第30話
「あ、あああ……やめろ、来るな! 来るなと言っているんだぁぁ!! 離せ、ボクは王だ、王なんだぞっ!!」
広場の中央。何も見えぬ暗闇、己の流した血の臭いと土埃に塗れながら、ゾナンは無様に地面を掻き毟っていた。彼を取り囲むのは、数百人のエルフたち。かつて彼が「家畜」と蔑み、玩具のように弄んできた女たちだ。
彼女たちの瞳には、もはや一滴の慈悲も残っていない。ただ、どす黒く煮え繰り返る復讐の炎だけが、静かに、しかし確実にその身を焼き始めていた。
この世界の魔法は実に簡素な理で成り立っている。己の内に眠るマナを、正しい文言――詠唱によって変換し、事象として出力する。高度な精神干渉などは不可能だが、ただ「燃やす」だけであれば、子供でも可能だ。
「「「――焼き尽くせ」」」
数百人の声が重なり、一つの巨大な「呪い」となって空間を震わせた。
詠唱が完了した直後、ゾナンの足元から噴き上がったのは、通常の火炎魔法ではあり得ないほど高温の、透き通った「青」の業火だった。
「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああ!! 熱い、熱い熱い熱い熱いッ!! 助けて、誰か助けてくれぇぇ!!」
最も苦痛の強い死に方は焼死だと言われている。全身の皮膚が炭化し、神経が剥き出しになり、肺の中まで熱風で灼き焦がされる地獄。ゾナンの瑞々しかった肌は瞬時に赤黒くただれ、脂が弾ける音を立てて炭の塊へと変わっていく。
だが、彼が絶命し、死という名の救済に逃げ込もうとしたその刹那――。
「「「――癒えよ」」」
別の集団のエルフたちが、無感情に、しかし完璧なタイミングで回復魔法を放つ。
ゾナンの焼きただれた肉が、ドロドロとした音を立てて蠢き、強制的に再生を始める。剥がれた爪が、焼けた眼球が、炭化した皮膚が、まるで逆再生の映像のように元に戻っていく。
そして、皮膚が再生し、痛覚が蘇ったコンマ数秒後。
再び、冷徹な青き炎がその全身を包み込んだ。
「あがぁぁぁっ! ぁ、ああ……っ! 殺せ……殺してくれぇぇ!! お願いだ、もう殺してくれ!!」
火傷による絶望的な叫びと、回復魔法による強制的な蘇生。
エルフたちのマナは、この程度の簡易魔法であれば不眠不休で数日間は持続できる。彼女たちの気が済むまで、あるいはゾナンの精神が摩耗し、虚無へと堕ちるまで、この「火傷と再生のサイクル」は永劫に繰り返される。
俺は宙に浮いたまま、その地獄絵図を特等席で見下ろしていた。
「……良い光景だ。ゾナンの肉体が叫ぶたびに、彼女たちのマナが歓喜に震えているのがわかる」
「それにしても、レオン様にしては珍しいですわね」
傍らに控えるリリティアが、口元を隠し、怪しく光る瞳で俺を覗き込んだ。
「これは……もしや『人助け』をなさったのではありませんか? あの女たちの願いを叶えて差し上げるなんて」
「ふん。勘違いするな」
俺は鼻で笑い、冷酷に言い放つ。
「俺以外の三流に支配され、その恐怖を抱いたまま死なれるのは、俺の所有物として我慢ならんだけだ。それに、これは人助けではない。俺がこの里の女たちの『共通の敵』を処理させ、彼女たちの忠誠と憎悪を完全に掌握するために用意した儀式に過ぎん」
「……さすがはレオン様。どこまでも傲慢で、どこまでも非情。わたくしたちの王に相応しいお考えですわ」
リリティアは恍惚とした表情で、俺の足元に深く一礼した。
◇
俺はラフィーネに転移魔法を命じ、一行を引き連れて再び世界樹の頂上、王の間へと舞い戻った。
静まり返った広大な白亜の空間。俺はかつてゾナンが座っていた玉座を、蹴り一つで粉砕し、新たに生成した漆黒の玉座へと深く腰を下ろした。
眼下には、俺に魂を捧げた配下たちが跪いている。俺は精霊の力――【全世界樹共鳴】を使い、森の端々にまで届く声で宣言した。
「聞け、エルフたちよ。そして俺に従う忠実な猟犬たちよ。本日、この森を支配していた偽りの王は消え去った。俺はこの森のすべてを支配し、新たな国家を築くことをここに宣言する」
俺は玉座の肘掛けに頬杖をつき、傲岸不遜な笑みを浮かべた。
「国の名は『ユグラディア王国』。だが、ここは単なる安住の地ではない。俺の野望を叶えるための揺籃、世界を蹂躙するための牙城だ。俺はこれから、世界に蔓延る偽りの勇者を殺し、傲慢な魔王を殺し、すべての国家を滅ぼして世界を掌中に収める。これは予言ではない。俺が決めた『決定事項』だ」
その宣言は、圧倒的な重圧となって世界樹を揺らした。
「世界を俺の色に塗り替えるために、貴様らの力を貸せ。支配される喜びを、戦場ですべての種族に教えてやるのだ。俺の前に膝をつくか、死ぬか。二つに一つしかないということをな!」
「「「はっ! この命、すべてはレオン様の御心のままに!! 世界のすべてを、レオン様の足元へ!!」」」
シホ、ラフィーネ、リリティア、そしてエルマ。最強の駒たちが放つ忠誠の咆哮が、世界樹を駆け抜け、雲を突き抜け、全世界へと響き渡るかのようだった。
そこへ、里の「準備」を完遂させたイリスたちが、優雅な、しかしどこか血の匂いを感じさせる足取りで王の間へと入ってきた。
「おかえりなさいませ、レオン様。……ふふ、下界での『宴』はご覧になりましたか?」
イリスが膝をつき、俺の手を恭しく取って唇を寄せる。
「仰せのままに、里のエルフたち全員に、簡易的な火炎魔法と回復魔法の発動手順を叩き込んでおきましたわ。今や彼女たち、復讐の味を覚え、レオン様なしでは生きていけない『毒』に冒された信徒ですわね」
俺はイリスの長い髪を無造作に撫で、広大な窓から見える深い森の夜景を見据えた。
眼下の里では、まだ青い炎が揺らめき、ゾナンの絶叫が子守歌のように響いている。
ゾナンという障害は消え、精霊の力、そして最強の配下たちが揃った。
世界を支配するための盤面は、今、これ以上なく完璧に整ったのだ。
「……さて。まずはどこの国から俺の足元を舐めさせてやるか」
真の支配者、レオンの進撃。
その第一歩が、この世界樹から今、力強く踏み出された。
(第二章 大陸横断篇 完)
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