相棒という関係
チャシを先頭にハルザトの拠点に到着した第二陣。
彼らが再び降伏を受け入れようとする前に、亜人狩りからの攻撃が鼻先を掠めた事で、二度目の戦闘が始まった。
初陣同様、三組に別れあちこちで戦場をかき乱す。
ラニはクムルの錬金道具が有利に働くよう、クムルと迎撃に向かってきた亜人を引き連れ室内へと向かった。
「ぐぬ……思ったより来たな」
ラニの作戦は成功には成功だったが、二人を追って来た亜人狩りは想像よりも多かった。
その上、建物に入ってからも途絶える事なく増援がやってくる。
「まあこんくらいなら余裕だけどよぉ!」
押し返そうと迫りくる亜人狩りを、ラニは意気揚々と殴り飛ばす。
ここまでの戦闘にクムルの出番は一切無かった。
ラニに良いところを見せようとしていたクムルにとっては残念と言わざるを得なかった。
(……でも……かっこいい……)
「……?どした?疲れたか?」
「い、いえ!クムルは元気です!それよりこれからどうするんですか?ここにいたらまたすぐ亜人狩りが……」
今二人は10を超える扉に囲まれた広い部屋の中心にいた。
クムルが真っ当な質問を投げかけると、ラニは得意げに自分の考えを持ってそれに答えた。
「いいか、ここは色んなとこに繋がる廊下だ」
「そうですね、どの方向から来てもおかしくない……って、逃場が無いんじゃないですか!」
「ふっふっふ、少し違うぞ。この部屋はどこからでも来れるし、どこにでも行ける、便利な部屋だ。つまり……」
「そうか……!ここを止めれば敵の動きを大きく制限できると言うことですね!」
「……おうよ!」
先に言われた事でラニは少しだけ落ち込んだが、クムルが肯定的だったため即座に持ち直した。
亜人狩りの下っ端が慌ただしく廊下を走る。
彼らはボスであるミラールの指示で指定された場所に向かっていた。
次の通路に繋がる部屋を中継しようと扉を開けようとする。
「どうした?」
「っ……っく……開かないんだ」
「建付けが悪いんじゃねーの?」
「……いや、ミラールさんのマニュアルを見てみろ、この状況は5頁目の3番に引っかかるんじゃないか?」
5頁目の3番。
特定の部屋、廊下に繋がる扉の開閉に違和感がある場合。
ミラールは先程の第一陣で屋内に侵入してきた亜人がいた事から、最初からある程度建物の構造を把握している事から推測し、第二陣の中から一部隊はこの部屋に留まり、進路と退路を同時に塞き止めようとすると読んだ。
そしてその事が丁寧に書かれたマニュアルを見た亜人狩り達はすぐさま引き返し、遠回りながら別の通路へと向かう。
マニュアルの対処法には『戦闘は不要、留まらせて前線の戦力減らすべし』と書かれていたから、それに従った。
実際その行動は正しかった。
「……?来ねえな……」
「今ドアノブが動いたんですけど、バレたのかな……」
部屋の中では床中にクムルが錬金術で作った道具が配置されており、部屋に入った瞬間から二人に有利な状況での戦闘を強制されていた。
「まあいい、準備もできたし、始めるぞ」
ラニとクムルはそのまま、部屋中の扉の封鎖を始めた。
時間はかかったが瓦礫で通路を塞いだり、扉を固めたりとあの手この手で全ての扉を封鎖した。
「よぉしいっちょ上がり!」
「……ラニさん、なんだか瓦礫運びに慣れてますね」
「そうか?まあ力仕事は得意だぞ、私が苦手な部分は大体コルが得意だから私はこういう事をしていれば……って、今日みたいにコル以外と組む事があるならそれじゃ駄目か……?」
「ほんとに仲良しですね、コルさんと」
「そうか?……そうだな!コルも今遠くで頑張ってるし、こっちも早く終わらせて帰ろうぜ」
この時、クムルは自分の短い恋に、自ら幕を引いた。
彼は他者の良い所を見つけるのが得意な反面、潜在的な自己肯定感が低い。
(僕じゃ釣り合わないなあ……それに……)
それに、色恋に関心の無さそうな彼女がもし、その感情を知るのだとしたら自分ではなく『彼』だろう。
クムルはそう思った。
そして、『彼』の話をする時のラニは他では見せない特別な表情をしていた。
(じゃあ、僕がこれからやりたい事は――)
「ラニさん」
「ん?」
「コルさんって、どんな人ですか?」
「んーと……いいヤツ、だ!」
「本当にそれだけですか?」
「それだけじゃないぞ、好きな食べ物は芋!」
「そ、そうじゃなくて」
クムルの聞きたいことがわからず、ラニは不思議そうに首を傾げる。
「コルさんに対して……他の人とは違う特別な感情があるんじゃないですか?」
「そりゃあるぞ?アイツは私の相棒だからな!」
「今この瞬間、相棒は僕ですよ」
そう言ったクムルは、少し意地の悪い顔をしていた。
ただ意地悪をしようとそう言った訳では無い事はラニにはすぐにわかったが、それ以上に彼の言ったことに混乱していた。
「……?確かにそうか……?ん?でもコルは特別だし……でも相棒って二人いるものじゃないよな?……じゃあ今コルと私は相棒じゃない?そもそも相棒って……あれ???」
混乱のあまりラニはついにぐるぐると回る目で虚空を見つめ始めた。
「わ、わわわそんなに考え込まれると思ってませんでした、ごめんなさい!帰ってきてください!」
正気に戻ったラニに向け、クムルは更に続ける。
「ラニさん、今僕に言われた事、どう思いました?」
「……怒らない?」
「言ってみてください」
ラニは少し気まずそうにした後、申し訳無さそうに口を開いた。
「なんか……嫌だった。別にクムルが嫌いな訳じゃないぞ?でもなんか、コル以外が相棒になるとモヤモヤする……??」
「じゃあ、今、コルさんに他の相棒ができていたらどう思いますか?」
ラニは再び考え込む。
そしてすぐに自分の中から答えを見つけ出した。
「……うっ、なんか凄い嫌だ!なあこれはどういう……」
「『相棒』とは別にあるんですよ、特別な関係が。コルさんに対するその感情は『相棒』だけじゃないかもしれませんよ」
「????」
「あっ、今はわからなくても大丈夫です!ささ、ひとまずここを出ましょう!後は帰ってからコルさんに聴いてください!」
ラニが虚空を見つめ出す前に、クムルはどこか満足気に歩き始めた。
「それと、ラニさんが嫌なら、僕は相棒じゃなくて……ただのクムルでいいんですよ」
クムルの感情は彼自身にしか知り得ない。
惚れた相手の胸に引っかかった物を、少しだけ動かす。
そんなお節介をしたくなっただけだった。
自分の価値観ではあったが、それが彼女にとって幸せな結末になると信じて。
これからの彼女の人生の一部に、少しでも関わりたくなっただけだった。
「……あのー、ところで通路どこか一つ残しましたか?帰り道が……」
「あ……よし!この壁ぶち破るぞ!」
「お願いします……!」
一先ずは任務に集中する為、ラニは雑念を払うように思い切り壁を蹴り破った。




