第36話
フォレストリア大陸の中心に、その「異形」は突如として現れた。
天を衝く巨大な世界樹――それを中心軸に、精密な円を描いて発展した魔導都市。周囲を囲むのは、エルフの木工技術と土魔法によって短期間で築かれた強固な城壁だ。さらにその外側を、迷いの術式を組み込まれた深い森が守護している。
一国の首都であり、国そのもの。規模こそ小国だが、わずか一ヶ月足らずでこの水準の都市を組み上げた事実は、既存の国家からすれば脅威でしかない。
唯一の入り口は、森を貫く一本の整備された街道。そこには厳重な結界が張られ、許可なき者の侵入を物理的に拒絶している。
俺は今、世界樹の頂上に聳える城、その広大な王座の間に座っていた。
視界の先には、入り口から俺の足元まで続く真紅のレッドカーペット。その両脇には、今日のためにドレスアップした俺の「信徒」たちが整列していた。
普段は無骨な戦闘服を好むシホも、今日は豪奢な白のドレスに身を包んでいる。彼女は「私の姿を見て!」と言わんばかりに、上気した顔でチラチラと熱い視線を送ってくる。……あえて無視してやると、彼女は切なげに眉を下げた。
「……ッチ、ッチ、ッチ……。反吐が出るね。こんな茶番に、なんであたしまで着飾らなきゃいけないんだよッ」
俺のすぐ隣に立つナギも、嫌々ながら淡いピンクのドレスを着せられている。不機嫌そうに舌を打つ音が、玉座まで絶えず聞こえてきた。彼女たちには、「来客への一切の攻撃禁止」を絶対命令として下してある。
やがて、重厚な扉が開かれた。
「――セントリア王国よりの使徒、および豪商ダルマル殿、入室!!」
現れた人物を見て、王座の間に緊張が走った。
使者の先頭を歩いてくるのは、輝く銀の鎧を纏った少年。その腰には聖剣が揺れている。
「セントリア王国が使者、勇者ノア……ここに」
勇者が来たことに、シホたちの瞳に殺気が宿る。
ノアと、その後ろで揉み手をする肥満体の男、豪商ダルマルがカーペットの上で膝をついた。
「拝謁いたします、ユグラディア王レオン陛下。セントリア王国は、貴国の独立、および建国を正式に認めるとの親書を預かって参りました」
ノアが事務的に述べた後、ふと顔を上げた。その瞳には、かつての仲間に対する複雑な色が混じっている。
「……それにしても、驚きましたよ。つい一ヶ月前まで、セントリア王に仕えるSランクパーティー『我欲の権化』のリーダーだったあなたが、今や一国の王とは。これはいったい、どういう冗談なんです?」
「ククッ……。冗談? いや、ただの昇進だ。前の職場よりも、今の椅子の方が座り心地が良くてな」
俺が鼻で笑うと、ノアは深い溜息をついた。
公式な書状のやり取りを終え、ノアは意味深な一瞥を俺に投げて退室していった。かつてのリーダーが「敵国の王」となった事実を、彼がどう飲み込んだのかは興味がない。
「さて……ここからは商売の話だ。顔を上げろ、ダルマル」
残された豪商が、冷や汗を拭いながら俺を見上げた。
「我々ユグラディア王国は、各国へ魔石を輸出する。だが、相手は選ばせてもらう。各国につき、取引をする商人は一人のみ。独占契約だ」
ダルマルの目が、欲でぎらりと光った。
「独占……デスか? それは、他の商人を排除して、私一人に利益を集中させてくださると……?」
「その通りだ。他国のどんな鉱山から採れる石よりも、我が国の魔石は純度が高い。それは事前に送った試作品で理解しているはずだ。……独占権を与える代わりに、お前は我が国の『手足』として動いてもらう。……当然、引き受けてくれるな?」
「い、イエス! もちろんでございますデス!!」
「……もし断るというなら、他の者を探すだけだが」
横に控えていたシホが、スッ……と腰の剣をわずかに抜いた。鞘から放たれる抜刀直前の冷たい音が、ダルマルの背筋を凍らせる。
「ヒィッ! 滅相もございませんデス! 今後とも末長く、ご贔屓に、ご贔屓にお願いいたしますデス!!」
ダルマルは床に額を擦り付けるようにして胡麻を擦り、満足げに去っていった。これで経済的な「首輪」の一つを繋いだ。
だが、休む暇はない。
ダルマルが去って間もなく、控えていたエルフが慌ただしく入室してきた。
「陛下! 別の国の使者が到着いたしました! ――『聖教国』から分離独立した、聖典国の使節団とのことです!」
俺はナギの舌打ちを背に受けながら、不敵に口角を上げた。




