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一章 魔女を探して(1)


 お昼を告げる鐘の音が、この広い魔法都市に鳴り響いている。


 私は大量の薬瓶がパンパンに詰まった重い鞄を引っ提げて、冒険者ギルドの扉を開けた。

 そこそこ賑わっているロビーを通り抜けてポーションの納品カウンターまで向かえば、いつもと同じように受付のレーナが肘をついてぼんやりしている。


「レーナ、仕事を増やしてごめんなさい。受注していたクエストのポーションができたから、納品受付をしてほしいんだけど」

「……ん? ああ、ルカヤ。どうも。とんでもないわ、あんたが声かけてくれないとこのままカウンターと同化するところだった」


 ぽいぽい、と薬瓶を出してカウンターに並べれば、レーナは気だるげな仕草と表情のまま、私が引き受けていたクエストのリストを確認してくれた。


「はい、確認完了。助かるわ、あんたの納品してくれるポーションは質がいいから人気なの。これ報酬ね」

「ありがとう。レーナがいつも褒めてくれるから、私のやる気も出るってものです。レーナも風邪ひいたり怪我したりしたら私を呼んで」

「そーね、その時は甘えとこうかな」


 レーナの夜空みたいに黒い髪はじっとりとうねっていて、私と歳が近いのにずっと大人びた色気を感じることがある。背も高いし、顔立ちも整っていてちょっと羨ましい。

 ちょっとそっけなく見える態度や、真っ黒な髪と瞳を嫌ったり不気味がったりする人も多いらしいけど、それを気にしないでずっと自分らしく居るレーナはかっこいいと思う。私の自慢の友人だ。

 

「このマギアクロフトじゃあポーションなんてどこにでもあるもんだけど、やっぱウチみたいな冒険者ギルドより、魔女ギルドの出してるポーションのが人気でね。けど、効果はどうあれ、魔女サマの作ってるヤツは高いからさ」

「だよねえ」

「貴族は知らないけど、あたしみたいな庶民からしたら買えた額じゃないし。そのへん、ルカヤが作ってくれるやつは手が届きやすい価格で売り出せるし、ウチも助かってるってワケ」

「辺境の田舎娘からしたら随分いい値段で引き取ってもらってると思うけどな。おかげで今日も市場でお肉を買えそう」

「……ルカヤ、まだ魔女サマに会いたいって思ってる?」


 突然話を変えたレーナに、私はどんな言葉を返そうか少し躊躇った。


 私が今暮らしているこの都市『マギアクロフト』は、この国で一番魔法が栄えている都市だ。国中の力ある魔女が集まっていて、魔女たちの魔法を中心にこの都は回っている。

 魔法が使えるか、魔女になれるか、それは基本的には生まれ持った素質による。残念ながら、私にはそういったものはまるで無かった。多分、目の前にいるレーナもそうだと思う。


 普通の人には使えない神秘の力。目に見えない精霊を使役して不思議な奇跡を起こす、そんなすごい存在が魔女だ。

 この街に住んでいる魔女は大抵、魔法が使えない人を助けるために魔女ギルドを結成して困っている人の悩みを解決したり、あるいは研究に没頭していたりする。

 けれど魔女の数は決して多くない。貴重な力を借りる代償はそう安くなく、簡単に言えば依頼費が高くついてしまう。すごい存在だけど、庶民からは手の届かない高嶺の花。それが魔女への印象だ。


 そして私は、とある魔女を探すため、故郷の田舎村を出てこのマギアクロフトにやってきた。


「手掛かりは掴めたの? ルカヤの探してる魔女サマのこと」

「……ううん。全然。そもそもこの国の魔女かどうかもわからないし、マギアクロフトに居るかどうかもわからないし」


 肩をすくめて笑ってみせても、レーナはまっすぐに私のことを見ていた。そのすべてを見通すような黒い瞳に、えへへ、と力ない笑い声がこぼれる。


「……あの魔女様に故郷の村を救ってもらったのが六年前。そのときはろくなお礼もできなかったから、なんとかあの人に会いたくてマギアクロフトにやってきた。それが三年前」

「うん、そーだったね。三年前にあんたをこのギルドで冒険者として登録したこと、覚えてる。あたしの初めての仕事だったから」

「レーナにはあの時からずっとお世話になってるよね。右も左もわからなかった私に色々教えてくれた」

「……あたしに積極的に話しかけてくるあんたが物好きなだけ。あたし、ルカヤ以外とこんなに話したりしない」


 ロビーは賑わっていても、ポーションの納品カウンター周りはいつも人気がない。少し遠くの『魔物討伐報告カウンター』に列ができているのを眺めながら、私はレーナにずっと言えなかったことを話した。


「私ね。もうちょっとしたら、故郷の村に帰るかも」

「……諦めるの? 魔女サマ、探してるんでしょ」

「うん。未知の流行り病で全滅しかけてた故郷の村を……病気になったお父さんのことを助けてくれたあの魔女様に、絶対お礼を言うんだって思ってこの魔法都市に来た。けど、三年も暮らしたのに、あの魔女様の手掛かりは全然掴めない」


 ちら、とレーナの顔を見れば、いつも冷静で気だるげな表情を浮かべているレーナが少し目を見開いていた。驚かせてごめんね、と謝る私の顔も、きっと力なくて情けなかったと思う。


「あの魔女様を知ってる魔女がいるんじゃないかって思って魔女ギルドを尋ねようにも、忙しいからって相手にされずに受付で帰されちゃうし。『人探しの依頼』をするためにお金を貯めてきたけど、やっぱり魔女ギルドへの依頼ってたくさんのお金がいるでしょ。このお金を使ってたくさん薬草を買い込んで、村に戻ってお父さんの薬屋を継いだほうがいいんじゃないかって思えてきたの」


 そのほうが故郷の村のためにはなるし、と続けようとしたとき、はあ、とレーナが大きなため息をついた。それから気が進まなそうな顔で、カウンターの引き出しから何かの紙を引っ張り出す。

「これ、あげる。あたしは魔女のこと、あんまり好きじゃないから本当は斡旋したくないけど」

「……斡旋? これ、この紙って、魔女ギルドしか使えないシューカの皮から作られてる紙?」

「そ。あんたの作ったポーションをいつも買ってる取引先があるの。そこがその指名クエストの依頼書をウチのギルドに送り付けてきた。あんたに依頼があるんだって」

 

 はい、と渡された紙を指先で撫でてみる。一般には出回らない、貴重な魔法植物の実の皮を使った紙。それは、魔女ギルドしか使うことを許されない、特別なものだった。

 え、と顔を上げれば、ぷい、と横を向いたレーナが小声で呟いた。


「依頼者は小規模魔女ギルド、『魔女の庭』。あんたへの依頼は、魔女ギルドから脱走したとある魔女をギルドに連れ戻すこと、だってさ」

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