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U18推奨 昭和純愛ストーリー

作者: 山谷麻也

挿絵(By みてみん)


 序章


 同窓会に集まったのは九人だった。

 卒業生は五二人いた。参加者が二桁を割るのは初めてだった。

 中学を卒業してすでに半世紀余り、鬼籍に入っている者、所在不明の者は半数近くに達しようとしていた。


 母校は徳島県西部、山あいの急斜面を切り拓いて設けられていた。

 幼稚園から小学校、中学校と同じ校庭だった。運動場は直線で五〇メートルのコースを取るのがやっとだった。


 過疎化の進行は速かった。一九七〇年、中学校は町の学校に統合され、二〇〇一年に幼稚園が休園、二〇〇五年、小学校も休校になった。幼稚園が廃園になった翌年の二〇一三年には小学校も八〇年余の校史を閉じた。

 小学校の跡地は廃校活用事業として、飲食・宿泊施設が営業している。


「今日は、ずいぶん遠くからも参加があり、どうもありがとう。こうして、我らが母校跡で同窓会が開け、時間が半世紀前まで逆戻りした感じです」

 幹事の秀明が、あいさつに立った。

 男はほかに大阪から貴文と紀夫、横浜から修二、名古屋から和彦、となり県から勝則が参加していた。隆と秀明はUターン組だった。女性陣は地元に住む文子と和子が常連だった。



 隆の章


 メンバーが揃うまで、校庭をぶらぶら歩いた。

 小学校の校舎の一部が残されているだけで、園舎と中学校の建物は跡形もなかった。

「このあたりに花壇があったよなあ」

 先頭を歩く修二が、振り向いた。

「そうや。ここにタイムカプセル、埋めたんや」

 言いながら、勝則がしゃがみこんだ。

          ☆

 卒業式の前日。担任から、タイムカプセルを埋め、成人式に集まって掘り出そうという提案があった。

 しかしながら、隆たちが二〇歳になる前年、中学校は町の学校と統合された。社会情勢も安定せず、同窓会を開く余裕は、まだなかった。

 タイムカプセルの掘り出しに立ち会ったという話は、ついぞ聞かなかった。もう、土に還っていたに違いなかった。

          ☆

「そんなこと、あった? よう覚えとるなあ」

 貴文は完全に忘れていた。

「ええっ、あんたらのクラス、そんなことしたの。ウチら何もせんかった」

 文子はうらやましそうに言った。

          ☆

 タイムカプセルには粉ミルク缶が使われた。

「何を書いてもええぞ」

 担任はやや興奮気味だった。

 隆はその頃、建築士を希望していた。建築士になる決意と、座右の銘にしていた言葉を書いた記憶がある。

 各人の紙片をビニール袋に集め、缶に入れた。花壇に掘られた穴を取り囲み、土がかぶせられるのを神妙な面持ちで見ていた。


 隆の担任は若手だった。名前を頭師といい、地元商店街に下宿していた。

 隆は中学卒業後、大工の弟子入りすると決めていた。

 下校していると、家庭訪問から帰る担任と出会った。道の脇に誘われ、大きな岩に腰かけた。


「今、家の人とも話していたけど、高校へやってもいい、言うとる。何があるか分からんのが人生やぞ。とりあえず、進学してはどうや」

 教師の助言で、隆の気持ちは高校進学に傾いていった。


 頭師先生は熱血教師だった。

 ある土曜の午前、授業が終わると、先生に呼び止められた。

「今晩、宿直やから、泊りに来ないか」

 母親がわけも分からないまま、ありあわせの野菜や果物を持たせてくれた。夕方、用務員室でラーメンを作ることになり、雑多な具を煮込んで二人で食べた。

「けっこういけるもんやなあ」

 担任も新たな発見をしていた。


 校内の見回りも終わり、宿直室に布団を敷いた。

 いつまでも話は尽きなかった。学生運動に参加していたことなども語ってくれた。


「ワシ、お前の村のあの子がええなあ」

 いきなりの話題転換だった。さらに

「隆、お前、誰が好きや?」

 慌てた隆はとっさに、洋子の名前を口にしてしまった。

「ほう、ああいうのは嫁さんにしたら苦労するぞ」

 担任は笑った。


 後日、その話は最後の部分だけ、かなりの関係者の知るところとなった。

「もう、()らんこと言うて‥‥‥」

 洋子はふくれっ面をしていた。隆に言葉はなかった。


 隆には想いを寄せている子がいた。しかし、告白する勇気はなかった。悶々とする隆に、あることをきっかけに、願ってもないチャンスが訪れた。隆は手紙を書くことにした。生まれて初めて書くラブレターだった。

 書いては破りの繰り返しだった。なんとか完成し、切手を買いに郵便局へ行った。封筒の裏書をしていることに気付き、そのまま帰った。相手の親に、誰からの手紙か知られたくなかったからだ。

 切手は貼ったものの、ポストに投函する瞬間、友達が通りかかりはしないかと心配の種は尽きなかった。

 結局、手紙はずっと隆の手元にあった。



 洋子の章


 冷たくあしらったものの、洋子は内心、飛びあがりたい気持ちだった。

 隆は気になっている男子の一人だった。

(でも、先生にあんなこと話すなんて‥‥‥)


 クラスの女子から聞いた時は、洋子は身の置き所がなかった。

(孝から直接打ち明けられてたら、付き合ってたのに)

 心のどこかで待っていた。

 隆といえば、何食わぬ顔を通していた。


 洋子は中学卒業後、都会に就職した。同じ市の高校に隆が進学していた。

 寮に隆から電話があった。都会での一人暮らしは寂しそうだった。

 繁華街の喫茶店で会った。二人はぎこちない対話をした。洋子の仕事の話と、隆の高校の話とではかみ合わなかった。それでも洋子は隆の話を一生懸命に聴いていた。


(このままでは、孝が離れて行く)

 洋子は焦った。

「今度、下宿に行って、掃除してあげようか」

 意を決して、隆に告げた。


 隆の下宿は、塀に囲まれた広い屋敷の中にあった。

 部屋にはベッドと机、本棚があった。本棚には教科書のほか、小説が並んでいた。

「コーラ買って来るから、待っとって」

 隆は近くの食料品店に走った。


 男子の部屋をじっくり観察したことはなかった。

 椅子に腰かけてみた。背もたれに体を預けると、田舎での出来事が蘇ってきた。

 隆は小学校の高学年になると、よく女子をいじめていた。ある母親が教室に乗り込んできて、隆を叱ったことがあった。それからは、いじめはなくなった。

 中学時代、隆は授業中よくふざけていた。にもかかわらず、成績は常にトップクラスだった。正義感が強かった。クラスの男子に女性教師がカンニングの疑いをかけた時、その子を必死になってかばったこともあった。


 机の引き出しが少し開いていた。それとなく手前に引くと、奥に封筒が見えた。宛名は和子になっていた。

 コーラを抱えて、隆が戻って来た。

 洋子は椅子に腰かけ、背を向けたままだった。


「どういうこと? 和子と付き合ってるの」

 洋子は机の上に出した封筒を指さした。

「違う! そんな手紙じゃないよ」

 隆は真っ向から否定した。


 隆の説明は洋子を納得させなかった。

「ちょっと相談したいことがあって中三の秋に書いた手紙だけど、出せずにいた、なんて誰が信じる? じゃ、ここで読んでくれる」

 洋子は隆に詰め寄った。自分を抑えられなくなっていた。

「どうせ私は気の強い、頭の悪い女よ。和子と二人で楽しく、手紙のやりとりでも何でも、すればいいのよ」


 隆は洋子から封筒を取り上げた。目の前で破って、くしゃくしゃにし、ゴミ箱に投げ入れた。その中に、小さなカードみたいなものが混じっていた。


「分かってくれた?」

 隆の顔が洋子に近づいてきた。洋子の両手をつかもうとする。洋子は隆の手を払い、大股で玄関へ急いだ。

 バス停に向かう途中、涙がとめどなくこぼれた。中学からの思いに終止符が打たれた。

 


 和子の章


 和子は家の戸締りをして、庭に停めてあったクルマに乗り込んだ。

 飼い犬のゴンが見送っている。あの子がいないと、サルやイノシシが家の周りに出没する。

 少し山道を下ると、大きな岩が道を塞いでいた。イノシシが掘り起こしたものが、転がって来たのだ。和子はクルマを降りて、岩を道端に寄せた。重労働だった。


 今朝は懐かしい物が目に留まった。トランプの箱だった。

「よりによって、こんな日に」

 和子は思わず、独り言を言った。

          ☆

 母親が亡くなり、長い介護から解放された。

 母親は父親が病死して間もなく、認知の症状が出始めた。姉と話し合い、独身の和子が田舎に帰って母親の面倒をみることになった。和子五〇歳の夏だった。


 母親はよく徘徊(はいかい)した。麓の商店街で発見され、迎えに行くことが度重たびかさなった。

 もっとも困ったのは、集落を徘徊することだった。過疎化が進み、村に残るのは三軒だけになっていた。村はずれには危険な場所も多い。

「和ちゃん、あんたとこのお母さん。また、ウチの下の畑におるよ」

 連絡を受けて急行すると、母親は腰にカゴを付け、草取りをしていた。


 野生動物以外は、クルマも人もほとんど通らなくなった道路で、交通安全の旗を持って立っていたこともあった。交通安全指導員をやっていた昔のことが、忘れられないようだった。


 中学の修学旅行に出発する朝、母親が気を利かせて持たせてくれたものがあった。

「みんなで遊べるものがあったらええやろ」

 母親は和子の旅行カバンにトランプを突っ込んだ。


 旅館で、夕食前の時間を持て余していた。和子はトランプのことを思い出した。カバンから取り出すと、みんなに意外な顔をされた。内気で控えめな和子からは、予想もできないことだったのだろう。

 みんなでババ抜きをした。負けた者には芸をやるか、好きな子の名前を公表するかの罰則が科されることになった。


 面白くしようと、ジョーカーの代わりに、数字のカードを一枚だけ抜くことになった。カードを配ったのは隆だった。

 大人数(おおにんずう)であり、なかなか勝負がつかなかった。それでも、徐々に上がりが出てくる。最後は和子と隆になった。和子のカードを引き、隆は万歳をした。和子の手にダイヤの7が残った。


「和子、和子、和子」

 みんながはやしたてる。和子に芸はなかった。好きな子はもういなかった。抜き差しならない状況に、和子の緊張は極点に達しようとしていた。

 仲間の声はいっそう大きくなった。


「なんや。うるさい」

 いきなりフスマを開けたのは、担任の頭師先生だった。

 全員が急に静まった。タイミングよく、食事の時間を知らせるアナウンスがあった。


 和子は母親にトランプを返した。カードが一枚足りないことは、正月にトランプをしていて分かった。母親も姉も、がっかりした。姉はトランプをゴミ箱に捨てた。和子は後でそっと拾って机に仕舞っておいた。

(私にはハートの7を持った人がきっと現れるのだ。それでペアになるのだ)

 密かに考えるようになった。


 和子の傷心が(いや)されようとしていた。

 隆が洋子を好きだという噂が流れた時、和子はきっぱりと隆をあきらめた。はた目には何でもなくても、二人は交際しているはずだった。

 タイムカプセルの話があった時も、書いたのはハートの7への想いだった。


 地元の高校を卒業して、関西の短大に進学した。流通関係に勤め、五〇で介護退職するまで、心()かれる男性には出会わなかった。母親を看取り、気が付くと、年金受給者になっていた。


 わびしいなあ、と感じることはある。そんな時は切り替えて、楽しかった幼年時代に還ることにしている。

 父親も母親も元気で若かった。父親はクルマで勤めに出ていた。ネクタイを締め、きりっとした服装をしていた。自慢の父親だった。母親は畑を作り、いつもモンペ姿だった。母親は明るく、よく気が付く性格だった。

 家族の誕生日には、父親がショートケーキを買って帰った。口止めされていたので、ケーキの話は友達にしなかった。田舎はまだ豊かではなかったからだ。


 姉とよく裏山で遊んだ。イタドリや野イチゴ、桑の実、豆柿など、おやつには不自由しなかった。

 姉と桑の実を取りに行き、洋服を汚したことがあった。姉が二人の洋服を洗った。

「おかあちゃんには言うたらいかん」

 姉の言いつけを守った。しかし、桑畑に行ったことはバレていた。歯が紫色になっていたのが、動かぬ証拠だっだ。桑畑にはマムシがいることをその時、聞かされた。

          ☆

 途中、崖崩れのために交通規制があって足止めを食った。同窓会はすでに始まっていた。

 修二が真っ先に気付き、手招きしている。昔から元気がよかった。

 修二をはじめ、すでに出来上がっている男子もいた。


 修二がビールを勧めてきた。文子がノンアルコールビールを注文してくれ、みんなで乾杯となった。



 最終章


 中庭だった場所にテラスが設けられ、テーブルが二つ置かれていた。パラソルがテーブルを覆ってはいても、照り付ける夏の陽に、気温は急上昇してきた。


「この真下あたりに、大きな丸い池があったよなあ」

 となりのテーブルは池の話になっていた。

「ホテイアオイがあって、カエルがいた。梅雨時はうるさかったの覚えてるよ」

「ワシ、池に落ちたことあったけど、水が汚かったなあ」

 あの騒ぎを思い出して、座は沸いた。


「隆、あんた、タイムカプセルに、なんて書いて入れたの」

 文子だった。

「全力投球とか、ありきたりのことだったよ」

 隆はごまかした。本当のことを言うと、なぜ、医療関係に進路変更したのか、と突っ込まれそうでイヤだった。


「和子、あんたは?」

 文子は話の相手を変えた。

「私は内緒」

 和子の答えに、文子はがっかりした様子だった。

「修ちゃん、大好き。結婚したい、とか書いたんと違うか」

 となりのテーブルから、修二が茶々を入れた。

「おあいにくさま。私は、ハートの7が現れますようにって書いたのよ」

 和子はやり返した。


「なんや、それ。修学旅行の時、罰ゲームで半泣きになっとった子がそんなこと考えとったのか」

 修二はアルコールの勢いもあって、歯に衣を着せない。一瞬、沈黙が支配した。


「隆君も、いろいろあったみたいね」

 和子が隆に料理を取りながら、訊いた。

「で、目はどんな状態なの」

 隆は屋外ではほとんど見えないことを説明した。

「でも隆君、鍼灸だと治療院で仕事できるから、まだいいよね」

 和子はしきりに(うなず)いていた。


 お開きになった。

「帰りは誰か、送ってくれるの」

 和子は帰りの足を心配している。

「私、これから町に用事があるの。途中だから、送って行ってあげるよ」

 和子に、内気で控えめな面影はなかった。


「そう、私がこっちに帰った年に、転職したのか。被災地のボランティアに行き、過疎地の医療に貢献しようと決心したなんて、隆君らしいね。ほんとに人生いろいろあるよね」

 和子が忙しそうにハンドル操作している。

「さっきのタイムカプセルの話だけど、ハートの7というのは、トランプのこと?」

「そうよ。カードが出るの待ってるうちに、お婆ちゃんになったわ」

 和子はクスっと笑った。


 隆の自宅兼治療院に着いた。建築士の秀明が建ててくれたものだ。

「ありがとう。女房は仕事で留守だから、改めて寄ってよ」

 隆はクルマを降り、和子のクルマのエンジン音を聞いていた。和子は町の方角ではなく、もと来た道を戻って行った。

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