第25話
世界樹の城へ向かう前、俺は立ち止まり、泣き崩れるエルマの背中を見つめた。
俺のスキル『絶対服従』は、魂そのものを書き換える。一度上書きされた魂を元に戻す術はない。イルマの精神はゾナンの拷問で粉々に砕け、俺のスキルはその「壊れたままの形」で彼女を固定した。
かつての快活なエルフの娘、イルマはもうこの世のどこにもいない。
「……イルマ。ごめんね、ごめんね……私、何もできなくて……っ」
エルマの慟哭がボロびた木の家に響き渡る。彼女にとってイルマは唯一の希望、血を分けた半身だった。その希望が、今や俺の命令を待つだけの「人形」に成り果てたのだ。
「レオン様、あの女の心……本当にもう戻らないのですか?」
珍しくソフィアが悲しげに問いかけてくる。俺は首を振った。
「ああ。修復不可能なほどに損壊している。……エルマの心には、一生埋まることのない巨大な空洞が空いた。彼女が正気でいる限り、その淵から聞こえる妹の悲鳴に一生苛まれることになるだろうな」
「……ならば、いっそ」
シホが剣の柄に手をかける。だが、俺はそれを手で制した。死はこの場において「救済」にはならない。
俺は跪き、震えるエルマの肩に手を置いた。彼女が涙に濡れた顔を上げる。その瞳には、生きることを放棄した者の深い絶望と濁りがあった。
「エルマ。お前に、俺から慈悲をやる。……これは提案だ。強制はせん。俺の目を見て答えろ」
「……慈悲、ですか……?」
「ああ。このまま、妹を失った絶望と、一生癒えぬ悲しみを背負って、ボロ雑巾のように生き続けるか。……それとも、俺にすべてを委ね、支配され、俺への狂愛に溺れて『すべて』を忘れるか」
背後でイリスが不敵に笑い、ラフィーネが目を細めてその光景を見守る。
「俺に支配されれば、お前の心の穴は俺への愛で埋め尽くされる。絶望も、後悔も、妹への憐憫すらも、俺という絶対的な光の影に隠れて消えるだろう。……どうする? 地獄を歩き続けるか、俺の奴隷として極上の夢を見るか。……選べ、エルマ」
エルマは、虚空を見つめるイルマの、冷たくなった手を握りしめた。
「私は……イルマを愛していた気持ちを、捨てたくありません……っ。あの子との思い出を、なかったことにしたくない……。でも、もう……もう、立っていられないの……! 呼吸をするだけで胸が引き裂かれそうで……このままじゃ、私が壊れてしまう……っ!」
彼女は俺の胸に縋り付き、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「助けて……レオン様……。私を、私を救ってください……! どんなに歪んでいてもいい……私を、貴方様の所有物にして……! 心を……この苦しみを、消して……っ!」
その答えを聞き、俺の口角は歓喜に吊り上がった。
「……その返事が聞けて良かった。安心しろ、エルマ。俺が、お前の地獄を終わらせてやる」
俺は彼女の顎を指先でクイと持ち上げ、その潤んだ瞳を真正面から射抜いた。
「絶対服従」
漆黒の魔力が、彼女の涙を蒸発させるほどの熱量で脳内へと奔流となって流れ込む。
悲しみ、絶望、憎悪、自責。それらすべての負の感情が、レオンという絶対存在への「崇拝」と「愛欲」によって強引に押し流され、塗り潰されていく。
「……ぁ……あっ、あぁ……あぁっ……!!」
エルマの背が弓なりにしなり、熱に浮かされたような吐息が漏れる。
やがて、彼女の瞳から濁りが完全に消えた。代わりに、その双眸には、夜の帳を照らすネオンのように鮮明な、ピンク色のハートマークが浮かび上がる。
「……ああ、レオン様。私の、愛しい王様……」
先ほどまでの慟哭が嘘のように、エルマは蕩けた笑みを浮かべて俺の足元に跪いた。彼女は俺の靴を捧げ持つようにして熱烈なキスを落とし、心酔しきった瞳で見上げてくる。
「何という慈悲……何という幸福。私の心の穴は、今、レオン様への愛という甘い蜜で完璧に満たされましたわ……。イルマのことも、今はただ、レオン様に捧げるための美しい供物であったのだと……そう誇らしく思えますの……っ!」
「ふふ、素晴らしいですわね。彼女、一瞬で『こちら側』に来ましたわ」
リリティアが手で口元を隠しながら、愉快そうに告げる。
「ええ、とても良い匂いがします。純粋な絶望が、純粋な狂愛に変わった匂い……。レオン様、新しいおもちゃが増えましたね」
イリスも満足げに、エルマの頭を慈しむように撫でた。
俺はエルマの頬を優しく、しかし支配者としての重みを持って撫でた。
「いい顔になったな、エルマ。お前はもう、何も悲しむ必要はない。ただ俺だけを見、俺のために生きろ」
「はい……はい、レオン様ぁ……っ!」
俺は立ち上がり、背後のメンバーを見渡した。新たな所有物が加わり、一行の殺気はより一層、美しく研ぎ澄まされていた。
「さあ、お膳立ては済んだ。……奴を殺しに行くぞ。俺の新しい所有物を傷つけたゾナンに、相応の報いを与えにな」
「「「はっ、レオン様!!」」」
エルマ、そして廃人と化したイルマをも引き連れ、俺たちは世界樹の登攀を開始した。
真の支配者による、凄惨で華麗な処刑劇の幕開けだ。




