悪人の目に映る英雄
月明かりが辺りを強く照らし、風が森の木々を揺らす。
両手を上げ、降伏を宣言した彼が次に放った言葉は、恨み節でも泣き言でもなかった。
「まずは名乗りましょう、私の名はミラール。ハルザトの長を努めています」
武装した敵を前に、礼儀正しく頭を下げる。
それを見たバハメロ達は警戒したまま武器を下ろした。
「隙を見せませんね……これも駄目なら、もう詰みです」
ミラールはため息をこぼし、袖に隠していたナイフを投げ捨てた。
「今のが最後の抵抗です、次こそ本当に降参します」
ハルザトの構成員達を、ラックの錬金術製ロープで縛り、かつて一つの建物だった瓦礫の山を退かして地下牢へ続く階段を掘り起こす。
勝利の合図を受けて合流したデールが人一倍働いた事により、日が昇り始める頃には亜人達を全員地上に出すことができた。
その数は合計46人、割合的には子供が多かった。
どこの拠点も同じで亜人達は精神的に摩耗しているが、外の空気を吸えることを喜び、涙を流すだけの心は残っていた。
「これは全員を拠点に帰すまでが大変であるな、おいミラール、悪いが荷車も借りて行くぞ」
「命以外であれば好きに持っていって構いませんが、私の見立てではあなた達がここに来る為に使ったのは馬車2台がせいぜいでしょう?46の亜人全員を連れて行くには……」
「できる限り馬車で往復させるとしても、行きより少し移動が長引くであろうな……ううむ……やはり少し食料も貰って良いか?」
ミラールは縛られたまま首を動かし、心の底から不思議そうに問う。
「……何故、勝者であるあなたが私の許可を得ようとするのですか?全て持っていけばいいのに」
「何を言う、それではお前達が今後生きて行けぬであろう?我々はお前達を殺しに来た訳では無いのだ、これに懲りたらもうこんな商売するんじゃないぞ」
この時、ミラールの中でのバハメロのイメージは革命家から無謀な英雄へと変わった。
それはミラールにとっては好意的な変化であった。
自分のしている事が少なからず正義でないことを薄々感じていた彼にとって、英雄に負けた事で自分の深層での考えを肯定されたような清々しさを覚える。
「ええ、言われずともそうします。それに私のせいで部下達の判断力を削いでいた事も今回身にしみて解りました。これからは彼らを連れて何か……真っ当な仕事でも探しましょうかね」
視線を向けた先には縛られて項垂れる部下達がいた。
ミラールは彼らの表情等から内心を予測し、自分と同様にここから更生するプランを考え始めていた。
「少し待ってください」
許可の降りた物質を取りに向かおうとするバハメロを、ミラールがそのまま呼び止める。
「む?」
「私は亜人を大切に管理していましたが、あくまで商品として……それ故に力量予測でズレが生じた。計り知れなかった事が私の敗因だと思っています」
「……であるか」
「その上で、あなた達の力を理解した上で忠告しましょう。このまま進めばあなた達は必ず破滅します」
結果的にこの戦いで勝利した側からすれば、その予測は当てにならないと言える。
しかしその未来は誰よりもノヤリスの戦力を知るバハメロにも当然予測しうる事だった。
それ故に、バハメロの答えは決まっている。
「無論、その時は迫りくる破滅ごとぶっ飛ばすだけである」
「そんな事ができるとでも?」
「できる!……と、以前の吾輩なら言ったであろうな。しかし今は違う!今の吾輩はこう言う!『できぬ!故にできる様になるまでは皆で逃げる!そして時が来るまで爪を研ぐのだ!』そう、吾輩は時を待つ事を覚えたのだ!」
半ば呆れるミラールを背に、バハメロは高笑いをして歩き出した。
ハルザト波状攻撃作戦。
数日かけて行われると想定されたこの作戦は意外にも一晩で決着がついた。
この回が終わればその日の襲撃は終わり、というタイミングでミラールが降参したためだ。
初日から張り切った団員達が全力を尽くした事も理由の一つだろう。
結果的にプラスではあったとはいえ、これもある意味見積もりが甘かったとロナザメトは反省し、帰りに拾ったミラールのマニュアルを持ち帰り参考にするつもりの様だが、ミラールの才能ありきな上、細かい指示の苦手な団員達たの相性が悪くとてもじゃないが参考にはならないと投げ捨てる事になるとはまだ知らない。
解放した亜人総勢46人は子供を優先し馬車で拠点と往復、大人は少しづつ徒歩で誘導する形で少しづつ拠点へと足を運んだ。
人目を避ける為の回り道や野生生物の攻撃などにより、数日かかりはしたが子供の代わりに運ばれた食料を口にした彼らは徐々に体力を回復させ、最後には襲ってきた動物自力で返り討ちにし補給を他の者に回す者も数人いた程だ。
亜人狩り達を縛る錬金術製の縄は、団員達が遠く離れると土となって崩れるようにできている。
「ボス……」
「……皆さん、行きますよ」
「行くってどこへ?」
ミラールは瓦礫の側に残された、暫くは生きていけるだけの貯蓄を持って考える。
「そうですね……まずは武器を売りにいきましょう、活動資金が必要です」
これまでの解放作戦では命を見逃された亜人狩り達は全てシーモが一人で処理していたが、今回は初めて、彼が一切関わること無く終わりを迎えた。
暫く後、ミラールは部下達を連れて足を洗い小さな会社を設立する事になる。
そしてミラールは、この日を後にこう語った。
「世の中には、異獣の様な力強さを持つ『人』もいるのですよ」




