破壊
ハルザト拠点内、ミラールの部屋。
部下に指示をしつつ、マニュアルの整理をしていたミラールの前に、部下の一人が気まずそうな表情でやってきた。
「……何故黙っているのですか、報告をお願いします」
「……し、正体不明の亜人集団の第二陣、撤退しました」
「……っ!そう……ですか」
ミラールは一瞬動揺したが、こういった状況も想定のうちではあった為、すぐさま机に向かって次の策を立て始めた。
「申し訳ありませんボス!一人、熊の亜人の力量を見誤り、その後の陣形展開に失敗しました!」
「そこは仕方ありません、次に活かしましょう。それより建物内に侵入した亜人の方は?」
「その……例の部屋に繋がる通路を全て破壊した後、外までにある壁を全て破って外に出て仲間と共に撤退……現在、正面入口から一直線に吹き抜け状態です」
常識外れな報告に、ミラールは頭を抱えた。
「……応急で構わないのでなるべく塞いで来てください」
「はい!」
部下が部屋を出た後、ミラールは机いっぱいに広げた紙に情報を書き込み、自分の中だけで整理した。
筆を握る指に力が入り、筆の先が折れてしまったところで、ため息をつき天井を仰ぐ。
(なんなんだ奴らは……今回はあの木製兵士は出てこなかった……そもそも長であるはずの術者も出てこなかった……遠くから指揮している……いや、それができるなら最初から顔を出すような事はしないはずだ……熊の亜人も力を抑えてこちらの不意をつくとは、最初からそのつもりでわざと不利な状況を演じていたとすれば……こちらが一陣をみて対応することを読んでいたのか?)
ミラールは薄暗い部屋で長らく一人で考えこんだ結果、一つの推測にたどり着く。
(まさかすでに敵の策にハマっている……いや違う……私が何か勘違いをしている?)
換えの筆を取り、新たな紙に再び文字を書き殴る。
先程までよりももっと早く、あっという間に文字がびっしりと詰まった紙が机の上に積もりだす。
(敵の木製兵士頼りでないのであれば、前提としていた敵の長の情報にズレが生まれる……いや、それはもういい。問題は『ならば誰が指揮しているのか』になる、あの宣言はブラフ……撤退阻止の足止め狙撃をしている高台、北側にある物はこの拠点が良く見えたはず……つまり将はそこにいるに違いない)
人は自分の見つけた情報が真実だと信じて疑わない。
ミラールの思考は完全にロックされ、考え過ぎの境地に至り始めていた。
これまでの経験から自分が力量を計り知れないと言う事は、敵に同等以上の知略を持つ者がいると言う事だと思っていた。
事実としては、ノヤリスの作戦立案を担当するロナザメトはミラールと比べると知略で劣っている。
だがそれ故に、ノヤリスの作戦の着地点は至ってシンプルだった。
どれだけ安全に気を配り、どれだけ仲間の事を考えても、最終的には『適切な場所とタイミングで団員が暴れる』作戦が一番の最適解だった。
つまるところ、結局は脳筋一直線である。
だがミラールはそれを読めなかった。
それも当然だった、ミラールはこの瞬間まで亜人の回復力を知らなかったのだから。
少人数で来る以上自分を超える程の計略があるはずだと、そうでないとおかしいと思い込んでいるから、今回相手が亜人の継続戦闘能力を使った『ゴリ押し』であると見抜けなかったのだ。
ありもしない作戦への対策で脳が無駄に活動し熱を帯び始める。
『念の為』の策を考えるのは悪いことではない。
ノヤリスも今回、ハルザトに遠隔通信手段があることを危惧し、妨害用の錬金道具を用意したが、結果ハルザトには通信機の類は無かった。
それでもミラールが今思考しているのはそこにいない強敵を倒す為の策であって、ノヤリスの策を打ち破る為のものではない。
「そうだ、全て私の予測通りだ!敵はまだこちらが掌の上だと思っているに違いない。実際回数を重ねるほど不利になる。今のうちに籠城を装って目を引き、分隊を編成して森側から挟撃を仕掛けましょう」
部下を指揮し、瞬く間に拠点を籠城戦仕様に作り変え、ありったけの飛び道具をかき集めさせた。
森からの襲撃用に移動と強襲に優れた部下を編成し、ミラールは次に備えた。
他にもあらゆる敵を想定して兵を配置し、何がなんでも次で終わらせる為の布陣を築いた。
しかし、ミラールの作戦は最後までうまくいかなかった。
窓際の陰から、白い煙が立ち上るのが見える。
「……?あれは……」
「お……私達の出番っすね」
高台から様子を見ていたナノンは煙を見てすぐ、手元の缶に火をつけて同じ煙を炊く。
同様の煙が他の狙撃地点からも立ち上り、三本の煙が拠点を取り囲む。
これは最初に煙を炊いたロナザメトからの合図だった。
「きっと相手は僕達をただの足止め、もしくはB地点の高台に指揮官がいる程度に思っている事でしょう……それも考えましたが、僕にその策は扱いきれない。我々の強みは正面からぶつかって貫く力なのですから」
ロナザメトは愛用の大弓を構え、力いっぱい引き絞る。
「光、反射、ぶち壊せ、意を砕くは、七本の槍――」
同タイミングで、合図を受けたナノンは鞄を漁る。
「ついに出番っすよ〜、ナノンロイド5号!」
鞄から展開した機構は、ナノンの身長の倍はある砲身の大型狙撃銃となり、高台の一部を破壊しながら設置したそれの取っ手を握り、銃口をハルザトの拠点に向けてスコープを覗き込む。
一方、同じく合図を受けたヨンヨンは詠唱や機構の展開などは無く、ただ荷物からこのタイミングで使う予定だった大きめの鉄球を取り出していた。
「――『突撃せよ、破壊帝!』」
ロナザメトの放った矢は一本の太い光となり、同時に放たれたナノンロイド五号の狙撃と、それと同速で投げられたヨンヨンの鉄球と共に、守りを固めていたハルザトの拠点に命中した。
三方向からの遠距離攻撃はその距離をものともせず、拠点を見事に破壊していた。
「これが、『第三陣』……」
ミラールは思考を放棄し、力が抜けた様に足から力が抜けるのを感じた。
「ボス!?」
「……??????」
「ボスが見たことない顔してる!ど……どうするよ……!」
「どうったって……」
ミラールだけではない、その部下の亜人狩り達もまた狼狽えるばかりだった。
それもそのはず、ミラールに予想できなかった事は今までにない。
狙撃で建物が崩壊した場合の対応などマニュアルに無いのだ。
「ボス!」
部下に揺さぶられてようやくオーバーヒートしていた脳が機能を取り戻し、あたりを見渡して状況を把握した後、慌てて声を上げる。
「ひとまず外に出ましょう!もう建物が持ちません!」
指示に従うことしかできない部下達に罪悪感のような感情を抱えながら、ミラールは彼らを引き連れて崩れ行く拠点から脱出しようとするも、籠城のため出入り口を頑丈にバリケードで塞いだせいで余分な手間がかかる。
(まずい、まずいまずいまずい!失敗した私だけならともかく部下達まで!)
焦るミラールを更に急かす様に、天井が崩れて瓦礫となって迫りくる。
「う、うわああああ!」
その瞬間、バリケードが破壊され、土煙の中から物影が三人程突き進んできた。
それが何か、理解する間もなく襟を捕まれ、放り投げる様にミラール達は外へ脱出できた。
「いっ……」
「クドの偵察で亜人が地下にいるとわかったから威力を上げても良いとは言ったが……流石にやり過ぎである……」
「倒れた方角的にヨンヨンだな、これは良くない!だが見た所地下まで崩れてる様には見えねえしな!ガハハハ!」
「亜人狩り共もまだ生きてる!はははは!まあいいじゃないですか団長!このあと瓦礫退かす時人一倍働いて貰いましょう!」
「それもそうだ……ところでデール、お前少し雰囲気変わったか?」
「いや少しじゃないでしょう……それに帰ってきてからずっとよ?」
ミラールが顔を上げると、そこには12人の亜人が月明かりに照らされ立っていた。
その立ち振る舞いは一切疲労を感じさせず、ただ堂々とそこに立っていた。
中には服についた土埃を払う者もいて、聡明なミラールはそれが自分達を助けた人影だと理解した。
「お前がこの組織の長であるな?では改めて問おう、投降するなら命は取らん!さあどうする!」
「っ……」
ミラールはその場にいる12人を順番に見た。
疲労感こそ見られなかったが確実にダメージは通っているのが解る。
その上ミラールはこの時、この場にいる全員の戦闘能力を完全に予測し、それぞれに対する対策を脳内で完成させ、それぞれが亜人奴隷となった時どれだけの値がつくかまでも予測していた。
しかし今から実行するには部下達の士気や戦況が揃っておらず、今のミラールにはその予測が正しいという自信が全く無かった。
『万全の亜人』というイレギュラーに翻弄され続けたミラールも、本来であれば知略だけでボスとなった実力者だ。
そんな彼だからこそ今この状況で逆転の一手はない事を誰よりも早く理解した。
「……降参、です」




