激務を終え、俺たちは這うようにして書斎へ戻り、ソファにその身を投げ出した。

 聖典国の使者が去った後も、休む間もなく東の小国群から次々と使節が押し寄せたからだ。彼らは一様に、ユグラディアの魔石という利権に群がり、あるいは魔王軍の脅威から逃れるための「盾」を求めて、卑屈な笑みを浮かべながら同じような懇願を繰り返した。


「本当ですわ! あんなにも小国が乱立しているなんて聞いてませんわ。……ああ、肩が凝ってしまいました。レオン様、いっそあんな有象無象、全部まとめて支配してくださればよろしいのに」


 リリティアがドレスの裾を乱暴に払いながら、不満げに口を尖らせる。


「支配か。……口で言うほど容易いことではないぞ。あの小国共が、なぜあの程度の規模で独立を保っていられるか、考えたことはあるか?」


「……あいつらが、しぶといからですか?」


「軍事力だ」


 俺は背もたれに頭を預け、天井を仰いだ。


「あいつらは狭い国土を守るためだけに特化した、異常に強力な防衛軍や独自の魔導兵器を持っている。簡単に攻め落とせるなら、今頃セントリアかどこかが一飲みにして、一つの巨大な国家になっているはずさ」


「力でねじ伏せられないから、みんなで仲良く小国ごっこしてるってわけか」


 ナギが不機嫌そうに鼻を鳴らす。だが、俺の意識はすでに別の場所へと飛んでいた。


「……魔王軍、か。そろそろ『種』を蒔いた成果が出る頃だな」


 俺は目を閉じ、意識の深淵にある特定の対象へ向けて、精神の糸――『念話』を飛ばした。


『ネムム。……聞こえるか。順調に進んでいるか?』


 刹那、脳内に弾けるような、狂喜に満ちた声が響き渡った。


『――レオン様!! ああ、レオン様っ! ずっと、ずっとお待ちしておりましたわ! 貴方様からの念話を、一分一秒たりとも欠かさず心待ちにしておりましたの!』


 耳元で叫ばれているような、あまりの熱量に俺は思わず眉をひそめた。ネムム。かつて俺がテイムし、魔王軍の奥深くへと送り込んだ「最愛のスパイ」だ。


『……報告を聞こう。今、お前はどこにいる』


『はいっ! 貴方様のご要望通り、魔王軍の階級を駆け上がらせていただきました! 現在、魔王軍第六位幹部、通称「深淵の魔女」の座を射止めましたわ。魔王軍の動向、兵力、そして幹部たちの能力……すべて、このネムムが把握しております!』


「……本当かッ!」


 思わず、現実の口から声が漏れた。

 それを見ていたナギやシホが、「え? 何?」と驚いた顔をするが、構っていられない。

 魔王軍の幹部。それは数万の魔族を束ね、世界を滅ぼさんとする災厄の一端だ。そこに俺の「支配」が及んでいるという事実は、もはやチェックメイトに近い。


『よくやった、ネムム。時間が空いたら一度帰ってこい。……相応の褒美をやる』


『――っ!! ほ、褒美!? 楽しみにしておりますわぁぁ!! レオン様、レオン様、愛しておりますぅ……っ!!』


 歓喜の絶叫と共に念話が切れた。彼女の忠誠心(という名の狂愛)は、離れていても恐ろしいほどだ。


 俺はゆっくりと目を開け、口角を大きく吊り上げた。


「……フフ、クククッ。ははははは!!」


「……わぁ。レオン様、すっごく悪い顔してる。……これ、また誰かが酷い目に遭うやつだね」


 リリティアが呆れたように、しかしどこか期待に満ちた目で俺を見つめる。


「ええ。でも私は、この顔をしている時のレオンが一番好きよ。……ねえ、何をするつもりなの? その邪悪な計画に、私も混ぜてくれる?」


 シホもまた、頬を染めながらうっとりと笑い、俺の膝に手を置いた。


「いよいよ、世界征服に向けて駒を動かす時が来た。……東の小国、魔王軍、そしてセントリア。すべてを俺の盤上で踊らせてやる」


「ッチ。……」


 ナギがいつものように舌を打つ。だが、彼女の瞳には、抗いがたい支配者のカリスマに対する、拭い去れない畏怖が宿り始めていた。

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