表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/39

第24話

 世界樹の根元。朝の陽光が降り注ぐ聖域に、おぞましい異物が転がっていた。

 全裸で放り出された妹を抱きしめ、エルマは喉が枯れるほどの悲鳴を上げ続けていた。


「イルマ……嘘よ、嘘よね!? ああ、あああああ!」


 俺は一歩踏み出し、泣き崩れるその女に声をかけた。


「おい、その女を知っているのか」


「私の妹……イルマ……1週間行方不明だった……なのにッ!」


 女はエルマと名乗った。

 俺は状況を把握するため、一旦彼女たちを空き家へと運び込ませた。


 イルマに風呂を浴びさせ、エルマの手によって清潔な服を着せ、俺の前に座らせる。だが、椅子に腰掛けたイルマの瞳には、色彩も、光も、そして生命の予感さえも宿っていなかった。


「イルマ、私よ……お姉ちゃんだよ! 分かる? お願い、何か言って! 何か言って……」


 エルマが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、イルマの細い肩を激しく揺さぶる。

 だが、イルマは焦点の合わない目で虚空を見つめたまま、「ぁ……」「ぅ……」と、空気の漏れるような音を吐き出すだけだった。


 突如、イルマの体が激しく痙攣した。


「い、嫌! 痛い! 痛い、痛い、痛い!!」


 狂ったように叫び声を上げ、自分の腕を掻き毟り始める。かと思えば、次の瞬間には糸が切れた人形のように脱力し、ポロポロと涙を流し続ける。

 エルマはその姿を見るたびに、自らの胸を突き刺されるような絶望に顔を歪めた。


「お願い……助けてください。この子を、元のイルマに戻して……っ!」


 俺を見上げるエルマの瞳には、すがりつくような希望と、何もできない己への深い嫌悪が混ざり合っていた。


「……無理だな。精神が完全に摩耗し、粉々になっている。通常の対話では、一生答えは返ってこん」


 俺は冷酷に事実を告げた。そして、椅子に座るイルマの前に立ち、その虚無の瞳を覗き込む。

「だが、俺の力なら、その残骸から真実を引き出せるかもな。絶対服従テイム


 漆黒の魔力が俺の指先から流れ込み、イルマの脳を直接支配下に置く。

 彼女の目に光は戻らない。だが、俺の言葉は「抗えぬ真理」として、彼女の深い闇の底に届く。


「イルマ。ゾナンの城で何があった。一週間、お前の身に起きたすべてを、ありのままに話せ」


 俺の命令が下った瞬間、イルマの唇が、感情を欠いた機械のように動き始めた。その口から語られたのは、この世の邪悪を煮詰めたような、凄惨極まる告白だった。


「……夜中。眠っていたら、黒い服の男たちに口を塞がれました。暗闇の中で連れ去られ、目が覚めた時は……裸で、手足を縄で縛られ、目隠しをされていました」


 喉を震わせることもなく、イルマは淡々と「事実」を吐き出していく。


「得体の知れない薬を飲まされ、体が熱くなり、力が抜けました。そのまま……ゾナンの前に引きずり出されました。あの男は笑っていました。まるで、新しい玩具を手に入れた子供のように」


 エルマが息を呑み、口を押さえる。


「ゾナン様は……配下の戦士に命じました。『この女の腕を切り飛ばせ』と。……熱い鉄を押し当てられたような衝撃が肩に走り、私の右腕が地面に落ちました。私が痛みで絶叫し、のたうち回るのを見て、あの男は楽しげに魔法を使いました。……傷口は瞬時に塞がり、痛みも消えた。失ったはずの腕が、元通りに生えてきたのです」


「そんな……治してくれたのなら……」


 エルマが淡い期待を口にするが、イルマの言葉がそれを無慈悲に打ち砕く。


「……いいえ。治したのは、『もう一度切るため』です。次は左腕。その次は右足。その次は左足。切り落とされ、痛みで気が狂いそうになると治され、また切り落とされる。四肢をすべて失い、芋虫のようになった私を……王は凌辱しました。殴られ、蹴られ、獣のように犯され……。一日の終わりに、奴は再び魔法で私の体を完全に復活させました。……『また明日、新鮮な悲鳴を上げさせるためだ』と」


 それが一週間。毎日、何度も四肢を奪われ、再生させられ、弄ばれる。


 イルマの精神は、その「再生」という名の残酷な希望に耐えられず、ついに砕け散ったのだ。


「……死にたい。レオン様、お願い……私を、殺して……」

 最後にイルマが漏らした言葉に、俺は喫驚きっきょうした。

 俺の非完全支配によって意志を奪われた人間は、命令なしに願望を口にすることはない。だが、この女は言った。「死にたい」と。


(本能だ。脳ではなく、魂の最深部に、生きるという行為そのものへの恐怖が刻み込まれているのか……)


「あああああ! ゾナン……! ゾナン、お前だけは……お前だけは許さない!!」


 エルマが床を血が出るほど叩き、叫んだ。だが、彼女の叫びは空しく響くだけだ。立ち向かう力もなく、魔法も使えず、ただ妹が壊されていくのを見届けるしかなかった己の無力。その屈辱に、彼女は涙を流しながら、崩壊した精神を必死に繋ぎ止めていた。


 俺はイルマから視線を外し、部屋の隅で凍りつくような殺気を放っているシホたちを促して外に出た。

 背後では、エルマが妹の亡骸のような体を抱きしめて、また泣き始めている。


 一歩外に出れば、世界樹の葉が風に揺れる心地よい音が聞こえる。だが、俺の胸中には、冷たく燃え上がるような不快感が渦巻いていた。


「レオン様。……あの男、生かしておいてはいけません」


 ラフィーネが、怒りで震える声で言った。彼女の瞳には、同じ魔法を志す者として、再生魔法を拷問の道具に使い、文明を破壊したゾナンへの底知れぬ憎悪が宿っている。


「ああ。あんなものは支配でも何でもない。ただの『損壊』だ」


 俺は冷徹に言い放ち、世界樹の頂上に聳える城を見上げた。


「価値あるものを無価値に変えて喜ぶのは、支配する器のない三流のすることだ。真の支配とは何か。壊して捨てるのではなく、魂までを俺の色に染め上げ、俺なしでは呼吸すらできぬほどに屈服させること。……あのアマチュアに、本物の『支配』という地獄を教えてやる」


 俺の背後で、シホ、ラフィーネ、イリス、リリティア、ソフィアが、一斉に武器を取った。

 彼女たちの瞳には、自分の「神」であるレオンの美学を汚した者への、容赦ない抹殺の意志が宿っている。


「シホ、行くぞ。……世界樹の掃除だ。ゾナンには、死ぬよりも苦しく、イルマの絶望すら生ぬるく感じるほどの『永遠の恐怖』を味わわせてやる」


 支配者の激昂が、静かに、しかし確実に世界樹を揺らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ