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第29話

「わかった! わかったから! 王の座は譲る、今すぐ譲る! だから俺の命だけは助けてくれ……っ! 精霊のことも、契約すれば君にもすぐに理解できるはずだ!」


 足元に這いつくばるゾナンは、もはや見るに堪えない惨めな肉塊だった。両目を失い、顔面を爆破され、血と泥に塗れたかつての「森の王」。俺は無造作にその頭を踏みつけ、冷徹な視線を投げ下ろす。


「いいだろう。貴様の惨めな命など、今すぐ刈り取る価値もない。……さっさと宣言しろ」


「あ、ああ……。ボク、ゾナンは……この森の王の座を、目の前の男に譲渡することを……ここに宣言、する……っ」


 その言葉が絞り出された瞬間だった。

 俺の意識は急速に現実から引き剥がされ、凄まじい浮遊感と共に「外側」へと放り出された。

 視界を埋め尽くしたのは、果てしなく続く純白の空間。


 以前、迷いの森の結界を破った際に入り込んだ、あの不気味なほど静謐な世界だ。現実の物理法則が一切通用しない、精神と概念が交差する領域。


 その中心で、淡く不気味な緑色の光を放つ「何か」がゆらゆらと揺れていた。

 それは炎のようでもあり、形を変え続ける霧のようでもあった。実体を持たず、しかし確かな意志の重圧を感じさせるその光から、重層的な声が俺の脳内に直接響き渡る。


『……君が、新しく王となる者だな。我こそが「支配」を司る精霊。この森の秩序を繋ぎ止める理の化身である』


 俺は不機嫌に鼻を鳴らした。


「……わざわざこんな真っ白な場所に呼び出すとは、趣味が悪いな。お前がゾナンに力を貸していた精霊か」



『支配』と名乗る精霊は、俺の不遜な態度に戸惑うように光を明滅させた。


『然り。我が力は人の精神に干渉し、その意志を書き換え、意のままに操る。魔法という低俗な模倣を超越した、神の領域の力だ。君もゾナンと同じく、絶対的な力を望むのか?』


「……フン。精霊と言えば聞こえはいいがな。もっと精霊について教えろ。お前たちは何者だ?」


 この世界の魔法は、火や水といった物理的な事象を引き起こすだけのものでしかない。精神干渉といった「理を曲げる」魔法は存在しないのだ。だが、目の前の存在はその常識を鼻で笑っている。


『我ら精霊とは、この世に四体のみ存在する上位存在。それぞれが「支配」「欺瞞」「暴虐」「虚無」の概念を司る。契約した者はその恩寵を受け、魔法では不可能な奇跡を行使できるのだ。……ゾナンが使っていたのは、我が力のほんの数パーセント。不完全な支配に過ぎぬ』


「なるほどな。ゾナンの洗脳が甘かったのは、貴様の力を引き出しきれていなかったからか」


 俺はふと思いついた。


「……なら、お前ごと支配してやれば、その力の全てが俺のものになるよな。絶対服従テイム


 俺は目の前の光り輝く精霊に向け、迷いなくスキルを発動した。

 しかし、漆黒の魔力は手応えなく光を通り抜け、虚空に霧散する。


『……ふふ、あーははは! 傑作だ! 数多のエルフと契約してきたが、精霊そのものを「所有」しようとした狂人は初めてだぞ! 実体なき概念を鎖で繋ごうとするとは、君は相当にイかれているな!』


 精霊は嘲笑った。どうやら俺のスキルでも、実体を持たないエネルギー体には物理的な干渉が及ばないらしい。俺は渋々、今回は「契約」という形式上の手続きを取ることにした。


 支配の精霊が俺に提示した力の内容は、大きく分けて三つだった。


 1. 【精神支配の権能】

 他者の意志に強制干渉し、絶対的な命令を下す。俺のテイムと組み合わせることで、より広範囲、かつ強固な支配を可能にする、かもしれない。


 2. 【全世界樹共鳴ワールドボイス

 この森に住まうすべてのエルフに対し、己の声を直接届ける権利。王としての宣戦布告、あるいは威圧の手段として機能する。


 3. 【精神境界の展開】

 今いるこの精神世界を展開する能力。迷いの森で見せた「時の止まる結界」は、この精霊の力そのものだったのだ。


『気が変わればいつでも念じるがよい。我らは理の側にある者。さらばだ、新たな支配者よ……』


「……勘違いするなよ、精霊。貴様を支配し、所有するのは俺の方だ。すぐにその形も変えさせてやる」


 俺が不敵な笑みを残すと、視界が再び反転した。


 目を開けると、そこは先ほどまでの世界樹の最上階。俺の足元でゾナンが震えながら命乞いを続けていた。


「……あ、会っただろう? 精霊に。条件はすべて満たした! だから約束通り、ボクを解放してくれ! この城から逃がしてくれ!」


「ああ、約束だ。……お前を、この不浄な城から今すぐ『解放』してやるよ」


 俺は背後に控えるラフィーネに合図を送る。


「ラフィーネ。転移魔法だ。座標は……世界樹の根元にあるあの村、ユグラディアだ」


「承知いたしましたわ、レオン様。最高の『解放』をお見舞いしましょう」


 ラフィーネの魔導書から漆黒のマナが溢れ出し、ゾナンを包み込む。


「……え? 村? なんで村……いやだ、あそこには行きたくない! やめてくれぇぇ!!」


「何を言っている。お前のことを首を長くして待っている『国民』たちが大勢いるんだ。最高の再会じゃないか」


 転移の光が収束し、次の瞬間。

 俺たちはゾナンを連れ、ユグラディアの広場の中央へと降り立った。

 広場には、俺が事前に集めるよう命じた数百人の女エルフたちが、冷徹な半円を描いて待ち構えていた。

 その瞳には、かつての怯えなど欠片もない。


 あるのは、百年の屈辱と、妹や友を奪われた憎悪を凝縮した、ドロドロとした赤い殺意だけだ。


「……あ、あぁ……やめろ、来るな……。ボクは王だぞ……。王の言うことを聞けぇぇ!」


 両目を失い、何も見えないゾナンは、足音だけで察知したエルフたちの包囲網に絶叫し、地面を這いずりながら逃げ惑う。


 俺は宙に浮いたまま、眼下の悲惨な光景を見下ろしながら、精霊の力――【全世界樹共鳴】を発動させた。


「――全エルフに告ぐ。偽りの王ゾナンは、今この時をもって失墜した。今日よりこの森を支配するのは、この俺、レオンである」


 俺の声が森中に響き渡る。

 広場の中央では、村に残っていたイリスが、艶やかな笑みを浮かべて俺を仰ぎ見た。


「レオン様。お帰りなさいませ。……復讐という名の甘いデザート、準備は完璧に整っておりますわ」


 真の支配者の凱旋。

 そして、偽りの王への、死ぬことすら許されない「永劫の審判」が幕を開けた。

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