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三題噺もどき4

独白

作者: 狐彪

三題噺もどき―ろっぴゃくにじゅう。

 




「……」

 目が覚めて、初めに視界に飛び込んでくるのは見慣れた、逆さまの世界。

 均等に並んだ鳥籠の針金が、壁の模様のように並ぶ。

 生憎正確な時間まで見えはしないが、基本的には同じ時間に目が覚めるので、確認せずとも分からなくはない。

「……」

 視界の隅に移るベッドの上では、まだむにゃむにゃとのんきに眠っている。

 まぁ、今日は仕事を休むと言っていたので、起こすことはないだろう。そうでなくても、いつもの時間に起きてくるだろうけど。……起こすことはそうないな。夜更かしした時くらいだろうか、この間は珍しく寝坊していたな。

「……」

 たたんでいた翼を広げ、冷えた空気に少し震える。

 鍵もかけられていない上に、開けっ放しの鳥籠の中から出る。

 この籠も年季が入っているからか、キイと小さく音が鳴る。

 この音で起きなくなるほどになるのに、どれだけかかっただろうか。

「……」

 何も考えずに、人の姿を取り、降りた床の冷たさに、思わず身が竦む。

 しかし、やけに冷えるな、今日は。

 二月というともう少し暖かくなり始めるころだった気がするのだけど……まだその気配はない。春の気配が少しでもし始めるといいんだけど。

「……」

 この人は、寒さに強いようなそうでなくても弱いという感じはあまり出さないけれど。

 その実、寒さというか、冷えというか……そういうモノはあまり好きではないはずだ。

 まぁ、過去のあれこれを思い出させるような、その琴線にふれるような、底冷えするような寒さが好きなわけはないだろう。これでもまだ、動けるようにというか散歩に行く余裕ができただけましな方だ。

「……」

 その癖にちゃんとした防寒というのを怠ることがあるから……先月に風邪をひいたのを忘れたのだろうかこの人。

 もう一度風邪をひけば学ぶだろうかとか思っているんだが……。あそこまで悪化したのがかなり久しぶりだったから……こちらの心配も汲んでほしいものだ。もうお互いいい歳なんだから。

「……」

 つい―と、無意識にベッドの方へと視線をやる。

 ふいに寒さを感じたのか、重ねた毛布の中に潜り込むように頭が引っ込められた。

 そこまで行くと息苦しくならないのかと思うんだが……寒さに震えるよりはマシなのか。

 ……あの日々を思い出すようなこの寒さが、苦しさよりも上に立つと言うのはなんとも。

「……」

 あの家を、あの国を飛び出して。

 もともと、従者としてこの人の側に居続けると決めていたから、どこまでも共にいた。

 白地図を埋めるように、転々と旅をした。渡り鳥のように……なんて美しいものではないが、温かい場所を求めて、安息の地を求めて、世界を回った。

「……」

 苦い記憶を、えんぴつで塗りつぶすように。

 楽しい記憶だけを作れるように、この人の側にいた。

 生憎こういう性格なので、素直にとはいかないが。

「……」

 けれど、あの家にいる限りは見られなかったであろう、望むこともかなわなかったであろう。

 楽し気な笑顔を、声を、この目に焼き付けることができた。

 向日葵のような笑顔とは、これのことを言うのかと、何度思っただろうか。

「……」

 その裏には、確かにあの日々の記憶があった。えんぴつで塗りつぶしたくらいでは、思いだすこともあるし、記憶から消すことなんてできない。

 笑顔ばかりではなく、苦しげな表情も、見た。

「……」

 しかし、ようやく見つけたこの地で。

 この家で。この国で。

 この人が、心穏やかに、過ごせていることは確かであって。

 まぁ、年に一度だけ、あちらに行かなくてはいけないけれど。

「……」

 それでも。

 この日々がいつまでも続くようにと。

 密かに願うくらいには、この人の幸せを望んでいるのだ。

「……っし」

 今日も、ささやかではあるだろうが。

 この人の食事を用意して、休憩用のお菓子でも作って。

 たまには一緒に買い物にでも行こう。

「……」

 素直に、それが言えるかどうかは。

 別問題だけれど。





「おはよう」

「おはようございます」

「……今日なにか予定はあるか?」

「いえ、ないですけど……」

「……たまには一緒に散歩にでも行かないか」

「……いいですよ。ついでに買い物も行きましょう」

「あぁ、」










 お題:白地図・えんぴつ・向日葵

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