神はか弱き贄を思い、泣く
「最後に一つぐらい恨み言を聞いてあげましょうか?」
そんな事を言って艶やかに笑う目の前の”元”婚約者を精一杯睨みつけることしか俺はできない。
俺は貧しい平民だ。だがあの光栄なはずの出来事のせいで、こんな事になった。そう、こんな事に、だ。
この国は成人したときに神殿で洗礼を受けることが国民の義務になっている。そして、その場で俺は”神託”を受けた。この国で、神の言うことは絶対。俺が神託を受けたことはすぐに国中に知れ渡った。
神託はこう告げた
『我を満たせ』
たった6文字のこの神託をお偉方は俺を生贄として差し出せ、ということだと考えたらしい。神に差し出すものがこのような出で立ちであってはならない、と慌てていろいろなものが用意され、また、いろいろなものを奪われた。
今俺の前で艶やかに笑み、俺が捧げられる瞬間――死ぬ瞬間を嬉しそうに待っているこの女も、婚約者として俺に用意された令嬢だ。
俺が本当に愛していた村の女は俺がお偉方に連れていかれた後すぐに消息がつかめなくなった。
神託が下るまでは食うもんにも困り、不健康に痩せていた俺は連れ去られてからは毎日高級な食事が提供され、がっしりした体型になった。
だが、いつも腹をすかせていた俺に自分も貧しいだろうにいつもパンを分けてくれていた村の司祭は、お偉方に尋問され、どんどん体が弱くなっていき、この前死んだ。
いつもボロを身にまとい、隙間風が吹いてくるボロ家で生活していたが、デケェお屋敷に住み、絹で誂えてあるのだろう服を身にまとう様になった。
お針子だった死んだおふくろの形見である服は取り上げられ、おふくろが大切にしていた店も燃やされた。
そうやって俺は1年間神の元へ行くにふさわしくなるよう用意された。
ちなみにこの新しくできた婚約者は親に無理やり結婚させられたらしい。
「神に選ばれしお方と結婚できる、と聞いていたのになんですの、この薄汚い平民は!」
顔合わせをして最初に投げつけられた言葉だ。それでも上からの圧力には負けたのか結局俺と結婚することになったらしい。まあ、この人も神に選ばれた尊き人と結婚できると思ったら俺みたいな小汚い平民だったんだから残念だったな、とは思うがそれからずっと悪口だの度重なる暴力だのなんだかんだで同情も消え失せた。
今、俺は神々が住んでいる、と言われている森の奥深くにある泉を背に女にひざまずく体制で女を見上げている。女の隣には1人の従者しかいない。暗い森の中に三人の影が奇妙に細長く伸びている。
そして目の前の女は暗い森の中で異常なほどに赤く見える唇の端を上げ、従者に指示を出す。
従者は淡々と眉一つ動かさずに俺を抱え上げ、そして俺は昏い泉の底へ沈んでいった――
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「っ、ここは、、、?」
「ヒト、目覚めたか?」
目が覚めると、何もなかった。いや、厳密には目の前に一人の美女がいた。でもそれだけだった。
目の前の美女が話す。
「ヒトよ、お主はわれに捧げられた贄か?」
「ええ、、、。貴方がその神で?」
「うむ。我は人を食らうことで力を得る。だから100年に一度くらいで神託を下し、贄をささげてもらうのじゃ」
やはり俺は生贄としてこの神に呼ばれたらしい。きっともうすぐ身ぐるみ剥がされて食われるのだろう。できれば一思いにバクリと食ってほしいところだが、、、。まあ、それも神の機嫌次第だろう。
そんなことを投げやりに思いながらじっとしていたが、目の前の神は襲ってくるでもなくじっと俺を見つめてくる。
「なんだ?食うんならさっさと食ってくれないか?」
「我はさみしいのじゃ。この何も無い空間で一人ぼっちじゃ。今までの贄は怖がって我のことを見ようともせぬ」
「へぇ。それで?」
投げやりになっていた俺は結構失礼な態度だったがそれがこの神には新鮮だったらしい。
「ヒトよ。我とそのように話してくれるのはそなたが初めてじゃ。我はそなたを食わない。だから我と一緒にいてはくれぬか?」
「いいけど、、、。ここの仕組みがわからないから俺、早々に消えるかも知んねえぞ?」
「それは大丈夫だと思うが、、、。ここは神の領域。時も何も無い空間じゃ」
本当にここにはなにもないらしい。
そうやって俺は神ととりとめもない話をし続けた。この空間は本当になにもない。
時の流れも、空腹も、眠気も何も無い。だから俺はずっと神の話し相手としてここにあった。
神が言うには人の世界ではもう1000年もたったらしい。
神は神託を下さず、ヒトを喰らわなくなった。そして、神は弱くなっていった。
ある日、この空間にヒビが入った。この空間は神の力で維持していたのだから神の力が弱くなれば壊れる定めなのだろう。元はただの人間だった俺はヒビが入っただけであっけなく消えた。神は、消えずにすんだことを最後に見ながら消えた。
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《神SIDE》
あるとき、力が飢えた。いつも通り、神託を人間に下す。贄を喰らわなければ私は力が減る。でも本当は贄なんぞ良いから話し相手が欲しかった。我をまっすぐに見つめてくれる相手が欲しかった。
今までの贄は当たり前だが贄として連れてこられるのだから怖がり、目をそらし、耳を塞ぎ、何人も我に話しかけなどしなかった。
いつも通り、贄が放り込まれた。珍しく傷だらけだった贄が苦悶の表情を顔に浮かべて目を覚まさぬから、神の力で傷を直した。どうせ食らうのだから意味がないかも知れぬがもしかしたら我を孤独から放つかも知れぬ、と淡い期待を抱き、看病した。割とすぐ目を覚ましたヒトは瞳に恐怖を浮かべるでもなく、可といって我を拒絶しているのでもなく、ただ淡々と周りを見回し、状況を冷静に把握しようとしていた。
淡い期待を抱き、ヒトに話しかけると特に何も浮かべていない無表情で我に淡々と答えを返す。
嬉しかった。今までの贄とは違い、我を見てくれた。我の話を聞いてくれた。それだけで十分だ。
「ヒトよ。我とそのように話してくれるのはそなたが初めてじゃ。我はそなたを食わない。だから我と一緒にいてはくれぬか?」
我はヒトと長くて短い時を過ごした。人の世界では1000年経っていても長年の孤独を埋めるようにヒトと話していれば大して時がたっていないかのように感じる。ヒトが来てから、神託をくださなくなった。ヒトを喰らわなくなった。
そして、神の力は衰えた。ある日、前触れもなくこの空間にヒビが入った。我は神。故にヒビが入った程度では我は消えぬ。しかしか弱いヒトは消えた。最期に我を見つめ、儚く消えた。
我はそれをただ見つめることしかできなかった。助けられなかった。
我はもう二度とヒトを食わなかった。食えなかった。
神は、消えた。しかし、消えるときの顔はまるで想い人にようやく会えるかのように穏やかだったという。
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