さえずり
魂のありかは、どこ・・・
柚凪は...16才の秋、殺された。
彼女は中学の時ずっと不登校だった。だが、柚凪には作家になる夢があった。だから、自宅にこもりきり、書き物をすることが楽しくてしょうがなかった・・・学校でいじめられていたとか、勉強ができないだとか...そういう理由ではなく、ひたすら家に居たかった。
そんな柚凪の家庭が穏やかだったかと言うと実はそうでもなく、両親は毎日のように言い争い父は母に手を上げていた・・・。そんな時柚凪は即座に自室に逃げ込んで、夢中になって小説を書いた。この家の地獄を忘れたくて。優しい世界が欲しくて。
ある日の晩、また両親の夫婦喧嘩が始まった。父がパートに出ている母の浮気を疑うのだ。いつもこれ。柚凪は母のことを信じていた。
(もうっ!限界。)僅かな小遣いとスマホをポケットにこっそり家を飛び出した柚凪。
イートインできるコンビニで、パンとドリンクでも買い、少しリラックスするんだ、そう決めた。
大好きなミックスサンド1つと、フルーツジュースを買い、窓ガラスに映るヘアスタイルを気にしながらサンドイッチにパクついた。柚凪の黒髪ロングはチャームポイントだ。大人っぽく見える彼女は補導もされずに、コンビニエンスストアーというシェルターで暫く時間を過ごせた。
22時...。もう、帰ろうかな、パパとママのケンカ...たぶんおさまってるだろう。
帰り道を徒歩で辿っていた。静かな住宅街の曲がり角を曲がると乗用車が一台停まっているのが見えた。柚凪は何だか嫌な感じがし、車と反対側の歩道へと移動した。
パタッ・・・ 少し距離はあったが、柚凪が車の真横を通り抜ける際ドアが開いた。こわもての男性が現れた。
「お姉ちゃん、乗りなッ!」見ると出刃包丁を手にしている男。「叫んだら刺すぞ!」小声でそう脅された。そして連れ回された挙げ句......柚凪は乱暴を受け、殺されてしまった。遺体は柚凪の自宅近隣の公園にバラバラで見つかった。しかし見つからない部位が何か所もあった。
街の防犯カメラにより、すぐに犯人は捕まった。
「食ったよ。」
悪びれた様子一つ見せず吐く犯人。
刑事は耳を疑った。・・・捜査をしても見つからなかった体の箇所は犯人の胃袋に収まってしまったのだ...
父と母は慟哭し、柚凪の骨壺を代わる代わる抱きしめては無念に打ちひしがれた。
柚凪のお墓は、彼女が少女の頃から大好きだった鏡森という、透き通った湖が美しい深い森の近くにある。
幼い頃の柚凪が、まだ仲の良かったパパとママに連れられピクニックへ出掛けた思い出の場所だ。
「わー、ママ!綺麗なお水。」「柚凪ちゃん、危ないから近づいちゃダメよ?」「は~い。」「さぁ、柚凪、パパと手を繋ごう。」「うん♪」
・・・柚凪は・・・命を終え、還ってきた。この場所へ。
なんのわだかまりもなく、家族があったかい時間を過ごせた地へ。時へ。
でも…柚凪の痛み、悲しみは癒えない。
ある時から、鏡森のある村で行方不明者が続出した。
「だめだよ!鏡森へ行っちゃ、悪い人が居るかもしれないから!」小さな子どもを持つ親たちは口々にわが子へ言ってきかせた。
一方、柚凪が通っていた高校では・・・みんなテレビのニュースで知ってはいたが、校長先生から泣きながら柚凪が亡くなった話が生徒たちにされた。
柚凪に秘かに恋心を寄せていたクラスメートの羽二目は、絶望し、あとを追いたいぐらいだ。しかし、そんな訳には行かない。もの静かで一生懸命大好きな小説を書き続けていた柚凪のため、生きよう!生きよう!生きよう!必死で自身に言い聞かせる。
羽二目は『気味の悪い場所』と悪評が立ってしまったが、たいせつな柚凪が眠る鏡森を訪れた。
ご両親にお墓の場所を聴き、まずはお墓に参った。
「柚凪...来たよ。」そう言った途端、羽二目は震え、止まらない涙がボロボロ零れる。「オレ、柚凪のこと、好きだったんだ・・・柚凪、柚凪!」
そのあと花を手向け、しばらく黙って羽二目はしゃがみこみ、柚凪を想っていた。すると・・・
深い森からガサゴソ!ッと音がした。湖の方向だ。(なんだろう??)
羽二目はそちらへ向かい歩いて行った。
柚凪?!・・・
まっ白なドレスを纏い、元気だった頃よりも美麗な髪が長い…柚凪が!
なにかの生肉を貪っている。口の周りは血で滴っている。
そんな、そんな恐ろしい場面であっても羽二目は柚凪を愛おしく感じ駈けて行った。
「柚凪!!柚凪ッ!」
らんらんと光る瞳をこちらに向けた柚凪は、動きを止め羽二目の目を見つめた。
柚凪が貪っていたものは明らかに・・・人肉だった。
「柚凪、辞めるんだ!柚凪!!」
切なくて、柚凪のもとへ走っていく羽二目。
柚凪が呆然となった。手を伸ばし、柚凪に追いついた羽二目。抱きしめた。
なんら、変わらないじゃないか…きっとオレたちが恋人になれていたなら、柚凪はこんな感触だったはずだ。柔らかくて温かい。髪の毛から甘い花の香りまでする。
柚凪の獣の表情は一変し、悲しげな顔に変わった。口元の血が消えている。羽二目はそんなことはどうだっていいと感じた。
かわいい、大好きな柚凪に逢えた。可哀相な…
「羽二目・・・くん。あたしもね、あなたが好きだったの。さっき…言ってくれたでしょう。悲しいわ…」
「柚凪、今でも大好きなんだよ。柚凪、凛として、才能のあるステキな柚凪。キミは・・・そんな事は辞めて。お願いだよ、オレからのお願いだ。」
「あたしは、どうすれば悲しくなくなるの?羽二目くん…」
あぁ… 答えてあげられない。羽二目は思った。柚凪の悲しみが消える訳がないじゃないか。
「わからない。・・・柚凪、ただ、オレが感じることが一つだけある。」
「な~に?」
「人を傷つける事はもうこれ以上辞めるんだ。柚凪のためにね… わかってほしいよ!」
柚凪は泣き出し、羽二目の胸に顔をうずめた。それは、苦しげだが、安堵しているようにも見えた。
ずっと抱きしめていた。ずっと羽二目は柚凪の髪を撫でてやっていた。
墓石の前で目覚めた羽二目。
(え!?・・・なんだったの?柚凪に逢えたのは夢だったのか??!)淋しさが残る。でも
たとえ夢であったとしても、羽二目は柚凪に告白でき心が安らいだ。
柚凪の魂が穏やかにあれるよう、一生オレは祈り続けるさ。
それから、鏡森で人が行方不明になる事はなくなった。
柚凪は羽二目の愛に包まれ、幸せを感じられたかもしれない・・・
しばらくすると、鏡森では聴いたことのない神秘的なメロディーを発する小鳥が棲まうようになった。そして、その小鳥の声を聴いた人は宝くじが当たったり、恋が成就したりとラッキーを得るとのことだ。
鏡森は再びハイキング・ピクニックにやってくる人々でにぎわい始めた。
その小鳥の姿を誰も見たことがないので、マスコミで鏡森はロマンチックな森とし、話題になった。
「ママー、可愛い小鳥さんの声がするよ~!」幼い男の子が嬉しそうにはしゃいでいる。
柚凪はきっと...羽二目に愛され幸せを知ったと思うよ。
柚凪...羽二目、今度生まれたらふたりでしあわせになってね。