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第21話

 俺が次に目を覚ましたのは、湿った土の上でも、迷いの森の陰鬱な木々の下でもなかった。

 頬を撫でる柔らかな草の感触、そして肌を優しく温める穏やかな日差し。ゆっくりと目を開けると、そこには鬱蒼とした森とは対極にある、果てしなく広大な草原が広がる丘の上だった。


「フン。どうやら、あの忌々しい結界の向こう側……フォレストリア大陸へ無事に足を踏み入れたようだな」


 俺はゆっくりと上半身を起こし、深く息を吸い込んだ。空気には濃密なマナの香りが混じっており、ここが人間界とは切り離された「異界」であることを実感させる。


 そして、俺は真っ先に周囲を確認した。安堵が胸をかすめる。そこには、俺の愛する支配下のメンバー全員が倒れていた。シホ、ラフィーネ、イリス、ソフィア、リリティア。五人とも、まるで午睡でも楽しんでいるかのように、傷一つなく無事に横たわっている。


 やはり、俺の判断は正しかった。

 支配テイムの鎖が一時的に弱まろうと、俺の支配下にある配下にとって、俺への忠誠こそが唯一の真実なのだ。結界が仕掛けた「博愛」や「自己犠牲」といったくだらない試練など、彼女たちの狂愛と、俺によって作り替えられた歪んだ倫理観の前では、紙細工よりも脆い。


「……起きて、俺を愉しませろ。お前たちの『成果』を聞かせてみろ」


 俺が低く、しかし通る声で呼びかけると、まるで魔法が解けたかのように、五人が同時に意識を取り戻した。


 一番に跳ねるように飛び起きたのは、リリティアだった。彼女はまだ興奮が冷めやらないのか、ドレスの裾も気にせず俺に詰め寄る。


「お兄…れ、レオン様! ああ、レオン様! 無事でしたのね! あの試練とやらは、あろうことか、わたくしの命と貴方様の命を天秤にかけようとしましたのよ! なんて、なんて不敬な! わたくしの命など、レオン様の爪先の汚れほどの価値もありませんのに! わたくし、迷わず叫びましたわ。『わたくしの存在は、レオン様に隷属しているからこそ意味があるのです! 道具に命を問うなど滑稽ですわ!』と!」


 その横で、ラフィーネが優雅に立ち上がり、服の埃を払いながら冷ややかに笑う。


「ふふ、リリティア様らしいですわね。ええ、私もです、レオン様。命を差し出せば他を救うと言われましたが……お断りしました。私の命は、レオン様のために散らしてこそ至高の輝きを放つもの。結界ごときにその使い道を決められるなど心外です。私の魔法も、私の寿命も、全てはレオン様を愛し、守り、支配されるためだけに研磨してきたものですから」


 シホは音もなく立ち上がり、抜いていた剣を鞘に収めた。その瞳には、今まで以上の熱がこもっている。


「レオン。私の前にも、貴方の支配を否定し、甘い言葉で誘う幻影が現れたが……一太刀で斬り捨てたぞ。貴方の絶対性を疑わせようとする試みそのものが、私にとっては万死に値する罪。私の忠誠心は、もはや魂に刻まれた本能」


 イリスは、勝ち誇ったように豊かな胸を張る。

「私に至っては、自分の命か、あるいは全人類の命か、という選択でした。笑わせてくれますわね。全人類? 有象無象の凡夫が何億人死のうが、レオン様が不機嫌になること以上に重要なことなどありませんわ。あまりにムカついたので、監督者のフードの男を徹底的に『教育』してやりました。扉を無理やり開けるまで、あの方の悲鳴が草原まで届くんじゃないかと思うほどに痛めつけてやりましたわ!」


 最後におずおずと、しかし潤んだ瞳で俺を見つめたのはソフィアだった。


「れ、レオン神様……。私は、貴方様が『全人類を捨てろ』と仰る声を聞いた気がしました。ですから、迷いなく……全てを捨てて貴方様の元へ走りました。レオン神様の愛が、私の世界の境界線です。それ以外のものは、何もいりません……」


 俺は愉快で仕方がなかった。

 これだ。これこそが俺の求めた世界だ。

 全員、倫理観が跡形もなく崩壊している。そして、その崩壊こそが、俺への絶対的な愛と忠誠の証明なのだ。俺への執着によって、彼女たちは既存の価値観を捨て、俺という神を信奉する怪物へと進化した。


「フフ……ハハハ! よくやった。お前たちは、まさに俺の期待通りだ。俺が支配し、育て上げた『愛』は、古代の結界すら打ち破る絶対の真理だったというわけだ」


 俺は満足げに笑い、跪く彼女たちの頭を一人ずつ、愛おしむように、そして所有物を確認するように撫でてやった。


 配下たちの熱狂的な忠誠に浸っていると、ふと、視線の先にある「異様」に気づいた。

 草原の地平線の、さらにその先。雲を突き破り、天を支えているのではないかと錯覚させるほど、とてつもなく巨大な樹木がそびえ立っていた。


「……あれが、そうか」


 それはもはや植物の範疇を超えていた。幹は一つの山脈のように太く、四方に広がる枝葉は一つの大陸を覆わんばかりの緑の傘となっている。


「世界樹。フォレストリアの心臓、そしてエルフたちの力の源泉……」


 直感的に理解した。あそこには、この大陸を統べる力が眠っている。世界樹の圧倒的な存在感に、さすがのラフィーネたちも息を呑んだ。だが、その巨大な根元をよく見れば、自然の造形を活かした美しい、しかしどこか生気を欠いた集落のようなものが見て取れた。


 俺の眼が、支配欲にギラリと光る。

 迷いの森を抜け、俺の正しさを証明した今、次なる獲物は決まった。


「行くぞ。あの巨大な樹も、そこに住まう森の民も、全て俺の支配下に置いてやる。お前たちの主人が、新たな玉座へ挨拶に行ってやろうじゃないか」


「「「はっ!!」」」


 俺の号令一閃。

 シホ、ラフィーネ、イリス、リリティア、ソフィア。

 五人の愛玩人形にして最強の戦士たちは、満面の、しかしどこか狂気を感じさせる笑みを浮かべ、俺の背後に一糸乱れぬ陣形で整列した。

 俺は、黄金色に輝く世界樹を背景に、蹂躙と征服の第二章へと歩み出した。

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