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第32話

 世界樹の頂上、雲を割るように聳え立つ白亜の城。

 樹の幹を垂直に貫く巨大な「箱」。それは、エルフの木工技術とラフィーネの魔導理論、そして俺の支配を象徴する「魔導昇降機エレベーター」だ。


「さあ、レオン様。こちらへ」


 操作盤の前に立つイリスが、恭しく扉を開ける。この昇降機は俺のテイム下にある者、あるいは俺が直接許可した側近のみが扱うことを許された特権だ。操作盤に掌を当て、微かなマナを流し込むと、複雑な紋様が脈動するように光を放ち、重力魔法を応用した機構が静かに、それでいて凄まじい速度で下降を始める。


「……フン、中々の速度だ。ゾナンの時代には考えられん合理性だな」


「ええ、すべては貴方様のため。無駄な時間を一秒たりとも過ごしてほしくありませんもの」


 窓の外を飛ぶように過ぎ去る世界樹の巨躯を見つめながら、俺たちは地上へと降り立った。


 昇降機の扉が開くと、そこには二週間前までの静まり返った森の里などは微塵も存在しなかった。

 目抜き通りは、緻密に計算され舗装された石畳が続き、その両脇には色とりどりの果実や織物、魔導具を扱う出店が所狭しと並んでいる。


「レオン様!」「我らが王、レオン様万歳!」


 大通りを歩く老若男女のエルフたちが、俺の姿を見るや否や一斉に跪き、あるいは歓声を上げる。フォレストリア大陸全土から「生活の保証」と「絶対的な王」の噂を聞きつけ集まったエルフは、いまや数千規模に達していた。


 その中には、これまでこの森では絶滅危惧種扱いされていた男エルフの姿も散見される。だが、男女比は依然として女が圧倒的に多い。


 俺は彼らに無償で衣食住を提供している。それは慈悲ではない。彼らという「資源」を最大限に活用するための先行投資だ。


「……イリス、この活気は及第点だ」


「もったいないお言葉ですわ、レオン様。彼女たちは貴方様に捧げるための『労働』に、今や至上の悦びを見出しておりますから」


 ◇


 一行は、街の外れに設けられた広大な魔導訓練場へと足を運んだ。

 そこでは五十名ほどのエルフたちが、ラフィーネの鋭い怒声の下、必死に魔法の行使を繰り返していた。


「ラフィーネ、進捗はどうだ。使い物になる奴はいるか?」


 俺の問いに、ラフィーネは額に光る汗を拭いながら歩み寄る。その足取りには、指導者としての厳格さと、俺への深い愛着が入り混じっていた。


「……マナの総量に関しては、流石の一言です。人間界の宮廷魔導士ですら足元に及ばない資質を持つ者がゴロゴロいます。ですが、実戦経験が致命的に足りていません。マナを練るのが遅い、詠唱に無駄が多い、そして何より戦場での胆力が足りません」


 ラフィーネは不満げに吐き捨てた後、不意に視線を訓練場の片隅へ向けた。


「……ですが。一人だけ、面白い老骨が紛れ込んでおりました」


 彼女が指差した先。そこには、背を丸めた一人の老いた女エルフが、微動だにせず空中に浮かぶ標的を見つめていた。


「ワルツ」と名乗ったその老女。彼女は里の平穏に安住せず、大陸中を渡り歩き、対人、対魔族、あらゆる実戦を潜り抜けてきた放浪の魔法使いだという。


「彼女は、私と同じ『無詠唱魔法』の使い手ですわ。年齢ゆえに魔力の爆発力は落ちていますが、術の精度と構築速度は本物。おそらく、この国で私とまともに魔法戦ができるのは彼女くらいでしょう」


「……ワルツか向こうこう前線に出すには惜しい人材だな」


「ええ。ですからレオン様、彼女を『魔法教官』として学院の重鎮に据えるのはいかがかしら。彼女の魔法は極めて基礎に忠実で、論理的。無知な娘たちに無詠唱の極意を説くには、これ以上ない人材ですわ。それに……」


 ラフィーネが俺に寄り添い、耳元で熱っぽく囁く。


「……教え子を彼女に押し付ければ、私の手が空きます。そうすれば、四六時中レオン様のお世話ができますもの」


「……ハッ、合理的だな。許可する。ワルツを教官に任命しろ」


「ありがとうございます、レオン様! ……それにしても……」


 不意に、ラフィーネの纏う空気が鋭利な刃物のような殺気に変わった。

 彼女の視線の先には、後ろで薬指に嵌めた魔石の指輪をキラキラと光らせ、これ見よがしに「お兄様の愛……」「レオン様の匂いが染み渡る……」とうっとりしているリリティアとイリスがいた。


「……あの指輪。そこから感じるマナの残滓、間違いなくレオン様のものです。……レオン様、私というものがありながら、その泥棒猫二人に先に贈り物をしたのですか……?」


 ラフィーネの声は、地獄の底から響くような怨嗟に満ちていた。

 次の瞬間、彼女の華奢な体から物理的な衝撃波を伴う膨大なマナが噴き出し、訓練場の地面がピキピキと凍りつき、あるいは爆ぜ始める。


「私を差し置いて……許さない、許さないわ……っ!!」


 訓練中のエルフたちは「ヒッ……!?」「ラフィーネ様が壊れた!」「レオン様、早く、早くあの人を止めて!」と阿鼻叫喚の声を上げている。


「落ち着け、ラフィーネ。お前がそんなに強欲だとは思わなかったぞ」


 俺は懐から、一際豪華な装飾が施された魔導ネックレスを取り出した。


「お前には、以前欲しがっていた特別なやつを用意してある」


「……っ、これは?」


 ラフィーネの殺気が霧散し、潤んだ瞳でそれを受け取った。中心の魔石にマナを込めると、そこからあらかじめ俺が丹念に魔力を込めて「収録」しておいた声が響く。


『――よく頑張っているぞ、ラフィーネ。お前の忠実さは評価している』

『お前が欲しい。俺の傍から離れるな』

『……今夜は、お前の頭を撫でてやる。楽しみにしておけ』


「……っ!! あ……あ、あああああああ!!」


 ネックレスから漏れ出る俺の声――それも、普段は絶対に見せない甘いニュアンスを含んだ言葉に、ラフィーネの精神は限界を突破した。

 彼女の顔面は一瞬で熟した果実のように赤く染まり、その体内から抑えきれないマナが爆発。


「レオン様ぁぁぁぁぁ!! 私、今すぐ死んでもいいですぅぅぅぅぅ!!」


 絶叫と共に放たれたマナの奔流が訓練場を更地に変えんばかりの勢いで吹き荒れ、直後、当のラフィーネは幸せそうな笑みを浮かべたまま、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「……全く。手の焼ける女だ」


 俺は、地面に激突する寸前だった彼女の身体を、無造作に「お姫様抱っこ」で受け止める。


 背後では、「ずるい! 私たちにもその声を聴かせなさい!」「そのネックレスを奪いなさいリリティア!」と騒ぎ立てるイリスたちの声が聞こえるが、もはや構うのも面倒だ。


 ユグラディア王国の魔導軍は、この狂熱と新たな教官の手によって、世界を震撼させる刃へと鍛え上げられていくだろう。


 俺は腕の中でぐったりと、しかし恍惚とした表情を浮かべるラフィーネを抱えたまま、更なる覇道の歩みを進めた。


――だが。

その喧騒から離れた大樹の影で、鋭い視線を向ける一人の女がいることに、この時の俺はまだ気づいていなかった。

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