風の拳
ラニ達が拠点に入り込んでいる頃。
放置という手を取った分兵力が回ってきている為か、残りの四人は入口よりも手前に押され、苦戦を強いられていた。
「うおおお!」
「今だ!放て!」
チャシが大きく踏み込んで拳を付き出そうとした時、それに合わせるような指示で一斉に矢が放たれる。
それらはすべてチャシではなく、その後方にいるラックに向かって一直線に飛んでいった。
「ッ……!クソァ!」
チャシは無理やり体を捻り、振るった拳で起こした風で矢の軌道を逸らす。
そうしている間に、亜人狩り達は距離を取る。
これを何度も繰り返していた。
「やだなぁ……これじゃ完全にお荷物になってるのよ……」
「拙者も同じに候。彼奴らは拙者達が有利に動ける状況を作らせぬ様意識している様子……」
「そんな訳……っていいけど、事実僕らが分散できずに止められてるからその線で考えるしかないのよね」
隠密行動が得意なクドの体には、派手な黄色の塗料がベッタリとつけられていた。
これは交戦を開始したすぐ後、不意打ちの為に隠れようとしたクドに、亜人狩りが負傷覚悟で塗りつけたものだった。
白兎の亜人であるクドは、元々闇に紛れるにはふさわしくない大きくて白い耳を持っていたが、暗闇でうっすらと発光するこの塗料の目立ち具合はその比ではない。
「このクド、一生の不覚……っ」
「塗料の仕組みは簡単だから拠点に戻れれば錬金術で落せはするのよね……でも……」
「っだああ!これは良くない!つまらん戦い方しやがって!ほら!ワシを狙ってこんかい!!」
癇癪を起こし始めるチャシに半ば守られている状態のラックはいかに撤退するかを考えていた。
押されている時は引く、それが今作戦の肝である為、撤退すること事態に問題はない。
だがラニとクムルが奥にいる以上、そういう訳にもいかない。
亜人狩りが散らかしていた木材や第一陣のバハメロ達が壊した瓦礫などを使ってなんとか矢を凌いではいたが、このままでは不利になるばかりであった。
(ああもう、クムル君達が早く帰ってくれば……団長の弟子なら突っ切って来れるだろうけど、あの二人にその判断ができるか怪しい気がしてきたのよね……)
クドの得意戦法を封じ、ラックが錬金道具を仕掛ける余裕を与えない様に攻撃を続ける。
動きの遅いデールだけでは足りないカバーにチャシも回らせ攻撃の手を制限する。
更に一部を屋内に閉じ込める事で安易に撤退することができない。
ミラールの作戦はシンプルながらに効果的だった。
現状、この作戦を打開する方法は極めて少ない。
「なんでか知らんが、こっちのやり口がバレてる……よし、こういう時はスパッと切り札を切るのがいい!ラック!あれ出せ!」
「あれじゃわかんないのよ……」
「頼んどいたろ!いざってとき使うって言ったあれだよ!」
「ああ、あれ……はい」
あまりにも、さり気なかった。
それ故に亜人狩り達はそれを止める事ができなかった。
ラックがポケットから取り出したのは一見なんの変哲もない5本の鉛筆で、それが危険物だとは思わなかったからだ。
そう思わせるため、ラックは錬金道具を鉛筆等の日常的にある物の形に作って油断を誘う。
「そろそろ起きる時間だぞ!デーール!!」
チャシは大きく振りかぶり、全力で受け取った鉛筆を5つ同時に投げる。
亜人狩りに向けてではなく、上空に向かって投げられた鉛筆は見えなくなる程に天高くまで飛んでいった。
亜人狩りの半分は鉛筆を目で追い、残り半分はチャシから目を離さず追撃の指示を待った。
錬金道具の効果的な使い方の一つとして、視線誘導がある。
僅かでも隙ができれば陣形が崩れるだけの攻撃が来る可能性は非常に大きい。
ミラールの用意したマニュアルにそう書かれていたからだ。
だが今回の錬金道具は攻撃の為でも無ければ、隙を作る為でもない。
上空で炸裂した鉛筆は強い風を起こした、ただそれだけだ。
暗い雲が吹き飛び、強い月明かりが差し込む。
「撹乱だ!マニュアル通り狙撃続行!」
『雨』と呼んで差し支えないほどの、帯びたしい量の矢が降り注ぐ。
「……ったく、ワシの弟子は寝坊助で困る」
雲を散らした風と同じか、それ以上の強風が降り注ぐ矢を蹴散らす。
チャシはその風を起こした張本人の頭を軽く小突いて隣に立った。
「目はさめたか、デール」
「……こう……」
「あ?」
「最ッッッ高だぁ!夜はこうでなくっちゃなぁ!イッェェィ!」
団員番号51、デール。
心身共に屈強な彼には明確な弱点があった。
それは酷く夜行性な事だ。
元々亜人は睡眠による回復が純人と比べて高い。
睡眠の質が悪ければ悪いほど本領を発揮できないのはそのせいだ。
中でもデールはそれが極端で、睡眠のバランスが崩れきっており、日中は半分寝た状態で活動している為、『カトリス』に捕まる時はあっという間だった。
その上で夜、つまり彼にとってその時が活動時間であるかどうかは彼が決める。
そして基準は単純で、『月』が見えるかどうかだけだ。
「夜最高!夜最高!」
「ワシが教えた風パンチもしっかりモノにしてるな!ガハハ!これはいい!」
「ふんふん……状況!理解!はは!やべーな!じゃあ師匠!あそこから『崩す』ぜ!」
「よく言った!正直ワシだけじゃ足りなかったからな!」
突如豹変したデールにさすがの亜人狩り達も同様はしたが、彼らは不足の事態にも対応する魔術のようなマニュアルを持っている。
「怯むな!こういう時は10頁だ!マニュアル通り陣形を組んで撃て!」
「ガハハ!いい陣形だな!だがもう遅い!ワシらの正面で組むのは良くないな!」
「はははは!喰らいやがれ!必殺!二人風パンチ!」
チャシやデールが矢を落とす為に使った風を起こす拳は、それほど特別な技ではない。
ただ力が入る様に構え、全力で拳を突き出すだけの、いわば普通の貯め攻撃だ。
蹴り技や連撃も多彩に扱い、全身で立ち回るバハメロやラニと違い、チャシの使う武術は投げや巨体を使った大振りなど、『一撃』の重さを重視している。
それ故に単純な一撃の破壊力だけならばバハメロと肩を並べる。
そしてその弟子であるデールもまた、その域に遠からず到達するだけの素質がある。
そんな二人がただ、同時に全力で拳を突き出した時に生まれる風圧。
それが亜人狩りを陣形ごと押し飛ばした。
チャシとデールが一晩かけて考案した必殺、『二人風パンチ』
後にカロロによって『双風拳』と改名される技だ。




