第27話
世界樹の攻略は、戦いと呼ぶにはあまりに美しすぎ、そして無慈悲な一方的な「掃除」だった。
二階層、三階層……階を上がるごとに、ゾナンが選び抜いたであろう女エルフの近衛たちが立ちはだかる。しかし、彼女たちが誇り高き名乗りを上げる暇さえ、シホとラフィーネは与えなかった。
「今の首の飛び方みた? レオンへの忠誠を刻んだ、最高の放物線だったわよ!」
シホが神速の抜刀でエルフの首を跳ね飛ばし、返り血を浴びた頬を上気させて俺を振り返る。
「あら、野蛮ですわねシホ。血を撒き散らすなんて。……見てください、レオン様。私の氷結魔法で、彼女たちの絶望した表情を永遠に保存いたしました。こちらの方が『飾り物』としては上質だと思いませんか?」
ラフィーネは氷の彫像と化したエルフたちを指差し、優雅に魔導書を閉じる。
到底、死体の山を築いた直後の会話とは思えない。二人は互いに俺の視線を奪い合うため、どちらがより「美しく、かつ凄惨に」敵を殺せるかを競い合っていた。俺はその横を、一瞥もくれずに通り過ぎる。
「次だ。俺の時間を無駄にするな」
その言葉だけで、二人は「はい!」と恍惚の声を上げ、さらなる殺戮の宴へと身を投じた。九階層までの道程は、ただ彼女たちが俺への愛を競うための血塗られた舞台に過ぎなかった。
◇
ついに辿り着いた九階層の最奥。そこには、樹の内部とは思えないほど荘厳で、金銀の装飾が施された巨大な扉があった。俺はその扉を、王に対する礼儀など微塵も持ち合わせず、力任せに蹴り飛ばした。
――ドォォォォン!!
吹き飛んだ扉の先は、目が眩むほど真っ白で広大な空間だった。何本もの白亜の太い柱が並び、足元には血を想起させるほど深い真紅のレッドカーペットが敷かれている。
その最奥の玉座に、一人の若々しいエルフが、傲慢に脚を組んで座っていた。
「よく来てくれたね、不遜なる侵入者の方々。ボクこそがこの森の王、ゾナンだ」
ゾナンは余裕たっぷりの表情で、俺を値踏みするように見つめてくる。その左右には、全身を銀色の甲冑で包んだ沈黙の騎士と、強大なマナを秘めた杖を持つ女エルフ。
「何をしに来たんだい? ボクの慈悲を乞いに来たのかな?」
「決まっている。お前を殺し、エルフたちをすべて俺の支配下に置くためだ」
俺の答えを聞き、ゾナンは愉快そうに肩を揺らした。
「ははっ、やっぱりね! 君もボクと同じ、欲望に忠実なタイプか。そうかい……なら、こうしよう。ボクの配下になるのなら、この里の女を毎日好きなだけ抱けるように手配してあげるよ。どうだい、魅力的な提案だろう?」
俺は鼻で笑った。
「却下だ。俺が誰かと対等に並び、あるいは支配されることなどあり得ない。それは、俺がこのスキルを手にした瞬間に消え去った『理』だ」
「……そうかい……残念だよ。なら、やっちゃっていいよ」
ゾナンの合図と共に、側近の二人が動き出す。
真の支配者と、偽りの王。その激突が、白亜の間を戦場へと変えた。
戦いの火蓋は、まずラフィーネと杖の女エルフの間で切られた。
女エルフが詠唱を開始すると、周囲の空気が発火し、彼女の頭上に太陽を模したような巨大な火球が生成される。
「……っ! レオン様、あの女のマナは並の宮廷魔導士百人分に匹敵しますわ。世界樹の加護を受けているのかしら」
「ほう……つまり、お前では対処できないということか?」
俺がわざと困惑したふりをして尋ねると、ラフィーネは挑戦的な笑みを浮かべた。
「ふふ、残念ながら、それは『並』ならの話。私はレオン様専属魔導士にして、正妻の座を狙う女。……格の違いを見せて差し上げますわ!」
ラフィーネもまた魔導書を展開し、同様の、いや、それを上回る密度の火球を生成。二つの極大魔法が衝突し、空間を真っ白に焼き尽くす。
拮抗するかと思われたが、ラフィーネの炎が相手の魔力を「捕食」するように肥大化。そのまま女エルフを呑み込み、一瞬で彼女を真っ黒な煤へと変えた。
一方で、シホと甲冑の騎士の戦いも凄まじいものだった。
九階層までの敵を赤子扱いしてきたシホの剣を、その騎士は巨大な大剣の腹で完璧に弾き返した。
「……ほう? 少しは骨がありそうですわね」
シホの瞳に闘争の炎が宿る。だが、騎士の守りは堅く、一進一退の攻防が続く。俺は少し飽きてきて、シホに「餌」を投げた。
「シホ。……一分以内に片付けられたら、今夜は二人きりで寝てやるぞ」
その瞬間、シホの全身から立ち昇るオーラが爆発的に膨れ上がった。
「――その約束、絶対に守ってもらうわよ!!」
シホの姿が消えた。
俺の目ですら追いきれない、神域の抜刀。一瞬。わずか一瞬の間に、数千、数万という斬撃の線が走り、銀色の甲冑は、中の肉体ごとサイコロステーキのように細切れになった。
「約束、忘れないでね?」
返り血を浴び、愛らしく微笑むシホ。手加減していたことへの呆れを通り越し、俺は彼女の「狂愛」の深さを再認識した。
「……あ、ああ……僕の愛する駒たちが……」
玉座のゾナンが、煤と肉塊を前に膝をつき、絶望に震え始める。なんとも情けない姿だ。
「貴様の支配などそんなものだ、ゾナン」
俺は短剣を抜き、トドメを刺すために彼に歩み寄った。まずはその両目を潰し、俺の足元を舐めさせてから支配してやる――。
短剣の先がゾナンの瞳を貫こうとした、その刹那だった。
「――っ、レオン……様……っ」
背後で、重いものが倒れる音がした。
振り返ると、そこには今しがた勝利したはずのシホとラフィーネが、白目を剥いてその場に膝をついていた。二人の首筋には、正確に一撃で意識を断つための打撃痕。
同時に、俺の目の前にいた「ゾナン」が、陽炎のように揺らぎ、消えていく。
「まんまと騙されてくれるなんてね……あんなのは幻影だよ、僕の作ったね」
シホとラフィーネの背後に男の姿が段々と浮かび上がってくる。
そこには、無傷で、かつ醜悪に笑うエルフの男が立っていた。
「ボクが本物のゾナンさ。透明化して観戦させてもらったよ。……最強の二人は無力化した。次は君の番だよ」
ゾナンの卑劣な罠。
最強の配下を封じられた状況で、真の王が獲物を狙う蛇のような瞳で俺を見つめていた。




