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第22話

 迷いの森の境界を越え、草原を抜けて世界樹の麓の集落へと足を踏み入れた瞬間、平穏な空気は悲鳴へと塗り替えられた。


「に、人間だ! 人間が森を抜けてやってきたぞ!」


「ありえない……結界を突破したというのか!?」


「みんな、武器を持て! 里を守るんだ!」


 女エルフたちが四方八方から集まってくる。だが、彼女たちが手にしているのは鋭利な剣や魔導杖ではなく、使い古された鍬や鎌、ただの木の棒といった農具ばかりだった。

 その美しい容姿とは裏腹に、動きには戦士としての洗練さが微塵も感じられない。


 俺は足を止め、面倒そうに鼻を鳴らす。


「おい、そんなゴミを向けてどうするつもりだ? 収穫の手伝いでもしてほしいのか?」


 俺の嘲笑に、女たちが顔を強まらせる。その時、後ろで解析魔法を展開していたラフィーネが、驚愕を含んだ声を漏らした。


「レオン様……。彼女たち、個体としてのマナの保有量が異常ですわ。私……いえ、恐らく宮廷魔術士を数十人集めても敵わないほどの膨大な魔力が、一人一人の体内に眠っています」


「ほう?」


「ですが……おかしいのです。彼女ら魔法を使えそうにありません。マナをうまく誘導できていないのです。宝の持ち腐れ……いえ、火薬はあるのに引き金がない、そんな状態ですわ」


 俺は一歩前に出た。それだけで、最前列にいた女たちが「ひっ」と短い悲鳴を上げて後ずさる。


「戦う気なら構わんが、俺がその気になれば、お前らなど一秒で消し炭だ。無駄死にしたい奴からはかかってこい。それとも、話の通じる奴はいないのか?」


 俺が放った殺気混じりの威圧に、女たちが石のように硬直した。その時、群衆を割って、一人の老エルフが杖を突きながらゆっくりと現れた。


「……やめなされ。その御仁は、我らでは逆立ちしても勝てぬ御方じゃ。死にたい者から前に出るとよい」


「婆様!」


 女たちが道を開ける。現れたのは、肌が樹皮のように乾燥し、今にも枯れ果てそうな老婆だった。


「死に損ないのババアが、何の用だ?」


 俺が蔑むように問うと、老エルフは濁った瞳で俺をじっと見上げた。


「人間と出会うのは、一万年前の『血樹戦争』以来じゃな。迷いの森を攻略して現れるなど、到底まともな存在ではなかろう。……何をしに来た、人間よ」


「決まっている。貴様らを征服しに来た」


 その直球な宣言に、エルフたちが再び武器を握り直す。だが、俺は不敵に笑って続けた。


「……だが、見たところ随分と困っているようじゃないか? 俺が手伝ってやろうか、その『悩み事』をな」


 老婆は目を見開き、しばし沈黙した後、小さく頷いた。


「……ついてまいれ。立ち話もなんじゃ」


 案内されたのは、里の端にあるボロびた木の家だった。壁は腐りかけ、屋根からは隙間風が吹き込み、お世辞にも清潔とは言えない。


「……こんなボロ屋が『集会所』か。随分と舐められたものだ」


 俺は部屋の唯一の椅子にふんぞりかえって座った。

 老婆は床に座り、重い口を開いた。


「……一万年前、人間がエルフを支配しようとした『血樹戦争』。本来、群れをなさぬ我らは蹂躙された。だが、当時の優秀な魔法使いが集い、最強の結界を張ることでこの大陸を切り離したのじゃ。それ以来、我らは他人を信用せず、各地で細々と隠れ住むようになった」


 老婆が滔々と語り始める。だが、俺の背後で妙な気配がした。


 見ると、リリティアとソフィアが、「変顔対決」を始めていた。

 リリティアが唇を極限まで尖らせて寄り目にすれば、ソフィアは鼻の下を伸ばして頬を膨らませる。


「(くっ、ソフィアさん、なかなかやりますわね……!)」


「(リリティア様こそ……レオン様が見ていない隙に、これほどまでのクオリティを……!)」


 二人は声に出さず、凄まじい顔面崩壊を繰り広げている。


「おい、お前ら……」


 俺が呆れて声をかけると、二人は一瞬で元の聖女のような微笑みに戻った。


「あら、レオン様、何か? わたくしたち、婆様のお話を一言も漏らさず聴いておりましたわよ?」


「は、はい! エルフの悲しい歴史に、胸を痛めていたところですっ」


 ……絶対に嘘だ。

 俺はため息をつき、老婆に向き直った。


「続けてくれ」


「ここユグラディアは、世界樹を守護するために作られた、エルフの精鋭が集う聖域だった。魔法使い、戦士、知識人……かつては繁栄を極めておった。だが百年前、新たな王として即位したゾナン……彼が全てを壊したのじゃ」


 老婆の話は凄惨を極めた。


 ゾナンは優秀で人望にも熱いやつだった。だが、ゾナンは、即位するなり王だけが契約できる聖霊の力を使い、自分に逆らうものを残し、他の戦士や知識人を皆殺しにした。里の歴史書、魔法書、文化の全てを焼き払い、自分に従わぬ男を一人残らず殺戮したという。


「ゾナンは今、世界樹の頂上に自分だけの楽園を築き、毎週里の女を連行しては……翌週には精神を崩壊させて帰す。それが、奴の本性だったのじゃ」


「……なるほどな。魔法が使えないわけだ。術式を記した本も、教える者も、ゾナンが全て消したというわけか。文明レベルをあえて落とし、無知な家畜として管理しているわけだ」


 俺は納得した。マナというガソリンはあるが、エンジン(魔法)の設計図を奪われた哀れな生き残り。それが今の彼女たちだ。


「分からんな」


 俺は頬杖をつき、老婆を見据えた。


「そんなくだらない昔話をして、俺に何を望んでいる?」


「……ゾナンを殺して、この里を、女たちを救ってほしい」


 老婆は床に頭をこすりつけた。ボロボロの床がミシミシと音を立てる。


「見返りはなんだ?」


「……里に眠る全ての財宝、そして失われなかった魔法具を差し上げましょう」


「足りないな。そんなものは、ゾナンを殺せば俺の物になる。わざわざお前の願いを聞く対価にはならん」


 老婆は顔を上げ、絶望に顔を歪めた。


「これ以上、我らに与えられるものなど……」


「全てだ」


 俺は冷酷に宣告した。


「まず、王の座を俺に譲れ。これからは俺がこの里の王だ。そして、お前たちのその強大なマナも、命も、全て俺のために使うことを誓え。俺がゾナンを排除してやる。その代わりに、お前たちは一生俺の奴隷として、俺の支配に尽くすんだ」


「それは……ゾナン様と同じことをされると……?」


 老婆の問いに、俺は鼻で笑った。


「一緒にしてもらうな。俺は支配するが、お前たちを無碍にはせん。俺の大切な『所有物』として尊重してやる。ゾナンのように壊して捨てるなど、支配者として三流のすることだ。俺は、お前たちが失った文明を取り戻すために尽くしてやろう。魔法を教え、知識を与え、再びかつての繁栄を取り戻させる。ただし、その力は全て、俺一人のために振るってもらうがな」


 エルフたちは息を呑んだ。暴君の次に現れたのは、さらに強欲で、しかし甘美な提案をする「真の支配者」だった。


「……承知、したのじゃ」


 老婆が深々と頭を下げると、外で聞き耳を立てていた女エルフたちも、次々とその場に膝をついた。


「交渉成立だ。……行くぞ、お前たち。偽物の掃除の時間だ。世界樹のてっぺんまで、一気に駆け上がるぞ」


 俺は立ち上がり、ボロ家の扉を蹴破った。見上げる世界樹の頂上には、俺の新しい「家畜」を弄ぶゴミが待っている。

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