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第31話

 世界樹の攻略から数日。ゾナンという膿を出し切ったこの森は、今や静寂と、そして俺という新たな主への狂信的な熱気に包まれていた。俺は王座の間へ、シホ、ラフィーネ、リリティア、イリス、そしてエルマら主力を招集した。


 俺が玉座に深く腰掛け、眼下の彼女たちを見据えて口を開く。


「ゾナンを排除したのは、あくまで始まりに過ぎん。俺の目的は、この森を揺籃ようらんとして世界を掌握することだ。……そのために、この新生『ユグラディア王国』に三つの繁栄の柱を立てる。文化、軍事、そして経済力だ」


 俺の言葉に、彼女たちは一様に背筋を伸ばし、一言も漏らさぬよう耳を傾ける。


「まずは、この森の文化水準を劇的に向上させる。エルフ共の生活はあまりに原始的だ。まずはセントリア王国と同等、あるいはそれ以上の生活レベルまで引き上げろ。衣食住の安定こそが、支配をより強固にする。……イリス、お前に任せる。この森を理想郷へと作り替えろ」


 イリスが優雅に、しかしどこか艶めかしい動作で膝をついた。


「ふふ、承知いたしましたわ、レオン様。野蛮な森の娘たちに、貴方様に捧げるに相応しい、洗練された生活と悦びを教えて差し上げます。……まずは、レオン様の像を里の広場に建てることから始めましょうか」


「次に教育だ。無知な民は使い勝手は良いが、効率が悪い。俺の理想を理解し、かつ高度な技術を扱える知性を持たせろ。教育の担当はリリティア、お前だ。王女として受けてきた高度な帝王学と知識を、この国の民に叩き込め」


 リリティアが誇らしげに胸を張る。


「わたくしにお任せくださいませ。レオン様がどれほど素晴らしく、そしてレオン様に支配されることがどれほどの幸福か……その真理を、幼子の脳裏にまで刻み込んであげますわ。それがこの国における、最高の『教育』ですもの」


「次に軍略だ。フォレストリア大陸全土に散らばるエルフ共を集めろ。『ユグラディアに来れば、死ぬことのない安定した生活を保証する』と触れ回れば、支配を求める連中は勝手に集まる。……その中から適正のある者を選別し、魔法軍隊を組織する。ラフィーネ、指導はお前だ。全兵士に、お前の召喚魔法の基礎を叩き込め」


 ラフィーネが魔導書を胸に抱き、知的な、しかし狂気を孕んだ瞳で微笑む。


「……光栄ですわ、レオン様。私の召喚術式を簡略化し、数で圧倒する魔導軍団を作り上げましょう。レオン様が指を鳴らせば、万の召喚獣が世界を焼き尽くす……そんな光景、想像しただけでゾクゾクいたしますわね」


「最後は経済力だ。この国には『世界樹』という最強の資源がある。ここから産出される高純度の魔石を、俺の力で大量生産させる。これを隣国へ売りつけ、外貨と物資を吸い上げる。魔法が文明の根幹である以上、魔石を握る者は世界の首輪を握るも同然だ」


 俺の計画を聞き、エルマが恍惚とした表情で身を乗り出す。


「さすがレオン様です……。力で奪うだけでなく、世界をユグラディアなしでは生きていけなくするのですね……! 私、その魔石の流通路を確保するために、商隊の護衛やルートの選定でお役に立ちたいです!」


「ああ、お前たちの忠誠と働きには期待している。……ユグラディア王国は、ただの国ではない。世界を飲み込むための巨大な『支配の装置』だ。俺の覇道のために、その力を尽くせ」


 俺の言葉が終わると同時に、その場にいた全員が、まるで一つの生き物のように美しく、深い敬礼を捧げた。


「「「御心のままに、我が主!!」」」


 こうして、森の静寂は完全に終わりを告げた。

 魔導の咆哮と、発展の槌音、そして支配を称える賛美歌が鳴り響く、ユグラディア王国の進撃が始まったのだ。


 ◇


 ユグラディア建国の宣言から二週間が経過した。

 俺は今、世界樹の頂上に新たに築かれた豪勢な城の、黒金で縁取られた玉座に深く腰掛けている。窓の外を見下ろせば、かつての閉鎖的な森の集落は跡形もない。そこには整然とした街並みが広がり、活気に満ちた「王国」の胎動が聞こえてくる。

 俺は傍らに控える二人の女、イリスとリリティアに視線を向けた。


「国の様子はどうだ。俺の望み通りに進んでいるか」


 俺の問いに、まずイリスが艶やかな笑みを浮かべて一歩前へ出た。


「ええ、レオン様。望まれるがままに発展させましたわ」


 彼女は自信に満ちた表情で胸を張る。その豊満な曲線は、隣に立つリリティアのそれを遥かに凌駕する圧倒的な存在感を放っていた。リリティアは一瞬その胸元に視線を落とし、屈辱に下唇を噛みしめながらも、負けじと報告を継いだ。


「世界樹の麓の市街地は、すでにセントリア王国の王都と同等、あるいはそれ以上の水準に達しております。土魔法に適性を持つエルフたちを休む間もなく酷使し、一気に基盤を組み上げさせましたから」


「中央広場に建立したレオン様の巨像には、毎日のようにエルフたちが列をなし、祈りを捧げておりますわ。彼女たちの目に宿るのは、もはや恐怖ではなく、救済への歓喜です」


 イリスの言葉に合わせるように、リリティアが補足する。


「生活魔法の普及により、家事や衛生面も劇的に改善されました。……そして、教育機関としての『ユグラディア王立学院』も昨日開校いたしました。全エルフに魔法学、歴史学、そして何より……レオン様への絶対忠誠と感謝を教え込む場です。現在、その一期生の募集を始めたところですわ」


 二人の報告は完璧だった。この短期間で、原始的な里を近代的な魔導国家へと変貌させた彼女たちの手腕は、称賛に値する。

 ふと見れば、二人の目元には微かな隈があった。


「レオン様……私たちは、それはもう頑張りましたわ」


 イリスが潤んだ瞳で俺を見つめる。


「この二週間、片時も休まず、不眠不休で貴方様のために働きました……。もう、私は倒れてしまいそうですわ」


「わたくしも……。これほどまでに心血を注いだのは、人生で初めてです……」


 リリティアがそっと俺の右手を握りしめ、縋るような声で呟いた。


「……お兄様……。どうか、わたくしたちに労いを……」


 イリスも負けじと、俺の左腕を抱きかかえるように掴み、自らの豊かな胸を押し付けてきた。

 二人の熱っぽい視線が俺に突き刺さる。甘えるような、それでいて深い渇望を孕んだ眼差しだ。


「……二人とも、よくやってくれた。しばらくは休んでも構わん」


 俺はそう言い、懐から二つの小箱を取り出した。


「褒美だ。受け取ってくれ」


 差し出したのは、銀色の台座に、世界樹の麓で採取された中でも最上級の魔石を嵌め込んだ指輪だ。マナを込めると、内側から透き通るような淡く美しい光を放つ逸品である。


「「……っ!?」」


 二人は息を呑み、震える手でそれを受け取った。

 俺が彼女たちに、物質的な「贈り物」をするのはこれが初めてのことだ。


「レオン様から、贈り物を……? ああ、美しい……」


 イリスの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。


「……マナが、レオン様の温もりのように光って……」


 リリティアもまた、指輪を愛おしそうに胸に抱き、声を震わせた。


「嬉しい……。一生、いえ、死んでも離しませんわ……!」


 しかし、感動の時間は長くは続かなかった。

 イリスが指輪を指にはめ、うっとりと眺めながら口を開く。


「……ついにレオン様が結婚していただけるなんて。このイリス、正妻として粉骨砕身いたしますわ」


「何を言っていますの!?」


 すかさずリリティアが猛反発した。


「わたくしにくださったこの指輪こそ、王女であるわたくしを王妃として迎えるという結婚指輪ですわ! イリスのは、ただの労いのアクセサリーでしょう!?」


「なんですって? 私のはこの胸のように大きく輝いていますわ。これこそが愛の証です!」


「大きさなど関係ありませんわ! 格式と気品こそが正妻の証です!」


 今しがたまで手を取り合っていた二人が、一瞬で険悪な火花を散らし始めた。俺は溜息をつき、玉座の背もたれに体を預ける。


「……勘違いするな。どちらも結婚指輪ではないぞ。ただの、よく働いた配下への賞与だ」


 俺の言葉に、二人は一瞬だけ硬直したが、すぐにまた互いを睨みつけ、指輪をこれ見よがしに自慢し始めた。俺はそれを無視して目を閉じる。


 ユグラディア王国は、着実に俺の理想へと近づいている。

 次は、この力を外の世界へ知らしめる番だ。


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