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忌み嫌われる子 0-1



 史上最悪の女殺人鬼、ネヴァ・エンヴィアスは生前とある言葉を残した。


[———私の魂は満足していない。もっと、更に、幸福と興奮を……」


裁判所に居た者は誰もが唾を飲み込み、こう思った。


“この女は殺しても必ず生まれ変わってくると“


○○○○





 1860年、ヴァイリス東部の地方にある、エーストという街の農村部に、とある夫婦が越してきた。どうやら他国から来た者達のようで、ヴァイリスの歴史や土地については良く知らなかった。通常引っ越しというのはあまり良いイメージを持たれず、余所者扱いを長い間受けることが多いのだが、この夫婦はとても優しく親しみやすい人達であったからか、すぐにエーストの住民として溶け込み、愛された。「仕事の都合として越してきたから、此処に居ていられるのは八年だけなの」と夫婦が周りに告げるとそれはもう悲しまれるほど。


 愛されているのは人柄の良さだけではない。二人は揃って、素晴らしい美貌を持っていた。彫刻、絵では、その美しさは表現できないといわれるほど。


特に娯楽のないエーストの住民達にとって、喜ばしいことがあった。どうやら女の方は、妊娠をしているのだと。その話は一瞬にして広まり、僅か一晩で村の住人全員がその話を耳にしてた。もちろん、エースト一帯が暖かい目で、彼女の出産を見守った。


“この方達の血筋なら、さも素晴らしい子が生まれるだろう“と。


生まれた時には百をも超える人々が子供の顔を見に来た。


そして、酷く顔を青ざめた。


「この子は、本当にあなた達の子……?」


愛おしそうに赤子を抱き抱える男に、老婆が指差し震えている。


「そうですが」


男は何故老婆がそう聞いたかの理由がよくわかる。


(この子は……あまりにも私達に似ていない。あまりにも、醜女すぎる)


低い鼻筋に、細い目、薄い唇。赤子でまだ顔のパーツがそうなるか分からないにしても、可愛くはなかった。


しかし女の方は苦労して産んだ子だからか、赤子を見ては「なんと愛おしく可愛らしいのでしょう」と指を掴ませ微笑んだ。


「……この子の名前は、もう決めているんです」


百人から減り、十人程度になった観衆に男は言う。


「へえ、何にするんだい?」


老婆は、首を傾げて聞く。


「———、———です」


そして、すぐに後悔する。その名前を聞かなければよかったと。


○ ○ ○ ○



 夫婦の子供はすくすく育っていった。しかし、愛されはしなかった。酷い暴言を浴びせられるのは日常茶飯事、夫婦も最初は憐れみ、助けたが、その内全く愛情が無くなったのか見て見ぬ振りをするようになった。


「マ……」

「話しかけないで」

「う……」



 そしてまた次の子を妊娠するとともに、少女を置いて引っ越して行った。



 ーー12歳になった子供の精神は徐々に狂っていった。自分はこんな扱いを受ける意味も理由も分からなかった。


(なぜ、皆私を恐れるの?怖がるの?)


 毎日何かをぶつけられ、殴られ、嬲られる。少女の精神は、限界を迎えていた。何か壊したい衝動が激しくなった。


 ただ、そんな少女にも希望とも言える友達がいた。その彼の名前はエヴァン、優しい少年だった。いじめを助けてくれたわけでも、ご飯をくれる訳でもない、ただ夕方に少女と会話してくれる。少女はエヴァンの事が好きになっていた。


 ただある日エヴァンは、こんな事を言った。


「お前と話すのはやめなさいって母さんが」

「……どうして?」

「殺人鬼?が来るからとかどーとか」

「あはは、何それ」

「おかしいよな」


 少女は、エヴァンだけは失いたくなかった。エヴァンにだけは傷つけたり、避けて欲しくなかった。その一心で、ただ笑った。会話を広げることも、否定することもせず。


(私と話すと殺人鬼がくる……、意味が分からない。私は人を殺めたことなんてない。ましてや殺人鬼と関わったこともない。なぜ、来る? なぜ来ると噂されている? )


 笑うといっても、口を横に伸ばすだけ。心は不安と困惑でいっぱいで、明るい感情で笑うことなど出来なかった。


「また明日な」

「うん」

「……明日になったら、そろそろ名前聞いてもいいか?」


 少女はエヴァンに名前を教えていなかった。正体を知られたくなかったからだ。フードを被って、名前も隠していると、誰にも嫌な目で見られない。


(エヴァンの母親に顔を見られた次の日に、エヴァンは母親に“ 私と話すのはやめなさい“と注意されたようだけど、理由はあまり教えていなかった。エヴァンは今も、私が誰でどんな顔をしているのか知らない)


 けれど、もう出会って一ヶ月。ここまで我慢した彼は強い人間だろう。そろそろ少女も隠すのはしんどくなった頃だった。


「いいよ」

「やった」


 エヴァンは嬉しそうに帰っていく。その伸びたまっすぐな背中を、ずっと、見つめていたかった。
















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